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2018年8月21日 (火)

他人(ひと)のブログ

 たくさんのひとのブログを読み、たくさんのひとに自分のブログを読んでもらっているひとは多いと思う。とはいえブログに割く時間をどれだけ取れるかで、その数にはおのずから限界がある。ブログにエネルギーをかけすぎるとブログのネタも枯れてくる。

 私もブログを始めてある程度の年数(今年で丸7年)経ったので、毎日楽しみに拝見しているブログの数が少しずつ増えている。更新の頻度が少ないひともいるけれど、とても長い力作もある。あまり長いと性格的に集中力に欠けているので、正直なところ途中から少し雑に読み飛ばしていてもう一度読み直したりすることもある。そのブログだけ読むならよいけれど、ほかにも拝見したいものがたくさんある。

 自分のブログはどうなのだろうか、と考えたりする。つい書きたいことがつぎつぎに湧いてきて結果的に冗漫になることも多い。自分のブログを他人の目で見ることはなかなか出来ないから、分からないのである。

 他のひとのブログを見て、その人の視線でその話題がどう見え、どう感じられているのか、それを読み取ろうと思うときもある。もちろんその人を直接知っていないから、その文章と話題からだけの想像である。その人が、こういうことを面白いと感じ、こういうことにうんざりしているのだなあ、などと勝手に感じるわけである。

 そうするとそれを感じている自分をまた自分が眺めているわけで、案外面白い。

 人と人は互いに相手の顔を見ながら話すのがあるべきコミュニケーションだけれど、独り暮らしでめったに人に会わない私にとって、ブログというものは相手の表情なのかも知れない。その表情を感じる(読み解くほどのことは無理である)機会は、つまり社会とつながっているという安心感を与えてくれるものなのかも知れない。とはいえそれは私だけのひとりよがりなものでしかない。

 独り旅に出かけると不思議に人に話しかけられたり、この私が人に気楽に話しかけたりする。独り旅の最中はブログにあまり気が向かないのも自然なことなのかも知れない。

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コメント

暑さと用事のため書く頻度が落ちてます。でも考えてみると田・畑と野党の悪口くらいしか浮かばない自分に気付きました。顔を見ないコミュニケーションのほうがより本質に近づけることもありそうです。
書くことは客観的に物事を観る訓練になりますので続けたいと思ってます。

けんこう館様
私もブログを始めたのは、自分がいろいろなことについてさまざまに考えたことが消え去るのがもったいなくて書き留めようと思ったのがきっかけでした。
本を読んだりニュースを見たりしたらそのときに思うことを書き留めると、つぎに同様のことに出会ったとき、プラスαの思考をすることが出来たりします(出来ないことも多いですが)。
それに書くことはあいまいな考えを多少は明確化することも出来ますし、おっしゃるように書くことの訓練にもなります。
特にコメントをいただくといただいたことが嬉しいだけでなく、どう受け取られたのかが少し分かって参考になります。
コメントをありがとうございます。

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