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2018年5月15日 (火)

映画寸評(18)

『ジェーン』2015年アメリカ映画。
監督ギャビン・オコナー、出演ナタリー・ポートマン、ジョエル・エドガートン、ユアン・マクレガー他。

 少女が大事な役で出てくる西部劇の傑作『トゥルー・グリッド』や『ウィンターズ・ボーン』は忘れられない映画であるが、この『ジェーン』のナタリー・ポートマンは母親である。男より非力であるが、精神の勁さでは男以上の女性というのは見ていて気持ちが好い。

 西部劇に出てくる女性といえばひ弱で愚かな女が定番だったが、ようやくその定番を脱する女性が描かれるようになったことは喜ばしい。そもそもその時代の西部には女は男に対してずっと少ない。だから男が女を大事にしたので女がひ弱になったという見立がハリウッド映画にはあったのだろうが、荒くれ男がひしめいているなかで、女がひ弱でいられるわけはないのである。強い女が当たり前だったのではないか。

 女が愚かだ、というのは、女に縁のない男たちの慰め合いからでてきたイメージであろう。しばしば西部劇では同性愛的な男の連帯が描かれるが、女はそれを損なう存在として描かれることが多い。背景に女にあぶれた男たちのそういう負け惜しみややっかみがあったのだろう。 

 街から離れた崖下の一軒家に娘と暮らすジェーンは、何発も銃で撃たれて瀕死で帰ってきた亭主のハムを迎える。ハムはビショップ一味から狙われており、彼を追ってビショップ一味がやってくることを知る。ビショップには彼女も因縁があるのである。

 娘を知り合いの元に預けたあと、彼女がたすけを求めたのは昔の恋人だったダン・フロストだった。ここから二人の過去が回想されていく。ダンは彼女に去られたことで彼女を恨んでおり、その求めを拒絶する。彼女は一人で難局に立ち向かうことを覚悟するのだが、一味の一人に見つかってしまい絶体絶命の状況に追い込まれる。

 それを助けたのはダンであった。ダンは援助を引き受け、二人で一味の襲撃に備えながら少しずつ二人の過去が回想されていく。どうしてダンは愛しいジェーンの元になかなか返らなかったのか。そしてジェーンはなぜダンを待たなかったのか。そこで二人のたどってきた凄まじい体験を互いに知ることになる。

 そしてついにビショップたちがやってくる。準備万端整えていたつもりでも相手は十人をはるかに超えて大勢である。激しい銃撃戦の末についにビショップと直接相まみえることになる。そのビショップに対してジェーンはどういう行動をとったか。母親の怒りの爆発は痛快である。ラストはハッピーエンドなので観たあとの気持もよろしい。大変けっこうな映画だった。

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