どうしてこれほど変わるのか
先日の高速道路での殺人事件以来、あおり運転や強引な割り込みなど、危険な運転がたびたびテレビで取りあげられている。それを見ていると危険運転が急に増えたのかと思ってしまう。
これはもともと危険運転をする人が多かったのに話題にならなかっただけなのだということは承知しているが、問題は事件直後のニュースでは、あおられるなど危険な運転を体験したり見たりした人の割合が四割弱だったのに、昨日今日のニュースでは七割近くの人が体験したり目の当たりにしたと答えているということだ。
どうしてこんなに違うのか。質問の仕方が違うのかもしれないが、それによる差とは思えないほどの違いである。同じようなことを聞かれて、以前は何とも思っていなかった人が、ニュースで繰り返し見聞きしてやはり問題だと気がついたということだろうか。しからばそのような人たちは自分自身がそのような行為をしていたか、する可能性のある人かもしれないなどと勘ぐってしまう。それは危険運転する可能性をもつ人がそれだけ多いという証でもあると思うとぞっとする。
私はしばしば車で遠出するので年間2~3万キロ走る。前にも書いたとおり、自分の反応速度に自信がないから車間距離を十分にとるように運転する。だからあおられたり強引な割り込みをかけられたりすることはたびたびある。そういうときは危ない人で危険な人が側に来たと判断してその車からなるべく素早く離れることを第1に考える。やくざなどの暴力組織の人間だと想定して避けることにしているのである。
逆に低速で追い越し車線をずっと走り続ける軽自動車など(しばしば枯れ葉マークや女性ドライバーのことが多い)を見ることもある。周りが見えていないし、多分バックミラーなどほとんど見ていないだろう。あおられても無視しているようにしか見えないのは、多分後ろを見ていないから平気なのだ。本人は速度を出さずに安全運転をしているつもりだろうが、回りのドライバーの感情を波立たせて全体を危険にさらしているとも言えるなあ、と眺めることもある。
女性ドライバーというのは半分が平均よりも運転が上手である。そういう車は気持ちが良いほどスムーズに走る。そして残りの半分は周りが見えず、自分勝手で余裕がないようである。突然右折や左折してびっくりさせられる。それを事前に読み取って、不慮の事態に備えて回避するのも安全運転の基本だろう。気をつけていればすぐ分かるものである。
景色を楽しみ、いろいろなことを考えながら、しかも周りの状況を観察して安全をはかるのであるから、運転は頭を使うものである。だからそれが年齢とともに出来なくなって危ういと感じだしたら車を処分して列車やバスの旅に替えようと心に決めている。いまのところだいじようぶだと思っているが・・・。
危険運転をする人間は、あまりニュースを見ない気がする。そしてもし見たとしても自分のこととして考えたりしないのではないか。これだけ社会が警告を発しても、それほど危険運転が減るとは期待できないだろう。危険運転で事故を起こした人間の言い訳を聞けば分かるではないか。みな相手が悪いのである。
とにかく触らぬ神にたたりなし、いっそう注意してドライブを楽しむことにしようと思っている。
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