熱気が苦手
私が小学校三年生か四年生の頃だから、おおよそ60年近く前のことである。近所の主婦に誘われた母と一緒に公民館に行った。なんだか良くしゃべる背広を着てネクタイを締めた男がマイクを持って雑貨を捌いていく。せいぜい100円程度のものだが、それを5円とか10円、とか言って、手を上げさせてつぎつぎに渡していく。多くの人が手を上げるのだが、手に入れられるのは数人なのでだんだんみんな夢中になる。次から次に別のものが捌かれていく。会場は熱気に包まれていくのが子供心に感じられた。
当時は100円ショップなどないし、いまほど豊かでもなかったから、必需品でもある雑貨が安価で手に入るのは主婦にとってなにより嬉しいことである。続いて少しだけ値の張る物が置かれる。何だったか忘れたが、とんでもなく安い。ただし、たいてい一つしかない。みなくじが当たるかどうかというような気分である。しかも一刻でも早く手を上げた人に手渡されるのだから、もう欲しいかどうか関係なしに夢中で手を上げる。
最後に出されたのが羽毛布団のセットであった。夢中で手を上げ続ける主婦たち。たちまち何組ものセットが売れていく。母は最初こそ手を上げて、うまいことザルかなんかを二つ三つ手に入れたが、途中から黙りこくって手を上げなくなった。後ろをそっと見ると、男が三人ほどじっと会場の主婦たちを見ている。なんとなく気持ちが悪くなった。
興奮のあと、母とそそくさと会場を後にして、しばらく歩いたあと母が「こわかったねえ」とぽつりといった。
ああいうのが催眠商法というのだとあとで知った。高価な羽毛布団を買った主婦たちはそのあとどうしただろうか。目が醒めて断ろうとしたときにあの後ろに立っていた男たちがどのような行動に出たか、いうまでもないだろう。見てないけど想像はできた。
催眠商法をはじめとする詐欺に敏感になれたのは、母とのその体験があったからだ。もともと母は新興宗教の勧誘などを毛嫌いしていた。自分の意思ではないことを勧められたり強制されることが大嫌いなのである。
ジャパンライフのニュースを見て、健康器具のうさんくささに輪をかけた、それを投資の対象とした資金の募集に応募した人たちはいまどんな顔をしているのだろうか。彼等は健康器具が有効であることを信じたのではあろうが、それ以上に信じたのは、健康器具の効果を信じるだろう多数の人たちがいて、その人たちからお金がたくさん自分に回ってくるという幻想だったのではないか。
熱気に包まれた市民運動や政治の場にも、あの子供のときのザワッとするものに似たものを感じてしまうのはいささか過敏かも知れない。母譲りで熱くなれない性分なのである。幸い詐欺にはまだあったことはない。
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