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2019年6月28日 (金)

『老いの荷風』補足

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 この本を購入するときに、岩波文庫の佐藤春夫の『小説永井荷風伝』も買った。佐藤春夫の文才は多くの評論家が高く評価しているけれど、ではどれだけの作品がいまも読み継がれているかというとあまり思い浮かばない。私も短篇を二三読んだくらいで、まとまったものは富山房文庫の『退屈読本上・下』のみである。

 

 それを念頭に置いて、江藤淳の『荷風散策』の冒頭部の文章を引用する。

 

 あれは「三田文學」創刊後十周年記念の祝賀会が、銀座の交詢社で催されたときのことだから、いまから二十五年前の話ということになる(1985年の「三田文學」の記事なので、現在から見れば三十数年前の話となる=引用者註)。
 会場の都合でそうなったのか、真っ昼間の祝賀会だったが、奥野信太郎会長に促されてまず挨拶に立った久保田万太郎氏が、かなり離れた一隅に腰かけていた和服姿の佐藤春夫氏を、横目でチラリと一瞥すると、やや甲高い声でこういった。
「そこにおられる佐藤君も、かく申すあたくしも、ともに『三田文學』が今日五十周年を迎えましたのは、まことにおめでたいことと存じます。それにつけても喜ばしいのは、この雑誌の伝統が現に脈々と生きつづけていることであります。先ごろ荷風先生がお亡くなりになった折、実に数多くの荷風論が発表されましたが、その中で一番荷風文学の神髄に迫っていたのは、なんといっても一番若い江藤淳君が、『中央公論』に書いた、『永井荷風論』でした。これなども、さすが三田派ならではのことと、あたくしは、大変心強く思っているのでございます」
 この言葉を聴いたとき、私は、みるみる顔から血が引くのを感じた。奥野会長も、明らかに周章狼狽の態であった。談笑の声が停まって、会場はたちまち水を打ったように静まり返った。
 もちろん久保田氏から身に余る讃辞を呈されて、私が感激しなかったというわけではない。しかし、その場に居合わせた関係者の誰にとっても、久保田氏の祝辞が、、その実かねて不仲の佐藤春夫氏に対する痛烈な当てこすりを意図したものであることは、あまりにも明らかであった。あたかもその頃、佐藤春夫氏は、荷風没後に発表した話題作、『小説永井荷風伝』をめぐって、中村光夫氏を相手取り、華麗な論争を展開中だったのである。
 したがって、私の「荷風論」をことさらに持ち上げることは、当然佐藤氏の『小説永井荷風伝』を、殊更に貶める結果とならざるを得ない。しかも、さらにややこしいことに、
これに先立って佐藤氏は、当時「読売新聞」に連載中の『愚者の楽園』というコラムで、なにを思ったのか私が「中央公論」に書いた「荷風論」を、褒めてくれていた。何のことはない、私の「荷風論」は、いつの間にかサッカーのボール扱いをされて、久保田・佐藤の両大先輩に、右から左から思い切り蹴っ飛ばされているようなものであった。

 

 この後佐藤春夫がマイクの前に立ち、一言もの申すのであるが、それは省く(ちょっとイジワルをする)。

 

 会長が私の敬愛する奥野信太郎先生、そして当時はまだ若くして両大家に翻弄される江藤淳も、私が敬愛する評論家である。先年自死してしまったのはまことに残念である。それにしても面白いなあ。
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