やたらに激怒したり号泣する
ネットニュースを見ていると、このごろやたらに激怒したり号泣したという見出しを見る。中身を見るとつまらないことで拍子抜けする。激怒したとされた人も、号泣したとされる人もびっくりしたことだろう。
こういう記事を書く人は人目を引く文章を書こうとして言葉が極端にインフレになっているようだ。こうなると本当に激怒したことと、ちょっと腹を立ててきつい言葉をいったこととの区別のつけようがなくなってしまう。私など四六時中激怒し、号泣していることにされそうだが、残念ながら(幸いなことに)誰も相手にしてくれないから、そういう目に遭うことはない。
日本では大のおとなはやたらに激怒したり号泣したりしないものだった。お隣の国ではやたらに激怒したり号泣するらしいけれど、日本では大人げないこととされてきた。しかし最近は言葉のエスカレートと共に感情のコントロールが出来ない大人が増えている気がする。幼児化しているのだろう。高齢になると子どもに返るという。年寄りの大声で激怒している姿を目にすることも増えた。これも幼児化だろう。日本は高齢化社会になるとともに幼児化しているのか。ニュースの記者はたぶん幼児化しているのだろう。
自分も幼児化するのだろうか。なんとか激怒や号泣はおさめておきたいものである。アンチエイジングとは外面だけではなく、精神の老化(すなわち幼児化)を食い止めることこそ肝要ではないかと愚考している。
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