街頭インタヴュー
事件や災害の時に現場に記者が赴いて市民にマイクを向けているのをテレビで見るが、まともな質問をしているのを見ることは稀である。記者自身がテレビに出ることに舞い上がってしまって、見苦しい様を見ることも多い。
そんな記者の質問に自分だったらどう答えるだろうか、と思いながら見ているが、多分腹を立ててかなりきつい返事をしそうである。そもそも答える人の立場に立った質問をしていることが少ない。ただ質問をすることだけに夢中になっていて、答えまで自分がしゃべってしまってからマイクを向けていたりする。そうなれば、はい、とか、いいえ、という言葉しか返ってこないのは当然で、話が先へ進まない。甚だしいのになると、災害で立ち往生している人に「状況はどうなっていますか?」などと質問したりしている。状況を調べて報じるのは自分たちの役目だろう、などと突っ込みを入れたくなる。ただの馬鹿である。聞かれた人にしたら、それが一番知りたいのは自分だといいたいはずだ。
それにしても実況中継とはいえそんなばかな質問をそのまま放送しているのだから、テレビ局も馬鹿なところである。もちろんそれを見ている私も馬鹿である。テレビ局はどうせ視聴者など馬鹿だと思っているのだろう。だから馬鹿な記者を臆面も無く使うのだろう。街頭のインタヴューを見るのは大嫌いである。
ウズベキスタンの旅の話ばかり書いていたら少し飽きてきた。書いている方がそうだから読む方もそうだろう。まだまだ続くけれど、旅の話は一日一回にすることにして、別の話を挟むことにした。
今晩広島から息子がやってくる。なにか名古屋で用事があるのであろう、詳しいことは知らない。今日明日の食事と酒の用意をしなければ。
先日旅から帰って早々、どん姫が泊まりがけで帰って来た。ウズベキスタンの旅の話と写真のスライドショーに解説を入れて見せていたら夜遅くなってしまった。久しぶりに身体を揉んでもらったら、肩はそれほど凝っていないけれど内臓が少しくたびれているようだといって、腰の周辺を念入りに揉んでくれた。やはり疲労していたのだろう。結婚してからずいぶんいろいろなことをてきぱきするようになった。
嫌になったらいつでも帰っておいで、と馬鹿親父はそんな娘に向かって言うのである。そんなことを言われたら意地でも帰ってこないだろう。計算づくではない、本音なのだが。
今はやりの言葉で言えば「どん姫ロス」で心身が不調になったが、これは父親がただ娘を結婚で手放したというだけではなく、小学生の低学年から男手ひとつで育ててきたその思いがこもっているのであって、母親が子供を手放すという心理も大いに働いていたのであることを旅で寝込んだときに気がついた。育てているときは半分母親の役割もしていたのである。二人分の喪失感があったのだ。
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