歴史認識の違い
元中国駐在大使の丹羽宇一郎氏が、「日本の北朝鮮への対応、戦前を彷彿とさせる」という文章を東洋経済オンラインに載せた。その文章を韓国の中央日報が詳しく取りあげていた。
丹羽氏は「満州事変をきっかけに反日感情が触発され、その後15年間に及ぶ日中戦争が始まった」「力対力で解決しようとすれば必ず戦争になる」と主張し、北朝鮮強硬論一辺倒の安倍首相を正面から批判しているそうだ(中央日報からの孫引きなので不確か)。
歴史を振り返れば、第一次世界大戦以後、青島周辺のドイツ支配地を攻撃して日本は戦勝国となり権益を得た。第一次世界大戦のどさくさの中、日本は中国に対華二十一カ条の要求をして強引に受託させている。
そもそもの反日感情はここに端を発している。それまでは日本への留学生も多く、日本に対してそれほど強い反感を持たなかった中国の知識人たちは、一気に反日となった。それは戦争終了後五・四運動で大きなうねりとなって拡がった。丹羽氏の言う満州事変は1931年、五・四運動は1919年であるから、反日感情が触発されたのが満州事変であるという丹羽氏の認識は、私にはいささか変に思える。
それにいまの北朝鮮を見て、歴史を知る人ならば太平洋戦争前の、まさに満州事変前後の日本の姿を思い浮かべるのが普通だろう。国際連盟で非難を浴び、そこから日本は脱退した。連合国は日本に対してABCD包囲網で経済封鎖を行った。アメリカは日本に石油を売るのをやめた。見方によれば日本は暴発に追い込まれたのである。アメリカと戦っても勝算などないのは明らかなのに強がりを続けた。
そもそもがそのような制裁を受けるような行動を日本が中国大陸で行ったからそのような事態を招いたのである。日本を正当化は出来ないが、当時の日本人の多くは制裁を加える連合国側に悪を見ただろう。
それが妥当な歴史認識ではないか。それに対して丹羽氏が、北朝鮮に対して強圧的である日本政府に当時の日本の姿を見るというのは同意しかねる。私から見ると、北朝鮮に融和的である中国におもねる意図がこの人にはどことなく見え隠れするのである。
どういう弱みが中国に握られているのか、それとももと伊藤忠の総帥として、中国にある会社の権益を護る必要でもあるのか。言い過ぎを承知で勘ぐりたくなる。本人のせいではないが、この人が中国大使の時、乗っていた車に付けられてい日本国旗を暴漢に奪われた。抵抗しようとする同乗の係官を止めたともいう。あのとき日本国民に彼が謝罪したという記憶がない。時の政権だった民主党が中国政府に強く抗議したという記憶もない。
犯人はあとで捕まったが、悪いいたずらだった、で済まされた。明らかに計画的な犯行だったと思われるにもかかわらず、である。
あそこでずいぶんと脅しでもかけられたのだろうか。北朝鮮への対応を日中戦争当時の日本の満州での行為をなぞらえて批判する、というのはどう考えても歴史認識というよりも別の意図があってのことのようにしか見えない。
そしてそれを嬉しそうに取りあげる韓国の中央日報の意図も、紹介だけではないように思えるのである。
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