整理
家の中が雑然としているのは、もともと怠け者である私の家だから定常状態である。とはいえあまりにも収拾がつかなくなって久しい。ものが必要以上に多いのである。死ぬまでに使い切らないことが明らかなものがあふれている。誰かにさしあげてもいいが、私にはもったいないと思うものでも、他人にはもらって迷惑なものばかりだろう。
捨てる基準を、子どもたちがそれをもらってよろこぶかどうかに置くことにしようかと考えている。まず大型ゴミに該当するものを列記してみると、ずいぶんたくさんある。何年どころではなく、十年も二十年も使わなかったものがある。なくて突然困ることはない。とりあえず取っておく、から、とにかく捨てる、にスイッチを入れ直さないと家の中の整理など不可能なのだ。
それらに続いて蔵書の処分を決行しようと考えている。七八千冊あった本も断腸の思いで処分し続けて、いまは多分三四千冊に減っているはずだ。それをさらに二千冊くらいに減らしたいと思っている。それくらいなら棚にすべて並べることができるだろう。いまは納戸や物入れに押し込んでいて、場所ふさぎになっているだけだ。もう一度読むかも知れないという思いが、もう読むことはないだろう、に変わりつつある。人生は短い。しかも読書のスピードと集中力の持続が低下している。
ミステリーや時代小説は既にほとんど処分した。残している小説類は中国が舞台のものが多い。これに手をつけるとたちまち数百冊減少する。残していた葉室麟もそろそろ退場願うしかないか。迷うのはエッセー類である。これは気が向いてまた読むことが多い。本は捨てるというよりブックオフなどに引き取ってもらうので、多少の小遣いにはなる(実際はほとんど金にならないけれど)し、誰かが読むかも知れないと思えば本に対して疚しい気持は多少緩和される。のこるのは古典と歴史書が中心になるだろうか。
それに合わせて部屋のレイアウトをほんの少しいじろうかと思う。そのためには本箱を移動しなければならないから、本の処分は必須の作業なのである。レイアウトの変更を考えるとなんだかわくわくする。なにか好いことがありそうに思うのである。
願わくばルンバが掃除できる部屋にしたいものだが、夢に終わりそうである。整理することすら夢に終わらないように、早めに取りかかることにしよう。
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「こんにちは」
断捨離が必要なんですね。
仏教的には 実行力を問われる。
人間的にも 実行力が問われる。
貴方は賢いが 行動力が乏しいのかも。
貴方が女性だったら 行動力旺盛なのに。
でも 大丈夫 誰も とやかく言わない。
でも 大丈夫 自分だが悩んでいるだけ。
他人様に迷惑をかけていない、悩まないことだね。
投稿: アットマン | 2017年9月19日 (火) 15時11分
アットマン様
ご託宣、ありがとうございます。
迷ってはいますが、さいわいあまり悩んでいるわけではありません。
あれをこうしてこれをこうしたらなどと考えるのは苦しさよりも楽しさがあります。
確かに考えるばかりで実行になかなか移りませんが、やるときは徹底してやるほうなので、スイッチが入るのを待っているところです。
投稿: OKCHAN | 2017年9月19日 (火) 16時36分
8月6日に亡くなった母の衣服などの片付けがほぼ終わりました。貰い手がなかったものは写真に撮ってから処分しました。
49日が終わったら母の部屋(仏間のとなり)を寝室にするつもりです。(奥さんの案です)
引き続き自分の物を含め家中の片付けをするつもりです。
投稿: けんこう館 | 2017年9月19日 (火) 18時39分
けんこう館様
両親と同居し、最期まで面倒を見てくれいた弟夫婦は、家をリフォームします。
本をはじめ、私の持ち物もいろいろありますので、いま必要なものと捨ててもらうものを選別しています。
母は断捨離が得意なほうでしたが、それでも弟夫婦は残されたものの処分で苦労しています。
健康館様のご苦労、お察しします。
投稿: OKCHAN | 2017年9月19日 (火) 19時26分