野上彌生子『明月』
野上彌生子(1885-1985)は100歳まであと37日で亡くなった。長命と言って良い。この小説は1942年つまり太平洋戦争中に発表された。彼女の出身は九州の臼杵の造り酒屋で、母が中心になってその酒蔵を守っていた。その母の危篤の報せを受けて彼女が東京から駆けつけるところからこの短篇は始まる。ほぼ実話のようである。
心臓の持病で倒れた母の病状は一進一退を繰り返す。さいわい多少持ち直したため、よんどころない用事のために彼女はいったん東京へ帰るのだが、再度危篤の電報を受ける。母は彼女の来るのを待ち望んでいたが臨終には間に合わない。葬儀でのさまざまな懐かしい人たちとの邂逅、田舎のしきたりに則った葬儀の様子が淡々と描かれていく。
そこには野上彌生子の母に対するさまざまな思いが、あからさまではなく控え目に語られていて、それが却ってこちらの胸に響く。最後に持参した、ほとんど灰ばかりの母の分骨を別荘の庭に埋め、見上げた空には明月がかかっていた。
野上彌生子といえば代表作は『秀吉と利休』で、この全集にもそれがおさめられているものの、かなりの長編であり、読むのに幾日かかかりそうなので、短い『明月』を選んで読んだ。女性らしい、繊細でいながらどこか強い芯を感じさせる文章は、同時にとても品がある。
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