ピアノ
子どもの頃はまとまった休みがあればほとんど母方の祖父母の家にいた。母がだいじに残していた夏休みの絵日記などを見るとそれを思い出す。私を育てた両親は二組あったといっていいほどで、明治生まれの祖父母にしつけられた部分がずいぶん多い。バスで一時間ほどのところだったけれど、乗り換えの必要もないところだったから小学校の一年生頃からは一人で行き来した。
その祖父母の家の前の路地の向かいがピアノの先生の家で朝から晩までピアノの音が聞こえた。生徒が弾いているときもあったはずだが、記憶にあるのは先生の弾くクラシックの曲ばかりだ。音楽センスがほとんどない私だがうるさいと思ったことは一度もない。祖父母も音楽には全く興味が無いひとだったが、ピアノの音についてなにか苦情めいたことを言った記憶はない。
一番下の妹がピアノを習わされた。母は自分が琴を習っていて、それが大好きだったそうだ。しかし祖父の転勤などで続けられなくなって、大事にしていた琴も手放すことになった。そのことを繰り返し聞かされたものだ。だから自分の娘に音楽を習わせたいというのが夢だった。父の薄給を顧みずに縦型のピアノを購入して、そこそこ有名なピアノの先生に教えを受けさせた。妹が中学生になる頃には音楽学校に入れる、と決めてグランドピアノを買い、家を改造してグランドピアノをおける専用の床と防音の洋間を増築した。
なけなしの貯金をはたいたはずだが、日本経済は右肩上がりの好景気の時代だったから、そんな無理もきいたのだろう。妹はそれを嫌がりもせず、母の望むように音楽学校に行き、ちゃんと卒業した。だから家にはいつもピアノの音が聞こえていた。
そう言うわけで私の耳はピアノにだけはとてもなじみがあって、ジャズやクラシックでもピアノ曲が特に好きである。眼を休めるために音楽を聴くときの半分はピアノ曲かも知れない。そういえば祖父母の向かいのピアノの先生が弾いていた曲の一つがシューマンのアラベスクハ短調作品18番だと大人になってから知った。聞きながらときどき子どもの頃のことを思い出したりする。
NHKBSでウイークデーの朝五時からクラシック倶楽部という番組がある。聞きたくなりそうなものを選んでBDに録画しているが、たいていピアノ曲である。それをテレビを消して音だけにして聞きながらボンヤリする。気持ちが落ち着くし、なかなか快適である。
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