単純に考えて
安倍首相の演説で、自民党安倍政権の成果として完全雇用を謳っていた。正規社員の求人が求職者に対して1倍という今までにない状況となっていることを誇っているのだ。たしかに諸外国で、若者の失業率が社会不安に繋がるほど大きいことを考えれば、それは素直に誇っていいことである。
しかし、いわゆる団塊の世代がいっせいに定年に達して年金暮らしに入りつつあるいま、企業は人手不足になっている。定年になる世代の人数と、新たに就職しようとする世代の人数は大きく違う。退職によって出来る穴のほうが大きいのであるから当然の現象である。これが果たして安倍政権の手柄と言えるかどうか。
野党は一所帯あたりの消費額が低下していることをあげて、アベノミクスの失敗だといいたて、庶民には好景気という実感がないのは、貧富の差を増大させて大企業のみが儲かる政治をしているからだと主張している。
これも単純に考えてみれば、ある程度の高給を取っていた団塊の世代の人たちが定年になって退職すれば、年金暮らしとなって収入は激減するのであるから、一所帯あたりの年収が低下するのは当然である。先に挙げたように退職する人のほうがこれから就職する人よりずっと多いのだから平均すれば当然の結果である。
しからば野党の言い分もいささかおかしい。
このように自分を誇ったり相手を非難する理由が、社会的な必然(団塊の世代の退職)で生じていることならばどちらの言い分もあまり意味をもたない。
いま政治に求められるのは再配分の適正化であろう。年金生活者が増えすぎれば実際に就業している人からの社会保障費の徴収割合が増えすぎてしまうことは当たり前のことだろう。しからば、年金者に対する支払い額を少しずつ調整するのは仕方がないことである。年金は自分が支払ったものを返してもらうという制度ではないことは繰り返し伝えられているが、それが理解できないか、聞く耳を持たない人が多いようだ。
制度を維持できなければ破綻してしまうのだから、調整するのは必然である。過去、年金局が恐ろしいほど年金を浪費した。そのときには支払われる年金よりも徴収する年金費のほうが多かったし金利も高かったから打ち出の小槌のように金が湧いてくると錯覚した馬鹿者たちがその金を無駄遣いした。
団塊の世代は着実に年をとり、少子高齢化が進んでいるのは誰にでも明らかなことで、予想がつくかつかないかという問題ではない。それなのにそのための対策を怠ったばかりでなく、浪費したのである。責任者の責任は極めて重い。それなのにその責任をとらされて牢屋に入ったという人間を知らない。あまつさえあの年金不明事件である。
しかし過去を言い立ててもその金が戻ってくるわけではないのだから、分配を見直すしかないではないか。年金生活者に我慢を強いることになっても仕方がないと、自分が年金生活者として覚悟している。心ある人はそれなりに手立てを講じて生きているものだ。年金暮らしになったら生活レベルを引き下げて、無駄遣いを減らし食いつなぐしかないのである。それでも生きていくことすら出来ないような状況の人々に対してセーフティネットを整備するという手立てしかないではないか。
マスコミがマイクを向ければ「生活が苦しい、やっていけない」と泣き言を言う人ばかりがテレビで報道される。「生活が楽で愉しく暮らしています」という人を見たことがない。私の廻りには友人知人近所の年金暮らしの人たちがいるが、つましいながらニコニコと暮らしている人のほうがずっと多いのに不思議なことだ。
人はマイクを向けられると泣き言を言うのが日本の場合はひとつの礼儀だと思っているところがある。謙遜である。世の中には楽に暮らしている人など昔からそれほど多くはなかったので、これからはますますそうなるだろう。その人達を楽にしてあげます、などという政治家の言葉を聞きながら「嘘つき!」と思う。
グローバリズムが豊かさを失わせた、という話は別の話なので、いまは控える。
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所得再配分後のジニ係数は日本(0.38, 2014年)と米国(0.40, 2013年)は今や同じくらい。ただし、その実態は両者で著しく異なる。いつも私は日本型(非正規、高齢化に伴う年金生活者の増加)、米国型(スーパーリッチの存在)と呼んでいます。
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イタリアやフランスは再配分前では日本よりはるかに貧困率が大きいのに配分後は格差は日本より小さい。
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さて問題は、そもそもこうした 「格差がそもそも問題なのか、格差自身は問題ないのか?」 が問われなければなりませんが、これについては共通の了解があるわけではありません。 格差があるのは当然とする意見もあります。 ただし、ノーベル賞経済学賞受賞者のジョセフ・E・スティグリッツは繰り返し、『大きな格差は経済そのものを弱体化させる』と述べています。
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もしそうなら解決策は自ずから出てくるもの。即ち、定年の延長(=年金を受け取る側から納税者への転換)および年金の縮小。そして、その節約できた分を貧困者の支援にむける。
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日本はまだ社会に流動性があり、北欧並みに「貧困から抜け出せる可能性のある社会」。
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こうしたことは少し丁寧にデーターをみていけば、誰しも了解できることですが、政治の前ではそうしたことはすっ飛ばされて、支援者に阿る発言がなされるということでしょう。
投稿: Hiroshi | 2017年10月16日 (月) 12時37分
Hiroshi様
非常に分かりやすいご指摘、参考になりました。
特別貧困である人を取りあげてすべての人が貧困にあえいでいるかの如き報道をするテレビ局が見受けられます。
その局の記者達は高給で生活していて、生活不安など少しも感じていません。
実体が歪められて報じられ続ければ、再配分という大事なことがきちんと検討されなくなります。
貧しい人が少しでもいれば政治の失敗だと言い立てる風潮に情けない思がしています。
決して現状を肯定しているわけではないのですが、問題がなんだか分からなくては対策も立てられません。
投稿: OKCHAN | 2017年10月16日 (月) 13時02分
平日にランチに行くと、余裕のありそうな人でいっぱいです。マスコミは、そういう人のことはあまり取り上げません。森友・加計問題での意図的な印象操作を考えると素直に信じることもできません。
ただ、家の周りを眺めると昔よりは物質的に裕福にはなってます。
投稿: けんこう館 | 2017年10月17日 (火) 15時08分
けんこう館様
政府を悪者として印象操作することが正義だと思い込んでいるマスコミ人がいるような気がします。
本当に困っている人をどう助けていくか、という視点からではなく、こういう貧しい人がいるから政府は悪者だ、というだけです。
貧しい人を一人もなくすることなど不可能です。
どうしたらそれを少しでも減らすか、そのためにみんなが何を我慢しなければいけないのか、それが忘れられています。
みんなが豊かで金持ちになることなど出来ないのです。
貧しい人が救われて楽になるということは、我々が少し貧しくなるということにほかなりません。
世界の富の偏在が少し均されたからアメリカの白人は貧しくなったと感じていますが、彼らを見て貧しく見えますか?
貧しかった中国人が豊かになれば、日本人の豊かさは当然損なわれるのです。
仕方がないでしょう。
投稿: OKCHAN | 2017年10月17日 (火) 19時30分