中国に当分行かないことにした
先日、いつも一緒に海外へ行く友人達と会食した。今年のウズベキスタン旅行の反省会(特に私が水に当たって激しい下痢になり、みなに迷惑をかけた)をしたあと、来年の候補地を打ち合わせた。いつも中国、中国という私が今回はそれを言わない。なぜ言わないのか、それを説明した。ほかの二人も賛同する。
今年の春に中国の江南地帯に行った。昨年の秋には中国雲南省へ行った。いずれも私の提案である。そのときに中国についてなにを感じたのか。監視カメラだらけの管理社会を実感したのである。そして最も行きたいシルクロードのあるウイグル自治区の情報である。百万人単位の人々が拘束され、思想教育を受けさせられ、反発すると行方不明になるという恐ろしい状況らしいことが漏れ伝わっているのである。
外国人であっても、日頃中国についてブログなどで苦言を呈していると、中国訪問中に突然身柄を拘束されるおそれがないとは言えないのである。まさかと思うが、そのまさかが起こりそうな気になるほどの徹底的な管理状況が中国では進んでいるのである。習近平体制が続く限り、たぶんこの状態が強化されることはあっても緩和されることはないだろう。
私は文化大革命について繰り返しさまざまな本で読んできた。毛沢東がどれほど異常な恐怖社会を現出させたのか(朝日新聞は理想社会であるかのように文化大革命中の中国を絶賛していた)、多分普通の日本人よりずっと詳しく、しかも強く実感している。そしていま習近平は大躍進や文化大革命時代の毛沢東のようになろうとしている。そんな時代を再現しようとしている。そもそも資本主義的な経済と全体主義的な政治体制がいつまでも両立するはずなどないのである。その無理を強行すればするほど問題点を指摘する言論を弾圧しなければならなくなる。
そんな中国に、中国が大好きな私が行きたくないのである。中国が好きだからこそこうであって欲しいという気持ちが強くなるし、問題点を指摘し苦言も言うのである。それが身の危険につながるというのは哀しいことである。
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