« 濁流 | トップページ | 入道雲 »

2018年7月 9日 (月)

望月衣塑子&マーティン・ファクラー『権力と新聞の大問題』(集英社新書)

Dsc_7010

 望月衣塑子女史は東京新聞の記者。記者会見での質問に答える政治家に食い下がって繰り返し問いかけることで知られる。菅官房長官特有のはぐらかしにめげず、仲間内からもいい加減にしろと言われるほど質問を繰り返したことで特に有名になった。マーティン・ファクラーはニューヨークタイムズの前東京支局長。

 本にラインを引いたり付箋を貼ったりすることはあまりしないのだが、気になるところがたくさんあり、付箋を貼りだしたら付箋だらけになった。この本は先般読んだ『崩壊 朝日新聞』に関連して、現役の新聞記者側の主張を知っておくべきだと考えて読んだのだが、その主張に賛同したり首をかしげたりしたことがたくさんの付箋添付となっている。

 ファクラーがいみじくも「ジャーナリストが心がけるべきことは、事前に結論を決めてしまってはいけないと言うことです。「これはこういうことだ」という見方をしたまま報道してしまうと、間違った結論に辿り着いてしまう危険があります。」と指摘している。朝日新聞が批判されるのは主にこの点にあるのではないか。

 与党政治家はマスメディアに不偏不党、つまり中立を求める。しかし中立など立場によって違う。マスメディアは記事が公正であることこそが肝心であるとのファクラーのことばは重要だ。

 望月衣塑子は、安倍政権は過去に例を見ないほどマスコミに強硬な態度を示し、同時に利用しようとしていると主張する。マスコミをコントロールしようとしているというのである。だから安倍政権は悪い政権だといいたいのであろうか。それに対し、ファクラーは、権力がマスコミをコントロールしようとするのはどこの国でも同じで、問題は安倍政権というよりもそれに易々とコントロールされているように見える日本のマスコミにこそ問題があるのだと見ている。アメリカでは多くのジャーナリストが政権のコントロールに立ち向かうが、日本にはそれがあまり見られないというのである。

 ファクラーは「アクセス・ジャーナリズムと調査報道」ということについて語る。「アクセスジャーナリズム」とは、権力に近い側に寄りそって取材し、情報を得ることである。その一方、「調査報道」とはメディア独自の調査を丹念に積み上げ、現場の取材を重ねることによってそのメディアなりに確信を得た事実を報道したり問題提起をすることである。  

 そこでファクラーが日本の新聞社の問題は記者クラブという存在にあるのではないかと指摘する。多くの国では記者クラブは弊害があるとしてすでになくなっているという。日本の記者クラブが仲良しクラブに堕し、政権のコントロールを唯々諾々と受け入れる原因になっているのではないかというのである。本来新聞と権力側の力関係は対等ではない。記者クラブは個別の力を集めることで権力に対抗するはずのものだったのに、仲良しでありながらそういう意味での結束はほとんど見られないというのだ。それなら記者クラブはマスコミとしては存在悪である。

 記者クラブによりアクセスジャーナリズムが肥大化し、調査報道がおろそかになっているのならば、まさに新聞は政権の餌食である。いまスクープが週刊誌のものになりつつあるのはそれを如実に示しているのではないか。

 ファクラーは東日本大震災による原発事故の翌日から東北を取材で走り回ったという。しかし日本の新聞記者は政府の指示に従い現地取材を自粛していた。調査報道を放棄していたのである。だから政府発表だけを垂れ流していた。メルトダウンが明らかなのに、政府がメルトダウンは起きていないというとそのまま伝えていたことを私も記憶している。望月衣塑子は、そのときそれはおかしいのではないかと記者クラブが経産省に抗議したというが、政府が隠すなら自分で調べるべきだろう。ちなみに、私の記憶では国民から事実を隠すことに主に活躍していたのは枝野氏であり、その後その印象を拭うような情報を知らない。だからあの人を信用しないのだ。

 ほかにもネットメディアとの関係、新聞社の将来あるべき姿など、詳しく語られている。

 ファクラーの指摘には頷くものも多かったが、朝日新聞の慰安婦問題の誤報について、吉田清治の件は別にして朝日新聞は謝罪すべきではなかったと主張していることには同意できない。それは慰安婦が存在していた事実を否定することにつながるからだというが、問題は軍隊による強制連行があったという報道の根拠が吉田清治の証言であるのだから、それが嘘であったことが明らかなら謝罪するのは当然だと思うからである。

 私が問題だと思うのは、朝日が誤報を掲載してしばらくしたあとに、吉田証言を確認するために済州島に調査に入った学者がそれが事実無根であることを確認して発表しているのに、朝日新聞は30年もその裏付け調査をしなかったという事実である。事前に結論を決めて報道をすると、それを否定するものが出てもそれを変更できなくなるという、ファクラーがジャーナリストとしてしてはいけないことを朝日新聞はしたのではなかったのか。慰安婦がいたことが事実だからというが、では朝鮮戦争のときにアメリカ軍用の慰安所はなかったのか、ベトナム戦争のときに慰安婦はいなかったのか、進駐軍のための慰安所はなかったのか。そのことで一般の女性の被害が多少なりとも減ったのではなかったのか。戦争は勇ましいものではなくて醜いものである。

 私は慰安婦をあっても仕方がない存在だなどと毛筋ほども思わないし、それを正当化するつもりもない。慰安婦問題の誤報について朝日新聞を非難するのは別の話である。

« 濁流 | トップページ | 入道雲 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 濁流 | トップページ | 入道雲 »

2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 住まい・インテリア
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ
フォト

ウェブページ