低位安定
仕事をしていたときは、朝、当日処理するべきことをメモに書き出すことを習慣にしていた。若い時は多くても10件ほどだったが、年齢とともにそれが15件になり、20件になった。10件以上を片付けるのはかなりハードである。
夕方、片付いた案件をチェックする。すべてが片付いていればとても気分が良いが、ほとんどそういうことはない。残ったものを翌日分の冒頭に書き込んでいく。何日も片付かないものはその理由をよく考えて、自分がしたくないから後回しにしているのか、重要度が本質的に低いのか、それを判断して優先的に片付けるか、または抹消する。できないことをいつまでも並べているのは精神的によくない。
その習慣は仕事を辞めたいまでも続いている。ただし書き出す案件はまことに少ない。無理矢理ひねり出しても数件である。それでも翌日以降に繰り越すものがしばしばあって、自分の怠惰さに呆れる。緩んでいるのであるが、誰にも迷惑がかかるわけではなく、よく考えればそんなに焦ることもないさと開き直る。開き直れる自分のいまを心からしあわせだと思う。本質的に怠け者なのである。
そういうわけで生活上の処理量は低位安定している。
今日は習字の日、書道の日なのだそうだ。どうしてそうなったのか知らないが、久しぶりに墨でも磨って王羲之の臨書でもしてみようか。筆と硯は息子と娘が学校で使っていたものを丁寧に洗ってあるからすぐ使える。中国で買ってきた良い墨を使うか、子どもたちの使いかけを使うか、いま迷っている。
旅のレポートも終わってしまい、しばらく家で映画と読書三昧するつもりである。それに飽きたらまた出掛ける。今度は東北に湯治旅か。今年は雪が多そうなので、タイヤもすでに冬用に替えた。いつでもスタンバイである。
こたつをいつしつらえようか。その前に少し丁寧に部屋を掃除しておかなければならないなあ、などとボンヤリ考えている。もちろんやることのリストとしてメモをした。
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