自然に反するか
この世は混沌と秩序の戦いである。生命はその混沌の中のオアシスのような秩序の泉であるらしい。エントロピーの法則により、常に自然界は混沌に向かう。つまり秩序はついに混沌にかなわないということか。わが家が混沌としているから、秩序を与えようとしはじめたけれど、様相はさらなる混沌を増してとめどがない。そもそもいまの状況から見れば手を付けなかったときのほうが秩序があったのではないか。
南海の帝を儵(しゅく)といい、北海の帝を忽(こつ)といい、中央の帝を渾沌(こんとん)という。儵と忽はたびたび渾沌の領地で会合したが、そのつど手厚いもてなしを受けた。渾沌の厚意に感じた二人は、何かお礼をしようと相談した。
「どうだろう、人間にはみな目耳口鼻あわせて七つの穴があり、それで見たり、聞いたり、食ったり、息をしたりするのだが、渾沌にはそれがない。ひとつ、顔に穴をあけてさしあげよう」
話がきまると、二人は一日に一つずつ穴をあけていった。そして七日目、渾沌は死んだ。
*儵も忽も束の間という意味。
「荘子」のなかの話で、大好きな話。
混沌に手を加えるのはもってのほかだったのか。実は混沌には不思議な居心地の良さもないことはない。とはいいながら、混沌が支配する部屋を呆然と眺めている。どうしよう。
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