上向き
昨日は気分転換に散歩をし、トイレ掃除、台所回りの掃除をした。そういうことをする気になるのは気分が上向きであることの証だが、そういうことを意識的にすることが気分を上向かせることにつながっているとも言えるのである。
そのあと『夢千代日記』全五回を休憩を入れながら一気に観た。出だしのタイトルバックの山陰線の風景に武満徹の音楽がかぶさって、一気に物語の世界に取り込まれる。特に余部の鉄橋の風景は、今はもう見ることはできないものなので感興を催す。
今の余部橋梁。右端の鉄塔があえて昔のものを残したもの。
やはり吉永小百合は好い。意識的にほとんど聞き取れないような小声で台詞を語り、それでも集中して聴いていればかろうじて分かるという絶妙な演技で、夢千代という女性のはかなさを印象づけている。
このドラマについては何年か前にこのブログで詳しく語ったことがある。今回特に感じたのは、林隆三の演じる刑事の強引さこそが山陰の湯里という温泉町のひなびた雰囲気とそこに吹き寄せられた人々の互いに寄り添い支え合うぬくもりを引き立たせているということであった。
刑事は犯人を追い詰めてとらえることこそが正義を貫くことだという信念のもとに強引に人々の生活に踏み込んでいく。彼にはそれぞれの人にはそれぞれの抱えている哀しみがあることに気がつくことができない。彼は夢千代たちとの関わりの中で最後にそのことの意味と彼の正義との重さの違いをとことん思い知るのだが、そのときには彼自身がさまざまなものを失っていることに気付かされる。
本当のやさしさは哀しみの先にあるということをあらためて考えさせてくれる。そして正義とやさしさの重さの違いも(そもそも比べられるものではないという反論もあろうが)。
気力が低下しているときに観るには重いドラマだけれど、その分だけ微妙な台詞や演技の中に、より繊細に感じることができた気がする。何度観ても良いドラマだ。このドラマの続編である第二シリーズ、第三シリーズの再放送を切に望みたい。
湯里(ゆのさと)という温泉は基本的に湯村温泉を舞台としているが、同時に浜坂という海岸の町も重ねられている。実際には少し離れているけれど、ここではひとつの町のように描かれている。ともに私の好きな町で何度も訪ねているが、それはもちろんこのドラマのイメージが強烈にあるからである。
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いつも素晴らしい文章ですね。。
惚れ惚れします。
「夢千代日記」いつか観たいです。
投稿: 藤子 | 2018年1月12日 (金) 12時02分
藤子様
褒めすぎです。
読み返してそのお粗末さが恥ずかしいことの方が多いのですが、手を入れていくとますますおかしくなってしまいます。
ただ、なるべく受け売りは少なくしたい、つまり自分の感じたこと、自分の頭で考えたことを書こうと意識をしています。
だから粗雑になるのは仕方がないですね。
投稿: OKCHAN | 2018年1月12日 (金) 12時39分