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2019年6月17日 (月)

OBとして

 山形県東根市の女医殺人事件の犯人が現役の山形大学四年生だと判明し、逮捕された。その前後にそれを報じるテレビで山形大学、山形大学生が連呼されていささか気が重かった。私は山形大学のOBなのである。どんな国や組織にもこのような事件を起こす不届き者はいるもので、それをもって国や組織が不届きであるということになるわけではないのだが、報道は犯人にひたすら「山形大学生」の冠称をつけて連呼している。ご丁寧に大学当局が謝罪までしているのを見せられた。

 

 山形大学は地方大学ながら医学部(私の就学当時にはなかった)もそなえた総合大学で、しかも俗にいうタコ足大学である。工学部は米沢市に、そして農学部は鶴岡市にある。工学部の学生も農学部の学生も教養時代は山形市の小白川キャンパスで学ぶ。だからあの映像で見た山形大学正門付近はなじみのものである。

 

 大学まで歩いて10分足らずの、同じ小白川の住宅地の中のお宅に下宿した。父の妹である新庄の叔母の知り合いであった。近くに最上川の支流である馬見ヶ崎川が流れていて、時々小魚を釣りに行ったものだ。河原の枯れ枝で焚き火をして、釣った魚を塩をつけて食べる。目の前に盃山というその名の通りのかたちの山を見ながら食べる野趣あふれる魚の味は忘れられない。芋煮会もこの河原でした。たった一年(普通は二年で学ぶ教養課程の、語学以外のほとんどの単位を一年で取らないと工学部のある米沢に移れず、ほぼ自動的に落第となる)の思い出だが忘れられない。

 

 リタイアしてすぐにその下宿していたあたりを尋ねてみた。おぼろげにこの辺だということは分かったが、四十年も経っていたから家も多くが建て替えられていて様変わりしていた。下宿していた家は娘一人だったから、もし住んでいたとしても姓が変わっていたのだろう、下宿のおじさんおばさんの名前の家はなかった。

 

 女医殺人事件の犯人は私に当時のことを思い出させてくれた。
ポチッとよろしく!

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コメント

「こんにちは」
世の中には 20%のロスがある。
世の中には 20%の模範がある。
残りの60%は 態勢に着く、曖昧。
だからどうした?と云われる。
「ハイ」なるようになる、心配ご無用。

アットマン様
その見解に概ね賛成します。

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