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2018年2月

2018年2月28日 (水)

小さくしたり大きくしたり

 テレビで映画の予告CMを見た。人間を小さく(13センチにするとかいっていた)することで食料問題や限られた資源問題が解決する、というお話らしい(数秒のCMなので何も分からないけれど)。確かに人類がすべて矮小化したら資源や食糧はその分少なくて済むのであって、理屈は合っている。

 もちろんいきなり人間を小さくする装置など荒唐無稽の空想の産物だが、品種改良して小型化することは理論的には可能だろう。大きな人間は子孫を残すことを許さない、などという小柄な独裁者が現れるかも知れない。もしかして肥満を悪として痩せることを正しいとする世の風潮は、健康を理由にしているけれど、本当はそのようなひそかな謀略が働いているのか。

 高校生時代に私が書いたショートショートに、逆にものを拡大する装置を科学者が発明した話がある。食べ物をその装置に入れると米粒が卵のような大きさになる。これなら食料問題は解決する大発明だ。発明した博士は自ら人体実験でその巨大化した食料を食べる。味は大味で余り美味しくないが腹は膨れる。しかし連日食べ続けるのに博士は次第に痩せていき、栄養失調になっていく。

 当然のことに拡大された食糧の細胞は拡大されているのである。それは人体の栄養摂取のシステムになじまない。消化できるわけがないのである、というお話だが、映画の場合はどうか。装置で縮小した人体の細胞が数を減らして大きさが変わらなければよいが、細胞も縮小したなら、彼にとって見かけ上大きくなった食べ物は身体になじまないものと思われる。そもそも拡大や縮小は原子レベルで起こすことになるわけで、物理法則になじまないけれど、それを言ってはおしまいである。

 やはり品種改良しかないようである。そうなると大男の私などは粛清の対象になるのかも知れない。すでに太っていることで白い目で見られているのである。トランプや習近平やメルケルから見たら、はるかに痩せているのに・・・。

明の滅亡前後について(4)

飢饉の訴え(2)

 ことに不憫なのは、安塞県(上訴した役人の郷里)城西に冀城という処がありますが、そこでは毎日一人か二人の嬰児が捨てられているのです。泣き叫んでいるものもあります。その父母を呼んでいるものもあります。そこらの泥土を食っているのもあります。あくる朝になってみると、それらの捨て子はもう一人も生きているものはなく、その上にまた新しい子が捨てられているのであります。さらに不思議なのは、子どもたちや独り歩きの人々が、城外に出たが最後、そのまま行方不明になってしまうことです。その後、城門外の人々が人骨を薪の代わりにして焚き、人肉を煮て食っているのを見て、前に行方不明になった人々はみな彼らに食われたのだということが、初めて判明したのであります。

 処で人を食った人々も、数日たつと目や顔が赤く腫れ、体内から高熱を発して死ぬのです。かくて死者はうち重なって臭気は天に満ち満ちています。県城の外に、それぞれ数百人を容れられるほどの穴をいくつか掘り、それに遺骸を埋めておりますが、臣が参りましたときには、すでに三つの穴を満たしてなお余りありました。さらに数里外の、まだ埋められていないのは、それこそどれだけあるか知れないのであります。

 これがある地方のほんの一地区の話であり、これが陝西一帯、さらに全土にわたって同様の様相を呈していたのだ。米価が高騰するのは当然である。
 (続く)

2018年2月27日 (火)

やりきれない

 もともと銃の乱射事件が頻発しているアメリカだが、このところさらにそれがエスカレートしているように見える。乱射事件が起こるたびに銃規制が話題になるが、規制が強化されることにはつながっていない。それよりも事件のたびに、さらに銃の売れ行きが良くなるという。こういう事件は増え始めるとさらに同様の事件を誘発する傾向がある。

 事件の再発を防ぐための対策をトランプ大統領が打ち出したけれど、それが再発防止につながるなどと信じる者は誰もいないだろう。自動車事故で死者が出るから自動車を規制せよとはいわない。自動車は事故の被害以上に生活に便利であるからだ。しかし銃についてはその有用性は銃に対抗するためのものでしかなく、銃がなくても社会に何も問題がないことは日本を見れば分かる。

 私はアメリカの銃の乱射事件はますます増えるだろうと予見する。銃を持てば撃ってみたくなる人間が必ずいる。それが千人に一人、一万人に一人でも、そこら中で引き金に手がかかっている人間がいるということだ。

 トランプという人を大統領にしたことのアメリカのほころびは、案外こんな処から拡大するかも知れない。社会不安は社会の混乱につながる。アメリカはこれをきっかけに衰退するか、すでにもう衰退に向かっているのか。

 アメリカは反知性主義の国だとしばしば言われる。福音派は知性を否定するところがある。共和党は福音派に支持されている。トランプは福音派かどうか知らないが、反知性主義であることはその言動から明らかである。反知性主義というより非知性的といおうか。

 これは本当かどうか分からないが、トランプが大統領になる前に「TPPには絶対反対だ。なぜならTPPは中国の陰謀だからだ!」と公言したことがあるそうだ。脇にいた人に「中国はTPPに加わっていませんよ」とたしなめられると、「えっ」と驚いたという。そんなことも知らないのである。この話は冗談ではなく、本当だと思う。

 TPPの何たるかを全く知らなかったらしいという有名な話だが、一事が万事、無知であることは恐ろしいほどだという。側近は陰で「トランプはアホだ」と口を揃えて言う。アホだからこそ国を支えるために自分が頑張らなければ、と思う人だけが残り、もうやってられないという人が次々に辞めていく。たった一年でスタッフの三分の一が辞めたといい、これは歴代の大統領で群を抜いて多いそうだ。

 中国はアメリカがおかしくなれば高笑いをするだろう。安倍さんもそろそろトランプと距離を置くことを考える必要があるだろうと思うが、北朝鮮が今のままならアメリカの袖にすがり続けるしかないと思っているのか。やりきれないなあ。

明の滅亡前後について(3)

飢饉の訴え(1)

・・・臣の郷里の延安府では、去年(崇帝元年・1628)から一年間雨が降らず、草木は枯れ焦がれてしまいました。八、九月頃、民は争って山間の蓬を採って食うのでありますが、その粒は糠の皮のようで、味は苦くて渋く、食ってもただ何とか死なぬように命を引き延ばすだけであります。十月以後になりますと、蓬も採り尽くされ、そこで木の皮を剥いで食います。いろいろな木の仲で楡の皮がいくらかうまいので、これには他の木の皮をまぜて食い、それでどうやら死を引き延ばすことができます。

 ところが年末までには、木の皮も採り尽くしてしまいました。そこで今度は山の中の石塊を掘り出して食うのです。石(珪藻土と思われる)は性が冷たくて味が腥く、少し食うと腹が膨れて下にさがり死ぬのです。民の中には石を食って死ぬことに甘んじないものもおり、結局そうした連中が集まって盗賊となるのでありまして、多少貯えのある民はついにその襲うところとなって、ひとつ残らず略奪される始末です。役人もこれを禁圧することができず、また逮捕されるものがあっても、彼らは恬として怪しむことを知らず、
「飢えのために死ぬのも、盗賊となって死ぬのも同じだ。このまま手をつかねて死ぬよりは、盗賊となって死んだ方がましだ。同じ亡霊でも満腹した亡霊になれるのだから」とうそぶきます。

 続く

2018年2月26日 (月)

常軌を逸している?

 オリンピックは終わったのである。祭は終わったのである。その翌日の本日のNHKのニュースのトップが相変わらず朝から晩までオリンピックであることに違和感を感じた。

 NHKにとってコストパフォーマンスを確保するためにオリンピックに偏重するのであろうが、ことごとくトップニュースであるというのは常軌を逸している。常軌を逸していると思うのは私だけだろうか。それならなにをか言わんや、である。

善いやら悪いやら

 本日は待ちに待った定期検診日。採血してその結果を待つ。いまは本当に検査が迅速になり、二時間足らずで結果が出て主治医のご託宣をいただける。

 結果が思わしくないだろうと思いながらも、もしかしてという思いもある。勉強しなかったのに良い点を期待する学生と同じだ。

 結果は・・・何と血糖値もヘモグロビンA1cもギリギリ許容範囲の上限一杯でセーフ、美人の女医さんは天を仰がずに、にっこりほほえんで、「元に戻りましたね、多少はセーブしたようで、けっこうです」とおっしゃる。ここで「実は・・・」などと要らぬことを言うつもりはさらさら無いから、「はあ」と答えた。「はい」では嘘になる。

 結果が良いのはけっこうなことなのだが、あのペースで酒を飲んでもなんとかなるということに慢心するのがこわい。油断はリバウンドにつながることは今まで身に沁みているのだが。

 とはいえ、今晩は独りで酒盛りだ。徳島の美酒は残っているし、ワインもビールもあるのだ。何を肴に作ろうかわくわくしている。それにしても腹が減った。昨夕は早めに晩飯を本当に軽く食べただけで、二十時間ほど何も食べていないのだ。

 本日の状態のキープはできそうもない。駄目だこりゃ、などと言っている場合ではないのだが。

明の滅亡前後について(2)

 明朝(1368~1644)の政治が急激に腐敗したのは十五世紀のはじめ、、正徳帝が位について以来である。歴代の天子はほとんど無軌道か、そうでなければ幼弱無能なものばかりで、無知で横着で貪欲な宦官たちがこれにつけ込んで政権を掌握し、勝手放題をしていた。

 十七世紀に入って、天啓帝の時代には滅亡の一歩手前まで来ていた。賢明な崇禎帝が立ってから改革に手を染めたけれど、手遅れであった。

 農村は疲弊しきっていたのに、北方には満州族が辺境を窺っていたため、これに備える軍事費は年々増大する一方で、それは人民の肩に重税として重くのしかかっていた。そんななか米価は暴騰していっそう庶民を苦しめた。

 崇禎元年(1628)陝西地方に大飢饉が起こり、これが以後二十五年間にわたって中国全土に繰り広げられた農民大暴動の導火線となった。

 崇帝二年に崇禎帝に上疎された文章にこの消息を記したものがあるので、次回はそれを引用する。

2018年2月25日 (日)

しあわせ

 三月に紹興酒を現地(紹興)で飲むために中国の江南に行く。前回の雲南旅行でキャリングバッグ(娘のどん姫のお下がり)が壊れてしまったので、散歩がてら電車で名古屋に見に行った。いろいろ見比べて買いたいものを選んだら、車で再度行って買い求めるつもりであった。ガラガラ引いて帰るのも面倒である。

 他の雑用もついでに行い、いろいろ物色したが、もともとそれほど注文があるわけではないので適当に決めた。3~5日間用のものだが、私は荷物をあまり持たないので、それで一週間程度の旅行なら十分である。何と無料で配送してくれるという。二度手間が省けてありがたい。

 カメラバッグはショルダー式のものを三つも持っている。出掛ける旅によって使い分けているけれど、どれも帯に短したすきに流しで、いまいち満足していない。今回の旅にどれを使うか悩んでいたら、ザック式の、小ぶりだがいろいろと収納できるものをみつけた。手荷物として必要なものをカメラと一緒に入れられて便利だし手も空く。それに安いのが気にいったので購入。これで今回の本屋での散財は諦めた。

 名古屋駅のコンコースはいつも人でごった返している。ツインタワーができてから(もう二十年ほどになるだろうか)のことではあるが、むかしはずっと閑散としていた。名古屋の中心部は栄界隈であったが、いまは駅周辺が人出の中心になっている。

 それが本日は日曜日であるから芋の子を洗うような混雑である。真っ直ぐ歩く人、斜めに歩く人、横切る人、立ち止まる人、早い人、遅い人がてんでに好きなように歩く。なかには周りなど意識しない人もいるから、なかなか歩くのに神経を使っていささか疲れるが、けっこう頭も使うし面白くないこともない。

 帰りの電車でロングシートの優先席(車内は昼時なのでガラガラである)に座っていると、向かいに若い二人連れが座った。品の良い身なりをしている。夫婦らしい。男性は胸に幼児を括り付けて、コートで抱え込んでいる。まだ歩き出したばかりくらいか。ぐっすりと寝ているようだ。

  女性がそっと男性の胸元の我が子をのぞきこむ。活き活きと輝くような笑顔になった。ああ美しいなあ、と眺めていた。二人はにっこりとほほえみ合い、これぞしあわせ、というものを見せてくれていた。

明の滅亡前後について(1)

 先般、彭遵泗『蜀碧』という本を紹介した。明末の反乱軍の首領の一人である張献忠が四川で大虐殺を行った記録である。ただし、この本は清の時代に入ってから百年ほど後に書かれており、当然著者は実際に事態を見たわけではないからすべて真実とは言えないところがある。

 満州族が中国に侵入し、清朝をうち立てるにあたり、多くの犠牲者が出ているが、そのことは清朝の時代には大っぴらに語ることはできなかった。そのかわりに反乱軍の張献忠の暴虐をことさらに誇張するという作為が働いている可能性がある。

 実は『蜀碧』が収められた東洋文庫には、朱子素『嘉定屠城紀略』と王秀楚『揚州十日記』という明末の清軍の侵攻に伴う江南地区での混乱の記録書が収められている。そしてこちらはどちらもリアルタイムにその様子を体験した著者による記録である。清朝時代にはこのような文章はおおやけにできないので、書き写されながらひそかに流通していたもので、清朝末期になって多くの人の眼に触れるようになった。

 日本には江戸時代後期にすでに持ち込まれていたようで、これらすべては内閣文庫所蔵本として残されている。訳者の松枝茂夫はこれらの内閣文庫所蔵本や異本を比較してここに訳出した。

『嘉定屠城紀略』はどちらかというと歴史書の体裁のまとめ方で、事実を客観的に時系列で並べてある。そのぶん資料としての価値は高いが、面白みに欠ける。『揚州十日記』のほうはまさに自分と身内に起こった出来事を見たままに書き記していて、資料としては断片的となるが、文学的にははるかにリアルで生々しい。ともにそれほどの量ではないので両方読了したが、確かに『揚州十日記』は記憶に残る記録だと実感した。こちらは佐藤春夫が昭和初年に訳したものもあるという。

 その紹介をしようと思ったが、何より明末の清初の歴史を簡単にまとめておかないとその意味が分かりにくいと思うので、解説にかなり分かりやすい時代背景が描かれているのでそれをもとに自分なりにまとめ直して何回かに分けて掲載しようと思う。

 これは自分のためのものなので、興味のない人には退屈かもしれない。面白いと思うことは人によって違うものであるし、私はこのような中国の歴史を面白いと思う人間で、その歴史から中国というものを理解する手がかりにしようと思っている。このなかには文化大革命とは何だったのか?という私の終生のテーマを解く手がかりも当然あるはずなのだ。

2018年2月24日 (土)

本好きと読書家・書店と図書館

 読書家には人間業とは思えないような読書量の人がいる。井上ひさしのように一日数冊から十冊も読むなどというのはざらである。せめて一日一冊くらい読みたいものだと思いながら、月に二十冊すら読むことができない私などは足元にも及ばない。しかし読書家は数を競っているわけではなく、読むことが楽しいからそれだけ読むのであって、本が好きなのである。

 本好きといえば私もエントリーできると思う。なけなしの金でつい余分に本を買い、棚に並べて悦に入っているのも本好きといえば本好きだろう。どうも私は本を読むこと以上に本を買うことに快感を感じてしまうところがあることに、このごろようやく気がついた。蒐書家とか書狂と呼ばれる人はこの類で、やはり上には上がいすぎて私は足元にも及ばない。

 本好きの人も読書家も手放しで共感を感じる。

 いつもブログを拝見する方の中に本好きの人が何人かいる。私の読まない分野か読めない分野の本(私が読む能力と忍耐力に欠けるために読めない本)を代わりに読んでその内容を教えてくれるのでありがたい。

 本好きにも本屋で購入することにこだわる人(私もそうである)と、本屋ももちろん図書館を積極的に利用する人とがいる。どちらも本という現物との出会いを楽しむという点で同じである。

 そのことをブログを拝見しているshinzeiさんとHiroshiさんにあらためて気付かせてもらった。

 そのHiroshiさんが今度図書館有料論を書くつもりだというから楽しみだ。たちまちに図書館は貸本屋ではないという反論が出そうだが、私はいまの図書館を存続させるために有料論は傾聴に値する気がしている(まだ読んでいないから分からないので)。

 本が多すぎる。だから書店に並ぶ本は入れ替わりが激しく、店頭にずっと並べておくべき本も駄本も、流れ去るように入れ替わって眼前から消えてしまう。本屋でのときめきの出会いが減っているのもそのためだ。本屋が価値のある本のフィルターの役割の体を全くなしていないとき、図書館こそがその役割を担わなければならないし、現に担っているのだと思う。その図書館に新刊本のベストセラーをただで読む役割ばかりを要求していては、維持は困難だし出版業界にもマイナスだろう。
 
 図書館こそ出会いの楽しみの場所というHiroshiさんの意見に賛同する。ただし、わたしはあくまで本屋派で、棚に本を並べるのが趣味の俗物である。

美酒来たる

 定年後、名古屋から夫婦でふるさとの徳島へ移り住んだ兄貴分の人がいる。名古屋にいるときには新酒会に加わることもあり、そもそも私が名古屋に転勤してきたときに最初に津島酒造組合の割田屋という酒蔵に行ったときに一緒だったのがこの兄貴分の人である。

 徳島にも新酒会があるので、私の送った酒の返礼としてそこで手に入れたという「あいさい黄金酒」という純米吟醸酒をご恵送いただいた。それが昨日届いたのである。

 飲まずにおられようか。26日の定期検診にあわせての休酒はこれで二晩続けて休止となった。というより、今回はまだ二日ほどしか休酒していない。さすがに本日の土曜と明日の日曜は我慢するつもりである。

 いいお酒には肴を用意せねばならない。そうして美味いお酒と美味い食べ物で至福の時を過ごすことになった。これで血液検査はいつもの作られたものではなく、日常の数値がそのまま出ることになる。体重も減るどころか増えている。

 美人の女医さんの天を仰ぐ顔が目に浮かぶ。

 それにしても至福のときと我慢のときを比べたら、至福を選ぶのは凡人として致し方がないのである・・・などと開き直っている。

2018年2月23日 (金)

過ぎたるは・・・

 民放はCMがあふれていて繊細な神経(ただ神経が細いだけか)の私には耐えられない。しかしテレビは大好きだから、NHKを見ることが多い。NHKといってもニュースやドキュメントが主体である。WOWOWを契約しているが基本的に録画しか見ない。

 しかしそのNHKのニュースがこのところは平昌オリンピック一色で、冒頭から延々とオリンピックの話を流し続けている。見たいところはリアルタイムで見ているから二度目三度目となる。ニュースの時間にはニュースが見たい。スポーツニュースのコーナーがあるのであるからそこで放送すればいいのであって、それが少し膨らんでもそれはとやかく言うことではない。

 世のなかにはニュースがないかのようである。オリンピックで世界平和が保たれ、事件も起きていないのならけっこうなことだ。

 しかしそんなことはないはずなのであって、NHKBSで通常のニュースやワールドニュースを見れば、ニュースであふれている。海外のテレビ局のニュースを見れば、オリンピック一色ではないことが良く分かる。NHKが選んだものだけが報じられているから、全部を知らないが、開催国の韓国はいざ知らず、これほど朝から晩までオリンピックのニュースばかり流しているのは日本だけではないかと思う。

 だからテレビをつけて私が見るのはBSのニュースばかりとなる。それぞれの国がそれぞれの国の立場でニュースを報じていて、同じことが全く違う報道をされているのが面白い。ロシアの報道を見ていればウクライナ問題は白黒逆に見える。中国も同様である。それらを毎日見ている人がその報道の価値観に染まらないはずがあろうか。自分だってそうに違いないのである。

 オリンピックというお祭り騒ぎがあれば終日騒ぎ立てて高額の放映権料の元を取ろうとするNHKは、多分視聴者も喜ぶと信じてそのような放送編成にしているのであろう。しかし過ぎたるは何とやら、である。過ぎれば飽きるし、飽きれば嫌いになるのは世の常である。それにうんざりする私がおかしいのだろうか。

非友好的な敵国

 人に嫌われようと思ったらその人を嫌いになればよい。よほど鈍感な人でない限り、相手が自分を嫌っていることは分かるものだ。

「韓国の情報サイトが大学生を対象に、韓国の友好国と非友好国のアンケート調査をしたら、『韓国と非友好的な敵国』として日本を挙げたのが54.3%で北朝鮮は21.4%だった」、という記事を引用して韓国のメンタリティーを論じていた週刊ポストの記事がネットで報じられていた。

 ここでさまざまなことを思った。

 まず韓国の若い人が日本を嫌っているというのは本当らしいということ。実は韓国のマスコミがいうほど韓国の人たちは日本を嫌ってなどいないということをしばしば聞かされる。マスコミが反日をあおってそのようにいうだけかと思ったりもしていた。特に若い人は日本の文化にも接しているから、年の行った人よりも日本嫌いは少ないのかなとも思っていたけれど、やはり過半数が日本を嫌っているらしいように思える数字である。

 個人的な実感でも、最近韓国に対してあまり好感を持てなくなってきた人が増えているように感じている。それは韓国の話としてあまりにも頻繁に「日本が嫌いだ」、というメッセージを受け続けているからだろう。記事では、韓国で作られる映画の例が挙げられていて、北朝鮮の人は純粋無垢な存在として描かれることが多く、日本を扱う映画ではことごとく反日的なものになっている、としている。

 そういう刷り込みが繰り返し行われ、しかも教育でも偏った歴史教育を受けて育てば、日本が「非友好的な敵国」だと大学生の過半数が考えるのは当然なのかなとも思える。

 しかし不思議なことに日本を訪れる韓国の人々は急増している。敵情視察なのであろうか。

 また、日本のマスコミもことさら反日行動を針小棒大に取りあげるきらいもある。日本大使館前に五十人ほどのデモがあっても、国を挙げて反日行動をしているように報じることもある。この辺は複雑で、韓国にシンパシーを感じるから反日行動を取りあげる場合がしばしばあることだ。日本は悪いことをしたから韓国が反日行動をするのは当然なのだ、という論理で反日行動を過剰に報じているきらいがある。そもそもそのような報じ方をするマスコミは日本が嫌いなのかもしれない。

 そんなことを考えながら記事をよく見たら、もともとのアンケートをしたのが2012年の8月とある。そんな古いデータをもとに論じている週刊ポストの記事もどうかと思ったが、多分いいたいことが先にあって、それに都合の良いデータを探して使用したのだろう。

 ところでいま同じアンケートをしたら、はたして結果はどうなのだろうか。日本に来る人が増えた分、「韓国に非友好的な敵国」と考える大学生は減っているのだろうか、それともさらに増えているのだろうか。日本人の韓国に不快感を持つ人は間違いなく増えていると思うが、韓国の人は、なぜ日本が韓国を嫌うのか分からないという話も聞いたことがある。不思議な心性である。理由は分かるけれど。

2018年2月22日 (木)

ヤリイカ

 ときどき船橋で待ち合わせて飲む兄貴分の人からヤリイカが送られてきた。セミプロ級の釣り師なので冬でも釣りに行くらしい。イカ釣りで釣れたものを送ってくれたのだ。いまはイカが不漁と聞いているが、立派なヤリイカである。ありがたい。

 イカはねっとりした甘みのある甲イカの類よりも、スルメイカ類が好きで、特にこのヤリイカは大好きである。何バイもあるけれど、独りではそんなに食べられないので二ハイだけを解凍して、残りはそのまま冷凍庫にほうり込む。

 刺身はもちろん、刺身をさっと湯がいてレアで生姜醤油、そして酒と醤油に軽く漬け込んで付け焼きなどにするつもりだ。

 ところでイカはだいぶ前にスルメイカをさばいたことが一度あるだけである。さいわい簡単な魚の捌き方の本を持っているので、念のため目を通して実践に及んだ。

 まず足とワタを胴中から外す。空になった胴中を軽く水洗い、目の横に包丁を入れて眼とくちばしを取り去る。次に縁ペラを外して、その外したところから皮をむく。案外簡単に剥がれる。縁ペラも皮をむく。

 ここまで来ればあとは好きなように料理ができる。イカソーメンと行きたいところだが、イカ冷や麦かイカうどんになるけれど、客に出すものではないからいいのである。

 K山さん、ありがとう、美味しくいただきます。26日には定期検診なので、酒を控えようとしたところだけれど、もう止まるものではない。明日からは控えよう。

彭遵泗(ほうじゅんし)『蜀碧』(東洋文庫)松枝茂夫訳

 明朝が滅び、清朝に代わったときの話であるが、これは小説ではなく実話である。およそ人間がなすことと思われないような残虐なことが蜀(四川)で行われた。

叙にいわく

「『蜀碧』は、蜀を哭したものである。なにゆえ蜀を哭したというのか。楊嗣昌の罪を明らかにし、邵捷春の愚を憫(あわ)れみ、地下の忠魂列魄を弔わんとするものだからである。(中略)

 流賊張献忠は三たび蜀に侵入し、各地に殺戮を行い、血は流れて川となった。蜀の禍いはここに極まった。このとき、士人より庶民にいたるまで、節を守って死んだものはあげて数えることができない。閨中の婦女で、あるいはみずから火を放って家とともに焼け失せ、はたまた賊を罵って殺されたものも、また数限りなかった。
(中略)

 ああ、蜀は賊に恨みを受け怒りを買ういわれはいささかもなかった。しかるにかくまで残忍非道を蒙るとは、一体これは天のくだしたものであろうか。本書の読者は、必ずや嘆息して涙の落ちるのを禁じ得ないであろう。(後略)」
                             彭端淑(著者の兄らしい)記す

 つまりこの本は反乱軍の張献忠が蜀で行った残虐非道な殺戮の記録なのである。

 ところで張献忠について私の持つ簡単な人名辞典を引いてみると、

「1606~46 中国、明末の大農民反乱の指導者。延安県(陝西省)の人。1630年米脂県の農民反乱を指導し、陝西農民反乱の首領王嘉胤の部隊に合流。’33年高迎祥を首領としたその部将の李自成と連合作戦をとったが、張献忠が戦線を分裂させたため高迎祥は戦死。以後は独自の行動をとり、’40年明の将軍左良玉に敗れ、湖南・江西・四川へと進み、’44年成都をおとして帝位につき、国号を大西とした。この勝利は厳正な軍紀、租税三年免除のスローガン、佃農・奴婢の地主支配からの解放、女性解放のためといわれる。しかし李自成との統一戦線はくめず、中小地主の力を反清運動へ動員できず、結局地主軍と清軍に敗れた。

 とされていて、参考文献としてこの『蜀碧』と私が次に読み始めている『嘉定屠城紀略』をあげている。

『蜀碧』で語られている残虐な張献忠と、人名辞典の張献忠が同じ人物とは到底思えない。ちなみに李自成といえば・・・と詳しく語り出すときりがない。歴史を学んだ人なら知らない人はないだろう、北京を陥落させ、明朝を直接滅ぼしたのはこの李自成である。結果的に清の先触れ部隊の役割を担った漢民族にとっての逆賊である。

 この本の内容の具体的な引用は控える。前半は淡々とした戦闘記録であるが、後半は死、死、死、殺人と死体損壊の話が続く。文章だからいいが、映像では見るに耐えないだろう。死者の数は数十万とも数百万とも推察される。

 訳者の松枝茂夫は著名な中国文学者であるが、この『蜀碧』は魯迅の文章から知ったという。あとがきに魯迅の文章がいくつかあげられてるので、その中から一つ引用してこの本の内容を推察してもらう。

「張献忠の性癖はことに変わっていて、労役に服せず年貢を納めないものを殺すと共に、労役に服し年貢を納めたものも殺した。自分に抵抗したものを殺すと共に、自分に降参したものをも殺した。」   (魯迅『灯下漫筆』から) 

 多分現在の中国共産党にとっては、張献忠は農民反乱軍の頭目として正義の人と評価されているのであろう。私の人名辞典も若い時に買ったものだから、その視点で書かれているに違いない。

 ところでそのことを踏まえると南京事件はどうなのか。正反対の結論が同時に現れそうである。歴史とはかようなものであるか、とあらためて感じた。

2018年2月21日 (水)

門井慶喜『銀河鉄道の父』(講談社)

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 宮沢賢治の父・宮沢政次郎が主人公であり、彼の目に映る宮沢賢治の一生が描かれている。宮沢賢治に多少なりとも関心を持つ人なら面白く読めるはずだし、読まないのはもったいない。

 世のなかにはさまざまな父親がいるだろうが、私もその父親の一人として素直に政次郎に感情移入した。繰り返し言っていることだが、人を愛するということは相手をかけがえのない存在だと心の底から思うことである。他のひとはどうであれ、私はあなたがいてくれてうれしいと思うことである。

 そして相手も私のことをそう思ってくれればこんなしあわせなことはないが、あくまで主体は私であろう。

 賢治の父、政次郎はまさにそのように息子を、そして家族を愛した。明治生まれの父親は時代の変化による価値観の変化に、ときに遅れながらも理解しようと努めた。

 宮沢賢治という、ある意味で尋常ならざる男を心の底から愛し抜き支え抜いた男の深情が切々と語られている。その掌の上で、宮沢賢治は自由奔放に生き抜くことができたのだ。宮沢賢治は自尊心と世の中の評価の間で悩み抜き、自分をいじめて命を縮めた。

 彼が世に評価されて名声が一気に高まったのは、彼の死後しばらくしてからであった。政次郎は持病を抱えながら84歳まで生きた。

 父親という存在は息子にとって壁であるべきだと思っている。息子は壁を越えなければ一人前にならない。大人になるということ、一人前の男になるということは、その壁を越えたかどうかにかかっている。私にとって私の父親は鉄壁だった。本当に壁を越えたと実感したのは、息子が生まれたときだった。壁などそもそもなかったことをそのとき知った。それまでほとんど口をきくことがなかった父親と、私はようやく普通に会話ができるようになった。

 父がどれほど私を愛し続けてくれていたのか、いまになればとても良く解る。この小説で父と息子の関係についてあらためて深く考えさせてもらった。直木賞受賞作。

 蛇足だが、石川啄木は盛岡中学で宮沢賢治の10年先輩。ただし石川啄木は五年生で退学となっている。

ことなきを得る

 海外旅行に行くのに、フライトが朝早いので空港近くに前泊する必要がある。その宿に着いたら、大きな部屋にすでにたくさんの人がいて、雑魚寝するようになっている。それぞれが宿の布団を出して横になったり雑談している。私の布団だけは自分のものであり、寝慣れた布団に早めに入ってゆっくりしていると、見知らぬ若い男がその布団に足を入れてきた。宿の布団はせんべい布団で、私のは暖かいのを知っているのだろう。

「これは俺の布団だ」とその男をたたき出す。その若者に喚声を上げて飛びつく少年がいた。飛びついた勢いで私にぶつかる。ぶつかったのに二人でじゃれている。どうやら兄弟らしい。

 その少年の襟首をつかみ、「君は私にぶつかったのに謝りもしない、そう言うときはどうすべきなのか」と激しく叱責した。少年は、シュンとなって小声で「ごめんなさい」と言ったので許してやった。

 しばらくすると外が騒がしくなった。なにかが起きたらしい。外に出ると遠くの空が赤く染まっている。ぼんやり見ていると、妹が私を見かけて声をかけてきた。

「一緒に行く人はいま銀行で両替しているけれどお兄ちゃんは大丈夫なの?」

 しまった、前回の雲南旅行での使い残しがけっこうあったのに持って来るのを忘れた。と同時に血の気が引いた。パスポートも忘れているのである。

 気を取り直して考えてみると、一度名古屋に戻っても何とか間に合う。よかった。

 ほっとしたところで目が醒めた。ああ、取りに戻らなくてもいいのだ、まだ旅行はすこし先の話である。パスポートはくれぐれも忘れないようにしなければ・・・。

 どうしてこんな変な夢を見たのだろう。

2018年2月20日 (火)

しつこい

 私はしつこいのが大嫌いである。あまりしつこいと、正しいか正しくないかなどという価値判断が意識から飛んでしまうほどだ。

 国会中継を見るともなく見ていたら、野党は「謝れ」、「辞めろ」、「法案を撤回しろ」と繰り返し繰り返し厚労大臣や首相に迫っている。

 厚労省の、いい加減だったのか、本当にお粗末だったのか知らないが、首相答弁の資料の数字的根拠が間違っていたことは、すでに誰もが承知している。そしてそれについて安倍首相は、その数字が間違っていたこと、答弁が結果的に誤りであったことを認め、謝罪した。

 謝罪したことも誰もが承知していることである。

 この繰り返しの謝罪と撤回の要求を見ていると、どこかの国が「謝れ!」「謝れ!」「謝れ!」と繰り返しいうのに酷似していると感じてしまう。

 そのどこかの国の謝罪要求に対するのと同様の嫌悪感を感じてしまう私はおかしいのだろうか。日本の国民はどこかの国の人たちよりもしつこくないし、しつこいのは嫌いだと思うが、そうでもないのか。野党はしつこすぎることでいままで以上に嫌われることにならないか心配になる。

「あめゆじゅとてちてけんじゃ」

 いま今回の直木賞受賞作品、門井慶喜『銀河鉄道の父』を読んでいる。少し前なら一気に読み切れたのだが、このごろは気力が続かず、ようやく三分の二ほど読み進んだ。一両日中に読み終えて全体の感想を書くつもりだが、どうしても先に書き留めておきたいことがあったので記す。

 若竹千佐子の『おらおらでひとりいぐも』という芥川賞受賞作品の題名が、宮沢賢治の『永訣の朝』という詩から採られていることをあとで知ったことは先日(1/30)ブログで書いた。この詩は賢治が最愛の妹のトシの臨終のときに書いたものだが、言葉が花巻の言葉なので分かりにくい。

 「おらおらでひとりいぐも」が、私は私で独り逝くというトシの言葉として語られている詩なのだが、小説の『おらおらでひとりいぐも』のほうは、私は私で独り生きていくという決意表明となっていることは読めば分かる。

 この『永訣の朝』で「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という言葉を今回『銀河鉄道の父』を読むことで、本当に理解して強烈な衝撃を受けた。「あめゆじゅ」とは雨雪、つまりみぞれのことである。そして「とてちてけんじゃ」は「取ってきてくれない?」「取ってきて頂戴」というような意味であることは詩の解説で知ってはいた。

 しかし今回その臨終の朝の様子が実景としてイメージされ、外のみぞれ、息が細くなっていくトシの様子、身内がのぞきこむ姿、賢治の惑乱する様が目の前に現れた。

 「あめゆじゅとてちてけんじゃ」とトシによせた耳元に私自身がささやかれた思いがした。賢治のトシに向ける愛情の深さ、それは過剰でほとんど恋人に対するものである。そのことを自分の感情として受け止めてこの詩を読み直すと、その慟哭と喪失感の深さは計り知れない。そしてこれが宮沢賢治の本格的な作家への大きな一歩につながってもいる。

 そのことを賢治の父・政次郎がどう受け止めていたのか。彼も賢治を、そしてトシを身もだえするほど愛していたのだ。その詩に政次郎がどう感じたのか、その複雑な思いが私も父という立場から共感できた。

 どうも宮沢賢治がいま私にまとわりついているようだ。

2018年2月19日 (月)

聖徳太子、イエス・キリスト、景教、ミシカ

 梅原猛の本(『考える愉しさ 梅原猛対談集』)を読んでいたら、表題の言葉が続けて出て来てびっくりした。

 聖徳太子が厩戸皇子(うまやどのみこ)と呼ばれていたことは御承知であろう。片岡伝説というものがある。聖徳太子が片岡山で飢えた男を見て、それに衣服と食物を与えたが、その男は間もなく死んだので、そこに墓をつくって葬った。数日後、太子が人をやってみると、墓はもぬけのからで衣服だけが残っていた。それを太子が着用したので、後世の人々は、聖は聖を知る、と言ったという。このことは日本書紀や古事記に書かれていることである。

 ほとんど同じ意の文が『日本霊異記』にも掲載されていて、私はそちらで読んでいる。

 これがイエス復活の話に似ているというのである。イエス・キリストは厩で生まれていて、受胎告知がなされているが、聖徳太子の母にも同様の受胎告知の話が残されていることは『日本霊異記』にも記されている。

 時代が全く違うからイエス・キリストの生まれ変わりが聖徳太子だ、というのは無理があるが、どうしてこれほど似た話になるのか。実は景教という名でキリスト教が中国から日本に伝えられているのである。景教はネストリウス派のキリスト教で、後に異端とされている。有名な大秦景教流行中国碑(歴史で習ったはずである)という唐の時代の石碑が明の時代に発掘されている。

 そしてその景教の思想が空海によって日本に持ち込まれているという。空海の唐での師のひとりが大秦景教流行の碑の一部に関わっているという。

 その関連が面白そうなのでネットで調べてみると、ぞろぞろと怪説奇説が引き出されてきた。プリントアウト(数十頁になった)して読んでみているが、よくもここまでいろいろとこじつけたり関連づけたりできるものだと感心するものばかりだ。全くの荒唐無稽のものと、もしかしたら中には何か隠されたものの手がかりがあるのかもしれないと思うものもある。

 こうなると梅原猛の古代論とは離れすぎるのだが、梅原猛は怪説奇説を頭から否定せずに、なぜそのような伝説が生じたのか、その背景を考えるということで時代を読み解こうとする。だからときに暴走もするが、全く切り口の違う方向から時代に光を当てて仮説を提供し、固定観念を打破するから面白い。

本文から

 ところで景教の景の字は、大いなる日、日の大なるものという意味で、敦煌文書の中に景教の経典が二、三ありますが、それを読むと、われわれの考えるキリスト教とは相当に性格が違う。いわば自然崇拝的なキリスト教のように思う。光と闇の原理、光が闇を追い払うという光崇拝の原理が表面に出ていて、景教碑文を見ても、むしろ自然神的なエホバの神が強調されているんです。御承知のように景教は当時異端とされたんですが、その理由は、聖母マリアの崇拝を認めない、少なくともマリアを低くおいたかららしい。それは天なる神を重視するところから来るんですね。その天なる神を景教ではミシカというんですが、それがどこかで仏教のミロクともつながっていると思われる。ところが聖徳太子関係の寺には弥勒崇拝が大変多くて、むしろ弥勒崇拝は太子崇拝とともに出てきたような気がするんです。(後略)

 どうです。ミシカまで出てきました。ミシカといえば先日ファンタジー映画『ミシカ』シリーズを観たばかりではないか。

 これで表題の四大題目がすべて揃ったわけである。面白いなあ。

陸游『入蜀記』(東洋文庫)

 この本を読んでいることは以前言及したが、ようやく読了した。南宋時代の詩人の陸游が四川(蜀)の虁州(きしゅう・長江の白帝城のやや上流のあたり)へ家族と共に赴任したときの旅日記、つまり紀行文である。

 ふるさとの山陰(紹興)を出発したのが五月十八日、虁州に到着したのが十月二十七日で、主に水運での五ヶ月あまりの旅である。そこには見聞したさまざまな景色や出会った人、そしてその地にまつわる歴史的な逸話や人などが書き記されている。詩人であるが旅日記には自分の詩はほとんど書き記していない。詩は詩で別に詩集としてまとめられているからである。

 本文はたぶんこの240頁ほどの本の約半分で、残りは注である。本文には知っていて当然として、ずらずら事跡や人名が書き連ねられているが、哀しいかな私にはほとんど分からない。当然注が必要なのであり、注を丁寧に読んでいると本文の二倍も三倍も時間がかかる(字も小さい)。しかもその注に書かれている情報が多く、そこでまた知っていて当然として扱われていることがこちらは分からないことだらけだから身もだえする。

 普通なら途中で投げ出すところなのだが、それでも少しずつではあるが読み進められたのは、分からないなりに面白いからであろう。

 宋の時代のことは『水滸伝』や『岳飛伝』などで多少のイメージは持っている。宋は北方民族に圧迫されてついに南に追いやられ、臨安(今の杭州)に都を移した。著者の陸游はその南宋の時代の人である。私は杭州が大好きで、何度も訪ねているから親近感があるのだ。

 この本の中では、しばしば欧陽脩のいわれのある場所を訪ねている。彼の残した石碑や建物が戦禍で朽ち果てていたり焼亡したりしている姿に陸游がどんな思いだったのか想像できる。

 欧陽脩は陸游より少し前の時代の北宋の人で、解説によると、この紀行文と同じような場所をたどって同様の紀行文を残しているそうだ。硬骨の人であった欧陽脩は北方民族と宥和政策をとることに反対を唱え、皇帝にたびたび僻地に左遷されたのである。

 そして陸游もまた抗戦派として北方民族と闘うことを主張したからたびたび左遷されている。ときに命を奪われる瀬戸際にも至っている。直接的ではないが、岳飛を殺した秦檜とも軋轢があったことは先般のブログに書いた。

 解説に同時代の笵成大の『呉船録』『攬轡録(らんぴろく)』『驂鸞録(さんらんろく)』の紀行文と通じるものがあると記されている。これらは一冊にまとめてやはり東洋文庫に収められていて、ずいぶん昔に通読して面白かった記憶がある。笵成大と陸游は同僚だったこともあり、互いの紀行文をつき合わせたりしていたというから、私も読み返してみようか。

 来月、杭州や紹興、蘇州に行く予定である。この『入蜀記』の前半はこれらの土地であるから、それをイメージしながら訪ねたら楽しかろうと思う。

2018年2月18日 (日)

『眩(くらら)~北斎の娘~』

 昨秋放映されたこのNHKの単発ドラマを録画しておきながら観そびれていたので、ようやく観た。葛飾北斎(長塚京三)と娘のお栄(宮崎あおい)の絵師としての葛藤の物語である。

 お栄(後に葛飾栄泉)が最期まで北斎を看取り、しかも絵師として北斎の片腕だったことはよく知られている。受け継がれた才能があったのだが、しかし父であり師である北斎の高みは際立っていた。そういう尊敬と劣等感が同居する存在が、歴史に名を残すような巨人の横に必ずいたはずである。『アマデウス』でのモーツアルトとサリエリの場合はもっと残酷だったけれど。

 天才葛飾北斎の自由気ままさが描かれると共に、お栄の心の揺らめきが我がことのようにこちらに伝わってくる。父を越えることは不可能である。その中で自分が何を生きがいとして見出すのか、そこからどんな宝物を掘り出すのか。

 眩をくららとは普通は読まない。彼女が発見したのは光と影である。レンブラントがその光の意味を誰よりも強く理解して絵を描いたように、お栄も光があるから影があることを真の意味で気付いた。光に眩み、影を見つけ、さらに影に浮かび上がる光を見つけたのである。

 技術的には劣っていても、北斎はお栄の陰影を意識したその絵に一目置いたのである。

 誰もが知っている光と影の意味を一段高いレベルで感得したとき、お栄は北斎のくびきから脱することが出来たのではないか。晩年のお栄の満ち足りた表情にそれが現れていたように思う。

 宮崎あおいはやはり名女優である。役柄から、ほとんど化粧らしい化粧をせずにいたと思うが、それでもその魅力はいっそうキラキラしていた。

 滝沢馬琴を野田秀樹が演じていた。北斎とは喧嘩別れをしていたが、中気(脳卒中)で倒れた北斎を真っ先に見舞い、寝たきりになることに甘んじようとする北斎を罵倒するシーンは圧巻であった。

 北斎の妻であり、お栄の母である小兎(こと)役を余貴美子が演じていた。彼女は夫や娘の絵師としての思考が全く理解できず、もちろん理解しようともしない。倒れた北斎の面倒を見ることに喜びを感じている姿が鬼気迫る。いい役者が揃って名作ドラマとなっている。

 観てからすぐに消去してしまったのだが、話をしたらどん姫に観たかったといわれた。もう一度再放送しないだろうか。そういえばNHKのオンデマンドで観ることが出来るはずだ。調べてみよう。

久方ぶりの爆睡

 私の睡眠時間は6~7時間、寝に着く時間によって眠りに入るのにかかる時間が大きく異なる。早い時間に寝るほどスムーズに眠れ、眠い時間を過ぎてしまうと眠れなくなったり、寝てもすぐ目が醒めてしまう。最近は夜更かしが多く、そうすると夜中の一時二時に再び起きてしまって、眠れなければ起きている、という繰り返しが続いていた。

 もともと長時間眠るということは風邪でも引かないかぎりない。前夜にどん姫と鍋を囲み酒を飲んだせいで夜更かしをしたその反動か、昨晩は八時前に眠くなったので布団に入り、上原ひとみのピアノを聞きながら目を瞑っていたらあっという間に眠っていた。

 夜中の二時頃目が醒めた。いつもならそこから眠れなくなる。そのときもそうだったけれど、胃腸が少し不快な気がしたので胃薬とついでに医師の処方してくれている睡眠薬を飲んだ。

 目覚めたら十時前であった。10時間以上眠るのは年に二三度しかないことで、しかも目覚めがさわやかであることは本当に久しぶりだった。さいわい寝過ぎても眼が腐るようなことはなかったようだ。

 一回頭がリセットされたようである。やはり十分眠ることは心身に良さそうだ。ボケ防止にとどん姫にもらったサプリメントも多少いいほうに作用してくれていると思う。外の風は冷たいが日差しはどこか春の気配である。部屋は多少片付いていて掃除もしたばかりだから居心地もよい。散歩にでも出かけようか。

 昨日、羽生選手の演技の中継をどん姫と二人で観た。会場を安倍晴明のように支配し、魅了していた。感動した。彼の掲げる日の丸も彼と一緒に輝いていた。

2018年2月17日 (土)

豪雪と寒がり

 豪雪でしばしば名前の出る山形県の大蔵村は私の父の出身の村の隣村である。大蔵村の肘折温泉といえば地元では湯治場として有名で、私も何度か訪ねている。その肘折温泉から北上して峠を越えたところが父の生まれ育ったところ。もちろんそこも豪雪地帯で、むかしは陸の孤島だったという。

 そんな寒いところの生まれなのに、父は人一倍寒がりだった。寒冷地の人は部屋を暖かくして冬をやり過ごすから、却って寒がりになるのだろうか。冬、仕事で北海道を回ったとき、大きなストーブを中心に家族や近所の人が集まり、氷下魚(こまい)やするめをあぶったりお茶を飲んだりしていた。その部屋は25℃をかるく越えて暑いくらいで、中には半袖の人もいた。その部屋の隣の部屋ではミカンが凍っていた。冷蔵庫は凍らせないためにある、と地元の人は笑っていた。

 大蔵村の豪雪をテレビで見て父を思い、その雪の中で暮らしたのに寒がりだったことを思い出していた。その父のふるさとから古口という処が近い。古口は芭蕉が最上川くだりをしたところで、「五月雨を集めて早し最上川」の句はここで詠まれている。雪が溶けたらあの辺をまた訪ねてみたい。

 このブログはイッペイさんの「落写 落書」というブログの「つらら」から連想したことを書いた。

雪の阿蘇

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今朝はどうせ二日酔いでブログが書けないと思うので、繋ぎに少し前の写真で御茶を濁す。

五年前の晩秋に阿蘇に行ったときの、雪で薄化粧した阿蘇。

地震や噴火、大雨と阿蘇はいろいろあって今もおさまっていない。このときは火口まで行けたけれど、以前周遊できた遊歩道のほとんどが通行止めだった。薄着だったのでとにかく寒かった。

2018年2月16日 (金)

片付ける

 散らかしているつもりはないのに、閑居していると部屋が雑然としてくるのは不思議なことだ。

 昨日は新酒の汲み立てを瓶詰めした酒をお裾分けした方々から、届いたことの連絡と礼の電話やメールを頂戴した。こちらも縁がつながることの嬉しさを感じさせてもらった。お礼を言いたいのはこちらのほうである。

 今日は気晴らしに郡上にでも出かけるつもりだったが、娘のどん姫から「今晩帰る」とメールがあった。朝寝坊のどん姫にしては珍しく、早朝のメールである。まさか朝帰りではないと思うが・・・。バカ親の心配は果てしがないのである。

 となると部屋を多少は片付けて掃除もしなければならないし、鍋の材料などを仕込まなければならない。いい潮時なので出かけるのを中止し、準備をすることにする。どうせ最終電車で帰るらしいので、お迎えする仕度が調ったら夕方一眠りしておくことにしようか。どうせ明け方まで飲むことになるのである。酒はある。

『MYTHICA』

 『ミシカ』は映画のシリーズで、五部作となっている。マレク(メラニー・ストーン)という黒魔術を使う少女が奴隷の身から黒魔道士として成長していき、ついには悪の権化のゾアロクを倒すという物語である。

 それを二日がかりで観ていた。まさにRPGゲームのような展開で、圧倒的に強力な敵に翻弄されながら、仲間の助けを借りて絶体絶命のピンチを切り抜けていく。そもそも彼女は悪に染まった存在であり、ゾアロクにとっては必要不可欠な存在でもあるという設定は、ときに仲間の不審を買い、ときに彼女を窮地から救う。

 マレクという少女が遂にゾアロクに取り込まれたときこそが最も敵を倒すチャンスにつながるという逆説に面白みを感じた。そのときゾアロクによって何と神々は死ぬのである。そこでは神よりも人間のほうが永遠であると登場人物によって語られる。神は人間によって存在できるといわんばかりの説明は、アメリカ映画らしい。

 マレクを演じたメラニー・ストーンの意志の強そうなあごの張った顔、大きな目の持つ目力(めぢから)は役柄にふさわしい。

 映画五本分の時間をこのシリーズに割いてちょっと疲れた。

 観ている間にいくつも既視感のある映像が連想されたのだが、メモしていなかったし、晩には少し余分に飲んだのですべて忘れた。その連想からいろいろ書きたいことが頭に浮かんだのだが、いまさらもう一度観る気はないので残念なことである。

 ちょっと気分転換に外に出かけないと危ない気配がする。ゾアロクに取り込まれかねない。

2018年2月15日 (木)

「国格」を落とす?

 本日のネットで見た韓国・中央日報の記事の表題。

「歪んだ愛国心・・・韓国の『国格』を落とすサイバーテロ」

 韓国のショートトラックの女子選手(チェ・ミンジョン)が失格になったことで銅メダルとなったカナダの選手(キム・ブタン)に対し、ツイッターやインスタグラムにハングルと英語で暴言や侮辱など数千件のコメントが書き込まれた。それをサイバーテロと指摘しているらしい。

 記事ではカナダオリンピック委員会とカナダ警察が動きだしていると報じている。

  四年前のソチオリンピックでも、女子のショートトラックで韓国のパク・スンヒと衝突したイギリスのエリス・クリスティに対するサイバーテロがあったそうだ。繰り返される非理性的・反人格的「サイバーテロ」は韓国のインターネット文化の悪習で、人身攻撃と魔女狩りから歪んだ愛国心による悪質なコメントをする、さらにはネットでさらし者にすることも行われているという。

 韓国に限らずどこの国にもこのような「歪んだ愛国心」や「歪んだ正義感」の持ち主はいるけれど、韓国の場合は少し度がすぎているようだ。「国格」とは国の品格のことをいっているらしい。韓国の反日言論にはしばしばその「国格」を落とすものを感じさせることがあり、日本人は辟易している人が多いと思う。

 今回のオリンピックを南北統一のきっかけにしたいという思いが文在寅大統領には強いようだ。それは分断国家という悲運を何とか解消したいという国民の悲願をかなえたいからだろう。しかしそのオリンピックで、「国格」を問われるような「歪んだ愛国心」を見せれば、ターゲットにされた選手の属するカナダやイギリスの国民は韓国をどう見るか。書き込みを行った人々は味方を増やすべきときに見放される行動をとっていることに気がついているのだろうか。それは愛国心とは相反するものだろう。ヘイト集団が愛国心を標榜しながら国を貶めているのに似ている。

 この前のブログに韓国の国難の懸念について書いたが、それは悲観的に過ぎる予言だと思いたい。しかし国や文明が衰退するとき、その原因は外部的要因ではなく、たいていが内部的な要因によるものであることは歴史が示しているとおりである。

 このような「サイバーテロ」に対して批判的な気運が盛り上がることを韓国のために願いたい。

(注)「サイバーテロ」とは本来この中央日報のいうような使い方とは違う意味で、社会的な破壊を目的としたものを言うことは承知しているが、此処では中央日報の文脈に沿ったまま使用した。

日本大百科全書の説明をお借りすると、

インターネット上で行われるテロリズム。警視庁のサイバーテロ対策協議会では、以下のように説明している。「重要インフラストラクチャーの基幹システムに対する電子的攻撃または基幹システムにおける重大な障害で、電子的攻撃による可能性が高いもの」「一般的にはコンピュータ・システムに侵入し、データを破壊、改竄(かいざん)するなどの手段により、国家または社会の重要な基盤を機能不全に陥れる行為」。
 インターネットを通じて個別のサーバー(データを送信する側)やパソコンに侵入して情報などを奪う行為である「サイバー攻撃」(クラッキング)の一種で、政治的な意図をもって大規模な破壊行為を行う場合をサイバーテロとよぶことが多い。攻撃対象は政府や大企業のシステムである。「アノニマス」とよばれる国際的なクラッキング集団の示威行動や、政府の機密情報を盗み出してそれを新聞社などに開示する「ウィキリークス」の活動をサイバーテロに含めることもある。中国人民解放軍がアメリカや日本の政府のシステムに組織的に繰り返し侵入するなど、実行者が国家機関の場合もあり、安全保障問題に直結するようになってきている。

衰退の兆し?

 アメリカのGM(ゼネラルモーターズ)といえば世界一の自動車会社だったこともある。しかし海外の自動車会社などとの競争に負けて2009年に倒産し、アメリカの国有会社となった。つまり政府の支援で生き延びたわけだ。2013年には政府から株式を買い戻し、国有化は解消された。

 そのGMの韓国での生産会社・韓国GMがこの数年ずっと赤字が続き、負債額(現在総額3兆ウオン)が膨らみ続けている。韓国の自動車会社は中国のTHAADの報復により販売不振ではあるが、外資系の韓国の自動車会社はその中で善戦している。それなのにGMは不調だと伝えられていた。

 そのGMが韓国政府に支援を要請しているというニュースがひと月前くらいからたびたび報じられてきたけれど、このたび突然韓国内の四つの工場の一つである群山工場を閉鎖するとの通告がGMから韓国政府にあった。

 韓国政府は閉鎖決定の前日に連絡を受けたとして「一方的な工場閉鎖の決定に深刻な遺憾の意を評する」と表明した。しかし問題は閉鎖するのが群山工場だけとは限らないことだ。場合によっては撤退もあり得るという。不採算を解消する目処が立たなければ、撤退するのはある意味で当然であるからだ。中国への拡販が見込めず、韓国を拠点にすることの利が失われていると判断すれば一本道だろう。GMは当然中国に生産拠点があるからそこへ注力することになる。

 韓国には自動車の内需がアメリカや中国や日本ほどない。輸出しか拡販の道が無いのである。日本では韓国車は売れない。中国への輸出も困難で、アメリカトランプ政権は輸入車にさらに冷たくなる可能性が大きい。

 そもそもはGMが破綻したのは競争力のある車を投入できなかったからだとも聞く。だから他の外資系の会社よりも韓国で苦戦していたのだろう。さらに韓国は労働組合の力が強い。韓国の自動車会社は内外問わずに生産性が低いという。さらに労働者の賃金はアメリカよりも高くなっており、労働争議によるストもしばしばあって生産に支障をきたして来た。

 総合的に考えて、抜本的な対策案が見出さなければ撤退やむなしという判断は必至である。これは韓国の自動車会社も同様で、生産性の低さ、コストの高さが収益を圧迫している。それは同時に販売価格の上昇を招き、競争力の低下をもたらす。収益が上がらなければ設備投資もできないから競争力のある新車の開発も困難になる。貧すれば鈍する苛酷な世界なのである。

 GMはそれを体感してきたのに打開策を見出せず、韓国政府に支援を求めた。アメリカ本国のように支援されると期待していたのだろうか。それとも工場閉鎖の口実作りだったのか。

 韓国内のGMの四工場すべてが閉鎖されると30万人が職を失うと推算されている。そして残った韓国内の自動車会社がGM撤退のおこぼれにあずかる可能性はあまりない。唯一労働争議の減少や賃金の調整が期待されるくらいか。

 韓国の労働争議は労働者のためという名目でありながら、今までの例から見て(造船会社の労働争議など)帰属する企業の破綻が見えていても強行するところがあるのではないか。此処からは妄言であるが、企業の破綻は正義であると内心で考える北朝鮮に使嗾されたと思うしかない人々が労働争議を主導している処が見られる。

 しかもそれを強く支持するのが文在寅政権であるのだから、当然GMは支援など受けられるはずもなく、これから韓国の製造業全般は同様の試練を受けることになる。雇用が失われ、製造業が衰退することはすなわち韓国の衰退でもある。

 オリンピックのあとに低迷する国の例も多い。大きな公共投資が一度打ちきられるのであるから必然的なのだが、韓国にはそれに加えての問題点があるようだ。韓国はサムスンだけで国を支えられるのだろうか。サムスンの後ろには中国の競争会社の足音が聞こえているのではないか。

 これは中国や北朝鮮にとって韓国を取り込む大チャンスとうつっていると思うのは考えすぎか。

2018年2月14日 (水)

借金

 私の親は金の貸し借りで余程嫌な思いをしたことがあるのだろう。私が子どものときから「金は借りたり貸したりするな、どうしても義理で貸さざるを得なかったらやったと思え」「金を借りる人は困っているから借りるので、困っている人が返せるはずはない」と繰り返し言っていた。借金は人間関係を壊す、とはよく言われることだが、それを痛感したことがあるのだろう。

 月賦もローンも嫌いであった。それも借金だと考えていたし、確かにその通りである。だから大きな買い物でもすべて現金払いに決めていた。家を買ったときも現金である。

 私も若いころ人に金を貸したことがある。一度は同僚への小金の一時的な融通で、約束の期限に遅れたけれど返済された。しかし私はその同僚に、どんなに困っても二度と貸さない、と通告した。返済が遅れたからそう言ったのか、二度目を受け入れたら繰り返し受け入れることになるからそう言ったのか自分でも分からない。多分わずかな金なのに、その同僚を見るたびに金のことが頭に浮かぶのが不快だったからだろう。

 借りるほうは理由があって借りている。こちらはゆとりがあるから貸している。借りている方が負い目があるはずであり、貸しているほうが立場は優位に見えて、実は貸しているほうに催促しにくいという負い目が生ずるのは不思議なものだ。

 もう一人は当時とても世話になった先輩で、多少まとまった金を貸した。そのときは貸したけれど多分返済されないだろうと思っていた。あとで知ったが、たくさんの人に借りていたようだ。金銭的にルーズな人だが、魅力的でいろいろなことを教えてもらった。

 結局会社を辞めることになった。貸した金はもちろん惜しいとは思ったけれど、でもやったものだと諦めてもいたのでそれほど傷つかなかった。その人との縁が切れたことの方が惜しかった。

 一年後だったか二年後だったか、ひょっこりその人が訪ねてきて貸した金を返してくれた。退職金やそのあと働いた金などで、借りた金を返して歩いていて、私がようやく最後だという。私は返された金の中から餞別としてなにがしかを彼に渡した。そしてどんなに困っても二度と貸さないこと、それを承知ならその後もつき合いを続けることを伝えた。

 そのときは尾羽うち枯らしていたが、次に会ったときは立派な身なりをしていた。会うたびに浮き沈みの激しい生き方をしていることが分かった。十数年前に会ったのが最後でそれから音沙汰がない。

 両親が私に教え込んだように、まことに金が絡むと人間関係は損なわれる。金にきれいに生きるのは難しいものだ。自分ではちゃんとしているつもりでも人にどう見えているのか自信はない。そもそも私は割り勘で飲み食いしても飲む量や食べる量が人より多いから、それだけでも不公平であることにときどき気がつくが、それを厳密にすることは出来ないものだ。こだわりは関係をギクシャクさせる。

 眞子様の婚約相手の小室家の借金報道を見ていて、互いの言い分が大きく食い違うことは何も不思議ではなく、当然だろうと思っている。ただ問題は借りたかもらったかしたほうにその自覚のないことが、貸したつもりの側の怒りを呼んだことだけは分かる。まことに金のやりとりは人間関係を損なうものであり、そのとばっちりはひとを不幸にするようだ。

2018年2月13日 (火)

大不況

 ある雑誌に載っていた堺屋太一氏のコラムに、2020年の東京オリンピック後に日本は大不況になると予言されていた。公共事業が止まり、少子化の影響が今以上に顕在化するのだという。まず医者が余り、不動産が需要不足で暴落する。

 医者はそれほど余っているのだろうか。老人が増えればそれだけ医者は必要になりそうだが、それ以上に医者が増えているということか。医者が余ると健康な人にも不安をあおって病人扱いしようとするというが、分かる気がする。建康なのに自分は具合が悪いかもしれないと思う人は案外多いから、不安をあおられれば病人の仲間入りするだろう。ますます医療費が増える。

 何ごとも現状に対しての対策しか行われないのが行政で、ほんの少し先の未来に顕在化しそうな問題に対しては、分かっていながら目を背けた結果を国民は引き受け続けてきた。もしそのための予算を立てようとしても今はまだ不要だとして野党は反対するのではないか。だから常に対策は後手に回るし、結果的に二度手間、三度手間になる。正論は常にコストがかかる。

 とはいえそう悲観していると、案外それほどでもなく終わることも多い。役人はみなが罵倒するほど馬鹿でもない(本当は賢い)から、それなりの手立ては講じているらしく、日本はそれほどの破綻なしに何とか廻っている。

 堺屋太一が心配するほどのことはないだろうと私は楽観しているところもある。前回バブルがはじけたときも、私にはまったく関係が無かったから、またはじけると脅されても他人事なのである。バブルがはじけるといっても、お金や土地のようにそもそも投機の対象にするのはいかがなものかと思うものを売り買いしている人が困るだけのことだと思っているのである。もちろんはじけないほうが景気がいいらしいから、おこぼれもあるのであろう。はじけないほうがいいが、多分はじけたくてはじけているわけではないから仕方がないのかもしれない。そのときはおこぼれもなくなるので、つましく暮らせばいいだけである。餓死するほどのこともないだろう。

問題点

 問題があると自覚したときに、その問題を解決するために何が必要か考える。そのとき問題点を明らかにすることが問題解決の手がかりとなる。

 しかし問題点が明らかになることばかりではない。問題があることには気がついていても問題点があいまいなことの方が実は多い。そうなると不安になる。

 ところでそもそも点とは何か。簡単な国語辞典で引いてみると、小さいしるし、しるしをつけて示すこと、答案の評価、抽象的にそれ以上は細かい部分に分けて考えない思考の対象物、事項・こと等々。とても意味が多岐にわたっている。

 面白くなってきた。点とは英語ならpointか。そこで英和辞典で調べてみる。驚くことに国語辞典の点よりもずっとたくさん意味がある。主な語義は、物の先端、位置、程度、時間、要点、要素、単位、動作だとある。それぞれの語義についてさまざまな意味とその用例が書かれている。

 問題点とか問題のポイントというときに、それは極小のある収斂するものという意味ではないようである。そもそもは問題そのものの重要で基本的な事柄を問題点というらしい。だから問題点は点に絞るものではなく、具体化することなのかもしれない。ノートに書き出せるようになれば問題はかなり明確になる。

  問題点を絞るとは、問題点とあまり関係の無いものを脇に置くことで雑音を減らしていくことなのだ。しかし逆にあまり問題を先鋭化してしまうのは問題の捉え方としては解決に遠くなるのかもしれない。

 不明確な問題について問題点を絞れないと不安になるけれど、問題が不明確では解決案も立てられないから、しばらく棚上げにするほうがいいようだ。手に負えそうもないことは棚上げにする、ただし漠然とした問題意識は念頭に置いておく、それが私のような横着者にとっての楽に生きる生き方かも知れない。 

 実は不安があって、その不安の原因となる問題とは何かを考えていたら、なんだか犬がしっぽを追いかけてくるくる回っているような話になってしまった。

2018年2月12日 (月)

飲み疲れ

 昨日の新酒試飲会は期待以上の楽しいものとなった。友人の一人が美しい夫人を伴ってきたからである。もちろん試飲会に参加するくらいであるからお酒をたしなむ。私が酒飲みであると評価するのは美味しそうに飲むひとである。昨日宴席に集ったのは確かに酒飲みばかりであった。

 いつもより少し早めに行った。年々盛会になって、場所取りが大変なのである。さいわい狙っていた風の少ない日当たりのいい場所が確保できた。初めてのことである。むかしよりだいぶ酒の器が小さくなった。だから汲み立ての新酒を入れてもらうために何度も往復しなければならない。これで適度に酔うので、面倒だけれどちょうど好いのかもしれない。

 少し買いすぎたかなと思ったつまみもラストにはきれいに片付いた。みなよく食べよく飲む。なごりを残しながら三十分かけて駅まで歩く。遠いのである。行きよりも格段に強くなった北風が頬に痛い。伊吹は雪雲に蔽われ、いわゆる伊吹おろしが吹き抜けていく。しかしいい酒はその程度で醒めたりしないのである。

 名古屋に戻り、最近恒例にしている牡蠣のがんがん焼きを楽しむ二次会に突入。冬場、名鉄デパートの屋上をビニールシードで囲った宴席で、がんがん焼きを食べ、そして今度は生ビールをガンガン飲む。談論風発、次第に何をいっているか分からない状態になり、些細なことで爆笑する。わけも分からず楽しいのだが、傍で見たら馬鹿みたいかもしれない。

 後はあまりよく覚えていない。

 しかし今朝は二日酔いではない。心地よい飲み疲れが残っているだけである。いい酒は悪酔いしないのである。

2018年2月11日 (日)

石原慎太郎『凶獣』(幻冬舎)

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 こういう事件ものを扱ったノンフィクションはあまり読まない。しかしこの池田小の事件を起こした詫間守については、その残虐で理不尽な行為があまりにも理解不能であるがゆえに、なんとなく理由付けを求めてしまう。しかも石原慎太郎がそれを詳細に調べて書いたらしいと思えば多少興味が湧こうというものだ。

 一読して感じるのは、どうしてこのような反社会的行為を繰り返し繰り返し起こし続けてきた男がずっと野放しになってきたのかという社会に対する不信感であろう。彼は突発的に池田小事件を起こしたのではない。その伏線とも言うべき事件を山のように起こし続けてきたのだ。もしかすると大きな事件を起こす犯人はその前に犯罪を繰り返しているのではないか。彼だけが特別例外的ではないのだろう。そう思うと、とても恐ろしい。

 加害者ばかりに手厚い人権主義がもたらした不条理だと思いたくないが、被害者たちにとっては確実にそうとしか思えないことだろう。

 書かれている内容が極めて不快なので、なおさら石原慎太郎の文章の理解しにくい部分が気になる。以下にいくつか本文中から抜粋する。別に違和感がないという人も多いのかもしれない。それなら私の方が少し歪んでいるのか理解力が劣っているのか。

例1(12頁)
 となればわれわれは人間の存在なるもの、その態様の在り方を一体何に依頼し期待したらいいのだろうか。その相手が人間なる生物を創造した神というなら、誕生した後、自らの将来を自らで規定しきれぬ人間の人生には所詮人間当人の意思は及びきれぬということなのだろうか。

(意思が及びきれる人生とは何か。そんなこと長く生きた石原センセなら妄想だと承知ではないのか)

例2(59頁)
 とまれ私としてはこの地上に生命を付与して私たちを存在として与えた神のいかなる意思が詫間守という一人の男を使役した異形な事実を事実としてたどることで、人間の宿命についてせめても納得を得られればと思うのだが。

(この文章をすらすらと読み取るだけの力が私には無い) 

例3(71頁)
 後になって二人の結婚生活が彼女の思いもかけず荒廃してしまった中で離婚を思い立ち実家に逃れて戻った時、彼女は自分がなぜあんな男に魅かれ結婚に踏み切ったのかを自分に問うて思い返してみた。

(とにかく句読点が少ないので主語がどこにかかるのか分かりにくいし、助詞の使い方に癖があるので読み難いのである)

例4(110頁)
 そこには人生なるものの誰が、何が仕組んだのかうかがい知れぬ、如何なる人間の想像も超えた神秘ともいえる感情の仕組みがうかがえる。詫間にとっての彼女との出会いは余人から眺めれば何百兆分の一の可能性といえたのかもしれない。

(人類はすべてあわせても七十億人くらいしかないし、人類発生以来すべて足しても絶対に一兆を越えることもない。何百兆分の一とはビヒィズス菌も含めてか?こういう非科学的で突拍子のなさは疲れる)

 それほど厚い本ではないし、難しいことが書かれている本ではないけれど、しばしば文章に引っかかってしまってこちらはかぎ裂きだらけになった。これが石原慎太郎という人の個性なのか老化したための劣化なのか。

 詫間守は最後に獄中結婚をしている。四人目の妻である。その女性は強固な死刑反対論者で、売名のためではなく、宗教的信念のもとに獄中結婚したそうだ。売名行為としか思えないけれど獄中結婚の申し込みを打診した女性は複数あったという。

 なんだかその異常性に寒気を覚える話である。この世には地獄に通じる穴がところどころ口を開いているらしい。被害者も浮かばれないだろう。

 結局詫間守について何か理解が進んだか?残念ながら全く理解は出来ないままだし、それ以上に世の中の不条理の恐ろしさを思い知らされた。見たくないもの、知りたくないものを見てしまった気がする。

2018年2月10日 (土)

待ち遠しい

 明日は待ちに待った年に一度の新酒試飲会。そこで桶から絞りたての新酒を飲む楽しみもあるけれど、その日に久しぶりに友人に会うことがなにより嬉しい。

 人間生きていれば多くの人と縁が出来る。去る者があれば長く続く縁もある。それがずっと続くことの不思議さを思う。

 事情があって遠方に離れている人との縁を繋ぐために、絞りたてを密栓したその酒(火入れをしていないし、発酵で出た炭酸が封じ込められているので密栓が必要なのである)を送る。毎年しているそのことも楽しい。ついたよ、ありがとうの声が聞けるからだ。毎年ささやかなその送付先名簿を更新する。そして過去送っていたのに必要のなくなった人を偲ぶ。

 酒蔵の庭にパレットやプラスチックケースをお借りしてちょっとしたテーブルと椅子とさせてもらう。名古屋駅で一度全員集合し、デパ地下(此処では高島屋のデパ地下)でつまみを調達する。すべて割り勘である。毎年のことなので、そのための準備をする。

 テーブルに敷くビニールシート、それを押さえる両面テープ、両面テープを切るハサミ、割り箸、濡れタオルと乾いたタオル、割り勘計算用の手帳とボールペンなどなど。遠方から来る友人もいるので、幹事である私が用意する。

 送付先の名簿のプリントアウトは酒蔵の社長夫人に渡す。毎年のことなので先方も了解である。用意するものも全部調えた。あとは明日の天気次第である。寒さと雨だけが心配だが、なに飲み出せばすべてを忘れて談笑し、酩酊する。

 明日、遊園地に行く前の子どもみたいにわくわくしている。ああ、今晩寝れるかなあ。

 気がついたら歯医者の予約時間を大幅に過ぎていた。連絡したらもう今日は一杯だという。謝って予約を取り直した。済まぬことであった。カレンダーにちゃんと書いておいたのに・・・。

曽野綾子『人生の退き際』(小学館新書)

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 週刊ポストに連載中のコラム、『昼寝するお化け』の中から最近のものをまとめて加筆修正したもの、と巻末にある。『昼寝するお化け』はハードカバーになったものをシリーズとして揃えているが、最近は新書になったのだろうか。この連載もずいぶん長く続いている。

 新しいから夫君の三浦朱門の晩年やその死後のことが書かれている。三浦朱門がなくなったあとどうしているのだろうと思っていたけれど、曽野綾子は曽野綾子としていままでどおりに生きているようだ。彼女の母、そして三浦朱門の両親を自分の家で看取り、最後に夫を看取ったわけである。

 晩年の老人の世話をし続け、そして自宅で最期まで見届けるというのは並大抵のことではない。それを四人も看取ったというのだから、素直に頭が下がる。そのことだけでも彼女に一目置くべきである。しかし彼女はその苦労などほとんど語らないし、当たり前のこととして淡々としている。

 ここには、彼女がそれはどうか、と首をかしげた世の中のことなどもさまざまに語られている。彼女の価値観は今までにかなり私にも刷り込まれて(エッセーばかりを五十冊以上読んでいる)シンクロしやすくなっている。そうだそうだと頷くことが多い。それでも、なるほどそういえばそうだなあ、と新しいものの見方に気付かされる。自分が如何にミーハーであるか思い知らされるのである。

 彼女を毛嫌いするリベラリストは多いが、そのことこそが私がリベラリストに懐疑的になる理由でもある。リベラリストは自由にものを考えられずに固定観念でものを見ているのではないかと思うことがしばしばある。素直に、なるほどそういう考えもあるなあ、と思うことが苦手な人が多いようである。それはリベラルか?

 世のなかにはあってはならないことがしばしば起こるけれど、それを如何ともしがたいこともまたしばしばである。そこに人間の愚かさ浅ましさがあるのだけれど、その愚かさ浅ましさが自分にもあることを自覚しないと、すべて社会のせい他者のせいにするようになる。そのことを彼女は情け容赦もなく指摘することがあるので、リベラリストには不快なのだろう。

 御年八十六歳にしてこの文章である。この次に読んでいる石原慎太郎の文章がいささか老齢による劣化を感じさせるのとはあまりにも違う。精神の自由度の違いか、政治家という激務を経ると心身の劣化も早いのか。

 彼女の健在を喜びたい。そしてなるべく遅い幕引きを願う。

2018年2月 9日 (金)

少し動く

 寒くて家にこもっていることが多かったけれど、少し気温が上がったのでついに床屋に行く。刈り上げてもらう。これで3ヶ月以上持つ。襟足さえ伸びなければ、別に伸びたままでもかまわないのだが、さすがに自分では襟足を切ることも剃ることも無理なので床屋へ行かざるを得ない。

 格別安くてその分手抜きだから短時間で済む床屋は隣町にある。安いことと時間が短いことが共にかなえられるというのはまことにありがたい。行きは名鉄電車で、帰りはさらに遠い本屋経由でぐるっと遠回りして歩いて帰る。ほぼ全部で一時間ほどの散歩になる。

 帰ってすぐにトイレ掃除をして、シャワーを浴びる。早足で歩いたから汗をかいたのである。さらにざっと風呂場の掃除をして排水口の毛髪などの汚れをいつもより丁寧に除去してさっぱりする。体重がだいぶ増えていたけれど、これで少しだけ軽くなった。

 増えたのはほとんど水分である。何しろ緑茶中国茶紅茶コーヒーをがぶがぶ飲みながら、しかも夕方からはビールを飲んでゴロゴロしていたのである。とにかく水ぶくれ分だけは早めに落とすことにしよう。月末には定期検診なのでそれに向けてそろそろ体勢を整える必要がある。

 明日は雨だという。明日は歯医者を予約してある。ますます噛み合わせが狂いだして、アゴのちょうつがいが絶不調である。少しは調整できるのだろうか。

 オリンピックにはあまり興味が無いので、結果だけ見れば十分である。まわりが騒がしいときには却って静かに本を読むことが出来るという天邪鬼なので、うるさいのはありがたい。

 明後日は新酒試飲会で友人と待ち合わせて酒蔵に行く。どん姫も誘ったのだが、連休で行けないという。連休は書き入れ時であり、客が多いから休めないのである。彼女は最近美味い日本酒に目がないから「行きたい!」と言っていたので残念である。行けばおじさんたちにもてることは確実であったのに・・・。

 明後日は雨の予報だったが、朝のうちに上がるという予報に変わった。戸外での試飲で、雨に降られたらさんざんである。三十年以上の間に三度ほど雨または雪というときがあったが、おおむね天気には恵まれている。

 なんだか頭もさっぱりしたし、いろいろ予定がこれから続くからごろごろもしていられなくなってきた。ちょっと気分的に前向きになりつつある。人間はあまり暇すぎてはよくないのだ。

石井遊佳『百年泥』(新潮社)

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 先日読んだ若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』が芥川賞を受賞したことで、やはり受賞作というのは優れた作品に与えられるものなのだと再認識した。

 書店で「芥川受賞作」と帯のついた本を見つけた。それが今回読んだ石井遊佳『百年泥』である。今回の芥川賞は二人が受賞している。この小説は奇妙な味わいの小説である。インド南部のチェンナイが舞台。ある企業の日本語教師としてやって来た主人公が目の当たりにした不思議なインドが語られる。

 うかつなことに、出だしの部分からしばらく主人公が女性であると気がつかずに読んでいた。

 彼女がインドへやって来た理由が語られる中で、彼女の特異な性格が浮き彫りにされる。彼女の見るこの世の中は普通の人とは少し違うようである。違うのは日本にいたからで、インドではその違いは違いともいえないものになる。そもそもインドは全く違う世界だからであり、日本の常識は通用せず、その特異さは千差万別、奥行きと広がりは全く見通せない。

 だから彼女にとってインドは居心地がいいかと云えば、彼女は即座に否定するだろう。しかしあるがままにインドを見る彼女の視線を通して眺めるインドは、いささか信じられないものすら、インドならそんなこともあるよね、と納得させられる世界である。インドは何でも呑み込み、呑み込ませるのだ。

 私がただ一人敬慕する姉貴分のひとはインドか好きで、もう六回以上行っている。インドは一度行くと病みつきになる人と二度と行くまいと思う人がいて、女性にインドに魅せられる人が多いという。巻末の著者略歴にインド在住とあるから、著者もその一人なのであろう。

 生徒の一人、デーヴァラージという青年の強烈なキャラクターが物理的なパワーで迫ってくる。それが感じられれば主人公と同化してインドを感じることが出来るし、この小説を堪能することが出来るということだ。

 この本には章立てがない。だから当然目次はない。話に切れ目がなく、独特のリズムに乗せられて、一気に読む本なのである。何しろ百三十頁足らずという短さであり、長編と云うより中編の小説なのである。

 むかし読んだダン・シモンズの『カーリーの歌』という小説を思い出した。その小説もインド(カルカッタ・いまはコルカタ)が舞台で、その不思議な世界がこれでもかとばかりに語られている。記憶に残るのはグチャグチャネチャネチャしたイメージである。それが皮膚感として残る凄まじい小説で、忘れがたい。

 こちらの『百年泥』は文字通り泥である。チェンナイは百年ぶりの洪水でアダイヤール川の堤防が決壊して濁流に襲われる。洪水が引いた朝、彼女の目にした泥の光景が物語のメインである。

 この泥は人の意識の混沌という泥でもある。そこから人はさまざまな物をひきずり出す。ずるずると引き出されたものは当たり前のことなのだが、人によって違って見える。まさに主人公が目にしたものは彼女自身の混沌である。そしてそれこそが彼女のインドである。

 繰り返すがこの小説はリズムに乗って一気に読むべし。インドだったら別に不思議でも何でもないと思って、奇妙なこともすべてそのまま受け入れながら読むべし。夢幻の時間を過ごすことが出来るだろう。

2018年2月 8日 (木)

ザシキワラシ

 いま長い話を読む集中力を失っている。そこで宮沢賢治の童話や、柳田國男の『遠野物語』などを拾い読みしている。

『遠野物語』から座敷童の話を一つ(原文のまま)

 ザシキワラシ又女の児なることあり。同じ山口なる旧家にて山口孫左衛門と云ふ家には、童女の神二人いませりと云ふことを久しく言伝へたりしが、或年同じ村の何某と云ふ男、町より帰るとて留場(とめば)の橋のほとりにて見馴れざる二人のよき娘に逢へり。物思はしき様子にて此方へ来る。お前たちはどこから来たと問へば、おら山口の孫左衛門が処から来たと答ふ。此から何処へ行くのかと聞けば、それの村の何某が家にと答ふ。その何某は稍(やや)離れたる村にて、今も立派に暮らせる豪農なり。さては孫左衛門が世も末だなと思ひしが、それより久しからずして、此家の主従二十幾人、茸の毒に中(あた)りて一日のうちに死に絶え、七歳の女の子一人を残せしが、某女も亦年老いて子無く、近き頃病みて失せたり。

 このすぐあとに、ザシキワラシに言及しないかたちでこの茸中毒の話が語られる。

 孫左右衛門が家にては、或日梨の木のめぐりに見馴れぬ茸のあまた生えたるを、食はんか食ふまじきかと男共の評議してあるを聞きて、最後の代の孫左衛門、食はぬがよしと制したれども、下男の一人が云ふには、如何なる茸にても水桶の中に入れて苧殻(おがら)を以てよくかき廻して後食へば中ることなしとて、一同此言に従ひ家内悉く之を食ひたり。七歳の女の児は其の日外に出でて遊びに気を取られ、昼飯を食ひに帰ることを忘れし為に助かりたり。不意の主人の死去にて人々の動転してある間に、遠き近き親類の人々、或いは生前に貸しありと云ひ、或いは約束ありと称して、家の貨財は味噌の類までも取去りしかば、この村草分の長者なりしかど、一朝にして跡形も無くなりたり。

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 この女の児はどうして助かったのか。ザシキワラシが助けたのだろうか。そもそも災いはザシキワラシがもたらしたものか、それとも災いを感知してザシキワラシはこの家を離れたのか。

 それにしても人間の浅ましさはどうか。主人の死んだばかりの家に上がり込んで物を奪っていく姿を想像するとおぞましい。

 さらにこのあとに、孫左衛門が村には珍しい在野の学者であったこと、それが変人として噂され、狐と親しんで庭の中に稲荷社の祠を建てていたことなどが語られている。このことがザシキワラシに嫌われた理由とでも云うのだろうか。そのような因果関係についての推察は語っていない。

 ただ、長者一家が、毒茸にあたって死んだという事実があったと云うこと、そういえばそのときにこんなことがあった、と噂されたことからこのような言い伝えが残されたのであろう。

夜更かしは良くない

夜更かしは良くない。生活のリズムが狂う。狂ったリズムは立て直すのに時間がかかる。体調も崩しやすい。


テンションも下がる。テンションが下がると部屋が片付かなくなって汚らしくなる。

人生は楽しい!!・・・・か?

大きな鉢の中でパセリが繁茂している。そのパセリが寒さのせいだろうか、周辺から枯れ始めている。ある程度の寿命があるものなのだろうか。

落花生が大好きである。中国産の殻付き落花生の大袋が安く売っていたので買って食べている。歯の治療途中で隙間があり、挟まると痛い。痛いけれど食べるのがやめられない。終日お守りをしているこたつの周辺にむいた殻や渋皮が散らかる。ちゃんとゴミ袋に入れているつもりなのにどうしてこんなに散らかるのか腹が立つ。腹が立つのにやめられない。食べ過ぎた上にお茶やコーヒーをがぶがぶ飲むので、腹が張る。気がついたら体重が急に増えた。自分が膨張したみたいな気がする。中身は水ぶくれした落花生である。

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私自身も水ぶくれしている。

苦戦をあえてしてみる

 皮を切らせて肉を切るとか、肉を切らせて骨を断つ、とか云う。

 何度も書いているが、大戦略シリーズというシステムソフトの戦争ゲームが好きで、何種類がもっている。特に好きな「大戦略マスターコンバット2」というゲームはこの二十年くらいの間に二百回をかるく越えて楽しんでいる。何しろキャンペーン版(進展に伴い、ストーリーが分岐していく)なので終了に多少時間を要する。

 これを楽しむためにNECのWindowsXPデスクトップパソコンをだいじにだいじに使っている(もちろんXPパソコンはネットと切り離してある)。何しろこのゲームには64ビット版がないのである(出たらすぐ買う、古いゲームだけれどすぐ買う)。こういうシュミレーションゲームは反射神経の必要なアクションゲームと違い、年をとってもじっくり遊べるのだ。

 二、三度やると飽きるので、数ヶ月間を置く。先日久しぶりにやってみて完勝した。私の場合は皮も切らせず骨を断つほどにこのゲームに習熟している。ほとんど損害を出さずにゲームをすすめることが出来る。何しろ敵の行動パターンは知っているし、必要最低限の最適の装備もほぼ承知している。戦費を使いすぎるとあとで苦しくなるから、最新兵器への過剰な転換を繰り返したりせず、必要な範囲にとどめるのがコツだ。

 しかしあまり勝ちパターンを知りすぎるとマンネリになる。最適コースを外して、あえて苦戦を楽しむという楽しみ方もある。今回は海戦の得意なロイヤルネービーのキャラクターを救い出して陣営に加えるという必勝コースを選ばない。指揮官は陸戦の得意なキャラクター、空戦の得意なキャラクターなどに別れており、航空機を陸戦方の司令官に配備しても力は半減する。しかし艦船は海戦の得意なロイヤルネービーが指揮すれば無敵だが、他の指揮官では苦戦を強いられる。うっかりすると敵にぼろぼろにされてしまう。

 今回はあえてその苦戦コースで皮を切らせて肉を切る緊張感を味わっている。ちょっとストレスフルだが、やり直しが出来るのが現実と違うところ。何しろゲームなのである。

2018年2月 7日 (水)

雑用を片付ける

 横着者なので雑用はつい先延ばしにして、ある程度たまらないと手をつけない。ただし金の支払いだけは先延ばしにしてうっかりすると信用に関わるので、すぐ済ますことにしている。

 三月に友人達と上海周辺に小旅行に行く。その料金支払い請求が来たので重い腰を上げた。料金は国内旅行よりも安い。ANAで行く四泊五日の旅行なのに、安すぎて心配になるくらい安い。閑散期だからなのであろうか。

 先延ばしにしていた確定申告も済ます。電子カードは三年の期限が切れてしまい使えない。個人番号の電子カードはまだ作成していないからe-net処理が出来ない。仕方がないからネットで納税書類を呼び出して記入し、プリントアウトして郵送処理した。驚くことに年金収入しかないのに、わずかではあるけれど還付ではなく納税しなければならない。なにかの間違いだろうか。すでに生命保険は支払いが終了している(あとは葬式代程度のお金が死ぬともらえることになっているだけ)。医療費も薬がジェネリックになってから、控除になるほど支払っていない。

 控除が少ないのは、法律上のつれ合いをとっくに配偶者控除から外しているからかも知れない。裁判で決められた月々の仕送りを計上する方法があれば違うのだろうが、まあいいや。納税の振り込み手配も済ませる。

 その他いくつかの雑用を済ませたが、その一つに予定していた散髪にはまだ行っていない。個人番号の電子カード作成の手続きにもそろそろ行っておくことにしようか。なかなか面倒くさいことである。一度先送りするとついそのままになる。結局いろいろたまって忙しいことになるのが分かっているのに・・・。

 そういえば囲碁や将棋でも、長考派は案外秒読みに強い。いつも持ち時間を使ってしまうので、最後は秒読みに追われることが多いからだ。関係ないようで似ている気もする。私は長考しているわけではなく、ボンヤリしているだけだけれど。

追い越される

 ブログに追い越されたので書くことがない。そもそも追いかけられるのは好きではないし、追い越されるのはなおさらである。ブログに書かされる気がするからである。

 そういうわけで、そういう気分を拭うためにちょっとブログのことを放念することにする。

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2018年2月 6日 (火)

いい女

 WOWOWで『コートダジュールN゜10』という不思議な番組を観た。N゜はナンバーと読む。一話25分ほどの番組で、そもそもはHuluで放映されたものだ。Huluのことも今回初めて知った。Hulu版は全五話、昨日から今度はWOWOW制作で四話が毎週放送される。それを機会にHulu版を事前放映したようだ。昨日というより厳密に言えば本日火曜の深夜0時放送である。今日のWOWOW版(つまり通算第六話)は録画したけれどまだ観ていない。

 人生で出会うある一コマを切り取って淡々と話が展開したり、こんなことはあり得ないだろうという話だったり、さまざまである。メインは小林聡美と大島優子が演じ、毎回独特のキャラクターのゲストが加わる。ラストのタイトルバックで山崎ハコ(これはまた懐かしい)が、もたいまさこと弾き語りで歌うシーンがあるのも素晴らしい。

 何だこれは!と思うひともいるかもしれないが、こういう話好きである。しゃれていると思う。大島優子については他のグループタレント上がりの若い女優と全く区別がつかなかったけれど、これで見間違えることがなくなったと思う。なかなか好い。

 もともと小林聡美が大好きである。もちろん彼女が演じたさまざまな役柄から私が勝手に作り上げた小林聡美が好きなのであるが、その小林聡美は依存しない女性である。私は、女性は男に依存するもの、という思い込みから抜けきれない世代であった。そして依存されることで男は男でありえるのだと勘違いしていた。

 ところが依存するのが当たり前と思っている女性よりも、依存しないで平然と生きている女性の方がはるかに魅力的であることが分かってきた。うかつなことに、それに気がついたのはずいぶんと年齢を重ねてからであった。

 以前、男が女を選ぶのではない、女が男を選ぶのだとこのブログに書いたことがある。自然界はそれが普通である。種を存続させる役割を主に担うのは雌であるから、主導権を持って当然なのだ。人間も同じである。時代が変わって女性が自立したのではない。そもそも大人の女性は自立しているのが当たり前なのである。

 白馬の王子を待つ女性はまだ大人ではない。王子は大人の女性でない少女を娶っても互いに不幸である。今は男が白馬のお姫様を待つ。萌えキャラに恋する男など不気味悪い(この不気味悪いという言い方、囲碁の梶原九段の造語だったと思うが、気にいっているので使わせてもらっている)。

 私の小林聡美(実際の本人ではない)は自立している。だから魅力的でいい女である。彼女のようないい女に選ばれるような大人の男になって、二人で人生を自由に生きるという楽しい人生を送りたかったなあ、と悔いても仕方がないが、わが人生を嘆いている。嘆いているけれど、いまさらである。まあ結果的に自由に独りで生きていけているのであるから、そこそこというべきか。

少数意見らしいが

 力士としての貴乃花は素晴らしかった。力士は強くなければならない。勝たなければならない。彼が精進してあそこまでの成績を残したことを心から高く評価している。

 マスコミの報じるところやインタビューを見ると貴乃花は親方としても高く評価されているようである。褒め言葉が多いのはそれなりの理由があるのだろう。

 しかし今、私は貴乃花は嫌いである。いや、思えば昔から嫌いだったのかもしれない。きっかけはあの宮沢りえとの婚約破棄騒動である。正式に婚約していたのかどうかは分からない。しかし二人が結婚を約束していたらしいことまでは誰も否定する者がいないことから、確かなことに思われる。

 宮沢りえの打ちひしがれたような様子と相反して、あの騒動のときの貴乃花の何ごともなかったような表情に、男らしくないとの思いを強く感じた。当事者二人とそれを取り巻く世界の人たちのさまざまな思惑が入り乱れての破局だったのであろうことは想像できるが、あのときの無表情と今の相撲界の騒動の中での彼の無表情がオーバーラップするのである。

 力士はその役割からして無口でも無表情でもかまわない。しかし社会的な役割、つまり多くの人との関わりを持つ立場の親方として、必要なときに必要な言葉を発しなければ、役割を果たしているとはいえない。多くのマスコミは安価で長持ちするニュースネタとして報道を繰り返したが、貴乃花が語らなければ事態がさっぱり分からない。そのために多くの相撲通やら相撲界OBやらついには全く相撲になど興味のない人までが得々と貴乃花の代弁をしていた。

 彼らもテレビの前では正論を語るしかないから、正義を基準に語ることになる。相撲界は固陋で因習にとらわれていて体質が古いから変えなければならない。暴力は断じてあってはならない。そのことを否定するものではないけれど、だから貴乃花の行動は正しい、と結論づけるのはどうも釈然としない。日本が悪いのだから自分は正しい、と言い張る韓国や中国とどう違うのか。

 相撲の解説者としての彼の解説はあまりうまくない。聞いているひとに分かりやすく説明しようとしているようではない。アナウンサーが誘導してかろうじて解説になっているように聞こえる。もともと語るに巧みではないようだ。思いがあることは分かる。しかし彼は他人が自分の気持ちを忖度してくれることにずっと慣れて慣れすぎて、人を説得し自分の気持ちを訥弁でいいから伝えようという努力が見られない。相撲界がこれではいけないというなら、どういう姿を彼が思い描いているのか、だれか彼から直接聞いた人はあるのだろうか。

 彼にはこれではいけないという思いがあっても、こうであるべきだ、という目指すものがそもそもないのではないかと私は思っている。中身がないから語れないのだ、と言うのはいいすぎか。

 力士としての貴乃花から一歩も大人になっていないのに、周りがもてはやしているようにしか私には思えない。こんなことを貴乃花のファンが読めば怒るだろうなあ。でも私と同じように思っている人も本当はけっこういるように思う。

2018年2月 5日 (月)

納税者一揆だそうである

 若いころ仕事で走り回っていたが、車の中で国会中継をけっこう聞いた。私は保守的な思考の持ち主だからその立場で聞く。たいてい野党に批判的だったけれど、野党の論客の中には、ときにしっかりした裏付けのある情報をもとに鋭く与党を追及する議員もいる。それはそれでこそ国会なのだと感心もし、納得したものである。

 もともと忍耐力のある方ではないが、歳とともにさらにその力が衰えている。若いときに、リタイアして暇になったら、ときにはフルで国会中継を観ようと思っていたから意識してチャンネルを合わせてみるが、長く続けて観ることができない。どうしても無意味な時間つぶしに感じられてしまう。だから国会中継の内容は、ニュースで報じられたものをもとに知ることになる。

 一昨日のネットニュースに日刊ゲンダイの「2.16大規模デモ 森友疑惑再燃で“納税者一揆”が炸裂する」という記事が取りあげられていた。そういえば野党はまだ森友問題をメインに安倍内閣を追求しているようである。それを追求するのは勝手だが、それと同じかそれ以上に大事なこともあるはずで、その割合や質問の中の位置づけが実際に中継を観たいと分からない。

 それがこの記事に書かれているように最も国家の枢要なことであるとして論じられているのならいささか問題である。もっと大事な問題を論じさせないためにやっているのかと勘ぐってしまう。

 この森友問題で、国会に証人として呼ばれた官僚があまりにもお粗末な答弁に終始したことは、官僚の能力の目を蔽わんばかりの劣化をあからさまにした。しかしそれだから安倍首相が一部マスコミのいうような極悪人だという話にはならない。

 記事では、

 悪代官「安倍・麻生・佐川」を追放しよう---「森友・加計問題の幕引きを許さない市民の会」が、2月16日に都内で大規模デモを予定している。

 と報じている。

 会では、数千人規模の大行動にするべく注力しているそうで、記事の最後は

 2.16納税者一揆炸裂だ。

 と結ばれている。

 多分大々的な国民的盛り上がりにつなげて、韓国のロウソクデモのように安倍首相の弾劾・退陣につなげることを夢想しているのであろう。

 はたして何人デモに参加するのだろう。結果が楽しみだけれど、少なければ報じられるとは思えないのが残念だ。

この結果は意外なものか

 数日前に名護市長選について書いたブログの一部を抜粋する。

「名護市長選が2月4日に行われるにあたって、朝日新聞と琉球朝日放送が情勢調査を行った。争点の一つである辺野古移設について反対は63%、賛成は20%だったそうだ。四年前の前回市長選では反対が64%で、賛成が19%だったという。これだけ見れば今回も移設反対の稲嶺氏が勝つということなのだろう。しかし、これだけ米軍のヘリコプターが落ちたり不時着したり、米兵の不祥事が続く中で、しかも移設反対を正義とするメディアがとったアンケートでこの結果である。

 私が興味があるのは、このアンケートの反対63%、賛成20%の数字と、選挙の得票率の数字の比較である。その差がこの情勢調査のバイアスの目安となると思うからだ。」

 上に書いたことは言葉足らずのところもあった。つまり米軍基地のトラブルがつづき、反対運動がいままで以上に盛り上がっている、とマスコミが報じているのに、前回の市長選のときと、今回とで基地反対と賛成とがほぼ同じ割合であることはどういうことか?と疑問を感じていたのである。

 さらに今回の市長選の争点が基地問題であるとマスコミが報じているのであるから、稲嶺氏の圧勝ということになりそうだが実際の結果はどうか?と思ったのである。その違いこそがこのマスコミの報じていることと実際の名護市民の思いのバイアスであろうと考えたからである。

 ここで言うマスコミというのは、このアンケートをとった朝日新聞と琉球朝日放送をいっている。

 結果はどうだったのか。一貫して強く基地反対を主張していた稲嶺氏は敗れ、新人の渡具知氏が勝利した。渡具知氏が20,000票あまり、稲嶺氏は17,000票たらずという結果だった。基地反対63%、賛成20%とのアンケート結果がそのまま両候補の支持の差だとはもちろんいえない。しかし選挙結果が基地の賛成反対に相関するのは間違いないはずであろう。そしてこのマスコミは、これを報じて稲嶺氏にエールを送ったのであろうことは想像がつく。

 なるほど朝日新聞の報道やアンケート結果にはここで感じられるようなバイアスがあるらしいことがあらためてよく分かった。 

2018年2月 4日 (日)

ときに正論は愚かしく見える

 茂木大臣が線香を配ったから大臣を辞めろ、その任命責任を負って安倍首相は退陣しろと野党は居丈高に国会で糾弾している。

 法律上線香を配ることはいけないことらしいから、野党の言い分は正論なのだろう。

 しかしどこに線香をもらったから茂木大臣のために一票を投じよう、応援しようと思うものがあろうか。極悪非道の犯罪を犯した如くいう野党の面々は、多分線香をもらったら節を曲げて一票を投じるのだろう。安い人たちである。

 そういえば団扇を配った、と責められて辞める羽目になった女性大臣もいた。いまどき団扇をもらってもそのへんに放り投げて終わりである。団扇のおかげで世話になったと感謝するものなどこの世にあろうか。

 決まりとして、してはいけないことはいけないことではあるが、その程度に応じての罰があるというのがこの世の中である。レ・ミゼラブルではあるまいし、野党は何をジャヴェールを気取っているのだろう。私には茂木大臣がジャン・バルジャンに見えてしまう。

 鬼の首でも獲ったような線香配りの追求に興奮する野党の面々の顔に愚かしさしか見えない。愚かな行為は必ず自分に返ってくる。そんなこと再三見てきたのに彼等は学ばないらしい。

 もっと大事なことがあるだろう! まともな人に聞いてみたらいい、国会中継の話題が団扇や線香で盛り上がっているのに「うんざりだ」、と答えるだろう。またぞろ、首に筋を立てて蓮舫女史が強い口調で責め立てていた。懲りないひとである。

イヤな世の中である

 人の不倫をあげつらい、さまざまに論評する。マスコミは読者や視聴者が求めるから報じるのだとうそぶく。人の不倫をことさらになじることが出来るほどにみな正しく生きているのだろう。まことにけっこうなことである。

 しかしへそ曲がりのわたしには、多くの人がしたくても出来ない恋愛を、そして不倫をしている人間をねたんでいるだけのように見える。私がちっとももてないし、もてたことのない人間だから、ことさらよく分かるのである。ただ、私はとっくの昔に諦めて生きてきたから、不倫報道に正義の怒りなど全く感じたことはない。

 マイクを向けられると決まり文句をぱくぱくとしゃべる口を見てうんざりする。ぱくぱく語る人だけを取りあげるから、さも世の中はぱくぱくだらけだとみな勘違いしてしまうのだろう。世の中はみなぱくぱくだらけになる。イヤな世の中である。

 人それぞれにいろいろな思いがあり、人生があることは数あるドラマや小説でみな承知ではないのか。そのことで生ずる困難は本人が引き受けることになるが、赤の他人がとやかく言う筋合いではないことは今も昔も同様である。現代は何でもありの世の中であるのを承知でいながら、それでもとやかく言う赤の他人は絶えない。

 いまのマスコミはただの金棒引きに堕している。子どものころ近所のおばさんに、あることないこと言いふらすおばさんがいた。母は毛嫌いしながらつき合い上相手をしないと自分がターゲットになることをおそれ、その話を聞くことに耐え、さらに憎んだ。わたしもそういう人間を憎むことを覚えた。

 沈黙を余儀なくされている人間の背中にさまざまな言葉を投げつけるレポーターという人種の非人情の醜さを感じて寒気がする。あれほどの醜業がこの世にあるだろうか。見れば時を経るごとに顔が醜く歪んでいくことは恐ろしいほどである。神の業であろう。

わからない

 テレビで仮想通貨の仕組みの説明が繰り返し行われるが、私にはどうしても分からない。私にはそこに厳然としたバカの壁があるようである。

 コインチェックの取扱金額が12月一ヶ月だけで3兆円を超えていた、という話に驚いた。年間に換算すれば、小さな国の中央銀行並みの金が一社で扱われているのだ。これは一体何なのだ。

 金で金を買うということがそもそも金の意味をますます空想化していくような気がする。数字だけが妄想の中で膨らみ、それに狂奔する人がたくさんいるらしい。

 今回の流出は北朝鮮の仕業だ、という憶測もされているらしいが、もし本当なら、いくら経済制裁をしても何百億円の金が濡れ手で粟で手に入るわけでほとんど制裁の効果は無いのである。そんな世界は異常だと思うが世間はそう思わないらしい。

 580億円といえば、実際のお金にしてどれほどの嵩になるのか、などと考える私は、仮想通貨が通用する世界とは無縁の人間なのだろう。

 資本主義はますます空想的な世界に向かっているように見える私は時代遅れなのだろう。願わくば、物と実体のある金との関係だけの世界のままのほうがありがたい。生きている間に中央銀行の発行する現金が通用する世界が終わるようなことがないといいが。

 昔オランダでチューリップの希少種が投機を呼び、とてつもない金額で取引された。金魚が日本や中国で同じように異常な高値で取引されたこともある。熱狂から冷めればすべて夢と消えた。思えば日本でもバブルという時代があり、土地や株が思惑だけで暴騰した。

 うまく儲ける人は賢いのだろう。私は賢くなくてもかまわない。

2018年2月 3日 (土)

もともとゆるいけれど、さらにゆるんでいる

 明治生まれの祖父は、「男は人生に三度だけ泣くことが許される」と言った。生まれたときと親が死んだときの三度だという。それ以外には人に涙を見せるな、というのだ。

 父はそんなことは言わなかったが、思い返せば父の涙を見たことは一度もない。すでに親は死んでいたからもう泣く機会が無くなっていたからだろうか。 

 昔の男はどうして泣かずにいられるのだろうか。私は情けないことにすぐ泣く。それでもさすがに人に涙を見せるのは恥ずかしい。子どもたちは私の涙を見たことがあるだろうか。私はドラマや映画の泣かせるシーンにとても弱い。子どもたちはそういうときの私の涙を見ているだろうか。多分子どもたちもけっこう私に似ているから、自分の涙を隠すのに忙しくて私の涙は見ていないかも知れない。

 NHKの『大岡越前』の第四シリーズが始まっている。東山紀之の大岡越前がけっこうサマになっていて、なかなか好い。昨日第四話の『万病治した孝行娘』がまた泣かせる話であった。その孝行娘のお鈴という役を演じていた荒井萌という女優が良い感じであった。憎まれ役を笹野高史が演じてドラマを盛り上げていた。好い役者が悪役を演じるとドラマ全体が盛り上がる。

 この時代ドラマは大人向けのお伽噺であろうか。世の中はこんなに単純ではないし、心がねじ曲がった人間はそうそう簡単に改心などしないものだ。それが大岡越前にさとされて自分の非を心から悟るのは、なかなか無いことだと大人なら身に沁みて知っている。しかしそれを知っているからこそ素直に自分の非を悟る姿に救いを感じる。そうだったらいいなという思いが誰にも強くあるからだろう。

 というわけで最後の裁きで、けなげな娘・お鈴の言葉や姿につい目頭を熱くして、「よかった、よかった」などと大のオトコが独りで頷いているのである。言い訳がましいが、祖母、母、と続いて涙腺がゆるい血筋である。もともとゆるいのが歳とともにさらにゆるくなっている。まあ誰も見ていないからいいか。それに、感情に波風を立たせるのは悪いことではないだろう。

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会報

 籍を置いていた会社のOB会があって、ささやかな会費を納めると季刊であるが会報が送られてくる。懐かしい人の投稿などもあり、楽しみにしている。みなそれぞれに元気に老後を楽しんでいるようだ。

 会員の訃報も載せられている。元気でいたはずの人の突然の訃報に驚くことも多い。ふだん限られた人との交流しかないので、この会報が消息を知る唯一のよすがである。

 今回送られてきたその会報にある人の夫婦旅行記が掲載されていた。会社では伝説の酒豪三人衆の一人として知られていて、私はその人を見て酒の飲み方を教えられた。酒は美味そうに飲む、美味いと心から思って飲む、いやなことがあったら飲まない、ということを知識ではなく、実践として見せられた。

 その人と飲むと格別酒がうまく感じられるのである。酒がうまく感じられる人と飲む酒は格別で、人生の幸せはここに尽きる、などと思ったりする。私もそういう人でありたいと思っている。

 若いころ、正月に兄貴分の人と二人でその人の家を訪ねて上がり込み、正月料理と酒をご馳走になった。自宅であることで油断したのか、酒豪が先に酔いつぶれた。後にも先にもその人が先に酩酊したのを見たのは初めてであった。夫人はとても美しく、そのときは正月だから紺絣の着物を着ていた。白い絣の部分にちょっとだけ赤い模様が入っていて、とても似合っていたのがいまも記憶に残っている。

 結婚するならこんな女性と・・・と思ったものだが、人生は思いが叶う人とかなわない人とがいて、私はかなわないほうであったのが残念である。その美しい夫人と二人の旅行がとてもしあわせそうなのを文章から感じた。

140920_265k その人のイメージ

2018年2月 2日 (金)

底をつく

 寒いし、インフルエンザは猛威をふるっているというしでなるべく外に出ないでいたら、食べるものが底をつき、飲み物も底をついた。飲み物というのは私にとって主にビールや日本酒である。お茶はふんだんにあるが、そうお茶ばかり飲んでもいられない。

 なんとなくインフルエンザにかかりそうな気配を感じているのである。こういう予感は良く当たる。独り暮らしにインフルエンザはつらい。マッサージ師という接客仕事をしている娘のどん姫にSOSをだすのは余程の場合以外は控えたい。

 とはいえ霞を喰って生きるわけにもいかないので買い出しに行くことにする。帰ったら手洗いとうがいでささやかな防衛をしなければ。

 今晩は湯豆腐でもしようか。寒いのは暑いよりはしのぎやすいと思ってきたけれど、どうも意気地がなくなってきたようだ。暖房しすぎるとなんとなく体調が変になるたちなので、控え目にしている。早く春が来ないか。でもちょうど好い時期というのはあっという間に過ぎ去って、また最も苦手な猛暑がやってくるのもかなわない。我ながら軟弱だなあ。

『グスコーブドリの傅記』

 宮沢賢治のこの童話をむかし確かに読んだはずだ。自己犠牲の話であったことも覚えている。しかし今回読み直してみてこれほどの物語とは思っていなかった。

 イーハトーブの大きな森に生まれたグスコーブドリは両親と妹のネリと幸せに暮らしていた。父親は木樵で、母親は小さな畑で作物を作り、グスコーブドリは妹と森で遊ぶ。

 グスコーブドリが十歳の年、寒い夏がやってくる。作物はならず、人々は食べるものに苦労する。父の切った材木もなかなか売れない。そして何と翌年も同じように寒い夏がやってくる。食いつないでいた食べ物もついに底をつく。

 父親が家を出て行く。そしてしばらくして母親も戸棚の穀物の粉を二人で食べなさいと言い残し、父親の後を追って家を出て森の奥に行ってしまう。

 そのあと妹のネリは人さらいに連れ去られ、グスコーブドリの家はテグス工場にされてしまい、ブドリはそこで働かされることになる。それからさまざまな苦労をしながら彼を利用する者、彼を助ける者、さまざまな出会いと別れを経験して彼は大人になる。

 彼は自分の人生を自分で切り開いていく。そしてついに一人前の火山局の技師となる。彼は火山局を誤解した男たちに暴行を受けてそれがニュースになり、それがきっかけで妹のネリに再会する。

 まことに人生はあざなえる縄の如し。

 彼はついに自分の生きてきた意味、自分のこの世での役割を知る。彼の自己犠牲によってイーハトーブは救われる。両親の行動こそ彼を生かすための自己犠牲であり、それによって生かされた彼も人々を生かすために昂然と、しかも迷いなく犠牲になる。

 彼の転変たる人生を淡々と語りながら、自らの生を生きていく姿に、生きるとは何かを宮沢賢治は読者に語りかけるのだ。そうしてそういう幾多の自ら生きる人々がいてこそこの世の中は持続しているのだということを教えてくれる。

 知識を持つことの大事さ、無知であることの罪、生きることの厳しさ、逆境にもねじくれない強い心の素晴らしさなどをこの物語から私は受け取ったけれど、もっともっといろいろなことがこの短い物語には盛り込まれている。

 宮沢賢治はやはり凄い。

2018年2月 1日 (木)

パルス・マッサージャー

 昨晩の皆既月食を見た。月食を見たのはずいぶん久しぶりである。双眼鏡で、月が欠けていくのを何度かに分けてみた。何しろずっと外にいると寒い。全部欠けたのを確認して就寝した。赤い月として見えなかったのが残念である。空にはかすかに薄い雲が見えたからそのせいかもしれない。

 VISAのポイントがたまり、三月で失効するポイントがあるとのお知らせをうけたので、景品に交換することにした。ポイントは主にETCによる高速料金の支払いによるもので、昨年までは景品になるほどではなかった。だから毎年無駄にポイントが失効していたが、昨年から通販でいろいろと購入することが増えたから景品に替えることができるようになった。

 といっても使っている金額はしれているので、替えられる品物も限られている。その中にパッド式のマッサージ器があったのでそれを選定した。昨日現物が届いたので早速試してみた。

 粘着性のあるパッドを両肩に貼り付けて、スイッチを入れる。強度は加減が分からないので中くらいにした。リズミカルにいろいろな刺激を与えてくれて、強めのときには思わず肩がぴくりと上がる。人間の身体というのは電気刺激にこれだけ敏感に反応するのだと感心する。右肩が良く反応し、左肩は鈍い。私は左利きなので、左肩のほうが凝っているのだろうか。どうもそれよりもパッドの張り方や貼る位置の違いが原因のようである。

 誰かがきちんとバランス良く張ってくれれば良いのだが、独りでは自分の後ろ肩は見ることが出来ないのである。肩甲骨の横に貼って試したいけれど、それはどうも無理そうである。

 十五分で自動的に切れる。物足りない気分だが、続けて繰り返さないほうが良いようだ。しばらくすると方がほかほかしてきた。血の巡りが良くなったらしい。同時に何だが肩がぐったり疲れた感じもする。確かにやりすぎない方が好いのだろう。

 歯の噛み合わせの歪みや目の酷使、姿勢の悪さなどで最近特に首や肩が凝ることが多いので、案外重宝なものを手に入れたと満足している。

まさに宋の時代のことである

 引き続き陸游の『入蜀記』の話。彼が長江を遡って赴任先の蜀に向かったのは、南宋の時代である。宋は北方民族の遼に圧迫され続けたが、遼はその後、金に滅ぼされ、その金は宋の皇帝、徽宗、そして次の皇帝欽宗を襲い北へ連れ去ってしまう。宋は汴京(べんけい・いまの開封)から臨安(杭州)に都を移して存続したがそれが南宋である。のち金もチンギスハンの起こした蒙古族に滅ぼされ、ついに南宋も滅びて元になるのは御承知の通り。

 宋はその北方民族と、ときに宥和(ほとんど屈服だが)、ときに抗戦を繰り返していた。有名な岳飛はその戦いに活躍したことで、中国人にとって最も英雄視される人物である。しかも末路が悲劇であることもその英雄性を高めている。彼を死に追いやったのは宥和派の秦檜(しんかい)という人物で、中国の庶民からは裏切り者として悪名が高い。西湖のほとりにある岳飛廟には秦檜夫婦の石像が置かれているが、唾が吐きかけられるのはもちろん、小便までかけられるありさまで、あまりのことにいまは周りを鉄柵で囲ってある。

 陸游がその秦檜の孫と建康(南京)で出あったくだりがある。前回いったように名前が何通りもあることに留意。

 夕刻、侍郎の秦伯和を訪問する。伯和は名を塤(けん)といい、もとの宰相の益公檜(かい・注に後述)の孫である。立派な座敷に通される。広大華麗な建物で、前は大きな池に臨み、池の向こうはすぐに御書閣である。おそらく下賜された邸宅であろう。

注にいわく
 益公檜 秦檜、あざなは会之のこと。宋、江寧の人。1090-1153。靖康の間、御史中丞となり、二帝の北遷に従って金に行き、抑留されたが、のち国に帰り、金との和議をとなえて、主戦派の忠臣岳飛らを殺したので、後世、姦臣として蔑まれている。ここに益公というのは、益国候に封ぜられたことがあるからである。檜の孫の秦伯和、塤は陸游が進士科の予備試験、鎖庁試をうけたときの競争相手で、陸游が一位、秦塤が二位であったが、秦檜はこの結果を見て立腹し、翌紹興二十四年(1154)礼部で行われた本試験では、陸游を落第させた。しかし陸游は秦塤その人に対しては、すでに秦檜が没して十余年を経ており、特に恨みを抱いていなかったのかもしれない。このあとにも秦塤の厚意をうけている。

 陸游の人となり、その時代が多少は分かっていただけただろうか。

Dsc_0234 岳飛廟に置かれた秦檜夫婦

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