改革開放40年
鄧小平による改革開放から40年になることを記念して中国で式典が行われ、習近平がいつものように長い長い演説をしたと報じられていた。人は一時間を超えて集中することは困難だといわれる。もちろん人によって違うだろうし、面白ければ多少は我慢できるかもしれないが、それがあのメリハリのない調子で、2時間、いや3時間の自画自賛の演説となるとほぼ拷問である。
中国に混乱をもたらしていた文化大革命も毛沢東の死によって終了し、最終的に実権を掌握した鄧小平によって改革開放が行われた。改革開放とは、共産主義中国に資本主義を導入するということだったと私には見える。共産党一党独裁政権の元に資本主義的手法を導入するという壮大な社会実験が行われた。
その結果、中国は豊かになった。それは誰もが認めるところだろう。その成果を習近平は共産党によるものだと繰り返し強調した。そして自分が政権を担ってからより一層貧困層が減少し、腐敗はどんどん摘発されているとして、自分が改革開放の旗手であると主張したのである。現在の中国の豊かさは自分の手柄だと誇って見せたのだ。
改革開放によって中国の経済が大きく拡大し、中国が豊かになったことは事実である。しかしそれは個人が働いたものが個人に帰するという資本主義を導入したことで、個人が働く意欲を持ち、自らの才覚で豊かになろうと努力したことの総和が中国を豊かにしたことにほかならない。
共産党が豊かにしたのではない。そもそも毛沢東の共産党はそれを阻害してきた存在であって、その阻害を鄧小平がその強権をもって打破したことでもたらされたもので、改革開放は共産主義とはそもそも矛盾するものである。その矛盾を矛盾のまま改革開放を強行できたのは、ひとえに鄧小平の力があってのことだろう。
毛沢東の問題点を鄧小平たちは身に沁みて分かっていたから、個人崇拝ができないように体制を変えた。ところがその個人崇拝を復活させようとしているのが習近平である。習近平は第二の毛沢東を目指しているように見える。
それは改革開放の成果を損ない、中国を文化大革命時代に戻そうとする試みに見えてしかたがない。その習近平が改革開放をあたかも自分の手柄の如く語る矛盾。このままなら、中国経済は毛沢東時代のような混乱にはならないにしても右肩下がりになるのは必然のような気がしている。その曲がり角となる演説として、習近平の演説は記録されるだろう、などというのは皮肉が過ぎるか。
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