ひとは勝手なことをいうが
ひとは勝手なことを言うもので、気にしていたらきりがない。Aが言うことをなるほどと思って従うとBは違うことをいう。なんとか折り合いをつければCはそうではないこうだ、などと言う。
言われたとおりにしてなにか不都合があったとしても責任をとるのは自分であり、困って周りを見まわしてもみなそっぽを向く。
だからひとが何を言おうが知ったことではない、という生き方をするのが一番良いかといえば、必ずしもそうではない。自分が気のつかないことというのはいろいろあるものだ。ときには人の言うことに耳を傾ける必要もある。
何が言いたいのか・・・。トランプ大統領のことである。
ひとがさまざまなことを言うからといって、それに振り回されていては大統領は務まらないのは当然だが、ひとの言うことに従えというのではない、ひとの言葉に耳を傾けたらどうだと言いたいのである。
政権内部にまで批判が頻発しているということは、自分に何か問題があるのではないか、それを知るために耳を傾けてみたらどうかと思うのだが、ますます意固地になるばかりである。
そういうのを独善的というのだが、独善的な人間が強権を行使したらろくなことはない。思い込みを修正して人は成長するのだが、このトランプというひとは三十年以上前から多分自己修正などということをしたことがないようだ。
ひとの意見に耳を傾け、自分を見直し、ときに自己修正をするのは知性と強さを必要とすることである。それをしないで独善的に生きるひとは一見強いように見えるけれど、実は自分を見直す知性も修正する勇気もない弱い人間なのではないかと思う。
トランプは実はおびえているのではないか。だから強がっているのではないか。追い詰められるような事態になったときに案外脆いような気がする。
トランプを支持する白人達が、内心ではアメリカ合衆国の非ヒスパニック系の白人が過半数を割りつつあることにおびえているのだという。そのあがきがトランプの強がりとシンクロしているのかも知れない。彼等も自分の本当の姿が見えていないのかもしれない。現実に直面する勇気がないのだろう。
こういう人間が強権を行使できていることは、世界にとっては迷惑な話なのだが、それを直接阻止できるのはアメリカ人だけなのである。どこの国も同様だが、いろいろ問題のあるひとがいたとしても、もう少しマシな人たちが多い国だと思っていたのに。


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