訃報
市川悦子さんが亡くなった。彼女はたしか高校の先輩である。先輩といっても面識があるわけではない。高校在学中に、宇津井健と市原悦子は先輩だ、と教えられたから覚えているだけで、ほかにもたくさんいるに違いない。
それより梅原猛師の訃報である。母と同年生まれ(1925年)と高齢であるからいつかこの報に接するだろうと思っていたけれど、ついに来たかとも思う。この人の本を20代後半から30代にかけてずいぶん読んだ。大の苦手の古典に目を開かせてくれたのは師である。
古典が苦手だったのは自分の勉強不足のせいであるけれど、高校のときの古典の教師の、文法ばかりにこだわるやる気の無い小声の授業を聞かされて、教師ごときらいになった面が大きい。古典の面白さをかけらほども教わることがなかった。
大学の教養課程で、『風姿花伝』をとことん読まされたとき、初めて古典もおもしろいかもしれないと気付かされた。なにしろ好きな歴史を知るためには古典の知識は必須なのに、それが欠けていては日本の歴史を興味深く知ることが出来るはずがない。中国に興味が移り、中国の古典を乱読するうちに、中国の知識を手がかりに日本の古典の面白さも少しだけ解るようになったのはさいわいであった。
そこで出会ったのが梅原猛師だった。先般読み直した『隠された十字架』、そしていま読んでいる、というより格闘している『水底の歌(上・下)』を読むことで古代ロマンの面白さを教えられたのだ。そもそもは哲学者としての梅原猛の書いた本『笑いの構造』からかれの著作に触れるようになったのだけれど、わたしが読み始めた頃、師は丁度日本の古代史について研究しているところだった。
今世紀に入ってから法隆寺の金堂の修復が行われ、それを機会につくられた、法隆寺についてのNHKドキュメントが先日再放送された。前後編各120分という長尺の番組だが、まさに昨日録画していたその前篇を観たところである。梅原猛師の法隆寺論、聖徳太子論とはまるで違う説明が得々と語られていた。
仏教を日本に採り入れることに大きな貢献をした蘇我氏がなぜ滅ぼされたのか、この番組ではさっぱりわからない。聖徳太子の死後、一族がすべて殺された理由も説明されない。そして法隆寺が再建された理由も納得できるものではない。もちろんそれはわたしが梅原マジックに洗脳されているからであろう。しかし梅原論の方が説得力があり、さまざまな謎の説明がつくと思うのである。
そんな矢先での師の訃報だった。
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