インスタントラーメン
子どもはそもそも好奇心の強いもので、好奇心の弱い子どもというのは臆病な親に影響されているのだろう。性格もあるのだろうが、虫や食べたことのない食べ物を受け付けない子どもを見ると本当に可哀想だと思う。
母は目新しいものが好きであった。コカコーラが普通に店頭で売られるようになったばかりの頃に、早速買ってきた。家族で回し飲みして「変な味だね」と言い合った。父はたいていそういうときは「俺は要らない」と言って参加しない。まあ当時の親父というのはそういうものだった。
チキンラーメンが世に出たのは昭和33年らしいが、大阪が最初だから我が故郷の千葉県で店頭に並んだのは、多分その翌年あたりだろう。わが家もいつものように早速購入して食べた。とてもうまいと思って大好きになった。こっそりなけなしの小遣いで買って食べていたら、母にこっぴどく叱られたことがある。
不思議なことに買う店によって多少美味い不味いがある。当時は油の酸化などという知識がないから、店頭の日光に当たる場所におかれていたりしたものは、変な匂いがしたような気がする。酸化した油を常食すれば体に良くないから、インスタントラーメンは良くないなどと悪者にされることもあるけれど、いまはそんな心配はないと私は思っている。
何しろそれ以来インスタントラーメンをどれほど食べ続けたか分からない。学生時代は生協のインスタントラーメン(生協ブランドで、量もほかのものより多い)を箱ごと(30袋入り)買うと500円と格安だったから、それで食いつないだ。一週間三食食べ続けても大丈夫。
寮では朝晩食事が出るのだが、仕送りを酒や本につぎ込んで、寮費をきちんと払っていないから自炊するしかない。たまにインスタントラーメンのスープが二つ入っていることがあるのが有難かった。さすが生協ラーメンである。寮のおかわり用の御飯を頂戴して、それにスープの素を振りかけてラーメン味のチャーハンを作る。あんな旨いものはなかった。
しかし私が常備していることを知っているほかの寮生が、勝手に持っていくのが頭痛の種だった。困ったときはお互い様と言ったってこちらもそれで食いつないでいるのである。どんなに隠しても探し出されて持ち出されるのに腹を立てていたものだ。
いまでもインスタントラーメンは常備してしばしば食べる。いまのお気に入りはサッポロ塩ラーメンである。もやしと豚肉、又はもやしとウィンナソーセージを炒めてラーメンにのせる。炒めるときに桃屋の瓶詰めのきざみニンニクをちょっと入れて黒胡椒もきかせて風味をつける。安上がりでしかも私にとってはご馳走である。
ネギは束で買って、10センチ弱に切ってポリ袋に入れて冷蔵庫に保存している。これを刻んでのせることもあるが、どうもない方が好いようである。ネギはマーボウ豆腐や蕎麦を食べるときにたっぷり使う。醤油ラーメンにもやしをのせるのは塩に劣る。もやしがうるさく感じられてしまう。ネギをたっぷりのせる方が好いようだ。
小池さん(藤子不二雄の漫画に出てくる、いつもインスタントラーメンを食べているチリチリ頭のお兄さんである)ではないけれど、インスタントラーメンのない食生活など私には考えられない。
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