祖父のこと
明治生まれで頑固爺そのものだった母方の祖父は、孫の私にも厳しかったが、どういうわけか私はちっともこわいと思わず、そのためけっこう可愛がられた。私のしつけの八割は、両親ではなく祖父母に仕込まれた。小学校の一年生くらいから夏休みや冬休みはもちろん連休などがあれば、独りでバスで一時間ほどの祖父母の家に泊まりに行った。夏休みなどはほとんど祖父母の家で過ごしたものだ。
古い絵日記などを見るとそれが分かる。あの絵日記はどこに行ったのだろうか。
祖父は明治28年生まれだったはずである。理科系人間でずっと物理や化学、地学の教師をしていた。どう考えても文化系の私が理科系に進んだのも祖父の影響が大きいのである。
女学校の教師のときに生徒の一人を見初めて、卒業と同時にその女学生の家に乗り込み、結婚を申し込んだ。それが祖母である。結婚して母が生まれたとき、祖母は17歳だった。だから祖母は私が生まれたときにはまだ40過ぎであり、おばあさんではなかった。私の手を取って歩いていると、しばしば遅くできた子供と間違われて嬉しそうだった。
歳をとってからも仲がとても良くて、祖母は100%祖父に頼りきりだった。祖父は公立の高校の教師を勇退したあと、私立の高校の教頭格で70歳過ぎまで教師を続けた。ついに自発的に引退するとき、その理由を黒板に字を書くときに「上向きに頭をあげ続けるとくたびれるようになったから」と笑いながら私に言った。
その祖父も90を過ぎることから認知症になった。しばらくしたら、ずいぶん年が離れているのに祖母の様子がおかしくなった。祖父に支えられた一生だったので、祖父の面倒をみるどころか自分も後を追って認知症になってしまい、その面倒は結局私の両親が見ることになった。
そのころ私は家族や祖父母とは離れたところに暮らしていたので、めったに祖父母を訪ねることが出来なかった。無理をして訪ねることは出来たけれど、変わり果てた祖父母がみていられないというのが本音であった。
今思えば悔いの残ることであった。顔を出せば喜んでくれるのが分かっていたのに・・・。
私が子どもの頃可愛がってくれていた祖父の歳を今越えつつあることに気がついて感慨を覚えている。


父方の祖父の記憶はありませんが、母方の祖父も明治生まれでした。農家でしたが、7人の子供を育てあげました。明治の人の気概が必要な時代になりそうです。
投稿: けんこう館 | 2018年1月19日 (金) 10時06分
けんこう館様
私も父方の祖父母は生まれるずっと前に亡くなっているので知りません。
私の価値観の半分以上は祖父母の影響を受けています。
その分多少時代とズレているかも知れませんが、それこそが自分ですから特に不満はありません。
投稿: OKCHAN | 2018年1月19日 (金) 11時02分