楽しみに目的は要らない
前にも書いたけれど、私は毎年手帳を新調して読書記録帳にしている。むかしはある会社からいただく手帳を使っていたが、十数年前からはすこし大きめの皮の手帳に替えた。手帳はすでに三十冊を超えている。それ以前にも書き散らした手帳があるのでその数は五十冊以上だ。
読んだ本の著者名と書名を読了した日付の欄に記し、むかしはそこに感想を短く書き残していた。書いておかないといつ何を読んだのか忘れてしまうからだし、読んで感じたことなどしばらく経つと忘れてしまうからそれを残したいと思ったのだ。
だが次第に読後の感想を書くのが面倒になってきた。仕事も忙しい。何より感想を書くために読んでいるような転倒した気持になってきた。そこであるときから感想を記すことをやめた。だからずいぶん前からその手帳には著者名と書名だけが書き残されている。年間二百冊前後の本を読み散らかすから、手帳はそれなりの自分の記録になっている。
リタイアしたら時間もたっぷりできた。読み散らすのではなく、読んだ本について多少は頭で反芻することにした。そうしてメモのようなものをまたときどき書き残すようになった。一年ほどしてブログというものを教えられ、人のブログを読み、それが自分にもできることを知った。七八年前のことだ。そこで頭に浮かぶうたかたのようなものを、消え去る前に書き残すことが面白いことを知った。
書きたいことは次々に浮かぶ。ニュースを見ても本を読んでも映画を観ても旅をしても浮かぶ。それを少しでも掬い取ってブログに書き残してきた。ただ同じ私が考えたことだから、自分では新しいことを考えたつもりでも、他の人が読めば、酔っ払いの繰り言のように同じことばかり書かれているかも知れない。
書いているうちにずるずると頭の中から言葉が出て来て、書いたあとで、自分はこんなことを感じたり考えたりしていたのかと他人の目で読んで驚くこともある。それもまた楽しい。
ところが最近ブログを書くために本を読んでいるような気がすることがある。以前手帳に感想を書き記すのが面倒になったときの気持に近い。自分では意識しないうちにブログにノルマのようなものを感じたのか。すこし疲れてきたのかも知れない。感想文を書かされるのがいやさに本が嫌いになる子どものようになったら本末転倒である。
今は何も考えずに本を読む楽しみに没頭することにしようと考えている。楽しみに目的は必要ない。ブログもそのはずだったのに。
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おはようございます
先日は私の”拙い”在日コリアン論を見ていただきありがとうございます。
私も何かの目的で本を読んでいるという気分になることがあります。本当は読書は読書自体を楽しめばいいのでしょうが・・・。
では、
shinzei拝
投稿: shinzei | 2018年4月16日 (月) 06時54分
shinzei様
その通りなのですよ。
それなのに読まなければと思ってしまうのは、ブログに書こうという気持があるのと、本がたくさんあることのプレッシャーがあるからかも知れません。
原点に返って読むことをただ楽しむようにしようと思っています。
投稿: OKCHAN | 2018年4月16日 (月) 09時51分
私はblogを始めてから読書の「積み重ね」が出来るようになったと考える方です。特に「検索機能」に助けられています。読んだ当時は当然理解が浅いので、後から新たな知識を得て、以前より深く理解できたような気がしています。
また時には、知らず知らずのうちに自分の考えが変化していることもよくあります。大抵人は自分に都合の悪いことは都合よく忘れるものですから、それに気がつきません。しかしその過程を確認することで何が「変心」の原因だったのか、それが「正当」だったのかを検証することもできます。
さらにそこから自分の考えをまとめる段階でも、その根拠となるデーターを揃え、論理性、整合性を整える上でも役に立ます。
http://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/525/trackback
ちょっと不純な動機でしょうか(笑)
投稿: Hiroshi | 2018年4月16日 (月) 10時56分
Hiroshi様
不純だなどととんでもありません。
私もそう感じていました。
ブログに書いた「反芻」というのがまさにそういうことなのです。
自分が読んだ本にも、それ以上に、いただくコメントにも自分自身が影響を受けて変わっていきます。
ときには自分自身のブログにさえ影響されます。
司馬遼太郎が坂本龍馬に関連して、龍馬が尊敬していた横井小楠に言及し、小楠が知人から「先生は以前と違うことをおっしゃいますね」といわれると、「違うから俺なのだ」と答えたといいます。
好きなエピソードです。
投稿: OKCHAN | 2018年4月16日 (月) 12時23分