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2018年5月14日 (月)

母の日

 昨日の夕刻、テレビでは母の日の話題を報じていた。私の母が死んで今度の夏が来れば丸四年経つ。いまでも母のことを思い出すが、介護の最中のことだったり、寝たきりになる前の、なんとか一緒に温泉などに行けていた数年間のこともある。私は母に優しくなかったことだけが思い出される。いまさら悔いても仕方がない。

 同時に子供たちにとっての母のことにも思いが行く。彼らが小学生の時に家から去って二度と彼女は戻らなかった。彼らが小学生の時に母の日をどんな気持で過ごしたのか、私には分からない。彼らもそのことについて一言も言わない。さまざまな思いを封じこめて彼らは成長した。

 そのことをいまになって強く考えることもあるけれど、いまさらどうしようもないことである。彼らがそのことをどのように内面化し、そのことによって強くなったのか、それとも思い出したくない心の傷になったのか、父親である私はそのことは永遠に知らずに終わる気がする。もちろん尋ねるつもりはない。

 母の日のことなんて、子供たちも私も最初から無いかのようにやり過ごしてきたけれど、昨日は繰り返しそのことを報じていたので、そういう日があったのだということを思い知らされた。べつにかまわないけれど・・・。

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コメント

私も、もう少し優しくしておけば良かったと思ってます。
生き甲斐だった米作りを続けることで供養になればと勝手に思ってます。

けんこう館様
親は大事にしなければ後悔する、ということはまともな人なら知っていることですが、本当にそのことが解るのは親が死んでからでした。
解るということのレベルには段階があるのだということを思い知らされます。
解っているつもりでも実は解っていないことのなんと多いことか。

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