« 2019年9月 | トップページ | 2019年11月 »

2019年10月

2019年10月31日 (木)

『安岡章太郎随筆集1』(岩波書店)

Dsc_2855

 冒頭のこの本の写真の通り、定価は4300円となっているが、古本として揃えたので、はるかに安く手に入れている。とはいえバラで集めたので、巻によっては結構いい値段のものもあった。それにしてもいまは一部の作家を除き、たいていの作家の全集ものはとても安く手に入るので、ある作家を集中して読みたいときはありがたい。全集の需要がそれだけないということらしい。

 

 安岡章太郎がどうして好きなのか自分でもよくわからない。一読、あまり深遠なことも感動するようなことも書かれていない。なんとなくとりとめがないような気がするのに飽きないのである。相性が良いのだろう。

 

 この随筆集には初期の、作家としてデビューした頃からのものが収められている。半分以上がむかしさまざまな雑誌や本で一度読んだような気がする。むかしから好きだったので眼にすれば必ず読んだからだろう。

 

 安岡章太郎はいわゆる「第三の新人」と呼ばれるグループの一員とみなされる。吉行淳之介、遠藤周作、三浦朱門、近藤啓太郎、阿川弘之などと親しく交際している。彼らとの交遊の話も散見される。

 

 随筆集であるし一つひとつの話はあまり長くないから、それぞれを取りあげてみてもはじまらない。その中の『クミトリ文化』という一文が興味深かったので、それに関連したことを書く。

 

 人間は生きていくために物を食べる。誰でも食べれば排泄する。トイレのシステムというのはまことに生活の基本中の基本で、それが滞るとどれだけ大変か、地震などの災害時の報道で困ったことの筆頭に近くあげられることでもよくわかる。

 

 海外に行けば、それぞれの国や地方でのトイレ事情に遭遇する。そこで日本のシステムがいかに素晴らしいか実感する。紙と水がふんだんに自由に使えることのしあわせを感じないわけにはいかない。海外では水が流れにくかったり、余分に紙を使えば詰まることは知識として絶対に知っておくべき注意点である。ウォシュレットのトイレのある国などまずないと思っていい。

 

 もともとトルコでは日本式のしゃがむトイレがふつうだった。洋式が一般化しているとはいえ、いまでもたくさんしゃがむトイレがある。しゃがむトイレには一二分しか耐えられない。足腰が軟弱化しているのを実感する。よほど切羽詰まった場合でないと使う気にならない。

 

 私の子どもの頃はしゃがむ方式の便所がふつうで、クミトリ式だった。浄化槽式に代わり、やがて水洗になったのはずいぶん経ってからである。長い間、戦前まではクミトリ式で汲み取られた排泄物は畑の肥料として使用された。もちろん汲んですぐではなく、野壺にねかせて使う。衛生面さえ気にしなければ極めて優秀な肥料だったのである。そしてそれは自然界のリサイクルとしても至極理にかなっていた。

 

 排泄物がリサイクルされなくなって社会の厄介者となり、人間の眼から遠ざけられていく過程で、そのことに思いをいたした人たちがいる。安岡章太郎もそのひとりとして『クミトリ文化』を考えているのだ。クミトリ業者と客とのやりとりなど、思えばなつかしい風景だ。こういう一文が残っていないとその時代のことは忘れ去られてしまうだろう。

 

 そういえば小沢昭一がいつまでもクミトリ式にこだわって、水洗便所にすることを拒否し続けたことを面白おかしく語っていた。笑いながら、なんだか人間がだんだん機械化して自然から遠ざかることの是非を論じているような気がしたことを思いだした。
ポチッとよろしく!

2019年10月30日 (水)

村山早紀『星をつなぐ手 -桜風堂ものがたり-』(PHP)

Dsc_0018

 好い気持ちの読後感を味わいたかったら、ぜひおすすめしたい一冊。出来れば先に前作の『桜風堂ものがたり』を読んでからこの本を読むとさらによろしい。さらに姉妹編の『百貨物語』なども読んでおくともっともっとよろしい。話が出来すぎだ、などというなかれ。できすぎなように見えるけれど、こんなふうに良いほうへ良いほうへ展開するのはそれなりの理由があることは読めば分かるのである。それぞれの登場人物は本当に真摯に生きている。そのことが結果として良い方向へ進まないはずがあろうか。この本はそう心から思わせてくれる希望の物語なのである。

 

 しかし、もっと展開したい物語なのに、これで桜風堂についての物語は完結してしまったようだ。さらに続編が読みたいけれど、それは読まなくても私のなかではすでにこの本のあとの未来が感じられる。読者それぞれにそこから物語が紡げるだろう。

 

 本屋というものについての思い入れがあるひとは、それは本に思い入れのあるひとでもあるだろうが、この『桜風堂ものがたり』と『星をつなぐ手』で本屋が現在置かれている状況について思いを新たにするはずだ。まことに本屋の危機の時代なのだ。そしてその本屋を維持するために大変な努力をしている人たちがいるのだ。

 

 紙の本に私はこだわる。そして棚にその紙の本が並ぶ本屋の雰囲気が、子どもの時から大好きだ。いまでも本屋に入ると心がときめく。いまは予算や時間の関係から新刊本をつぎつぎに買うことは出来ないが、本や本屋とのしあわせな関係をいままで続けられた人生を心からありがたいものだと感謝している。
ポチッとよろしく!

2019年10月29日 (火)

トルコ旅行(34)失敗、地下都市

恥ずかしながら失敗した写真を見ていただく。撮り直すことが出来ないので、これしかないのである。
地下都市は映画の舞台になったこともあって、是非訪ねたいところだった。地下都市といっても実は地下の貯水場だったところである。カメラの設定がどういうわけか想定外の設定になってしまったために起きた事故だが、地下都市はとても暗い。暗いから何が悪くてどう直せば良いかが見えないのである。しかもガイドのシムズさんはどんどん進んでしまう。置いて行かれては大変だ。だから想定外の設定のまま何枚か写真を撮り、それ以外は自分自身の肉眼に焼き付けた。だからこの失敗写真を見ても光景は思いだすことが出来る。

190910454_20191028154701

実際はもっと暗い。

190910457_20191028154801

左手の階段を下りる。なかは思ったよりも広くない。

190910459

右から回って突き当たりを左にまわりこみ、一周する。

190910460_20191028154801

突き当たりにあるメデューサの頭部。これは横向きのもの。

190910461

これは逆さまのもの。この像のある水溜まりの水が臭い。地下都市そのものは臭くない。

190910464_20191028154801

口惜しい思いを残して地下都市をあとにする。

あとで設定が絞り優先になっていたためであることが判明。だから思い切り低速シャッターになったらしい。簡単にそうならないはずなので、どうしてそうなったのかわからない。

ブルーモスク、地下都市、アヤソフィアはほとんど隣どおしにある。このあとアヤソフィアに向かう。先に行くはずだったのに入り口に長い行列が並んでいたのであとにしたのだが・・・。

 

ポチッとよろしく!

 

葉室麟『暁天の星』(PHP)

Dsc_1425

 葉室麟は私とほぼ同年(1951年生まれ)。小説家として世に知られるようになったのは50をすぎてからで、そのあと矢継ぎ早に作品を発表し、惜しくも一昨年(2017年)12月に亡くなった。今回読んだこの本を書いている最中に亡くなっているのでこの小説は未完である。

 

 この本はハードカバーには珍しく、巻末に解説がついている。その解説にあるように、葉室麟はしばしば藤沢周平の路線を行っているように見えるが、実は司馬遼太郎の路線を行こうとしていたのではないか。そのことは彼の紀行エッセイ集『曙光を旅する』を読んだときに私も強く感じた。日本とは、日本人とは何か。葉室麟はそこから歴史を考えたのではないか。現代の日本人に対して彼の考えた歴史を、その中を精一杯生きた人たちを描くことで伝えようと考えていたのではないか。

 

 この本は陸奥宗光伝である。幕末に結ばれた列強との不平等条約を改正することに心血を注いだ外交官であった陸奥宗光がどのように生きたのか、それを描きたかったのではないだろうか。日清戦争が終わったところで前進し始めた改正への手応えを感じたところで終わっている。すでに西郷隆盛伝も書き始めていた(大獄西郷隆盛伝青嵐編)。御承知のように陸奥宗光は坂本龍馬の衣鉢を継ごうと志していた。たぶん葉室麟は彼の坂本龍馬伝を書こうと思っていただろうという解説者の意見に賛同する。

 

 現代の日本のありようは、過去の日本を背景としている。歴史を知ることはいまの日本を知ることであり、そしてこれからの日本のありようを考える上で、知らずに考えることは出来ないのだ。しばしば司馬史観などと揶揄するが如き批判をする向きがあるが、歴史観は深く考えたひとの意見を見聞きすることによって、そして自ら歴史を学ぶことによって磨かれる。歴史を善悪論でしか見ることの出来ない批判者は歴史を語る資格はないと思う。韓国のいう「正しい歴史観」の愚劣さ。

ポチッとよろしく!

2019年10月28日 (月)

お許しはでたけれど

 やさしい女医先生は「まあ許容範囲ですね」と血液検査の結果を見ながらいわれたけれど、この数年でいちばん血糖値が高い。不思議なことに空腹時血糖値は低いのに、ヘモグロビンA1cという値が高いのである。よく考えたら、ついこの一週間を除いてこの一ヶ月以上、からだが甘いものを欲するのにまかせて、文字通り自分を甘やかしてきた気がする。酒を控えていたことの反動であろうか言い訳にならない。どうも甘いものの方が糖尿病には悪いようである(あたりまえといえばあたりまえ)。

 

 泌尿器科のほうは実感通り順調。このまま当分は前立腺の薬を飲み続けて様子を見ることになった。何しろ排尿はスムーズになっていて、濁りもないし残尿感も少ない。悩みだった追っかけ洩れも絶無ではないがほとんど気にならないほどになっている。これがなにより有難い。

 

 処方してもらっている睡眠薬を処方してもらうのを忘れていた。必要最小限に服用していたため、残りがあったのでしばらくもらわずにいた。午後、泌尿器科の診察後に薬局で気付いて先生に連絡してもらったが、すでに帰ったあとで連絡がつかず、今回はあきらめた。まあ眠れなければ起きているだけのことだ。いつかは眠くなる。

 

 いつもなら定期検診後は休酒開きをするのだが、明日は出かける予定なので、今晩はとことん控え目にしておこう。
ポチッとよろしく!

本日は定期検診日

 本日は定期検診日なので一日病院である。午前中は糖尿病検診。午後は泌尿器科の定期検診。間があくけれど、一度家に帰るかどうかまだきめていない。病院で本でも読んで暇はつぶせるけれど、昨日は早めに夕食を摂り、今朝は絶食して空腹時血糖を測るので空腹に耐えられるかどうかだ。

 

 体調不良が続いたので体重が目標以上に落ちている。それにともなって血糖値が落ちていればいうことはないのだが・・・。それに排尿は以前からみればずいぶんスムーズ(若いときのようにはいかないが)になったので、泌尿器科の検診がこれで打ち止めになるとありがたいところだ。 

 

 明日から出かける。千葉の弟のところと群馬県の温泉、そして群馬の友人を訪ねてトルコの土産話をする予定。

ポチッとよろしく!

 

2019年10月27日 (日)

トルコ旅行(33)ブルーモスク

ブルーモスクに行く。

190910408

残念なことにこのブルーモスクも工事中。なかのモスクの丸天井も見ることが出来ない。

トルコは日本と同様地震が多く、しばしば補修が必要になる。

190910416

入り口に入るための行列。いろいろな国の人がいる。

190910419_20191027174801

ミナーレ(尖塔)。

190910418_20191027174601

スピカーが見えるだろうか。アザーン(コーランの詠唱)はこのスピーカからあたりに流される。

190910424

中央の丸天井が見たかった。

190910427

ステンドグラスの写真は難しい。

190910431

トルコの絨毯は世界でいちばん丈夫なのだ、とシムズさんが言った。ペルシャやウイグルよりも手間のかかる方法でつくられているのだという。

190910439

昨年(ウズベキスタン)来いささかモスクや尖塔を見飽きた感がある。

 

ポチッとよろしく!

住野よる『青くて痛くて脆い』(角川書店)

Dsc_6526_20191026093401

 住野よるは映画化もされた『君の膵臓をたべたい』の作者。最近、何作か読み続けてきた。彼の作品ではちょっと奇妙なテイストの物語が描かれる。その描かれる世界の主人公たちはみな若者である。私は、若者の世界観には違和感がある。違和感があるが、まったく理解できないわけではない(私だってむかしは若者だった)。この人の作品を読んでいるとさらに理解が増すのも感じる。

 

 この本の読後感は題名の通り。これは主人公が物語の最後に、自分自身を本当に解ったときに感じた感想でもあるが、彼の心情にシンクロしてあたりまえに見えていた世界をガラリと違うものにみせる作者の、突きつけて見せるものに感じる読者の感じる気持ちかも知れない。

 

 昨日のブログに書いたけれど、主人公たち大学生の交わす会話がリアルなだけに、それに対する違和感、拒絶感を感じるのは私の年齢のせいだろう。それに私は地方の駅弁大学出でしかも硬派だったから、都会的なこういう会話にはシンクロできない。軽薄にしか見えないのだ。だからといって若者たちのすべての精神が軽薄なわけではないことくらいは承知している。昔も軽薄なやつは山ほどいた。

 

 軽薄から脱するために理想を求め始めた若者たちの行動が変質していく。そこから離れた主人公が、変質して巨大化して力を持ち始めて運動と化した組織を元に戻すべくさまざまな手段を講じて組織を破壊しようともくろむのだが・・・。

 

 組織のリーダーの悲痛な叫びが主人公を衝つ。世界は自分が見ているものがすべてではない。
ポチッとよろしく!

2019年10月26日 (土)

トルコ旅行(32)イスタンブールの朝

190910402

ホテルの窓から見た金角湾の朝。すこし霞んでいる。

190910401

イスタンブールの街に朝日が射してきた。

190910396

女性があくびをする。いま七時頃。

190910398

おじさんも出勤だろうか、それとも喫茶店にでも向かうのか。

このあと朝食。ペラパレスホテルの朝食はさすがにとても美味しい。

190910406

さあ、これからイスタンブールの観光に出発。石畳の坂を下りて観光バスに向かう。

ポチッとよろしく!

米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社)

Dsc_2854_20191026083701

 久方ぶりの米澤穂信。初めて読んだのは『王とサーカス』というミステリーだと思っていたが、その前に『折れた竜骨』という本を読んでいたのだ。そのときは作家が米澤穂信だということを意識しなかった。『満願』を読み、そこから『氷菓』以来の古典部シリーズを読んだから、どちらかというと最近の作品から過去の作品に遡っていることになる。とにかく外れがないし、ささやかな事実から導き出す推理の意外性にシャーロック・ホームズを読むような楽しさがある。ものを観察し考え想像することの奥深さを愉しむのだ。

 

 この『本と鍵の季節』は高校の図書部の男子部員二人が関わった出来事から、その背後にある予想外の真相を明らかにするという物語で、連作形式になっている。優れた知性の持ち主である僕(堀川次郎)と松倉詩門という二人の少年の、性格の違いがその推理の結果にどう対処するのかの違いとなってあらわれていく。そして最後に僕は松倉詩門の言動から彼の意外な真相を知ることになる。

 

 高校生が主人公というのはその描かれる世界がとても限定されることになって、その限られた窓から社会を覗き、その暗部を推理するということになる。ある意味で大きな密室構造かもしれない。古典部シリーズでは特にそう感じた。

 

 ありがたいのは、高校生が主人公ながら、いまの青少年の語り口がこの小説では極端ではないことだ。このあとに読んだ住野よるの『青くて痛くて脆い』という小説があまりにもリアルに学生(こちらは大学生)の会話が描かれるので、それになじめなくて閉口した。若い人にはあたりまえでも、私にはこの若者言葉は異常世界に映ってしまう。半分外国語である。

ポチッとよろしく!

2019年10月25日 (金)

稼動開始

 体調不良もあり、しばらく家でくすぶっていたが、用事も出来たので来週から稼働を開始する。くすぶっていたといっても生まれついての貧乏性で、本を読んだり映画を観たりはしていた。特に映画はこの一週間だけでも15本ほど観ている。期待通りもあり、がっかりもありなのはいつも通り。外れがあるから当たりが嬉しいのだ。

 

 オートストラリア映画の『不良探偵ジャック・アイリッシュ』シリーズ三作はガイ・ピアース主演で大いに愉しめた。『ビッグ・ゲーム 大統領と少年ハンター』という2014年フィンランド・イギリス・ドイツ合作映画は期待通りの面白さで現代のお伽噺として良くできていた。フィンランドが好きになる。2018年インドネシア・オーストラリア合作の映画『メッセージマン』はスプラッター映画に近い残虐シーンがあるが、超人的に強い主人公がたくさんの極悪人たちをバッタバッタと倒していくのが痛快だった。『ヴェノム』2018年アメリカ映画はエイリアン映画なのだが、マーベルコミック特有のお気楽展開で、これもハチャメチャぶりが痛快と言えなくもない。主演のトム・ハーディがだんだん好きになってきた。

 

 好きな俳優イーサン・ホークの出ている『ニューヨーク、狼たちの野望』2009年アメリカ・フランス映画は不思議なテイストの映画で、好みが分かれるだろうところだが、私は一応評価したい。ドイツ映画の『NICK』シリーズ全五作はまあまあというところか。ハンブルグのムチャクチャ刑事のニックが暴走に暴走を重ねる映画だ。トルコ人やクルド人、ロシアマフィアなどが敵であるが、そのリアリティから、ドイツ社会の移民の現実や、ヨーロッパとロシアが案外近い国であることが強く感じられる。第五作だけ舞台がイスタンブールやモスクワで、イスタンブールになつかしさを感じたものの、最も違和感のある作品(荒唐無稽さがすぎる)になっていた。同じ監督のはずなのに、ちがう監督の映画みたいだ。その他の映画は語る値打ちなし。
ポチッとよろしく!

朝寝坊

 夜更かししたので今朝は雨音を聞きながら朝寝坊した。最近は夜、寝そびれると全く眠気がなくなって、眠くなければ起きていればいいというのが私の信条だから、そのまま起きている。ふつうはそのうち眠くなるものだが、このごろは下手をすると朝まで平気で起きている。今朝はそういうなかではよく寝たほうか。

 

今朝の意欲メーター
 映画鑑賞  75%
 読書    60%
 食慾    40%
 旅行    60%
 ブログ   10%
 体調    50%

 

 総合力   55%

 

この二三日、録画した映画の消化に忙しい。
ポチッとよろしく!

2019年10月24日 (木)

トルコ旅行(31)ペラパレスホテル、イスタンブール散策

四時前にペラパレスホテルに入る。今晩の夕食は日本食だとのこと。

190910372

ペラパレスホテル入り口。

190910369_20191023182401

全体の様子。私たちの部屋はこの通りとは反対側。

190910312

フロントのあるL階。古いけれどシックでいい雰囲気・・・だったのだが、このあと中国人の団体がなだれ込んできて幻滅。

190910314

窓からの眺望。見えているのは金角湾。

190910322

窓の外の小さなテラス。夜、このテラスの椅子で夜景を見ながらワインなどをいただいた。

190910324

この洋式バスタブというのはどうにもなじめない。どうして洗い場がないのだ。

夕食に出かけるまで二時間以上あるので三人で散策に出かける。Yさんは三回目のトルコなので方向、位置関係がある程度わかるというので安心だ。しかし帰りにちょっとだけ迷った。

190910366_20191023182701

日が傾きだした。

190910362

大通りに出るとこの人混み。

190910341

トルコのお菓子はとにかく「参ったか!」というほど甘い。参りました。

190910339

哀調を帯びた音楽を聴かせてくれた。

190910360

トルコといえばこのドネルケバブ。

190910340

こんなところで飲んだり食べたりしたいなあと思うが、何しろ夕食が待っている。実はこの翌日に願いを叶えた。

190910352_20191023182701

こんな路上電車もなかなかエキゾチックで好い。

このあと通称魚市場まで足をのばし、店を冷やかしてから引き返した。

イスタンブールは好い。

 

ポチッとよろしく!

 

2019年10月23日 (水)

トルコ旅行(30)ドルマバチェフ宮殿

1843年から10年かけて建てられたというドルマバチェフ宮殿を観に行く。トルコの宮殿といえばトプカプ宮殿が有名だが、他にもいくつもの宮殿があるのだ。どうしてそうつぎつぎに新しいのを建てるのか、力を誇示したいのだろうが、私には理解できない。そんな批判的な気持もないことはないが、いまはただその壮麗さに口をあんぐりあけて、宮殿を眺めあげるばかりである。

190910253_20191023041301

入り口。観光客が多い。

190910255

入り口の門の上部。この彫刻の素晴らしさは認めざるを得ない。陽明門の彫刻を見上げるようなものか。大分ちがうけど。

190910260_20191023041301

上に同じ。

190910261

門の内側から。いろいろな国の人が次から次に入場してくる。

190910267

宮殿はボスポラス海峡に面している。

190910281

海峡を行くクルーズ船。

190910283

カモメがたくさんいる。

190910286

このあと宮殿の中に入る。しかし中は撮影禁止。

190910290

190910292

庭園のライオンの石像。リアルだ。

190910294

美しい池。手入れが行き届いている。あたりをすこし散策したあと早めにホテルに入る。今日明日二泊するホテルはペラパレスホテル。オリエント急行の乗客が泊まったホテルであり、あのアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』の冒頭の舞台でもある。エルキュール・ポアロもここに泊まったのだ。もちろんアガサ・クリスティも泊まった。

ポチッとよろしく!

 

トルコ旅行(29)イスタンブールに還る

イスタンブールに還ってきた。空港から旅行会社のバスで市内に入る。

190910214

バスの車窓からの風景を何枚か掲載する。窓が開かないのですこしスモークのかかった窓ガラス越しであり、写りこみやくすみがあるがお許しいただきたい。

190910227

第一橋でボスポラス海峡を渡る。この橋は渋滞することで有名(そのために第二橋が日本の協力で架けられている)だが、このときは案外スムースに通過できた。

190910230

このボスポラス海峡を翌日クルーズする予定である。楽しみだ。

190910235

トルコの首都はアンカラだが、イスタンブールは人口、経済活動ともにトルコ最大の都市である。

190910238

イスタンブールは坂の街。歩くと身に沁みて分かる。足かけ三日滞在したが、毎日散策に出た。魅力的な街、楽しい街、フレンドリーな街である。だから居心地がいい。

190910241

こんななんということのない風景が好き。

190910242

人が活き活きとしている街。

190910244_20191022141001

ここでもスマホが生活に深く入りこんでいるようだ。

190910247

地元の人、観光客が溶け込んで違和感がない。ある意味でニューヨークで感じた雰囲気が似ているか。

190910252_20191022141001

もちろん暇そうな人もいる。いいなあ。

 

ポチッとよろしく!

2019年10月22日 (火)

嗜みとしての和歌

 柳田國男の『故郷七十年』という本を読んでいたら興味深い一節が目にとまった。『文学の思い出』という章の『頓阿の『草庵集』』という一文である。

 

以下にそれを引用して、どうして面白いと思ったのか述べる。

 

 日本の文学は不幸な歴史を持っていて、事実応用するような場合のない人にまで、「嗜み」として和歌を作らせ、お茶、花、琴などと一列にして、歌もすこしは教えてありますなどといって、お嫁にやる時の条件にしたりした。そのため、本当はどこの恋だったのかと談判されると、閉口するような「待つ恋」だの、「待ちて会わざる恋」だのを、平気で若い娘さんも書いたのである。これが日本の文学の一つの大きな歴史であったことに注意しなければならない。
 こういうフィクションの歌をいちばんたくさん詠んでいるのが坊さんであるというのも、興味あることである。室町時代にも頓阿とか兼好などという歌僧がいて、秀歌を残している。頓阿は門人を集め『草庵集』というのを出しているが、その中にももちろん恋の歌がずっと出ている。面白くないことには、これくらい面白くない歌集はないが、半折の本でだれでも持っていた。
 だいたい、足利時代から江戸時代の初期にかけての和歌はみな、こういうような安らかなものであった。今ではあのころの歌を悪くいうが、当時は歌をつくる人数がずっと少なく、詠む者は珍重せられていたので、あれでも何か一節あるように思われた。「ああも詠める」という手本にはなったのである。これが「類題集」というものが出来たもとであった。題をたくさん集め、作例を下へ並べたのが類題集で、これは大変な仕事であった。手紙を書いても歌がなくては求婚にならないとか、そのまた返歌を書くなど、どうしても男女ともに歌を詠まねばならぬ時代であったから、誰でも「恨む恋」とか「待つ恋」の練習をするため、類題集が必要であった。『草庵集』はこの類題集のいちばん早いもので、前に記した秋本安民の『青藍集』まできているのである。
 この類題集を見ると、恋歌の返歌や、恋歌の目的の変化がよく分かる。松浦先生(柳田國男の歌の先生:引用者註)は非常に堅くるしい方であったから、わざと恋歌などは出さなかったが、それでも酒の出たときなどの当座の題に、何々の恋というような題を出した。人によってはそれに力をいれて、いくらか興奮させる点を利用して、深窓の娘さんにまで作らせる例もあったのであるる
 新しい人たちが、古風な歌を月並みだといって馬鹿にするのも、つまりは歌の必要が一地方にいた一人、二人の職業歌人とか詩人とか以外の、素人にもあり、一通り嗜みとして題詠を練習したことからきているのである。

 

 難解な文章ではない。だが一読してその文意、柳田國男は何が主張したいのかが分かりにくい。二つの価値観の中で揺れているのが感じられるのである。この本が書かれたのは柳田國男が晩年になってからだが、彼が和歌の指導を受けていた時代は彼の学生時代で、明治時代である。明治時代といえば正岡子規が過去の、特に平安、室町の時代の和歌を否定して万葉集を称揚していた時代であり、彼が写実主義を唱えて「嗜み」の和歌や俳句を(「歌詠みに与ふる書」で繰り返し)罵倒していた時代である。

 

 柳田國男も時代の風潮としてそれに賛同したにちがいない。賛同したにはしたが、実際に地方の知識人たちの素養というものがベースにあってこその文化であり芸術である。そのことも柳田國男は誰よりもわかっていた。

 

 だからその価値感の幅の中で彼の主張は揺れるのである。その揺れ方の中に明治というものを思って興味深く感じたのである。

 

 明治末に生まれた母方の私の祖母は一冊の和歌のノートを残している。たぶん何冊もあったにちがいないが、晩年の一冊だけが私の手元に残された。それを読むにつけ、歌を詠むことがあたりまえの素養であった時代のゆかしさと、それが失われてもう取り返せないことへの残念さを深く感じる。ただ一人正岡子規だけが悪いというわけではないが。

 

 このことは和歌や俳句だけではなく、漢文に、そして日本の古典についても同様だろう。中学や高校の国語の教科書から明治の文豪の文章がほぼなくなったのだと聞く。漢文教育など無意味だと論じられている。何を日本人から失わせようとしているのか、教育者たちは理解しているのだろうか。そのことで過去の名作や文献を読む力はどんどん失われていく。教育者と称する馬鹿者たちの子供たちに迎合することの愚かさには唖然とするばかりだ。
ポチッとよろしく!

ありがたいこと

 今日は雨のはずが、朝から晴れ渡って気持ちの良い日である。コーヒーを飲みながらジャズ(上原ひろみのピアノ)などを聴いていたら次第に心が安らいできた。

 

 いつも拝見しているブログ「丸ちゃん」のちかよさんからコメントをときどきいただく(いつもありがとうございます)。今朝のブログにもコメントをいただいた。それにお返しを書いていて実感したことを、同意ではあるが、あらためて記しておく。

 

 息子も娘のどん姫も三十を過ぎているから当たり前のことながら、私の思っている以上に大人になっていた。自分の考えを持ち、しかも親を思いやるやさしさを備えていることを実感した。しあわせなことだと思う。

 

 いいかげんに育てたのにちゃんと一人前になってくれた。そうでない人のあることをしばしば聞いている。それを考えると、まことに私は運がいい。ありがたいことである。
ポチッとよろしく!

人生に負荷をかけることになるか

 いまは些事以外は私の人生を束縛するものはほとんどない。ひところ引きずっていたものはさっぱりと切り捨てたつもりでいたが、なかなかそうも行かないようだ。

 

 私の生き方の若干の方針転換の可能性を伝えたことで、娘のどん姫が飛んできた。私の存念を聞いて理解したようだ。そして息子が広島からわざわざ話を聞きに来た。どん姫に対してしたのと同じような話をする。私の子供たちは分かりは悪くないのが私の自慢である。

 

 まだ何がどうなるか分からないが、多少今後の人生に不本意な負荷がかかることになると思われる。負荷というストレスが、生きる気力につながるように気持を強く持つ必要があるだろう。寝てなどいられない。いまは静かに事態の展開を待っている。

 

 これでは何のことやらわからないと思うが、詳しく書くつもりはない。ただ、また泣き言を書くことがちょっと増えるかもしれないので悪しからず。
ポチッとよろしく!

2019年10月21日 (月)

トルコ旅行(28)さらばカッパドキア

鳩の谷を観たあと、ウチヒサールやギョレメの谷などの絶景ポイントを巡る。いま写真を見ても、もうどれがどれだか分からなくなっている。

190910212

現地にいるといくらこの景色を見ても見飽きないが、写真で見せられるだけなら飽きるだろう。

190910204

キノコ型に近いもの。妖精のすみかのようだ。

190910187_20191021090301

それらしく駱駝などもいる。ウズベキスタンで教えられたが、気をつけないとつばを飛ばされる。ツアーの一人がそれを知らずにすぐそばで写真を撮ろうとして災禍に遭った。あまり大量ではなかったのは不幸中の幸いである。

190910199

「のびーるアイス」と大声で声をかけてアイスクリーム屋がパフォーマンスを披露する。よってきた人の国に合わせてその国の言葉に換える。なかなか手元に渡してもらえないが、そのたびに量が増え、トッピングも増えていくので、客は喜ぶ。

190910186

これは鳩の谷での石榴ジュース。大きな紙コップに石榴を四つも圧縮してなみなみと注いでくれた。多すぎたが捨てるのがはばかられて無理して飲んだのだが、それがたたって昼頃腹が下りだした。昼食の場所がホテルに近かったので、午後一番のキノコ谷のハイキングは私だけパスしてホテルで休むことにした。さいわいそのあと腹は治まり後を引かなかった。あとで同行のYさんが「カッパドキアで一番の絶景だったわよ!」と悔しがらせてくれた。

そのあとトルコ石の買い物ツアーに有志だけ参加。私たちはパスしてのんびりホテルの庭の景色を愉しんだ。明朝は飛行機でイスタンブールへ飛ぶ。最後の三日間のイスタンブールを楽しみにしよう。カッパドキアよさらば。愉しませてくれてありがとう。

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(27)鳩の谷

絶景が見られる撮影ポイントの一つ、鳩の谷に行く。洞窟に穿った穴に鳩がたくさん棲みついている。これは積極的に鳩を棲まわせているのである。目的は鳩の糞。鳩の糞は良好な肥料として使用されるのだそうだ。

190910167

鳩の谷を見下ろす。

190910174

以前は人がいたであろう建物も遠望される。教会か何かだったようだ。

190910175

みんな穴だらけ。よくもまあ、せっせと掘ったものである。

190910182

鳩の餌をあてにして寄ってくる鳩たち。空中にもたくさん飛び交っている。

190910170_20191020190401

見馴れた岩山がここからもよく見える。いくら見ても見飽きない。絵になる。

190910178_20191020190401

見晴台の横の気にたくさんの目玉がつり下げられている。観光客が掛けたのであろう。

190910180_20191020190401

おまけに似た景色ばかりながらもう一枚。

ポチッとよろしく!

2019年10月20日 (日)

トルコ旅行(26)カッパドキアの地下都市

190910139_20191020153801

送迎バスを待ちながら、ホテルの前の道からカッパドキアを見下ろす。

カッパドキアでは岩山の洞窟ばかりではなく、地下にアリの巣のように穴を掘って暮らした地下都市があった。発見されたのは比較的最近のことで、地下都市はそのあと次々に発見されている。もともとこの地方は高地で寒冷であったため、そして岩山や地面が凝灰岩という削りやすいものだったことから、そこを住処にしたのだろうといわれている。もちろん岩を削るには鉄器が必要なので、地下都市の最も古いものは紀元前13世紀までだと推定されている。地下都市の存在を記した文書はあるにはあったが、発見されて記述が事実であったことにみな驚いたらしい。地下都市と地下都市はトンネルでつながっていて、その延長距離はどれほどであるかいまだによく分かっていない。

190910142

地下都市は暗くて狭くて、巨漢の私には通り抜けるのに難行苦行であった。だからまともに写真が撮れなかった。頭はぶつけるし擦るし両肩は擦るし、屈んだ背中が天井に擦ることもあったのである。ツアーの仲間たちの女性からはさかんに同情された。私よりも大きな西洋人の人たちはもっとつらいだろう。

190910144

ちょっと広くなったところで説明をするガイドのシムズ氏。

地下都市は地下八階まであるが、見学できるのは地下五階まで。地下都市はのちにイスラム教の世界の中で迫害を受けたキリスト教徒たちの隠れ家となった。そのときに四通八達したものと思われる。そしてその存在も秘匿されることになったのであろう。

190910149_20191020153801

分かりにくいが左側に丸い石が覗いている。この石が人力で右に転げてこの道をふさぐようになっていて、敵の侵入を防いだ。一度ふさがれるとけっして侵入は出来なくなるそうだ。

190910152

こんなふうにあちこちにつながっていて、迷ったら出られなくなる。この青の矢印は登り道を指すのでそれをたよりに道をたどればいいが、もちろんむかしはそんな目印は無かった。

190910154

地下都市を脱出して背を伸ばして青空を見てほっとする。

190910158_20191020153801

なんということのないこんな写真がわたしは好きだ。敦煌の砂漠の外れの玉門関の近くの砂埃にまみれた休憩所を思いだした。おばあさんに干しぶどうを売りつけられた。そこにこんな車が置いてあったのだ。

190910161

観光よりも土産物を買うことに夢中の人もいる。たいていと手も大きなスーツケースを持ってきている。私は四日用の小さなスーツケースと手荷物にする中型のリュックサックのみ。それでも空きがあった。

190910162_20191020153901

こんな車を見るとキューバを思いだす。キューバも楽しかったなあ。

 

ポチッとよろしく!

 

床上げ

 完全とは言えないが体調が回復したので床上げした。布団を干し、毛布を干し、シーツなどの汚れ物を洗濯した。冷蔵庫の食べものの貯えも底をつきつつあるので買い出しに行く。帰って買い忘れたものがあるのに気がつく。本当に忘れものが多くなっているのにうんざりする。それでも忘れたことを思いだすだけまだマシか。

 

 録りためた歴史物や紀行、ドラマなどのテレビ番組をこれから消化していくつもりだ。映画はエネルギーが必要なのでブルーレイディスクに落としておく。まだ映画に集中するだけのパワーは戻っていない。

 

 とにかく積極的に物事を片付けていくと、自ずと気持も前向きになっていく。体調と気持の有り様は表裏一体であることを感じる。

 

 控えていた読書もぼちぼち再開。いまは不思議なことに、歯ごたえのあるものが面白く読めている。森鴎外の『渋江抽斎』、井波律子訳の魏晋の人物評論集である『世説新語』、柳田國男『故郷七十年』など。それぞれ10ページから20ページが一度に読める限度で遅々として進まないが、あきらめずに読み進めている。

 

 『渋江抽斎』は永井荷風が終生枕頭において愛読したといわれる。それだけ中身の濃厚な歴史書で、言及する人物が厖大である。世に名を残す人のいかに多かったことか、そしていま、それらが全く忘れられ事蹟が失われていることを情けなく思う。

 

 『世説新語』は井波律子のライフワークともいうべきもので、数行の原文、その書き下し文、そして現代語訳、さらに詳しい注釈がついていて、魏晋という時代の政治状況、人間関係がおぼろげに見えてくる。中国の南北朝、五胡十六国の時代の変遷は何度読んでもあまりにも入り乱れていて分かりにくいのだが、その前代である魏晋という背景を知ることで、すこしはなにかが理解できるかもしれない。

 

 敦煌の莫高窟は、まさに魏晋から五胡十六国の時代を最盛期として、唐の時代にいたる時代のもので、現実に現地でそれを見てきたことでなんとなくその時代に興味があるのだ。『世説新語』は全五巻なので、読了するのは早くても来年だろう。他に何冊か並行して読んでいるが読了したものから記録として適宜またブログに掲載するつもりだ。
ポチッとよろしく!

トルコ旅行(25)夜明け

19091078_20191019193101

バーナーを噴射すると髪のうすい長身の私の頭が熱さを感じる。

19091077

そろそろ夜明けだ。

190910102

太陽が頭を出す。

190910104

3916メートルのなんとか山(名前が良く聞き取れなかったので分からない)が浮かび上がる。

190910134_20191019193101

洞窟ホテルの岩山が朝日に映える。

190910137

着地直前の様子。このあと信じられないほど正確に着地した。なんとゴンドラは車のうしろのキャリアの枠にぴたりと下りたのである。私がゴンドラから下りるときに苦労したのはすでに書いた。

ポチッとよろしく!

2019年10月19日 (土)

不思議なこと

 昨夕から絶不調。今日は一日寝ているつもり。最近アマゾンのプライムミュージックを聴けるようにしたので、さまざまな曲を寝床で鳴らしながらうとうとしている。懐かしの歌謡曲でも宇多田ヒカルでもクラシックでもジャズでもヒーリング音楽でもなんでもふんだんにある。ストリーミングが音楽を聴くときの主流になっているのがよく分かった。

 

 韓国の文在寅大統領の支持率が、タマネギ男の法務大臣の辞任以後、上がったという調査と下がったという調査があって、多少の差は驚かないにしても全く逆でのその大きな差に驚く。これでは誤差の範囲を超えて調査そのものの信憑性に疑問を感じてしまう。

 

 IMFによる中国の今年の経済成長率の見込みが6.0%だという報告があった。近年最低だ、と騒がれているけれど、ふつうの国にしたら、6.0%の成長は異常に高い数字だ。日本から見れば羨ましい。中国の統計数字をもとにするからこういうことになると思うが、それにしても常識に合わない不思議なことだ。それとも日頃眼にする中国に関するニュースは実際とちがうのだろうか。
ポチッとよろしく!

2019年10月18日 (金)

トルコ旅行(24)気球から高みの見物

気球は最高1000メートルくらいまで上昇する。そうなると高さの現実味が薄れて怖さを感じない。それに景色を見るのに忙しくて恐いなどと感じている暇がない。

19091040

これから浮かび上がろうとする気球が見える。バーナーの炎が気球を照らす。

19091045_20191018184301

地上はまだ夜明け前の眠りのなかにいる。

19091049

夜明けの薄明。

19091051_20191018184301

なんという気球の数。下手くそな操縦士もいるかもしれない。それが原因で以前事故があり、日本人も多数死んだ。

19091066

こちらの気球より上にいる気球もある。

19091083

このあとこちらから手を振ったら向こうも一斉に手を振った。

19091088

こんなふうにすれすれに飛ばして喚声を上げさせてくれる。

19091093_20191018184301

飛んでいる気球の上から見下ろすというのも不思議な気分だ。

トルコ旅行(23)気球に乗る

真っ暗な中を、気球に乗る場所に向かう。野っ原の中なのででこぼこの道を車は跳ぶように走る。乗っているこちらも跳び上がる。

19091019

まず気球の中に強力な扇風機で空気を入れて膨らませて行く。

19091022

ある程度膨らんだらバーナーで熱風を吹き込んでいく。このあと気球が立ち上がったらゴンドラに乗り込む。ゴンドラは中央部が操縦者たちの場所で、その回りは四つのセルに別れていて、一つに五人ほどが乗り込む。この気球は二十五人くらい乗れるらしい。踏み段などないので、ゴンドラの足をかけるところを足がかりにしてよじ登らなければならない。乗り込むときはなんとか転がり込むように乗り込めたが、下りるときには屈強な乗組員に手助けしてもらってようやく下りることが出来た。衰えたり。

19091024

隣の丘の向こうにも別の気球が立ち上がった。明るいのはバーナーが炎を噴射しているから。ずっと噴射しているわけではないから灯いたり消えたりしているように見える。

19091025

私たちのゴンドラが浮かび上がる。このあとゴンドラ側からロープを外す。

19091028

みるみるうちに上昇していく。静かに興奮が高まっていくが、高いことに対する怖さは全く感じない。

19091029

気球の数が驚くほど多い。つぎつぎに浮上していく。

19091034

なんだか不思議な、幻想的な風景で、うっとりする。気球に乗って好かった。

19091035_20191017131901

もうすぐ夜明けである。寒い。もちろんウインドブレーカーなどで備えはしている。

 

ポチッとよろしく!

2019年10月17日 (木)

トルコ旅行(22)洞窟ホテル

カッパドキアで二連泊したのは洞窟ホテル。二連泊だからゆっくりとカッパドキアを堪能できるのである。

190910170_20191017123001

このそびえ立つ岩山はむかし要塞であった。アップしてみる。

190910177_20191017123001

この岩山の後ろ側が宿泊した洞窟ホテルになる。洞窟ホテルはいくつもある。当然崖のような場所なので作られている道は狭い。かろうじてマイクロバスが通れる程度なので、我々の乗るバスは行くことが出来ない。ホテルからのマイクロバスでピストン輸送してもらうのである。

1909103

この建物の裏側に道路があり、そちら側がホテルの入り口、つまりフロントになっている。一番上が展望テラスで、喫茶コーナーになっている。そのあたりが道路と同じ高さ。部屋は迷路のような回廊をたどって多段式に設けられている。

1909101

私とF君の泊まったのは一番右端に見える部屋。外見からは洞窟に見えないが、

19091014

入り口から部屋を見ればこのようになっている。

190910547

ベッドに寝転がって天井を眺める。

19091012

私たちの部屋専用のテラス。広い氏見晴らしがとても好い。木枠の中のベンチはブランコになっている。

このブランコにF君と座ってぶらぶらさせていたら、添乗員の小原さんが様子を見に来たので手を振った。

部屋ごとに見晴らしや水回りの設備に優劣があり、不満を漏らす人もいるのだという。私たちは一番下の階でフロントから一番遠いが、それ以外は申し分が無い。このあとF君が迷路の回廊を通らずに上へ出る道を発見した。お陰でなんの不満もなく快適に過ごした。

さあ明日の朝はいよいよ気球に乗るのだ。五時半には気球会社の迎えの車が来るという。気球の上から日の出を見るから朝が早いのである。それが分かりながらこの晩も控え目ながら楽しくお酒をいただいた。

 

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(21)三姉妹と駱駝

190910510

三姉妹と呼ばれるキノコ岩。トルコ人たちには別の呼びかたがあるらしいが、日本人観光客にはキノコ岩として説明される。日本人が最初にそう呼んだかららしい。

190910512

左手の奥に見える山は標高3900メートルを超える山。富士山より高いが冬でなければ冠雪はしない。翌日気球からこの山を遠望することになる。

190910518

真ん中の影になった細くて低いキノコ岩を入れて三本のキノコの姉妹というわけである。

バスで駱駝岩に向かう。

190910523

たしかに駱駝に見えないことはない。この辺りには変わった形の岩がいろいろある。

190910524

どうしてこんな奇岩が出来るのか、理窟を聞いたけれどよく覚えていない。あるがままにその不思議さに感心するだけでいいのだ。

190910525

説明するまでもない名前が付いている。

190910528

これぞカッパドキア。

190910533

ただ眺めて面白がるばかり。

190910538

このあと今晩と明日の晩連泊する洞窟ホテルに向かう。本日は早めのあがり。予定していた地下都市見学は明日、気球から帰ってからに変更

ポチッとよろしく!

2019年10月16日 (水)

トルコ旅行(20)ギョレメ野外博物館

ギョレメというのはこの地方の正式の地名である。野外博物館という名であるが、岩山に穴を穿ってキリスト教の教徒たちが暮らした教会群のことで、この地方は高地(約1200メートル)にあるので、冬は積雪も多くて気温も低い。洞窟は夏涼しく、冬温かく暮らしやすかったのである。もちろんこの岩が削りやすい凝灰岩であったこともさいわいしている。とはいえ鉄器が普及する前は岩石を穿つことはかなわなかったはずなので、最も古いもので紀元前13世紀頃から掘られ続けただろうと推定されている。

190910471

ギョレメ野外博物館に向かうバスの車窓にカッパドキア特有の奇岩が見えてきた。

190910476

これは一般の人が暮らすための穴だと思われる。いまも洞窟暮らしをしているひとはわずかながらいるという。気候がむかしより温暖になったことで洞窟のメリットが薄れ、不便さの方がまさっているのだそうだ。

190910482

ギョレメ野外博物館に入る。このような岩山の中が迷路のように部屋などがつくられていて、一つひとつが教会となっていた。教会の数は辺り一帯の岩山だけたくさんある。その内の十二三世紀頃の比較的に新しくて壁画や天井画のある四箇所ほどを見物。狭い階段を登ったり下りたりするので歩きにくい。膝が痛いのでよろけたりして恐かった。中は写真撮影禁止。

190910483

ぐるぐる廻って左の山の崖のところまで登り、更にこの山の裏側にある暗闇の教会というところも訪ねた。

190910484

この白い小さな岩山のなかにも教会がある。狭いところに人がたくさんいるので蒸し暑い。壁のフレスコ画はかなり傷んでいて、本格的な修復が必要に思えた。

190910493

こんなふうに登ったり下りたりする。鉄の階段は狭いのですれ違うのは難しい。

190910494

崖のところに這いつくばるようにして登った。この男の前は絶壁。どうやら中国人のようだ。写真を撮っている私の後ろにはちょっと広い洞窟があって、そこはクーラーの効いた部屋のように涼しかった。みな、そこで一息つく。

190910496

はるかに顔を上げればこのような光景が眼に入る。すごいところである。これが見たかったのである。

190910505

ひとまわりしてこうして下りてくる頃にはかなりくたびれている。

このあと二箇所ほど撮影スポットを訪ねるという。

 

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(19)カッパドキアの洞窟レストラン

190910454

洞窟レストランにて昼食。私は一番奥に座った。トルコはパンがフランス式でとても美味しい。美味しいけれど酒を飲むときはあまりパンは食べないので、ほんのひと囓りずついろいろのパンを試食した。ワインにパンを浸して食べるのも結構いける。

190910457

食事をしたのは地下一階。これは地上階の入り口方向。

190910460

レストランはこの通りにある。左手は山そのもので、中がそのまま洞窟なのである。あたりをぶらついた。

190910463

こんなものや、

190910466

こんなものや、

190910465

こんなものが目についた。

190910464

これは入ったレストランの隣の店。

190910467

うしろのトルコ国旗の翻る山が左手に連なっていて、その山腹がたくさんの洞窟になっている。

目の前はバスの駐車場。信じられないほどの混み具合で、運転手の技量が無いと出入り不可能。出るまでに(他のバスとの入れ替えなどもあったので)それでも大分時間がかかった。さあいよいよカッパドキアのカッパドキアらしいところを見に行く。

ポチッとよろしく!

2019年10月15日 (火)

トルコ旅行(18)土産物店でトイレと休憩、カッパドキアへ川を渡る

190910414

隊商宿の外側の写真を忘れていた。

190910418

右手が土産物店で、真っ直ぐの奥にトイレがある。

190910421

トルコというと、この目玉のアクセサリーが有名だが、シムズさんにいわせればこんなものトルコ土産でも何でもないのだそうだ。手頃でいいのだがそれで手を出しそびれた。

190910425

喫茶コーナー、チャイ(トルコの紅茶、茶葉を煮だして飲む)、トルココーヒーやふつうのコーヒー、ジュースなどが飲める。この近くのレジで両替が頼める。一万円で450トルコリラくらい。

トルコは物価が高いので、少し余分目に変えておく必要がある。ただしそれは私のように毎日昼と夜に酒を別料金で飲む場合であるが。

190910428

おお、これは気球ではないか。実はカッパドキアで気球に乗れることがはっきりした。楽しみだ。

190910432

どんな街でも集落でモコのモスクとミナールが必ず存在する。ミナールにはスピーカーが付いていることが多く、そこからアザーンが聞こえる。むかしは坊さんが塔に登って詠唱したものらしい。

190910429

遠くに高い山が見えてきた。一番高い峰は3100メートルを超すという。

190910450

だんだんカッパドキアに近づいたらしい風景になってきた。

190910453

初めて川らしい川を跨いだ。カッパドキアというのは正式の地名ではない。この地方一帯の通称で、いまは地域名として定着しているそうだ。とても広いエリアを指す。この川を渡ってすぐのところのにぎやかな街に洞窟レストランがある。この辺りに洞窟レストランは一つだけではなくそこら中にある。洞窟レストランについては、次回。(じらすなあ)

 

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(17)コンヤからさらにシルクロードを東へ

190910371_20191014172601

ホテルの窓から早朝のコンヤの街を眺める。

前回の記事で昨夕、インジェミナール神学校を見学したと書いたが、メモを見ると時間が遅くて入れずに博物館だけを見たとある。そういうわけで今朝は出発時間を早めて神学校を見学に行く。

190910382

コンヤの市街地風景。街路樹が美しい。

190910384

インジェミナール神学校のシンボルのミナーレ(尖塔)。ウズベキスタンではミナレットといっていた。

今日も快晴。

190910385

コンヤの街よ、さようなら。

190910388

シルクロード沿いに延々と広大な畑地がひろがっているが耕作をしていないところがほとんどである。水不足もあるけれど、それ以上に農業では採算が取れずに都会に出てしまって人手が足らないのだそうだ。

現政権の施策にいささかシムズさんは不満なようであった。彼自身が東部の農村の出身なので思うところがあるのだろう。

190910403

予定にはなかったけれどシルクロードを往く隊商が泊まる隊商宿に立ち寄る。左奥が駱駝などが休むところ。

190910405

この奥に駱駝などがつながれていたらしい。

190910407

いまは鳩が休んでいる。

190910404

この猫は愛想が悪くて、声をかけても無視された。

このあとバスは長駆カッパドキアに向かう。昼食はカッパドキアの洞窟レストランだ。途中シムズさんのおごりでカップアイスではあるが、トルコののびるアイスをいただく。

カッパドキアとイスタンブール、そしてボスポラス海峡は若いときから一度は見てみたいと思っていた憧れの場所だ。そのカッパドキアに向かっているのだ。

ポチッとよろしく!

2019年10月14日 (月)

岡部伊都子『女人の京』(新潮社)

 一進一退の体調が再び悪化して起きられなくなった。微熱があり、ぜんそくのような咳が止まらない。ひどく寝汗をかいたら熱もなくなり、多少楽になった。トルコ旅行のつづきを報告したいが気分的に盛り上がらないのでちょっと休憩して、読んだ本の話を書く。

 

 母が岡部伊都子を絶賛していた。そこで若いときに古本市で表紙の取れてしまったこの本を見つけて超安価(50円とか100円だったと思う)で購入し、試しに読んで見た。しかしその頃は日本の歴史に無知だったので面白さが分からず、途中で放り出してしまった。母にやってしまったか、処分したと思っていた本がひょっこり出て来たので読んで驚いた。素晴らしい本なのだ。私が素晴らしいというのは、自分の世界観を揺さぶる本のことである。

 

 200ページほどの小ぶりで薄い本だが、彼女自身が撮ったテーマに沿った写真が各章ごと(全24章)に一葉収められていて、そのためにすべてがアート紙となっているので、見かけよりもずっしりしている。

 

 月刊誌に二年間にわたって掲載したものを編集したので24ヶ月、24章なのであるが、掲載したときの順番ではない。題名は『女人の京』だがそれは後半の12章で、前半は『やまとの女人』としてまとめられた12章、京ではなく奈良が舞台のものだ。万葉の時代から平安京に移るまでの奈良の時代を生きた女性たちが取りあげられている。

 

 人は時代に翻弄される。男は自らその時代に関わることもあるが、女性の多くはただ時代の波にもまれるだけである。そしてときに思わぬ汚名を着たまま歴史に名を残す。その時代を生きた女性がどのような立場で、どのような世界を見ていたのか、そして自分自身の運命をどう感じていたのか、それを岡部伊都子が想像し、幻視し、やさしくたおやかな文章で書き記してくれている。

 

 孝謙天皇(女帝)と弓削の道鏡についての章では、孝謙の母である光明子の大きな影(それはそのまま藤原氏の影である)があることを理解することで、初めて道鏡とはなんだったのかが分かった気がする。そして美化された光明皇后という存在の、実は巨大な影の部分を知ることで、歴史の背景がガラリと変わって見えてくるのだ。もちろん岡部伊都子が幻視した世界がそのまま真実かどうか分からないが、そういう見方もあるということを知ることが出来たのだ。

 

 この本にしたがって、奈良をそして京都をちがう視点から散策するのも面白いだろう。この本はそのまま紀行文でもある。
ポチッとよろしく!

トルコ旅行(16)昨日でも明日でもコンヤ

190910346

日が傾いた頃、ようやくコンヤに到着。これからメヴラーナ博物館とインジェミナーレ神学校を見学する。もうくたびれていてどこがどこやらごっちゃになってしまった。コンヤはメヴラーナという聖人が滞在していたことで聖地として宗教都市となっている。敬虔なイスラム教徒の金持ちはこのコンヤに住むことが多いという。

190910349

これが博物館だったと思う。

190910351

なかの装飾は素晴らしいが、ウズベキスタン以来見なれたものなので感激はいささか薄い。

190910352

コーラン。どうしてこんな文字が読めるのだろう。ところでふつうのトルコ人はほとんどイスラム教徒だがペルシャ文字を読むことは出来ないそうだ。

190910355

外に出たらライトアップされていた。

190910363

地下展示室でリアルなお人形に驚く。本物にしか見えない。本物だったのかもしれない。

190910365

建ち並ぶ尖塔がシルエットになりかけている。

190910367

メヴラーナが得意とした回転踊り。ただひたすら回転する。恍惚の境地に至るらしい。いまもこの踊りの踊り手がいる。えんえんと回転し続けるらしい。

190910369

青い塔が浮かび上がる。

190910370

ようやく見学を終えて駐車場に向かう。こちらに向かっているこの少年に私が笑いかけたのが悪いのか、このあとしつこく金をせびられる。ガイドのシムズさんに追い払ってもらった。トルコにもそういう少年がいるのだ。移民なのかもしれない。

スーパーがあるというので食事のあとに買い出しに出る。裏口の守衛の青年にスーパーをたずねると指さして教えてくれた。意外と遠くて、歩いて十分ほどの繁華街にあった。ところが・・・なんと酒類を置いていないではないか。さすが宗教都市コンヤ。

しかしそれであきらめる我々ではない。すみのほうの別の店を訪ね歩くと、ちゃんと冷えたビールと冷えていないワインが売られていた。このあと、このワインの栓を抜くためにちょっと汗をかいたけれど、コンヤの今夜も楽しい夜であった。

ポチッとよろしく!

 

2019年10月13日 (日)

トルコ旅行(15)湖水地方で昼食、ベイシャヒルで木造モスク見学

パムッカレから今夜の宿のコンヤに向かっている。コンヤは宗教都市。途中湖水地方を通過している。

190910305

湖水を望む高台にあるのはホテルか。

190910311

このかどにある店の屋外テラスで地元の人と一緒に昼食を摂る。あまり観光客が入らない店だという。スープ、サラダ、そしてトルコ風ピザをいただく。美味い。隣のトルコ人の健啖(大食い)で食べることの早いことに驚く。

190910315

湖の傍まで下りる。水は澄んで綺麗だ。魚も獲れるそうだ。

ここから湖水地方の一番東端のベイシェヒルと云うところに向かう。古い木造モスクがあるそうだ。

190910327

予定が遅れているのだが、ちょうど現地の人の葬式に重なり、ここでさらに30分ほど待たされる。女性は頭にかぶり物をして髪を隠さなければ入れない。イスラムのモスクではどこでもそうである。お祈りの声が朗々と聞こえてくる。

190910330

子どもはどこの国の子どもでもかわいい。

190910332

木がふんだんに使われている。木造のモスクは珍しいそうだ。そういえばウズベキスタンでも古都ヒヴァで木造のモスクを拝観したことがある。

190910333

祭壇はもちろんサウジアラビアにあるメッカの方向を向いている。

190910342

絨毯の横線は礼拝のときに並ぶ線となっている。ここは原則的に男性のみ。女性は別の場所で礼拝する。

遅くなった。一路コンヤに向かう。宗教都市のコンヤではビールを買い出しすることが出来るだろうか。

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(14)シルクロードをさらに東へ

パムッカレからシルクロードを東行する。トルコは東に向かって高くなる。最も高いのは聖書で有名なアララト山、標高5137メートル。

190910285

手前の平らなところは湖が干上がって出来た平原。わずかに水が残っていて魚も獲れるという。こんな場所がたくさんある。それと、走れど走れど川というものを横切ることがない。トルコは干上がりつつあるというのが強い印象であった。昨年行ったウズベキスタンのように、将来トルコは水で困るのではないかと感じる。

190910289

ドライブインでトイレ休憩。そこから道路を望む。トルコの車は右側通行。

190910296

こんな車を見るとキューバを思いだす。トルコではヒュンダイ(現代・韓国車)の車をよく見る。日本車は多くない。税金の関係で韓国車の2~3倍の価格になるそうだ。本当だろうか。

190910291

ドライブインの庭の草むらで子猫が戯れていた。無料が多いが、トルコも有料トイレがある。だいたい1.5トルコリラくらい。日本円で30円ほどか。細かいお金がなくてもお釣りがもらえる。

190910299

車窓に険しい岩山が増えてきた。

190910302

こんなトルコ国旗の描かれた山をすぎたら、一気に急な坂道を下りだした。昼食を摂る湖畔の街に下りていく。

190910304

湖畔の美しい街が見えてきた。

2019年10月12日 (土)

トルコ旅行(13)パムッカレの石灰棚

パムッカレの宿は温泉と温水プールを囲むように建てられたドーム式のホテルである。この地帯は五階までの建築制限であり、このホテルも五階建て。トルコはヨーロッパ式で一階はL階がふつうで、日本の二階が一階となる。しかしこのホテルはフロントのある階が三階で、地下二階地上三階になっていて、L階はない。そして地下二階が温水プール、三階の地階が温泉である。水着を着けての混浴であり、私は水着を持参しなかったので、温泉には入らなかった。忘れたのではなく、持っていかなかったのである。

翌朝パムッカレの石灰棚を見に行く。

190910250

パムッカレの街を見下ろしながら石灰棚の上から見下ろす。昔はこのすべてに石灰成分を多量に含む温水が流れ下ってこの奇観をつくったのだが、残念なことに温水が減りつつあるようだ。

190910244

靴を脱いで裾をまくり石灰棚を降りていく。人が多くて汚れが蓄積している。水は30℃から35℃くらいの温水。場所により温度がちがう。このときは中国人や韓国人が多かった。

190910252

水着でプール状になったところに入ろうという猛者もいる。

190910260

対岸に回ってからの写真。人が見えるあたりを歩いていたのだ。

190910265

ここに温水が流れ下ってこの形状をつくったのだが、いまは温水が流れていない。

190910259

このような景観が見下ろせる。

190910274

すこし離れた別のエリアまで行くとこのような景観を見ることが出来た。このように水が満ちていたはずなのである。

190910277

石灰棚のすぐ横にこのような遺跡がある。古代の温泉場だったようだ。

190910280

そこから歩いて行ける場所に現代の温泉場がある。古代都市温泉と称する。温泉の人たちの足元には古代遺跡がゴロゴロと転がっている。水はまことに澄んで美しい。

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(12)エフェソスからパムッカレへ、シルクロードを行く

トルコの西の、エーゲ海に面したエフェソスから東へ走る。内陸部のパムッカレに向かう。トルコは火山国であり、日本と同じように地震が多い。つい先日もイズミールの近くて中程度の地震があったばかりだという。このパムッカレ、そしてさらに東にある今回最も訪ねたいと思っていたカッパドキアにかけての道はまさにシルクロードである。駱駝を連ねた隊商が古代からこの道を行き来していたのである。

パムッカレには温泉がある。泊まる宿には温泉と温水プールがあるという。

190910208

車窓から気球を見る。気球は眼を惹く。

190910213

なんだろうと思ったら公衆電話のようである。こういう車窓の様子は見飽きないので、車内のほとんどが眠っていても私はずっと外を見ている。

190910224

パムッカレに近くなって、とつぜんこんなものが目に飛び込んできたりする。ここにも古代都市があったのだ。

190910228

ここにも気球が。実は二日後に行くカッパドキアでは気球に乗るのが目的で来る観光客が多い。中国人などはほとんどそうだという。だから一月前に予約しても予約が取れないこともあるほど混んでいる。今回の我々のツアーには気球はオプションに入っていなかった。しかし現地ガイドのシムズさんにはつてがあり、確実ではないが、無理を頼めば借り切りで予約が取れるかもしれないという。24人のツアーだが、それなら行く、と云う人がなんと20人もいた。私ももちろん手を上げた。他の二人も追随する。旅行会社としては何年か前に事故があったこともあり、このシムズさんの提案には関与しない。だから旅行会社として事故の保証はないという旨の書類にサインさせられた。

予約は取れたのか?その結果はあとのお楽しみ。

190910234

これがパムッカレのハイライトの石灰棚。これだけでは分かりにくいが翌日ここを歩いたのでその写真は次回に。

 

ポチッとよろしく!

2019年10月11日 (金)

トルコ旅行(11)エフェソスからパムッカレへ

むかしは観光地でやたらに写真を撮りまくるのは日本人ときまっていた。これは現地ガイドのシムズさんもそういっていた。

190910155

しかしいまはだれもがスマホで簡単に綺麗な写真が撮れるので、世界中の人がこのように写真を撮りまくる。ただし、私のようにファインダーから覗いて写真を撮る人は珍しい。私は液晶で撮ることが苦手なので、写真を頼まれるとちょっと困るが、一眼レフをぶらさげているのでよく頼まれてしまう。たまに同じように一眼レフをぶら下げているひとに出会うと互いに「おぬし、やるな」と眼で挨拶する。同時に相手のカメラを値踏みする。

190910205

トルコの列車が通ったのでバスの車窓からなんとか撮ることが出来た。確かではないが、トルコは狭軌のように見えた。

190910169

EFESという文字にはとてもなじんだ。そもそもはエフェソスのことであるが、トルコで一番一般的なビールはこのEFESと云うブランドなのである。瓶も缶も生も黒もある。美味しい。たぶんここは直営店なのであろう。

190910170_20191008195201

これも車窓から。木陰は涼しいし、風が通り抜けてとても快適なのである。こういうところで食事をするのも楽しいだろう。

190910231_20191008201301

くつろいでますな、と声をかけたら、にぁあ、と返事があった。

ポチッとよろしく!

不調が続いているが・・・

 喉の痛みと咳が続いていて、微熱もあり、寝たり起きたりして体調の回復を待っている。体調が悪いと精神的にも落ちこんでしまい、何もかもにたいして投げやりになってくる。

 

 そういえば最近は好奇心と感動する心が著しく低下している。私にとってこれは生きる気力の低下につながるものである。生きている意味は好奇心の発動とさまざまな事への感動だと考えているからだ。それを励起させるためにも旅に出かけるのだが、十年前と比べても心に響くものが少なくなっている気がする。

 

 それがそのまま身体の不調につながっていて、さらに体調低下が気力の低下につながり・・・と、悪循環に入りつつある。どこかで歯止めをしないとまずいなあ、などと横になってぼんやり考えている。

 

 どうしてもこれがやりたい、これが欲しい、やり残しているものがある、と云うものが思いつかない。まだ人生のあがりがきたわけでもないのに。
ポチッとよろしく!

トルコ旅行(10)エフェソス美術館

歩き疲れ暑さに喉もかわいた頃昼食。マッシュルームのチーズ焼き、ビーフの串焼きなどでビールを飲む。

吐息入れたところでエフェソス考古博物館の見学をした。ここには古代都市跡からの大理石像などが展示されている。現地にあるのはレプリカで、ここにあるのが本物である。一つひとつのキャプションなしで主なもの(と云うよりなんとか写真になったもの)をご覧いただく。

190910172

190910177

190910178

190910179

190910180

190910187

190910189_20191008160501

190910191

190910193

190910197

190910201

 

ポチッとよろしく!

2019年10月10日 (木)

トルコ旅行(9)競技場とシルクロード

図書館の遺構の先に娼館跡があるが、特に写真を撮るほどのものでもなかったので、写真はない。ただ、図書館と娼館の間に地下通路があったと聞いて面白く感じた。図書館には大っぴらに行ける。そこからこっそり娼館に行ける、というのは男にはうれしいではないか。

190910158

なんということのない写真に見える。ここに削られた穴があるのに注目。ここには美事な彫刻があったはずだという。十字軍が、お土産に剥ぎ取っていったものらしい。

190910162

大競技場の跡。山の斜面に観客席がつくられている。剣闘士の戦いや、剣闘士と猛獣との戦いをみんなで眺めた場所。二万六千人入ったというからすごい。全体を写すのは無理。

190910164

すこし離れたところから全体を写してみる。

190910159

市場の跡。シルクロードの隊商がここで交易を行った。ここはエフェソスの港が近く、ここから船でギリシアやローマへ荷物が運ばれた。もちろんコンスタンチノープルからボスポラス海峡を渡り、ギリシャへ行く道もある。ギリシアは近い。トルコもシルクロードの通り道なのだ。

190910163

交易所横の道、直進するとエーゲ海に開けた港が近かった。いまはすこし離れたが。

190910168

トルコは現在も土葬である。国の法律で火葬は禁じられているそうだ。これは土葬の際の石棺。この形はギリシア式。他にもいくつか形があるそうだ。これは昔の貴族などの石棺を掘りだしたもの。

 

ポチッとよろしく!

ダウンしている

いま横になっている。

二日ほど前、うたた寝したあと喉が痛くなった。食べものや、つばが飲み込めないというほどではない。

風邪の前兆かと思ったが、熱もないので通常に生活していた。昨日は娘のどん姫がトルコ旅行の話を聞きにやって来た。ときどき咳が出るようになって、痰をともなう。私は痰が出ることはあまりないから気持ちが悪い。夕方どん姫が「早く寝るように、また来る」と云って旦那のところへ帰ってから、なんだか熱っぽいような気分になったのでどん姫の言う通り、早めに就寝した。

今朝はさらに喉の痛みがひどくなり、痰もとまらない。だから温かくして横になっている。

しかし明日午後くらいから台風の影響で雨風がひどくなりそうだから、スーパーへ買い物に行きにくくなる。多少の食べものの貯えはあるが、何か買い出しに行かねば・・・と横になったまま思案している。

 

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(8)紀元前の時代の図書館の遺構を観る

イスタンブールがコンスタンチノープルと呼ばれていた時代に図書館が作られていて蔵書が何万冊もあったというのがおどろきである。映画『薔薇の名前』はヨーロッパの13~14世紀頃が舞台だが、そのときの修道院の図書館を思いだしていた。むかしは識字率も極めて低くて、本を読めるのは一部特殊階層の人だけだったはずである。歴史、特に世界史が苦手で、ヒッタイトの時代とかヘレニズムの時代とかオスマントルコの時代とかいわれても、たちまち何世紀頃、と云う風に頭に浮かばないのが口惜しい。

190910134

図書館入り口の近くまで来た。トルコにこのようなギリシア建築風の建物が多く残されていることは知っていたが、目の当たりにすると夢のような心地がする。

190910143

真下に立つ。中に入っても、本はもちろん、なにもない。

190910149

上を見上げる。嘘みたいに澄んだ青空。日差しが眩しい。

190910145

神像。

190910147

同じく神像。イスラム化してからの破壊か自然の劣化か。大理石は簡単に劣化しないが千年単位なら分からない。日本の古寺で日本人が仏像を観るように西洋の人はこのような神像を観ているのだろうか。

190910150

歴史の厚みに頭がクラクラする。

190910130

おまけ。猫には現在だけがあって歴史など関係ない。

 

ポチッとよろしく!

2019年10月 9日 (水)

トルコ旅行(7)レリーフとトイレ

190910113

レリーフを見ているとさまざまな絵物語になっていることが分かる。

190910114

これらは紀元前のギリシア時代のもの。まだイスラム教もなかったしキリスト教もなかった。

190910117

何が描かれているのだろう。

190910115

メデューサだったと思うが確かではない。

190910123

公衆トイレ。すっぽりとした巻頭衣のようなものなら別に尻をみせずに用を足せたのかもしれない。隣どおし談笑しながら用を足したのだろうか。中国の公衆トイレで同じような経験をした。ただし中国では尻が丸出しだが。

19091099

ついに目の前に絶景が。

190910126

自由行動の目印となった石榴の木。だれも盗らない。この木の下が数少ない日陰なのである。

19091093

おまけ。

 

ポチッとよろしく!

表現の不自由展

 名古屋で行われている芸術展、愛知トリエンナーレに、表現の不自由展というコーナーが設置されたが、その展示物に天皇陛下を誹謗するものや、いわゆる従軍慰安婦を象徴する韓国の慰安婦像が展示されたことで激しい妨害が行われ、展示が中止に追い込まれていたが、芸術家と主催者である愛知県との間で合意があって昨日再開された。

 

 展示に賛成する人がいてもそれに反対する人がいても私はかまわないと思うが、私は公的な芸術祭にこのような政治的なものを持ち込んで主張するのには反対である。公的なものは不自由なのが当然なのであって、それでは表題にかかげた「不自由」が泣くではないか、などと皮肉をいってもはじまらない。もしこのようなものが認められるなら、天皇礼賛や戦争美化、韓国に対するヘイトも展示が認められることにならないか。そのときにこの不自由展を賛美する人はそれを許せるのか。これは是でこれは非ではおかしくないか。その不自由はとうぜんなのか。

 

 もちろんこれは屁理屈である。正義の名のもとに芸術を主張すると、しばしばそのような隘路に陥る。そこに常識的な節度があるべきで、それをわきまえるのが大人というものだろう。そういう意味で大村愛知県知事には失望した。

 

 京都からわざわざやって来た、と胸を張る女性もいたりして、私だけが正しい、と云うような人がどういう人か、それをこの展示に賛同する人たちのなかに見ることが出来た。しかし再開初日の昨日の展示入場希望者が700人だったことになんとなくほっとした。入場は一回30人で、二回だけ、だから倍率が高かったことばかりが強調して報道されていたが、こういうものをぜひ観たいという人がほとんどいなかったということであって、たぶん今日以降は自分も見に行こうという人が増えるとは思うが、何ほどのこともなさそうだ。

 

 見て来たということを人に自慢したいだけの人が増えるだけだろう。それだけ日本はまだ健全な気がする。いやいや日本は不健全だ、という人は自分以外の大多数の日本人が不健全だといっていることになるのである。別にいいけど。
ポチッとよろしく!

2019年10月 8日 (火)

トルコ旅行(6)クレテス通りをくだる

19091078

大理石の敷石の坂道を下っていく。この道の両側に商店などが並んでいた。

19091080

嬉しいことにトルコでは猫がそこら中にいて可愛がられている。この猫は姿がいい。

19091082

こういうレリーフが次第に増えてくる。主要なものは劣化を防ぐため博物館に収められていて、多くがレプリカである。

19091084

女神ニケの像。NIKEはこの女神ニケに由来する。

19091095

中心部に近くなるとこの人混みである。

19091098

無造作に石像が立っている。

190910100

ついにメインのケルスス図書館が見えてきた。

 

ポチッとよろしく!

たいしたことがあったようななかったような

 海外に行ったときにはほとんどニュースに接しない。大きなホテルならNHKの海外放送を見ることが出来るが、英語なのでアメリカやイギリスの放送局と同様、よく分からないので、口コミで大きなニュースがあったことを聞いたときくらいしか見ない。それにこんな番組で日本のPRになっているのか、誤解を助長して逆効果ではないか、と云う酷いものがあったりする。私の勘違いだろうか。もしかすると海外の日本に対する意識を基準にしているからそうなっているのかもしれない。もっと日本の基準で主張したほうがいいと思うのだけれど。

 

 今回のトルコ滞在中のビッグニュースは、ラグビーワールドカップで日本がイングランドに勝ったことか。ほかにもさまざまにニュースがあったのだろうが、帰ってから特に浦島太郎になることもなかったので、たいしたニュースはなかったということだろう。

 

 BSフジのプライムニュースをすべて録画しておいたので、早回しで観た。韓国の話題、米朝会談などの話題などが面白かった。相変わらず野党と与党の舌戦はつまらないのですこし観ただけで消去した。番組の合間にその日のニュースが入るので、それでニュース情報は十分である。

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(5)エフェソスの古代遺跡に入る

19091051

エフェソスの古代都市入場口から遺跡跡に入る。気温は30℃以下なのだが、日差しを遮るものがないので暑い。ここは夏、40℃になることもあるという。真夏でなくてよかった。

入り口付近はまだ整備もされておらず、瓦礫の山に見える。トルコは遺跡の宝庫だが、考古学者が少ないので手が回らないそうだ。

19091054

エフェソスはもともとエーゲ海に面していた。土地が隆起して次第に海岸から離れていき、ある程度の時期になると再び海岸近くに都市が移されるということを繰り返したようだ。建造物の素材は主に大理石。新しい都市にもとの都市の石が使われたりして古いところは埋まったまま放置されたりした。

19091058

写真よりも実際の観光客は多い。

19091059

オレンジ色のものは当時の水道管。上下水道が完備されていた。

19091062

劇場跡。観客席は山の勾配を利用してつくられている。演奏会や演劇が行われていた。夏の暑さや冬の寒さを考えると、たぶん屋根があったのだろうという。

19091065

ここが時空を超える入り口か。この先は多少整備されたクレタス通りで、むかしは両側に商店などが櫛比していたのだろうという。

 

ポチッとよろしく!

2019年10月 7日 (月)

トルコ旅行(4)聖母マリアの家

19091043

聖母マリアの消息はながく不明だったが、18世紀末にある尼僧がエフェソス郊外の山上のここを預言したという。預言の通りの場所に預言通りの家があった。聖母マリアは十二使徒のひとり、聖ヨハネに伴われてこの地に至ったとされる。

19091041

たくさんの人で混む聖母マリアの家。礼拝するとろうそくをもらえる。これでもいつもよりすいているという。内部は撮影不可。

19091042

喜捨として寄付をし、ろうそくに火をともして供える。

こちらはキリスト教徒ではないのでろうそくをもらわなかった。 

19091038

なんだか分かりにくいが、洗礼の場所だったところ。むかしは山から水が引かれていたという。よく見るとその水の出た穴がある。

19091035

こんなものについ目がいってしまう。

19091036

これこそいかにものキリスト生誕の様子らしいが、説明書きが読めないので分からない。

19091045

周辺にはこのオリーブの木がたくさんある。よく見ると小さな実がついている。イタリアなどの地中海のオリーブよりも実がずっと小さいが、エキストラバージンオイルとしては最も上質なものが取れるそうだ。

19091044

右手にはなんだか分からないものが無数に結ばれている。参拝のしるしなのだろう。

前を行くふたりがYさんとF君。日差しは暑いが日陰は風がさわやかで気持ちが好い。

このあとようやくエフェソスの古代都市遺跡を見に行く。本格的な観光の始まりだ。

 

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(3)

 ツアーの海外旅行に行くと、「女性は強い」、と心底思う。日本と同様、またはそれ以上に女性トイレが行列になって大変なのである。それなのに手際よく時間に間に合わせるし、食事も健啖である。途中でへたばるのはほとんど男性である(私もその口)。女性は本当に強いし、好奇心も旺盛である。

 

 夫婦で参加する人も多いが、たいてい女性がリードしている。旦那を立てながら、結果的にリードするのは嫁さんであることは日本でいつも見られる光景だ。そしてそのような夫婦はとても仲がよく見える。ときどき旦那を露骨に叱責したり、おかしなわがままを言ったり、金のことばかり言う女性を見ると目を背けたくなる。どうして旦那が一緒にいられるのか分からない。多くの日本の女性の賢さと強さは日本の美徳だと思う。日本は女性が虐げられている、などとおかしな評価を世界からされるが、それは日本の実態を知らないゆえの評価だろう。特に西洋人にはそれを理解することが出来ないようだ。その海外の評価にことさらに同調するマスコミは愚かだと思う。それを真に受けるのも同様。

 

朝、国内線でイスタンブールからイズミールと云う街に飛ぶ。現地ガイドのシェフムス(私にはシムスさんと聞こえたのでそう呼んでいた)は、イズミールは美人の多い街として有名だと言う。しかしイズミールの空港からすぐにバスでエーゲ海に面した古代都市のあったエフェソスに向かったので、残念ながら美人たちにはお目にかかれなかった。

 

190910-19

 

車窓風景。あまり高密度で樹木におおわれていない岩山が続く。

 

190910-20

 

こんな景色の連続である。

 

190910-22

 

山上に昔の要塞らしきものが見えた。あとできいたらその通り、エフェソスの要塞だったという。

190910-25

これも要塞のようである。

190910-30

バスは岩山の急坂を登り始める。古代都市の前に聖母マリアの家に行くのだという。イエス・キリストが死んでから(復活したが)マリアはこの地で余生を送ったといわれ、キリスト教徒にとっての聖地のひとつとなっているのである。

190910-32

坂の途中にあった死の都の廃墟。墓がたくさんあった場所ということらしいが朽ちるに任されている。

ここからもう少し登ると聖母マリアの家に至る。

ポチッとよろしく!

2019年10月 6日 (日)

トルコ旅行(2)

トルコに一度は行って見たいと思っていた。大げさにいえば東洋と西洋が交わるところであり、その多様性が興味深いのだ。

 

しかしそういう思いが高まる度に中東がきな臭くなる。今回もイランとサウジアラビアでなにかが起きればトルコも中継地であるUAEも大きな影響を受けるのは必至である。何しろトルコはシリアやイランと国境を接している。イスタンブールはシリア人などの難民が急増している。安全な国として知られるトルコも、都市部での治安が少々あやしくなっている。それに敏感に反応して、日本からの観光客もひところよりもずっと減っていたのだが、最近回復しつつあるそうだ。来年からは関空からの直行便も復活するらしい。

 

今回の旅の印象では、トルコ人は性格がおだやかで人なつっこく、やさしい。よくいわれることだが、特に日本人に対しては別格の思いがあるのを感じた。日本人の団体であることで優遇されることがしばしばあった。中国人観光客は世界中の観光地同様、やはりとても多いのだが、時間にルーズだったり、わがままな苦情が多かったりしてあまり印象はよくないようだ。これは現地ガイドからの話なので、日本人である我々への若干のリップサービスがあるかもしれない。

 

今回のトルコ旅行はとにかく「行ってよかった」、と云う言葉につきる。だからもし行きたいと思っているならぜひ行くことをおすすめする。おいおいトルコの印象については書くことになると思う。

 

トルコの第一日目は夕方早くにイスタンブールのホテルに直行。夕食もホテルで食べた。キョフテという挽肉のミートボール(丸くなくて小判型のハンバーグのようなもの)がメインディッシュ。美味しい。デザートのケーキが超甘い。

 

190910-9

 

ホテルの窓からの景色。高層階だったので窓が開かないのが残念。

 

190910-15

 

トルコは黒海、マルマラ海、エーゲ海、地中海に囲まれている。望遠でズームしてみるとそのマルマラ海が見えた。

 

190910-16_20191006165801

 

こういうカーブした道は魅力的である。

 

190910-14

 

その手前をアップするとモスクが見える。ここから一日五回のアザーンというイスラムのコーランの詠唱が聞こえる。

 

190910-17_20191006165801

 

同じ場所の夜景。部屋の灯りを消さなかったので写りこみが多く、見にくくて申し訳ない。このあといつもの三人で買い出しに行き、ビールとワインとつまみのナッツを購入、部屋で盛り上がった。翌朝は朝の飛行機で移動なので五時半集合である。イスタンブールはひとまわりしたあとにゆっくり観光するので今回はお預け。

ポチッとよろしく!

トルコ旅行(1)

先月26日(木)から昨日5日(土)まで、八泊十日のトルコ旅行に行っていた。関空出発、UAEのドバイ経由なので機中泊がある。

 

昨日夕方に無事関空到着、往きも帰りも航空会社(エミレーツ航空)手配の名古屋駅-関空の専用バスを予約していたこと、そしてスーツケースは宅急便で自宅引き取り、帰りは自宅へ配送を頼んだのでまことに楽である。

 

しかしトルコは遠い。往きは関空からドバイまで、11時間あまり、そして乗り継いでイスタンブールまで四時間半、その上乗り継ぎ待ち時間が五時間以上もあって大変なのである。

 

190910-1

 

ドバイの乗り継ぎを待ってぼんやり眺めていた待合室の様子。

 

190910-2

 

もちろん待つ時間の間にいつものように仲間とビールをいただく。イスラム国でもビールは飲める。ただ、飲める場所は一番奥まったところ。エミレーツ航空はその場末からの出発なので丁度いいのだ。なんとこのビールは一杯1500円以上する。量はたっぷりあって注ぎ方も上手なのでとても美味いし満足感がある。お釣りを現地通貨でもらっても困るので、カード支払い。

 

エコノミー症候群になりかけの状態でイスタンブールに到着。翌朝は早朝五時半の出発で国内便でイズミールというところへ向かい、そこからエフェソスという古代都市等を見に行く。

 

190910-4

 

まだ写真を整理していないので、とりあえず旧市街からの初めて撮ったイスタンブールの印象写真を。イスタンブールは最後にまた戻って足かけ三日、とことん堪能するが、このときは泊まりだけ。ホテルの窓からの景色などは次回に。

ポチッとよろしく!

2019年10月 5日 (土)

映画寸評(13)

「ザ・マークスマン」2005年アメリカ
ピンポイントの空爆のための誘導装置をターゲットに設置する特殊部隊員達の活躍を描く。もちろん最も凄腕はウェズリー・スナイプス演じる主人公である。すでに廃炉になっているチェチェンの原子力発電所がテロリストたちに占拠される。そこに北朝鮮から原子力燃料が送り込まれて再稼働させ、プルトニウムがつくられる恐れがあるとの情報がロシアからアメリカにもたらされる。それを阻止するためにそのは色を事前に破壊する作戦が進められル。しかもその廃炉にするための作業に赴いたアメリカ人技術者が捕虜になっていて、その救出も行わなければならない。

 

 作戦は着々と進められていく。捕虜七人のうち五人は殺されていたが、二人だけ救出し、作戦は成功裏に終わったかに見えたとき、あまりに簡単に事が進んでいることに疑念を抱いた主人公がその真相に気付く。すべてロシア側のある将軍の策謀だったのだ。すでに誘導装置は設置してしまって、攻撃機は飛び立ったあとである。最悪の事態をどう打開するのか。
ポチッとよろしく!

2019年10月 4日 (金)

映画寸評(12)

「ウェズリー・スナイプス ハード・ラック」2005年アメリカ
 ハード・ラックという題名の意味が最後の方でようやく納得できる。凄腕のギャングだった男が刑務所の慰問官の女性に恋して改心し、出所してからついに彼女の心を射止めて完全に更生するのだが、その女性に死なれて生きがいをなくす。その心のスキをつまらないチンピラのような男につけ込まれてちょっとした用心棒的な仕事を引き受けるのだが、それがじつはとても危ない仕事だった。そのチンピラは殺され、修羅場を逃げ出した主人公が、ラテン系の女性を道連れに逃避行を続け、絶体絶命の危機を何度もくぐり抜けることになる。

 

 映画では、それに並行して異常な猟奇的殺人犯の話が進んでいく。全く無関係なこの二つの物語が最後にクロスして、逃避行を続ける二人はすさまじい結末へ突っ込んでいくことになる。最後は「ハード・ラック」である。猟奇殺人犯は二人組で、あまりにえげつないので気持ち悪い。
ポチッとよろしく!

2019年10月 3日 (木)

映画寸評(11)

 WOWOWでウェズリースナイプスの特集をやっていて、『ブレイド』シリーズ以外の五作品を観た。ウェズリー・スナイプスの出演作品はずいぶん観ている。切れのいいアクション、じっと見つめる感情のないクールな眼、すぐにその魅力にはまって大好きな俳優のひとりになった。彼の魅力はなんといってもあの眼だろう。

 

「ウェズリー・スナイプス ザ・シューター」2007年アメリカ・イギリス・ブルガリア
 すでにリタイアしている、もとCIAのスナイパーの主人公が、昔の上司の依頼で因縁のあるテロの首謀者の暗殺の依頼を引き受ける。しかし実はそれは罠だった、と云うストーリーは、いくつもの映画ですでに作品になっているものが多い。その罠から逃げて反撃するというストーリーは何度観ても面白い。この場合その罠によって主人公は重傷を負い、絶体絶命となった彼を思春期に入ったばかりの少女が助けるという展開が、屈折した心情を持つその少女の賢さに助けられてとてもおもしろいものになっている。

 

 スナイパーの物語は小説や映画で山のように読んだり観たりしているが、どれも面白かった。この映画もその一つに加えてもいいか。
ポチッとよろしく!

2019年10月 2日 (水)

会田雄次『日本人の忘れもの』(PHP研究所)

Dsc_1489

 会田雄次といえば、名著『アーロン収容所』で知られた文明評論家で、京都大学名誉教授。半可通の私の認識では、『アーロン収容所』という本は、あの歴史学者のシュペングラーの『西洋の没落』と同じことが書かれていると思っている。とはいえ『西洋の没落』は難解大部の著作なのでもちろん読んでいない。さまざまなひとの引用解説を読んでの上の知見しかない。

 

 世界は、特に日本は世界史についての認識の基準をヨーロッパの歴史認識に置いている。そのことを日本の歴史学者達は当然だと考えていて、それに疑問を持たない。疑問を持った瞬間に自分の立ち位置が瓦解すると恐れているのだ。つまり自分の頭で考えないことに馴れすぎて、そうでない歴史の見方を受け入れることが出来ないといっていい。

 

『西洋の没落』という本は、そのようなヨーロッパ中心の思考を根底から見直すことを求めた本なのである。その話は、私がお粗末な知識しかないからこれ以上展開するのは無理なのだが、固定観念を打破するものの見方を提供してくれる本らしい。そのような敬服すべき論陣を張る先人のひとりが会田雄次であると私は考えている。

 

 この本は、実は『表の論理・裏の論理』(1977)、『逆説の論理』(1985)、『日本人の忘れもの』(1972)と云う会田雄次の三冊の本のエッセンスを編集し直して一冊にまとめた本である。出版は1994年。書かれた時代は古いのに、書かれている内容は今現在読んでも全く古くない。いままさにある日本の状況についてかかれているといっても違和感がないのである。すぐれた日本論、日本人論として読むことが出来る。いまの若者こそ、このような本で新しい視点を獲得してもらいたいものだと思うが、はたして出あう機会はあるのだろうか。
ポチッとよろしく!

2019年10月 1日 (火)

宮本輝『いのちの姿』(集英社)

Dsc_1488

 宮本輝は私の三歳年上、昭和22年(1947年)生まれである。いわゆる団塊の世代は1947年から1950年生まれをいうらしい。しかし団塊の世代と一括りにしているけれど、その年代の私の実感と経験から見て、その年ごとの性格傾向の違いは極めて大きい。昭和22年生まれは激しい人が多かった。もちろんすべてがそうだというわけではない。23年生まれ以降はそれと比べるとはるかにおとなしい。

 

 それはそういう時代という激しい環境があったからと云うことでもあろうか。とはいえそのおとなしい23年24年、25年生まれから見てさえ、それ以降の若者のおとなしさ、クレバーさは信じられないほどであるから、逆に彼らから見れば団塊の世代の多くは激しく見えるかもしれない。

 

 その宮本輝の生い立ちから作家として独り立ちするまで、そして生活が安定するまでは、あたりまえとはほど遠い強烈としか言えない日々が積み重ねられている。浮き沈みの激しい父親の生き方のとばっちりもあったし、自分の病もあった。それらを通してのぞきこみはまり込みかけたどん底から世の中の人々を凝視し続けた。そこからしぼり出すように書かれたエッセイがこの本である。読めばこちらの心が揺さぶられるのは間違いない。

 

 宮本輝は大好きな作家で、ひところは出版された本は出るはしから購入して読了した。多くを処分したのは残念だが、忘れられない本もたくさんある。生きることを励まされることの多い本を書く作家なので、女性には特にお勧めしたい。何を読んでも外れはないから大丈夫。私は『錦繍』という作品が特に好きだ。
ポチッとよろしく!

« 2019年9月 | トップページ | 2019年11月 »

2024年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 住まい・インテリア
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ

ウェブページ