藤井叔禎編『漱石紀行文集』(岩波文庫)
わたしは旅が好きだから紀行文を読むのが好きだ。書棚を眺めれば何冊あるか分からないほどである。観光案内みたいな紀行文もあって、それはそれで参考になるけれど、やはり旅をする人の眼を通して場所と時代を超えてそこに居ると実感されるようなものが楽しい。
この『漱石紀行文集』は明治終わり頃に書かれた夏目漱石の紀行文を集めたもので、諧謔にあふれているものが多い。それだけ個人的な視点が強い文章だともいえる。一部はその諧謔臭が強すぎて、いささか鼻につく。何年何月のどこの話かというのが本文か注釈にあると良いのだが、あまりそこにこだわっていないように思える。そういう記録的なことは考えていないようだ。
巻末の編者の解説にある通り、ここに収められている文章は同じ著者が書いたものとは思えないほどトーンがさまざまである。前半がこの前に紹介した『満韓ところどころ』という明治末の中国紀行などを主体とした紀行文集で、もともとは病床にあった正岡子規の慰みのために書いたといわれるロンドン留学先からの文章『倫敦消息』もここに収められている。後半は『小品』と題して短文がいろいろ収められている。後半に行くに従い諧謔味が薄れ、最後の一文『初秋の一日』は締めくくりにふさわしい余韻の残る名品である。
写真に『漱石人生論集』(講談社学術文庫)を列べたのは、『小品』のなかにあった『入社の辞』という文章に読み覚えがあり、確認したら同じ文章がこちらにも収められていたので、ついでに拾い読みしたからである。
紀行文としてはその少し後に上海や北京を旅した芥川龍之介の『上海游記 江南游記』(講談社文芸文庫)のほうが私は好みであって楽しめた。
泉鏡花の紀行文集も手元にあり、未読なので近々読もうかと思っている。美文調の紀行文というのも好いものである。
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