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2018年7月17日 (火)

映画『エイリアン:コヴェナント』2017年アメリカ・イギリス映画

監督リドリー・スコット、出演マイケル・ファスベンダー、キャサリン・ウォーター、ビリー・クラダップ、ダニー・マクブライト、デミアン・ビチルほか。

 2012年の『プロメテウス』(リドリー・スコット監督)に続く物語であり、全体としてはあの『エイリアン』の前日談の位置づけとなる。傑作『エイリアン』は同じくリドリー・スコット監督による1979年の映画である(ずいぶん昔のことだったのだ)。あの映画を観たときは衝撃的だった。そして『プロメテウス』も傑作だと思う。しかしこの『エイリアン:コヴェナント』についてはそこまで高く評価する気になれない。

 映画として面白くなかったわけではない。未知の惑星に降り立った乗組員たちの不用意さ、危機に対する鈍感さが往年のテレビドラマ『宇宙家族ロビンソン』並みで、いくら何でもひどすぎる、と思ったのである。ラスト近くでも、嵐の中を母船をあまり地上近くまで降下させると船体破壊を起こす可能性が高いと母船のAIが警告しているのに、調査隊を救助するために危険を冒し、無茶をして、しかも船体破壊は起きない。それなら警告はなんだったのか。

 無理を通せば道理が引っ込むなら道理など意味が無くなってしまう。AIは間違った判断をしていたのか。こういう三流ドラマ的なご都合主義がチラリとでも見えるとぶちこわしになるものだ。

 この映画ではエイリアンは脇役で、アンドロイドが主役だ。AIがとことん進み、AIつまりアンドロイド(母船のAIとは関係が無い)自らが判断して創造を始めたらどんな行動を起こすことになるのか、それは人間の想像を超えるものになるというのがこの映画のテーマのように思う。

 余談だが、NHKで『欲望の時代の哲学 マックス・ガブリエル日本を行く』という番組で、ヨーロッパの人々が、特にドイツ人が(日本人には思いもよらないほど)人型ロボットに対して、拒否感を持っているということを知って驚いた。マックス・ガブリエルはドイツの人である。その感覚はこの『エイリアン:コヴェナント』という映画のアンドロイドの描き方にも表れているのかも知れない。これはもともとの『エイリアン』のアッシュというアンドロイドの描き方にも現れていた。

 人間は、アンドロイドが人に似てくれば似てくるほど非人間的なものと感じるものらしい。たしかにそうかも知れない。しかし日本人は『鉄腕アトム』を持っている。あの手塚治虫の世界観を子供のときに刷り込まれている。その違いが案外大きいのかも知れない。

 その非人間的アンドロイドがエイリアンをどう関わっていくのか。リドリー・スコットらしい極めて悲観的な、絶望的な世界がそこに表現されている。AIが進化し、感情を持ち、自分で判断し、創造を始めたらどんな世界を招来するのか。人間はすでに役割を負え、滅びるべきものと成り果てたのか。未来の人類はその答えを識るだろう。さいわい私はその事態に直面することはないが。

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