床屋ぎらい
自分では若いころの頭髪の量の三分の一くらいになったかなあと思っていたが、洗面所の鏡をしげしげと見ると、どうも十分の一くらいのようである。ふだんは自分の髪を自分で直接見ることは出来ないから、希望的妄想で毛髪の量を増加させている。これは顔の造りについても同様である。それだから案外落ちこまずに済んでいるのかも知れない。それにいまさらモテようとは思わないし(モテる方が嬉しいのはこの歳でも変わらないが)、哀しいかなほとんどモテた経験が無いことでようやく諦めがつきつつある。
そんな風に残り少なくなった髪も、土台が生きているので伸びるのである。放っておけばむさ苦しくなる。いっそ剃り上げてしまえばと思わないことはないがその踏ん切りはつかないし、それでも土台が生きている限りまた伸びるであろう。土台が死んでも髪はしばらく伸びるものだというからしぶといのである。しぶといなら全員しぶとく生き延びて欲しかったものだが、失われたものは戻らない。
床屋は昔から嫌いである。いつも一日延ばしに先送りし続けてしまう。実際に床屋の椅子に坐ってしまえば床屋のお兄ちゃん任せで楽なものだし、洗髪もひげそりもひとにやってもらえて快適である。たいてい次はもっと早く来ようなどと思うのだが、励行しことはない。その髪や襟足まわりがむさ苦しくなってきていてもう潮時である。今日あたり行こうかなと決心したときにはもう夕刻だったり、雨が降り出したりする。
そろそろ遠い遠い床屋に出掛けなければ。
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コメント
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同じ仲間がいてうれしいです
私も子どものころから床屋が嫌いで バリカンで刈っていたころ半分のところで帰ってきたこともあります 今でも妻に 相当伸びたわよ・・・と言われてしぶしぶ出かけます
理由は 首に窮屈な前掛けをかけ じっと座っているのが耐えられません
また やたらに話しかけてくるのもイライラします
未だ大人になり切れていません
投稿: イッペイ | 2018年9月 5日 (水) 08時33分
OKCHANさん


岡山県北の散髪屋さんは、
料金を払うと100円くれます
子供は喜んで行きましたよ
子供のころの飴作戦、今でも有効ですよ
投稿: ちかよ | 2018年9月 5日 (水) 08時50分
イッペイ様
私も、あの話しかけられるのが億劫です。
人と話をすることは嫌いではないのですが、若い理髪師などがあまり話題らしい話題もないのに無理に話しかけてくるとイライラします。
調髪に集中して、さっさと終わらせてもらいたいと思います。
髪型をきかれたりしますが、特に注文は無いので適当にやっても別にかまわないのです。
投稿: OKCHAN | 2018年9月 5日 (水) 09時09分
ちかよ様
いまは少し遠いけれど一駅先の格安の床屋に行きます。
安いことよりも、必要最小限のことを極めて短時間でこなしてくれるのが何よりです。
私にとってお駄賃はとにかく早く済むことです。
それにしても長髪のひとは手入れは大変だし、却って床屋にも頻繁に行かなければならないと思いますし、顔に髪がかかれば鬱陶しいだろうなあ、などと思いますが、髪の少ないひがみでしょうか。
投稿: OKCHAN | 2018年9月 5日 (水) 09時27分
長い髪を揺らしてたこともありましたが、だいぶ量が減ってきました。
いっそのこと中学生以来の坊主頭にしようかと思ってますが、なかなか踏ん切りがつきません。
電動バリカンは床屋代一回分で買えるので経済的ですが・・・。
床屋の椅子に座ってることが不安なときもありましたが、今は半分寝ながら髭を剃ってもらう時などは幸せな時間です。(笑)
投稿: けんこう館 | 2018年9月 5日 (水) 10時03分
けんこう館様
いまの格安床屋は寝ている暇がないほどあっという間に終わります。
わずかな髪の手入れが鬱陶しいので、私も短髪にしようかとずっと前から考えていますが、踏ん切りがつきません。
学生時代に格闘技をしていたので、そのときは短髪にしていたのですが、もともと大きい頭がますます大きく見えるのが恥ずかしかった思い出があります。
短髪(五分刈りくらい)にすると楽でしょうが、却って床屋に行く頻度は高くならざるをえないでしょうね。
短髪にすると帽子がなじみやすくなるかも知れませんね。
冬なら毛糸のシャッポなどかぶったりして。
父がそうしていました。
投稿: OKCHAN | 2018年9月 5日 (水) 10時16分