« 雑感 | トップページ | 自分の理解力のないのを棚に上げて言う »

2018年6月 5日 (火)

戦争に負けるということ

 今朝の「雑感」という私のブログにいただいたコメントの返事に書いたことを再録する。コメントまで読まない人もいるだろうと思うからだが、再読になった人には申し訳ない。

 韓国の経済が悪化するのではないかというニュースを見ての私のブログに、韓国に詳しい方から韓国の国民の反応についてのコメントをいただいた、その返事である。

「これから北朝鮮問題を解決していくために巨額の費用が必要となるだろうときに、肝心の韓国の経済が悪化していては困りますが、アメリカはたぶんお金など出す気はないでしょうし、中国は出すとすれば出した金以上の見返りを求めるでしょう。
どちらにしても韓国も北朝鮮も(たぶん中国もアメリカもロシアも)すべての責任は日本にあるとして日本に金を無心することになりそうですね。
出しても当たり前のことだといわれながら出すのは業腹ですが、結局そうなりそうです。
出すことが決まったとしても慰安婦問題や徴用工問題は永遠に問われ続ける気がします。
ちょっと悲観的に過ぎるでしょうか。」

 戦争に負けるということはこういうことである、とあらためて思ったのでこういう書き方をした。では日本は永遠にこういうことを続けていくしかないのか。そうなのである。それを解消するにはもう一度戦争をして勝たなくてはならない。

 では誰と戦争をするのか、どうしたら勝てるのか。前回の太平洋戦争と同じく、世界中と戦って勝たなければならないし、勝つ方法などはない。そもそも中国と戦い、アメリカと戦い、世界と戦った前回の戦争で、日本は勝てると思ったのか。勝つということはどういうことか、負けるということはどういうことか、それが分かって戦争をしたのか。

 実は全くなにも考えていなかったのである。だから戦争を終わらせる時期や状況が全く想定されていないのである。だって勝つとはどういうことか、負けるとはどういうことか想定されていなければ、ここで勝ち、ここで負け、という判断の仕様がないわけである。

 およそ世界で起こった戦争でこれほど愚かな戦争はあまりないのではないかと思う。だから負けたときはあまりにもとことん負けたから、次には勝つぞ、という精神的心棒さえぽっきりと折れてしまった。だから日本中ぐだぐだになってしまった。しかしその心棒そのものが折れてしまったことは、却ってよかった面もあり、日本の再生に恥も外聞も無く突き進むことが出来たといえる。

 戦争に負けるということはそういうことで、負ければ次に勝つまでは屈辱に耐え続けなければならないし、勝った側が忘れない限り、負けた側はその屈辱を永遠に引き受けなければならない。戦争はしてはならないのだ。ましてや、勝つということはどういうことかすらわからないような愚かな戦争など言わずもがなである。

 日本が置かれているのはそういう情況の中であることを日本人は自覚しているのだろうか。誰か(軍部や政治家や戦犯)のせいにしても、勝った側はあのとき負けた日本人としか見ないのだと分かっているのだろうか。少なくとも私が生きているあいだぐらいはこの状況は変わらないのだろうなと思っている。 

 正義と公平を相手に求めても敗者にはそれは適用されない。理不尽な金の請求に見えても、退けることは出来ない。困難な道であるが、せめてその見返りのいくばくかを与えてもらうための交渉しか出来ないだろう。悲観的に過ぎるだろうか。どうもそれが現実にしか見えないのだが。

« 雑感 | トップページ | 自分の理解力のないのを棚に上げて言う »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 雑感 | トップページ | 自分の理解力のないのを棚に上げて言う »

2026年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 住まい・インテリア
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ
フォト

ウェブページ