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2018年1月11日 (木)

自分を疑う

 正月の酒を酌み交わしていたときに息子と言い合いになった。貴乃花についての意見が違ったからである。私が滔々と自分の見方の根拠を話していたら、「何で正月早々お父さんと(息子は親父などと呼ばずにちゃんとお父さんと呼ぶ)こんな言い合いをしなければならないんだ?お父さんはワイドショーの見すぎではないか」とさとされた。

 私は貴乃花についていろいろなことを知っており、自分なりに考えてきて、自分の貴乃花に対する判断は自分のものであると思っていた。しかし息子にそう言われて返す言葉がなかった。私が息子に一生懸命語っていた貴乃花についての評価は、はたして本当の自分の考えなのか、ワイドショーに刷り込まれた考えなのか分からなくなったからだ。

 息子から見てワイドショーの受け売りみたいに聞こえたなら、多分そうなのかもしれない。それにそもそも正月に口角泡を飛ばすような話題でもないものを話題としたことこそワイドショーの見すぎによるものだと言うしかないではないか。

 自分の考えだと思っていたものが実は自分がそう思わされていたのかもしれないと自分を疑うことをしないでいると、情報の量だけでものを判断してしまうおそれがある。ワイドショーは話題の取り扱いの優先順位が最近は異常であると感じながら、ぼんやり見ているとだんだん洗脳されていくおそれがある。マスコミの恐ろしさである。

 そんなささいな言い合いはあったけれど、もちろん息子とはわだかまりなど全くなく楽しい酒を飲んだ。息子にはいつもこうして教えられることが多い。親が言うのも何だが、なかなか大人なのである。

 ワイドショーは見ないつもりが、暇に任せてテレビをつけっぱなしにしているうちについ見すぎていたようだ。見るより見ない方が良いこともある。情報を取り込むと同じくらいボンヤリと考える時間も必要なので、暇なときは時間をそんなもので埋めないように心がけようと思っている。

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コメント

野菜の高騰 私もびっくりしました
夕食のお手伝いをしているので 値段の上がり下がりがよくわかります
また 誰かが 大儲けをしているのでは・・・とも思ってしまいます

大相撲の様々な捉え方 私もTvにかなり影響されています
一つの局だけを見ていると一層の偏りが出てしまいます
どちらにしても自分の目で見 耳で聞いたことではないので本当のところはわからないのだと思います そうはいってもついつい そんな記事やワイドショウを見ている自分がいます

イッペイ様
独り暮らしなので、ふだんは比較的に質素な食事で満足しています。
正月は若い二人(息子と娘)と多少品数を増やしたボリュームのある食事をしたので、食材の高騰が強く実感されました。
ワイドショーは当分見るのを控えたいと思います。
禁止するわけではありません。
価値観の歪みを補整するためです。

どうしても環境に影響されてしまいますが、ときどき自分の置かれた環境を見つめることも必要がありそうです。そして少しでも良い環境にする行動も大事なようです。(言える立場にないことは自覚してます。)

<別の視点から>
ちょっと触発されて自分のblogを検索してみたら、過去12年の間に相撲の話題を取り上げたうち、2件が暴力事件、5件が「八百長事件」についてでした。もともと相撲に興味がないせいか全て辛口評価のようです(笑) 
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2212/trackback

ところで、堺屋太一氏の本の中で大相撲とプロレス、カンフーの比較が面白かったです。大相撲では建前上、全てを取り仕切る協会がある、一方カンフーでは主催者が変わればルールも変わるとか。 
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2509/trackback

それで思ったのですが、もともと大相撲にはカンフーに近い素地があった、「興行」という言葉が残っていたり、親方制度があるのはその名残でしょう。 それが「国技」などと持ち上げられて、公的性質を持つようになったことが厳しい目を向けられたり、マスコミの槍玉にあげられたりするようになったのでは? プロレスとかの八百長は公然のことですから。

けんこう館様
環境に影響を受けずにものを考えることはできませんが、自分が環境に影響を受けているということを常に忘れないようにしなければ、と感じています。
偏っていたら回避する努力も必要ですね。

Hiroshi様
相撲が子どもの時から野球より好きでしたから、ついその動向が気になります。
相撲がスポーツであるという側面は認めますが、スポーツであるからにはかくあるべきであるという論調にはいささか違和感を感じています。
Hiroshiさんのおっしゃるように、相撲にはスポーツではない側面が多分にあると思います。
その部分を旧弊であるとして全否定してしまうと相撲そのものが成り立たないと考えますが、そこまで踏み込んで改革することが正しいというのが今の論調で、それがはたして本当によいことなのかどうか心配です。

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