言わないけれど言っている
ネットニュースを眺めていたら今回の日大アメフト部の関連の記事の中に、「オレはそんなことは言っていないおじさん」という言葉があった。監督コーチのことだけを言っているのではない。われわれの身の廻りにごく普通に、そういう「オレはそんなこと言っていないおじさん」がいるよ、という話である。思い当たる人が頭に浮かぶ人は多いと思う。
このことは単に人の性格によるもののように軽く受け止めがちであるけれど、はたしてそうか?と疑念を抱き、日本人の社会的特質に起因するのではないか、と論じたのが私の敬愛する評論家・山本七平の『「空気」の研究』という本だ。
社会的にはよろしくないことであるが、この事態であればそれを逸脱することもやむを得ないという「空気」のもとに、上司がそれをことばにせずに部下に強要するという図式は太平洋戦争時代の常套手段のようなものだったと山本七平師は言う。責任を問われると、「オレはそんなことは言っていない、そんな命令をしていない」という。ことばに出さず、正式書面もないのが普通らしいから、それこそ部下の勝手な解釈によるもので、上司の考えと乖離があったという言い訳がかたちの上では成立する。
このことが日本の組織の、結果の責任をとらない責任者をのさばらせ続けることにつながり、しかもそれは連綿と日本社会に生き続けていることが、「オレはそんなことは言っていないおじさん」の横行蔓延につながっているのではないか。だから今回の日大の監督以下の言い訳こそ日本式の「空気」による指示の典型なのだとみな分かっているのである。ところが「オレはそんなこと言っていないおじさん」は相変わらずずっとそうやって正しい言い訳をしながら人生を全うするだろう。誰も自分の話だなどと思わないのである。
「お前がそうだ」と言われたおじさんは信じられないことを言われてびっくりするだろうが、日本ではよほどのことがなければそんなこと言われないのである。だから世の中はこれからもずっと変わらないだろう。
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「そんなこと言ってないおじさん」は、○○士・○○師とかいう業界にも多くいます。
感情的に怒りながら「育てるために怒ってる。」などと言います。
情報の多様化が「おじさん」には想像できなかった結果になったようです。
投稿: けんこう館 | 2018年5月30日 (水) 12時07分
けんこう館様
本当にどこにでもいるようですね。
それが特に日本に多いというのが山本七平の見立てです。
そういうおじさんは、なにかがあっても当然自分の責任だと認めません。
ときには「だから言ったではないか」などとそれまでと正反対のことを平気で言います。
本気でそう思っていますから始末に負えません。
投稿: OKCHAN | 2018年5月30日 (水) 17時55分