立川昭二『年をとって、初めてわかること』(新潮選書)
文学評論集だが、老人をテーマにしている。小説ばかりではなく、詩や俳句、和歌もたくさん収められている。年をとれば誰でも容色が衰え、身体は不自由になり、病気になることも多い。生老病死の苦の多くが老化とともに襲ってくる。そう考えれば老いはどうしても悲観的に捉えがちである。
それをあるがままに受け入れて、どうしたら前向きに生きる生き方を生きられるか、それを考えるためのヒントがふんだんに盛り込まれている。ただし老醜のなかの、目を背けたくなる部分をまず直視して、それを乗り越えなければならない。年寄りというのは欲望に恬淡であるとは限らない。却ってさまざまな欲望がむき出しになって、それを自制することが困難になる場合も多いものである。それが作家自身の実感をデフォルメしたかたちで作品に表現されたものがたくさん紹介されている。
特に性的なものが繰り返し紹介されている。機能的には衰えても、性的な欲望はときに昂進することもあるのは、私も実感するところなので身につまされる。性的なことと云うのは生命そのものでもあるから、生命の終わりにそれにこだわるのはある意味で当然なのかも知れない。
それはそれとして、老いがつらく苦しく寂しいものばかりであるように思われるかも知れないが、そうではない。ある意味で気楽で案外楽しいものであることも老人になってはじめて実感するものである。それは世の中や自然が年とともによく見えるようになるからである。知らなかったことを知り、解らなかったことが解るようになる。そのたのしみは年をとって初めてわかることである。小さなこどもとの心の交流も老人の能力であり、楽しみでもあるだろう。
ほかに介護や看取りについてもさまざまな作品が取りあげられている。それらは作者の実体験にもとづくものがほとんどだから、その覚悟、その苦労に対する対処、生きざまには勇気づけられる。
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