クリスマスイヴに研ナオコ(昨晩)
独りぼっちのクリスマスイヴをしみじみと過ごした。今年が初めてではなくて、もう何年もそうしてきたのでことさらのことではない。少し贅沢にテーブルに7品ほどの料理(過半数は出来合)を並べ、シャルドネを開ける。
ニュースが終わればテレビはつまらない番組のオンパレードなので、音楽をかける。お気に入りの研ナオコの二枚組みのCDをソフトでハイレゾ化したものだ。研ナオコは歌によって歌い方を変える。歌詞の世界観を美事に歌い分ける。むかしは歌に研ナオコそのものしか見えなかったけれど、いまは研ナオコを通して歌詞の世界を幻視できる。ちょっと大人になったし人生経験も積んだ。
さびしい曲が多いけれど、そのさびしさの向こうに繊細な心の動きが見える。一人のときにはそのようなデリケートさがことさらやさしく聞こえる。私は別にそれほどさびしくはない。さびしさから顔を背けるつもりもない。それに元気で明るい曲はもう必要がない。うるさいだけである。
だからビジュアルな、そして激しい動きのダンス付きの音楽はまったく見たくも聞きたくもない。紅白を見なくなって五十年以上になる。今年は息子も娘もいない一人きりの大晦日と新年を迎えることになりそうだ。静かに美味しい酒を飲みながら本でも読もうと思っている。
独りぼっちだけれど、実は一人ではないことを強がりではなく判っているつもりだ。さまざまの人たちが私につながっている。独りでいることで却ってそのことを実感できる。ひと恋しさは甘い。
« よく分からない | トップページ | 北岡俊明『日本アホバカ勘違い列伝』(WAC) »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 何をやっているんだか(2026.09.10)
- これからまた降る?(2026.09.09)
- 線状降水帯の中(2026.09.08)
- 雨が恨めしい(2026.09.08)
- 縁(えにし)(2026.09.07)


コメント