人を食う
人を食うといえば日本では人を小馬鹿にすることだが、文字通り本当に人間を食うというおぞましい行為もある。日本人青年がパリで若い女性の肉を食ったという事件(佐川君事件)もあった。ガダルカナルやインパールで飢餓の兵士が死者の肉を食べた話や、アンデス山中に墜落した旅客機の生き残りの人々が人肉食をした話も記憶にある。天明の飢饉のときに人肉食をした話は橘南𧮾や菅江真澄の本にも書かれている。
人喰い人種というものがいて、未開の地の冒険談などでよく登場する。お話ではなくて事実つい近代まで人肉食の風習は存在したという。
カニバリズム(人肉風習)については幾多の本がある(開高健にも中野美代子にもあったと記憶する)し、中国には自分の子どもを料理して皇帝に献上した易牙の話なども有名だ。地域により、また人種によって人肉食にあまり抵抗のない人々もいるのだろうか。
映画『ソイレント・グリーン』の衝撃も忘れがたいし、フェリーニの『サテリコン』で、白塗りの人々が無表情でもぐもぐと口を動かしているおぞましさも強烈だった。
スペインの画家、ゴヤに『わが子を食うサトュリヌス』という絵があるのを知っている人も多いだろう。一度見たら決して忘れられない絵である。我が子の胴体をわしづかみにして、既に頭と右手は食われている。さらに左手に食いつかんとして大きな口を開けているサトュリヌス。その眼は一杯に見開かれていて狂気に満ちているが、おびえている獣のようでもある。
サトュリヌスはローマ神話の神であるが、予言により自分の権力が子どもに奪われることを知る。そこで五人の子どもを食ってしまったという話を元にしてこの絵は描かれている。実は逃げ延びた子供がいて、その子が予言通り彼に取って代わるらしいが詳しいことは知らない。
映画(アニメも実写も)の『進撃の巨人』を観た。それを聞いてお盆には、息子が漫画をどっさりと抱えて持って来てくれたので最初から読み直した。映画は漫画本のほとんど序盤だけである。延々と続いていてストーリーは予想もしない方向に変わっていく。いまのところ23巻まで読んだが、24巻も出ているはずで、今度本屋で探すつもりだ。
巨大な壁に囲まれた中で暮らす人々は壁の外に出ることが出来ない。壁の外には巨人がいて、人をむさぼり食うというのだ。しかしこの百年、壁は破られていない。その壁が突如破られ、巨人たちが侵入するところから物語は始まる。そして人はつぎつぎに巨人に食われていく。巨人と人間の戦いが始まる。
この巨人たちには知性が感じられず、ゴヤの描いたサテュリヌスのようなおびえや狂気も感じられない。無表情だったり、にこやかに人を頭からむさぼり食う。食糧としてというよりも、食うために、ただ殺戮するためだけに食うのである。ある意味でサテュリヌスより恐ろしい。意味や目的のない人食いはいっそうおぞましい。
どうしてそうなのかはこれから次第に明らかになるのだろう。そしてこの人喰い巨人の寓意とはなにかが明らかになると思うが、寝る前に少しずつ漫画を読み進めていたので、ちょっとこちらもおかしくなりかけている。そこで人を食う話についての記憶をまとめてみた。いま私に近づくとちょっと危ない。
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おはようございます
確か中国では飢えでもともかく、自分の忠義や誠実さを表明するために自分の肉を相手に食べさせるという行為があったそうですね。
それを何かの本で読んだ時、あまりにものショックで中国という国が分からなくなりました。
今では「日中の文化の相違だ」と思っていますが・・・。
では、
shinzei拝
投稿: shinzei | 2017年10月 5日 (木) 06時38分
shinzei様
春秋時代、相続争いを避けて放浪した重耳(のちの晋の文公)の供をした人のなかにいた介子推が、食べるものがなくて飢えた文公に自分の腿の肉をえぐって食べさせたという話があったと記憶します。
投稿: OKCHAN | 2017年10月 5日 (木) 13時33分