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2018年7月13日 (金)

北原亞以子『峠』(新潮文庫)

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 慶次郎縁側日記シリーズの一冊。もともとは短編小説『その夜の雪』が出発点となってシリーズになったものだと私は思う。それとも最初からシリーズ化を考えていたのだろうか。それほどこの第一作は重いのである。だからこの「この世の雪』は新潮文庫の同題名の短編集と『傷』というシリーズ第一巻目との両方に収録されている。

 祝言を間近に控えたひとり娘・八千代を不慮の理不尽な死で喪った(その顛末が『その夜の雪』という小説である)森口慶次郎は元同心で、同心時代はほとけの慶次郎と呼ばれる情理を弁えた男であった。そんな彼だから八千代と祝言するはずだった義理の息子・晃之助に家督を譲り、いまは商家の別荘の留守番という悠々自適の生活をしていても、さまざまな依頼が持ち込まれてくる。

 このシリーズは彼女が2013年で死去するまで続いたので最終巻まで十冊以上ある。たしか第五巻くらいまで読んだはずなのだが、だいぶ時間が経っているのでまた最初から読み直し、持っていない本はすべて買いそろえた。今回の『峠』はその第四巻に当たる。

 人気の女流の時代作家はおおむね面白い。平岩弓枝の『御宿かわせみ』シリーズ、澤田ふじ子の『公事宿御用書留帳』シリーズ、そしてこの『慶次郎縁側日記』シリーズは特に私のお気に入りである。私にとってのお気に入りとは、二度でも三度でも読むに値するし、棚から引きだしていつの間にか夢中で読んでしまう本だということである。

 そのお気に入りの新作が、『新・御宿かわせみ』以外はもう読めないのはまことに悲しいことである。北原亞以子は五年前に他界。澤田ふじ子はシリーズを終結させてしまった。北原亞以子は東京生まれだが、高校は千葉第二高等学校卒。つまり戦前の千葉高女であり、私の母の後輩に当たる。ひとまわり離れているのに私の母より早く旅だった。ずいぶん早い旅立ちだったのが惜しまれる。

 さまざまな人間が自分だけの人生を必死に、ときには怠惰に、ときには悪い方へ悪い方へと踏み迷いながら生きている。すでに後戻りが出来ない闇に落ちこんだ者、あやうく踏みとどまる者、ハッと気がつくと自分の周りにはたくさんの人生が大河のように流れていることが見える。それをそれとなく知らせるのが慶次郎たちなのである。人は自分しか見えていない。そして自分自身にがんじがらめに絡め取られている。回りを見ることでそのいましめから瞬間的だけれども逃れることが出来ることもある。

 勧善懲悪をこの作家はほとんど語らない。ハッピーエンドも描かない。その手前で筆が置かれてしまうので、読者は自分の想像の中で筆の置かれたその先を想像せざるをえないのである。巧みな余韻の残し方にほれぼれするけれど、それが不満の人もいるかもしれない。

 表題の『峠』はシリーズとしては珍しく中編となっている。

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