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2017年10月11日 (水)

悪かったと思っている、と言った

 追いかけ回し走行を邪魔して、ワゴン車に乗った家族の車を追い越し車線に無理矢理停めさせたところ、トレーラーに追突されて家族の中の両親を死亡させ、姉妹に怪我を負わせるきっかけを作った男が、なぜそんなことをした、と問われて「腹が立ったから」と言い、「なにか言いたいことがあるなら聞こうと思って停めさせた」と言ってのけ、両親が死んだのは「悪かったと思っている」と答えたそうだ。

 些細なことで腹を立てたらしい。そもそもが人に迷惑になるようなことをしていたことを注意されたか、追い抜かれたかしただけのことがきっかけであろう。そのようなおかしな人間はそこら中にいるから、不快だったりこわい思いをしたことのある人は山ほどいることだと思う。私もそういう思いを何度もしたけれど、引きずると不愉快なのですぐ忘れることにしている。

 他人など眼に入らず、迷惑であることに気がつかない人間は、そのことを指摘されたり注意されるとすぐキレる。自分がバカにされた、つまり否定されたと感じるようである。そもそも怒りの閾値が格段に低いのだろう。

 できればそういう人とは関わりを持ちたくないと誰しも思うからみな触らぬ神にたたりなしで避けて通るのだが、そのことがかえってそういう連中の快感や全能感を生んでいるのかもしれない。

 ものごとは結果で判断される。人が何人も死傷したのである。その責任は厳しく追及すべきである。逮捕されたというニュースに当然だと感じた人は多いだろう。このような怒りにまかせて大きな災厄につながるような行為を厳しく罰することは、社会に警鐘をならし、怒りを正当化する者たちに歯止めとして働くという社会的効果もあるはずである。

 一度暴力が幅を利かせる社会になり出すと歯止めが利きにくくなる。世界を見ればそれがよく分かるではないか。常に暴力の芽は発芽しようとする。そのことに対して制裁が多少過剰であっても、その芽を摘むことになるということに同意する人は多いのではないか。

 リベラリストはそれに反対するだろう。リベラリストがしばしば過剰な制裁を嫌うのは、彼らがふんだんに戦いの言葉を使用するのと同様不思議なことである。暴力を毛嫌いするはずのリベラリストが犯罪者の権利を声高に主張することに首をかしげている人は多いだろう。リベラリストが国家権力を増大させないことと暴力阻止のための制裁強化の弾力的運用の否定を同列に論じようとすることだろうことは想像に難くない。

 しかし私は今回逮捕された男に対して、国民の多くが覚えた怒りをマスコミはもっと盛り上げていいのではないかと思っている。

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コメント

もっともだと思います。

福岡県人として恥ずかしいです。

藤子様
福岡県人として恥じることは何もありません。
悪いのは個人ですから。
ただ暴力がはびこってしまったことについて、福岡県警は責任を感じてもいいでしょう。
迷惑を被っているのは福岡県民です。

2名の命を奪ったわりには、予想外に軽い罪になると思います。
追い越し車線に停止させたということは、未必の故意を認めて殺人罪で裁いて欲しいと思います。
このような人には罪を重くしないと抑止力になりません。

けんこう館様
全く同感なのでこのようなブログを書きました。
マスコミも含めてこのような人間を罰するような盛り上がりがあって欲しいと思います。

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