ルーツ
いま『江藤淳コレクション』全四巻を少しずつ読み進めていて、すでに第一巻と第四巻は読了して、このブログでも紹介している。いま第二巻(エセー)を読んでいる途中だ。最初の三分の一ほどが『一族再会』という表題で、「母」、「祖母(父方)」、そして「祖父(母方)」について詳述されている。特に祖母と祖父についてはその生まれた土地の歴史から説き起こされていて、明治という時代が複層的に語られて個人史を超えたものとなっている。
江藤淳は幼くして母を亡くしているので、母の思い出は少ない。それは母が結核という病であったために、祖父母にあずけられて身近に接することができなかったからでもある。そのことがかえって母というものにたいして強い憧憬を形成した。彼が愛妻を失い、自らも大病のあと一年後に自死したのは、妻に母を重ねて幻視していたからだと感じたりする。そもそも江藤淳は自死とは最も縁のない人であると思えるのだから。
その彼の母は、女学生時代は活発で明るい健康な女性だったと母の級友から聞いている。若くして嫁ぐような人とは思わなかったとも聞く。その母が海軍軍人の家に嫁ぎ、姑である祖母とどう折り合いをつけたのか、どんな葛藤があったのか。江藤淳は祖母を母以上に識る。その祖母の厳格な性格がどう形成されたのか、それをたどるうちに明治という時代、そして佐賀藩出身であることの意味に辿り着いていく。祖母をたどっているのに、ほとんど祖母の父親(つまり曾祖父)に関する話が主になっていく。開明的だった祖母が、時代に翻弄されてどんな人生を送ることになったのか、どんな性格形成をし、どんな価値観の持ち主になったのか。
そして話は転じて母方の祖父に移る。母方の祖父は早くに亡くなっている。母も幼くして母を喪っているのだ。母とは早くに死別していたので、母方の祖父との縁は薄いのだが、学生時代に思い立ってその祖父の元を訪ねる。そこで祖父から受け継いだもの、語られたことば、祖父の生きざまと矜持が、彼におおきく影響していく。
その祖父はやはり海軍軍人で、生まれ故郷である尾張地方、蜂須賀村(現三和町)を離れてのち、ほとんど戻ることはなかった。のちにその蜂須賀村を訪ねてそのルーツを識ることになる。なぜ祖父が故郷へ戻らなかったのか。それこそが彼の矜持だったことを識る。
ここに出て来る江藤淳の係累たちの姿に、私の母方の祖父母の姿を連想する。明治生まれで厳格そのもの、孫たちがじゃれ合うのを「うるさい!」としかりつける祖父母だった。孫たちで祖父母に親しんだのは私だけだった。私は静かに本を読むのが好きであった(うるさくない)し、外孫ではあるが一番年長だったし、祖父母が両親と同じくらい好きだった。
父方の祖父母は私が生まれるよりはるか前に亡くなっているので、まったく知らない。しかしそのルーツに興味がないことはない。多少人に聞いたことはあるのだが、まったく異なる話を聞かされて、そのイメージがまとまらないままである。父の生まれた家はすでにないが、伝え聞いたその跡地を数回訪ねている。しかし調べるために直接はなしを聞く人は、みなこの世の人ではない。
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