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2018年7月10日 (火)

曽野綾子『人間にとって病いとはなにか』(幻冬舎新書)

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 そもそも健康とはなにか。病気ではない状態のことのようである。しかしよくよく考えてみると、どこにも病気を抱えていない人間などいるのであろうか。健康とは実は理想的な、空想的なものなのではないかなどと思えてくる。よくよく健康な人というのが、実はよくよくしあわせな人と同様、イヤなものなのではないかなどと天邪鬼の私などは思ったりする。そういう人は病気を抱えている人や不幸せな人のことが理解できないことを、長い人生のなかで見せられてきたからだ。

 体や心が不調のときというのは誰にでもあるもので、そのときにどうすればいいのか、人は案外それに効果的なことをひとりでにするものだと著者はいう。体や心がそれを求めるので、それに素直に従うことで多くの場合は大事にならずに済むものである。しかし現代人はその自分の体や心の求める声を聞き取る能力が落ちているのかも知れない。雑音が多すぎてその声が届かなくなっているのではないか。

 自分の体や心がコントロールできるなどと思い上がっているのかも知れないが、そのために大きな躓(つまづ)きをしがちだ。人は一人一人違うもので、大きかったり小さかったり、若かったり年寄りだったり、強かったり弱かったり、美しかったりそれほどでもなかったりする。それを誇ったりうらやんだりするのは愚かなことだと知りながら、ついそれを忘れる。

 心は体と不即不離なものだから、体調の波で心は翻弄されるものだし、心がめげれば体調も影響される。それらとどう折り合いをつけて楽に生きていくのか、その考え方のヒントがこの本にいろいろと書かれている。それは、人生はときにつらいものだが、ときに楽しく素晴らしいものだと思うためのヒントでもある。加齢による体力の衰えや、不調をどう受け入れて前向きに考えていくのか参考にしたい。

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コメント

おはようございます
「一病息災」とはいいますが私の場合その一病がむかつくほど私を苦しめます。
某カルト教団の信者のせいでかかってしまった疾病恐怖症と抑うつ神経症のせいで、今でも私は心療内科に月一で通う羽目になっています。まあ、私にも脇が甘かった、という落ち度があるのですが、その信者が許せない状況です。
この一病がなんとかなれば、私もまあ、心身ともに健康なのでしょうが・・・。
では、
shinzei拝

shinzei様
外部が原因で病になるのはやりきれないですね。
原因が分かっても、どうすればその病が癒えるのか専門家の医師にも分からのでしょうか。
とはいえ、その原因を恨んでも病が癒えることはないのが口惜しいところですね。

どうしても調子の良い時を基準に考えてしまいます。
普通と思うときは調子の良い時と考えれば、多少見方も変わる気がします。

けんこう館様
本当にどこも具合が悪くないときは、そのことのありがたさを忘れていますね。
それとは別に、若いときに無茶をしたことの報いが歳とともにいろいろと体に現れてきます。
格闘技をやっていたのでそのときのダメージなのか、膝や足首などが時々悲鳴を上げます。
過剰な体重によるものもあるでしょうけれど。

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