長谷川慶太郎『異形の大国を操る習近平の真意』(徳間書店)
日本とアメリカの将来(特に経済面)について極めて楽観的な見通しを述べ続ける長谷川慶太郎翁が、現在のトランプに振り回される世界と、虎視眈々と覇権を狙う中国の実情を分析した上で、いつものように楽観的見解を披瀝している。一体どうなってしまうのだろうかと心配している人間も、これを読めば元気が出ること請け合いである。
楽観的なのはいつものことだが、いままでもその予測の多くが実証されてきた。とはいえ少し楽観的すぎる気もする。中国は恐るるに足らず、というのが楽観論の根拠といえるのだが、本当に恐るるに足らないのだろうか。それが心配である。
中国の統治システムが腐敗を生むことは歴史的なもので、現在の一党独裁政治が変わらない限り腐敗の根は絶つことが出来ない。皇帝時代と全く変わっていないのだ。それは行政が突出して権利を有し、司法や立法がその行政のおまけとしてついている体制であるからだ。行政が利権を生み、それをチェックするための立法や司法に力が無いのであるから腐敗は必然なのである。だから中国では腐敗を行政が退治しなければならないという、異常なことが行われざるをえないし、それが権力闘争と極めて酷似した様相を呈してしまうのだ。
さらに中国の経済体質を変えるためには過剰生産をやめなければならないが、過剰生産の主な原因は国有企業にあり、それを改廃しなければならないことは中国政府もよく分かっている。ところがその国有企業には大きな利権があり、その利権を握っているのは共産党であるから、なかなか抜本的に手をつけることが出来ない。しかもその過剰生産をしている国有企業には多くの人が働いており、改廃淘汰すれば必然的に失業者の大量発生につながってしまう。失業者は社会不安のタネである。中国政府のもっとも恐れるものでもあるのだ。
もう一つ、中国には都市戸籍と農民戸籍という階級差がある。ところが農民戸籍を持つ農民工が都市部に出て働き、安価で大量の雇用を支えてきた。しかし戸籍の差によって賃金や社会補償に極めて大きな差があり、そのことが社会不安のタネになっている。いままでは農村に足場を持ち、都会に出稼ぎに出ている農民工だったが、世代交代が進み、農村に全く基盤のない農民工の若者が増えている。彼らの閉塞感はさらに社会不安のタネになっている。そこで中国政府は徐々にその戸籍の違いの解消をする方向で模索を始めている。
多分遠からず都市戸籍と農民戸籍は統一されるだろう。しかしそのときこそそれぞれの格差についての不満が顕在化するとも言えるのである。いままでは戸籍の違いを理由に出来たが、これからは同じ戸籍なのに差があることが社会に対する怒りとなるかも知れない。
社会不安を畏れる中国政府は国民の監視統制を強化せざるをえない。そのシステムの強化は凄まじいようである。ほとんどプライバシーというものは存在しなくなりそうな気配である。しかし特に違法なことをしないのなら便利な社会であり、別にかまわないではないかというのがいまの中国国民の大方のようではあるが。
これから万一中国の経済が停滞または後退局面になったとき、はたしてどうなるのか、それを見越して長谷川慶太郎翁は「日本もアメリカも大丈夫」というのである。
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中国とは、のらりくらりで深入りしないほうが得策と思います。移民もシッカリ考えておかないと、気づいたら中国人ばかりということになったら日本の国柄が変わってしまいます。
投稿: けんこう館 | 2018年7月11日 (水) 13時17分
その本でも議論されているかもしれませんが、私は現代中国の最大の危機は「人口学的時限爆弾」だと思っています。
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中国史の中でも何度も起こりましたし、
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西欧史の中でも、最近だとイスラーム過激派の出現をそれで説明している人もいるくらいです。
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最近、この人口調節を推進したのが社会学者でも、経済学者でもないロケット科学者であったという本を読み、驚くと同時に「だからそのもつ危険性を認識できなかったのだ」と納得しました。
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投稿: Hiroshi | 2018年7月11日 (水) 13時32分
追伸:本を読んでいないのでどのような理由で長谷川氏が「一帯一路」に参加すべきと述べられているのかは知りませんが、私もこの人口動向から参加すべきだと思います。ただしTPPと天秤をかけつつ。この10年近く、何度も上海浦東空港に着陸した時、その変化に驚かされるものとしては特に。
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また、ほとんど日本では議論されていませんが「一帯一路」は歴史的に補完的というよりも競合的であったという事実も忘れてはならないでしょう。 それは中国の国力を削ぐ可能性もあります。より相補的なのはTPPかと。
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投稿: Hiroshi | 2018年7月11日 (水) 13時55分
Hiroshi様
その件に関してはさまざまに論じられ始めていますが、近藤大介『未来の中国年表』(講談社現代新書)という本に詳しそうなので近々読むつもりです。
2049年の建国100周年を5億人の老人が祝うことになるというその惹句はまさにその状況を表すものだと思います。
投稿: OKCHAN | 2018年7月11日 (水) 13時55分
けんこう館様
中国との関係は好むと好まざると関係なしに深まって行かざるをえないと思います。
そのときに日本人のアイデンティティが損なわれるのか、日本に増えてくる中国人定住者が日本のアイデンティティを自分のものとして取り込んでいくのか、それが日本がこれからも生き易いか、それとも暮らしにくい国になるかを決めるかも知れませんね。
彼らは日本に来て初めて中国の本当の歴史を知ることになると思います。
というより学んで欲しいものだと願っています。
投稿: OKCHAN | 2018年7月12日 (木) 08時39分
Hiroshi様
中国はすでに社会主義国ではなく資本主義の国になりつつあると思います。
そのことがこの長谷川慶太郎の本の骨子です。
しかし共産党一党支配という羊頭狗肉の看板を下ろすわけにはいかないでしょう。
あれだけ大きな国を経営するには強権がどうしても必要なのかも知れません。
一帯一路を進めるには中国も厖大な資本投下が必要ですから、経済余力が失われると中国の国力を削ぐことになるというHiroshi様の指摘はその通りだろうと思います。
アメリカと中国の覇権主義に対抗するためにTPPはささやかな希望かも知れません。
イギリスもEU離脱に合わせてTPP参加を模索しているといいます。
投稿: OKCHAN | 2018年7月12日 (木) 08時47分