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2018年8月 4日 (土)

葉室麟『青嵐の坂』(角川書店)

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 厳しい小説である。厳しいのは、身を賭す主人公たちを苛酷な情況の中に追い込む著者の筆である。登場人物はときに作家の気持ちを超えて動き出し、思いもよらない運命をたどってしまうものだという。とはいえそれは作家の想念の中で生ずることにはちがいないのだ。惜しくも昨年暮れ、66歳(若い!)で亡くなってしまった葉室麟は、どういう思いを込めてこの小説を書いたのだろうか。

 破綻寸前の藩を救うために抜擢され、苛酷な政策を断行した檜弥八郎は、家老たちの陰謀によって切腹に追い込まれる。残されたのは嫡男の慶之助、そして娘の那美。その二人と、那美が預けられた遠戚の矢吹主馬(後に檜家を継ぎ、那美の夫となる)がふたたび藩の財政逼迫の対処に関わる陰謀に巻き込まれていく。

 絶対に逃れられない危地に、逃げ隠れせずに正面から立ち向かうことで光明が射す。それが葉室麟の小説の感動的なところである。この小説では信念とは別の宿命が登場人物、特に慶之助をがんじがらめにしている。その屈折が苛酷な結末をもたらす。人はなにを生きがいとするのか。生きがいのない生などない、と思えるような生きがいがあればこれほど強く生きられる。

 絵に描いたような家老と豪商の悪者側は、金が絡めば超強力である。ときに経済は正義を超越するのは現代でも同じである。これは昔話ではないのだ。保身のために強いものに、大きなものに巻かれるのは世の習いで、それを否定するのは命がけなのである。日大やボクシング連盟を見れば分かるではないか。現代ではかける命とは社会的生命だが、失ったら取り返せないことでは同じである。  

 矢吹主馬の男らしさ、夫を信じる那美の美しさ、そして身を捨てて信念を貫く慶之助の(ここではちょっと書き方をいじっている。そうでないとこれから読む人の興を削ぎかねないので)勁烈さがやはり葉室麟なのである。新作が読めないのは哀しい。まだ未発表の作品が残っているのであろうか。

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