もう一度人生がやり直せるなら
自分の人生に悔いはないと言い切れる人はずいぶん強がりだと思う。どうせやり直しはきかないのだから、悔いたりしないほうが幸せだ、という考え方もあり、わたしもそう思っている。
ほかのひとはどうか知らないが、わたしは自分の人生をもういちど一からやり直したいとは決して思わない。いい加減に生きてきたので、さまざまに危ないことに直面したが、運良く切り抜けることができた。信じられないほどである。それを思い出すだけで冷や汗が出ることばかりである。といって、もう一度生きたとしてもいい加減に生きるのは多分変わらないと自分でわかっている。だから同じことを繰り返すなど、願い下げである。もっと悪い結果になること必定である。
そう思いながら、それでもやり直せるならと思うのは、いまの自分の認識の状態で、若いときのエネルギーのままにちゃんとした本を読み直してみたいということである。古典や明治大正昭和の文豪の小説や随筆、評論をきちんと読んでみたい。それならいまからでもできるし、寿命が延びれば良いだけのことではないか、といわれるかもしれない。
違うのである。そのような本を読み取るエネルギーは若いときにしかないことを誰よりも自分が承知している。エネルギーが豊富なときにどれほど時間を浪費したのか、それが唯一の後悔である。それが出来ていたら、多少は自分がましな自分だったような気がしている。豊かさということはそういうことかと思うからである。
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