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2018年7月16日 (月)

北原亞以子『蜩 慶次郎縁側日記』(新潮文庫)

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 蜩の鳴き声というと映画『トトロ』を思い出す。妹のメイが迷子になり、姉の五月が必死で日盛りを、そしてやがて夕方の里山を捜し回るとき、哀しげに聞こえるのが蜩の鳴き声だ。蜩の鳴き声にははかなげな哀しさがある。

 慶次郎縁側日記は、主人公の森口慶次郎が元南町奉行所の同心でいまは楽隠居の身の上ということで、そこに持ち込まれたり彼の関係者が関わる事件の話しであるからある意味で少しひねった捕物帖である。捕物帖とは時代劇を舞台とした探偵小説ともいえる。たいてい短篇である。そこにはさまざまな人生があり、その人生の陥穽にはまりかけた人間のある「とらわれ」を主人公達が解きほぐして事件が解決する。

 まことに人はとらわれると周りが見えなくなり、自分が見えなくなる。そのとき手をさしのべるのが森口慶次郎である。快刀乱麻を断つような謎解きの物語ではなく、そんなやさしさの物語集で、この『蜩』にはそんな短篇が12編収められている。

 森口慶次郎が主に関わったものばかりではない。彼の入り婿で跡継ぎの現役の同心・森口晃之助が主に関わるもの、その岡っ引きである辰吉が関わるもの、北町の同心から十手をあずかっている(蝮の)吉次が関わったものなどが入り交じっていて、主人公がちらりとしか出てこないものも多い。

 しかし彼等の関係は森口慶次郎が核となっていることは間違いないのであって、その世間に対する態度や関わりは慶次郎の影響を強く受けているのである。だから登場人物達はシリーズを読み進めるほどに親和性が増してきて、実在の人物以上に私の心のなかに棲みついているのである。このあとに番外編として『慶次郎覚書 脇役』という短編集を読んでいる。文字通り縁側日記での脇役たちがそれぞれの短篇の中で主人公としてその内面をさらけ出している。読了したら紹介する。

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