広瀬隆『カストロとゲバラ』(インターナショナル新書)
自分がどこにいるのか知るために、そして目的地を目指すためには地図が必要である。その地図を見るために重要なことは現在地の表示である。観光地などの地図に現在地のあいまいなものがしばしばあって、驚くし腹も立つ。
自分がどこに立って世界を見ているのか、そのことを常に意識していないと、他のひととの見方の違いについて感情的になる。どの方向から世界を見ているのか、それによって世界は全く違う様相を見せる。
三年前にキューバに行った。たった十日足らずの旅だったし、ガイド付きのツアー旅だからほんとうのキューバを見て来たとはいいきれないけれど、見るべきものは見たつもりだし、ささやかながらキューバについて知識を仕入れていった。
学生時代に観たオマー・シャリフ主演の映画『ゲバラ!(原題『Che!』)』で、キューバ革命についてはかなり強い思い入れがある。そのキューバのイメージがそのまま凍結されて現代までつづいているのは、キューバにとって幸せでもあり、とても不幸なことでもあった。アメリカの理不尽な経済封鎖により、何十年も貧しいままであるからだ。
貧しいことは不幸せであるかも知れないけれど、そのことによって貧富の差がほとんどない社会が維持されている希有な国でもある。皆が貧しいから貧しさに対する恨みが少ないといえるしそのことの原因はキューバ政府ではなく、アメリカにあると国民皆が承知しているから、その恨みはアメリカに向けられている。
貧しい国ほど独裁者は御殿のような家に暮らしている。ところがキューバでは権力者が清貧を貫いているのは驚くべきことだ。これはゲバラの精神が生きているからである。
この本ではキューバの国の立場からキューバの歴史、キューバ革命の必然性、その後のアメリカのキューバに対する行動、そしてキューバ危機、さらにソ連とアメリカに翻弄されながら孤高を保ち続けたキューバという国について書かれている。アメリカに亡命したキューバ人も数多い。彼らの立場から見れば全く違う世界観があることだろう。
中南米に対してアメリカがなにをしてきたのか、そのことを本で読んだことがある。中南米の多くの国ではアメリカは憎まれている。それには明らかな原因があって、そのことについてこの本にも詳細に書かれている。日本人の多くが知らないことで、アメリカに幻滅するかも知れない。
今中国がアフリカなどの独裁者の国に支援して支配的に関与していると非難されているが、ほとんど同じことをアメリカは中南米で行ってきたのであり、そのことでアメリカの財閥や権力者が肥え太ってきたことは歴史的な事実でもある。なぜアルゼンチン生まれのゲバラがキューバ革命に参加したのか、そしてなぜボリビアで死んだのか、そのこともすべて関連のあることである。
著者の視点はキューバにある。だからキューバについて知らないと違和感があるかも知れないが、無理に抵抗せずに全体を読み通してあらためて考え直してみて欲しい。世界の見え方が大きく変わるかも知れない。中身が濃いとはいえ新書だから読み通すのはそれほど大変ではない。是非読んで欲しい本である。
私が現地で知らされたキューバ人が嫌う国として、アメリカ、韓国の名がしばしば上がっていた。最近は進出著しい中国にもいささか反感を持っているようだ。私が日本人だからリップサービスであろうけれど、日本に対しては好感をもっているようだ。実はゲバラは日本贔屓であり、日本を手本にしてキューバを工業化し、再興しようと考えていた。日本にも複数回訪れているのだ。そのことが巷間に結びついているのかも知れない。キューバが訪問しやすくなって最も急増しているのが日本人観光客である。ちょっと遠いけれどいまならキューバの好いところを見ることが可能だろうから一度行ってみることをおすすめしたい。自分の現在地を確かめてみて欲しい。
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コメント
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カストロ氏が亡くなった時、トランプ氏は「残忍な独裁者」と呼び、オバマ氏は「歴史が記録し、評価するだろう」と述べたとか。 前者は自国の過去の汚点には全くの無知で、後者はそれを多少なりとも理解していると考えます。
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私が読んだのはゲバラの自伝的小説『モーターサイクル・ダイアリー』ですが、
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それを読んで、ゲバラもカストロも共産主義者では無く、米国の横暴な対ラテンアメリカ政策により、ソ連側についたというのが真相だと考えています。
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キューバに行ったことはありませんが、その代わり沢山のキューバ人のダンスの先生に出会ったのがカリブ史理解のきっかけでした。キューバの歴史については『砂糖大国キューバの形成』 と『キューバ経済史』 と『ニグロ、ダンス、抵抗』 が参考になりましたが、
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カリブ世界の欧米による過酷な植民地支配全般についてはトリニダード独立の父とも呼ばれたエリック・ウィリアムズの以下の2冊の本がお薦めですが、特に『コロンブスからカストロまで』がとても勉強になりました。
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投稿: Hiroshi | 2018年7月31日 (火) 13時24分
Hiroshi様
カストロがソビエトに近づかざるを得なかったのは、アメリカがそのように追い込んだからであることを世界はあまり知らないようです。
ゲバラの民族主義は当時の中南米やアフリカの実情を何とかしなければならないという義憤によるものでした。
社会主義もそのような欧米の横暴と同じだという怒りが彼をボリビアへ追いやりました。
カストロはキューバ国民を見捨てるわけにはいかなかったのでたもとを分かつようになりましたが、気持ちは強くつながっていたと思います。
そのゲバラの遺志が、キューバを独裁者の利権の国にしなかったのだと思います。
投稿: OKCHAN | 2018年7月31日 (火) 17時28分