『一葉の墓』(『鏡花随筆集』より)
門前に焼団子売る茶店も淋う、川の水も静に、夏は葉柳の茂れる中に、俥、時としては馬車の差置かれたるも、此処ばかりは物寂びたり。樒(しきみ)線香など商ふ家なる、若き女房の姿美しきも、思いなしかあはれなり。或時は藤の花盛なりき。或時は墓に淡雪かかれり。然(さ)る折は汲み来(きた)る閼伽桶(あかおけ)の手向(たむけ)の水も見る見る凍るかとぞ身に沁むなる。亡き樋口一葉が墓は築地本願寺にあり。彼処のあたりに、次手(ついで)あるよりよりに、予(われ)行きて詣づることあり。
寺号多く、寺々に附属の卵塔場(らんとうば・墓場のこと)少なからざれば、初めて行きし時は、寺内なる直参堂といふにて聞きぬ。同一(おなじ)心にて、又異なる墓たづぬるも多しと覚しく、その直参堂には、肩衣かけたる翁、頭(つむり)も刷立のうら若き僧、白木の机に相対して帳面を控え居り、訪ふ人には教えくるる。
花屋もまた持場ありと見ゆ。直参堂附属の墓に詣づるものの仕度するは、裏門を出でて右手の方、墓地に赴く細道の角なる店なり。藤の棚庭にあり。
声懸くれば女房立出でて、いかなるをと問ふ。桶にはささやかなると、稍(やや)葉の密(こまや)かなると区別して並べ置く、なかんづくその大(おおい)なるをとて求むるも、あはれ、亡き人の為には何かせむ。
線香をともに買ひ、此処にて口火を点じたり。両の手に提げて出づれば、素跣足(すはだし)の小童、遠くより認めてちよこちよこと駈け来り、前に立ちて案内しつつ、やがて浅き井戸の水を汲み来る。さて、小さき手して、かひがひしく碑(しるし)を清め、花立を洗ひ、台石に注ぎ果つ。冬といはず春といはず、それもこれも樒の葉残らず乾(から)びて横に倒れ、斜になり、仰向けにしをれて見る影もあらず、月夜に葛の葉の裏見る心地す。
目立たざる碑(いしぶみ)に、先祖代々と正面に記して、横に、智相院釈妙葉信女と刻みたるが、亡き人のその名なりとぞ。
唯視(とみ)たるのみ、別にいふべき言葉もなし。さりながら青苔の下に霊なきにしもあらずと覚ゆ。余りはかなげなれば、ふり返る彼方の墓に、美しき小提灯の灯(ひとも)したるがそなえありて、その薄暗がりしかなたに、蠟燭のまたたく見えて、見好げなれば、いざ然るものあらばとて、この辺に売る家ありやと、傍なる小童に尋ねしに、無し、あれなるは特に下町辺の者の何処かよりか持て来りて、手向けて、今しがた帰りし、と謂いぬ。去年(こぞ)の秋のはじめなりき。記すもよしなき事かな、漫歩(そぞろある)きのすさみなるを。
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