« 2020年10月 | トップページ | 2020年12月 »

2020年11月

2020年11月30日 (月)

結果その他

 泌尿器科の医師によれば、尿の汚れは膀胱に雑菌が棲み着いてしまったことによるもので、残尿が溜まれば経時的に汚れるそうだ。だから朝の尿に汚れが多いのだという。一度カテーテルを入れて残尿を出してしまうという方法もあるが、あまり気持ちのいいものではないから、まだ早いかなあ、という。特に発熱も排尿痛も排尿困難もないのなら、このまま当分様子を見ることにしましょうということになった。

 

 とにかくせっせと水分を摂り、我慢せずにせっせと排尿に努めなさい、と指示された。「お酒はいけませんか?」と問うと、「よほど飲み過ぎなければかまいませんよ、糖尿病の方の先生は反対でしょうけど、ビールなんか好いですよ」と笑いながらおっしゃるので嬉しくなった。

 

 処方された薬を薬局でもらって帰宅してすぐに、妻が入院している千葉県の病院から連絡があった。転院打診先の病院に一度直接訪ねて、医療費やこちらの状況の相談をしてきてくださいとのこと。さっそく担当の相談員に電話を入れた。水曜日の午後に打ち合わせをすることになった。

 

 事態はどんどん進展する。

 

 本日はとりあえずなにも考えずにお酒を楽しむことにする。つまみはグラタンと唐揚げなどを考えている。せっせとビールを飲むつもりだ。
ポチッとよろしく!

匿名

 東京新聞の望月衣塑子記者は食いさがる記者として名を知られているが、あのしつこさは私には人としての節度を欠いているように見えた。それが記者のあるべき姿だとしたら、記者とはまともな人間ではないのだと世間に知らしめたのではないか。

 

 その望月記者が学術会議の取材記事で、匿名を条件にしたのに実名を報道したとして取材先から苦情を受けている、と週刊誌で報じられていた。記者というのは命をかけても取材先を明かさない、というものだとドラマなどで見ていたので驚いた。

 

 その取材先というのが今回学術委員に任命されなかった一人らしいことが分かって、何だ、とも思った。明かされることを想定しての匿名希望ではなかったのか、という気がしたからだ。そしてそう思っているだろうことを想定して東京新聞側は取材先を明らかにしたようでもある。どちらも狐と狸ではないのか。

 

 しかしながら、問題はそのことではない。記者というのは取材元を明かさないものである、という不文律を踏みにじった前例を作ったことである。もちろん同様のことは山のようにあるだろうけれど、それ以上に記者としての矜持で守り続けた歴史の積み重ねがあっただろうことを多くの人は信じている。信じているからこそ匿名とはいいながら語りにくいことを記者に語るのである。その匿名の約束を平気で破ることが正義のために当たり前だと知られれば、保身のために、知られたら困ることをだれも記者に語ることがなくなっていくだろう。

 

 そのことの重みを望月記者も東京新聞も、そしてそれを非難しないほかの新聞社もまったく理解していないようである。そしてそれを週刊誌に指摘されているのである。よって立つ自らの足場を崩してそれに気がつかないとは、もう情けないとしかいいようがない話だ。
ポチッとよろしく!

体調

 毎朝、体温と血圧を計る。今のところ病的な発熱は見られない。血圧も私としては低め(上120~130、下70~80)で推移している。

 

 本日午後は泌尿器科の定期検診日。慢性の前立腺炎になってしまったようで、はじめは細菌性だったものが、どうも器質そのものが具合が悪くなっているらしい。ただ、細菌性の炎症のときは、排尿困難、排尿痛、発熱、尿の著しい汚濁が見られたが、少なくとも今は発熱も排尿痛や排尿困難もない。

 

 ただ、この数日排尿が朝の一回だけひどく濁り、しかも茶褐色である。十時ころの二回目とそれ以降は、少し濁りがまじる程度で普通の尿である。

 

 その話をして、尿検査をいつもより詳しくしてもらうことにする。もしかしたらまたエコーをかけられるかも知れない。

 

 こんなことをくだくだしく書くのはいつどうだったかの備忘録のようなもので、読み飛ばしてもらいたい。

 

 体調としては悪くない。

 

 軽い散歩とスクワットを始めて一週間ほどになる。階段の上り下りをしても膝は以前ほど痛くない。コンドロイチンも飲んでいるから、なにが効いているのかわからない。足の筋肉を少しでも回復させて、さらに体重ももう少し落として、膝への負担を減らそうと思う。

 

 息子と娘に帰省不要の連絡を入れた。いつも以上に静かな正月となる。正月四日早々に糖尿病の定期検診なので、酒を好きなだけ飲むのはそれが済んでからにするつもりである。飲み過ぎないから、それでちょうどいいのだ。
ポチッとよろしく!

2020年11月29日 (日)

明治十六年、石巻で

 岩手県の内陸、花巻で生まれた宮沢賢治が、中学の修学旅行で生まれて初めて海を見たのが石巻のやや高台にある日和山公園からだった。花巻と石巻という二つの地名には、巻という字が使われているという以外につながりなどないのだけれど、私にはなんとなく面白く感じられたりする。そういえば日和山という地名も全国にいくつかあって、私の好きな兵庫県の城崎にも日和山がある。

 

 わずかな手がかりから連想することを、私はとても大切なことだと思っていて、それらがものを見たり読んだりしたものを膨らませてくれて、それはそのまま私の頭の中のさまざまなイメージをつなぎ合わせてくれる。

 

 明治十六年、その石巻で志賀直哉は誕生した。だから彼は石巻が生まれ故郷、とかならず書かれるし、いわれてきたが、彼本人は石巻にいたのは生まれて三年あまりで、石巻についての思い出などない、と書き残している。

 

 志賀直哉は学生時代に一時期だけ社会的なことに興味を持ったことがあるが、ある挫折以後、ひたすら「我」の人として生きた。今時はそのような「我」の人の小説ははやらないらしいから、彼の全集も大安売りで、とんでもなく安価で手に入った。もともと好きで、文庫になった小説はほぼ読んでいた。全集でそれを読み直している。それだけ親和性があるというのは、私自身が「我」が中心で生きているからなのだろう。

 

 いま、志賀直哉を師とする阿川弘之(阿川佐和子さんの厳父)の『志賀直哉』という上下巻箱入りの本を拾い読みしている。そして志賀直哉の生まれた時代、そして生まれた地である石巻について頭に思い浮かべている。

 

 私は2010年に、兄貴分の人と城崎生まれで大阪に住む親友との三人で石巻の街を通過して牡鹿半島に行った。ずいぶん交通量の多い繁華な街だという印象だった。そして翌年三月十一日、あの東日本大震災で、その石巻の街の海岸部は壊滅的な被害を受けた。その年の夏、私は母と大津波でがれきの地となった石巻の海岸地帯を見た。夏なのに惻々として寒気がするような光景だった。

12032-12

 北上川河畔、歩いて海まですぐ近いところの住まいに生まれた志賀直哉を抱いて母はその辺りを歩いたことであろう。志賀直哉が生まれる前、男の子が生まれていたけれど、疫病により二歳半で亡くしていた。あとにできたのが志賀直哉である。その母もその後、志賀直哉が幼いうちに結核で病に伏し、若くして亡くなってしまう。

 

 彼女には石巻の海はどのように見えていたのだろうか。こどもを抱く彼女の後ろ姿がわたしには見えるような気がする。
ポチッとよろしく!

規制違反なのか

 ちかよさんが、本の表紙の写真を撮ってブログに掲載するのは規制違反だ、と書いていた。ちかよさんがいうのだからそうなのだろうと思うが、私はいままで繰り返し読了した本の表紙をブログに掲げてきた。しかし考えてみれば、そのような行為で私は何らかの経済的利益を得ているわけではないし、その本の著者や出版社に経済的不利益を与えているとも思えない。その本を紹介することで、その本を読む気になる人がひとりでもいたならば、却って利益に貢献しているといえないこともない。

 

 それで罰せられるというのなら、どうもおかしな話だ。気持ちが悪いから、これからはどうするか迷うけれど、特に注意されるような事態になるとも思えない。もし指摘が現実にあったら、そのときはその理由を聞いて、納得したらやめることにしようか。

 

 それよりも本の中の文章を引用することは、厳密には著者や出版社に了解を求める必要があるとされていて、その趣旨は理解している。しかしそれは、その引用がブログのような私的な用途についてはあまり厳格に考える必要がないだろう、というのが私の考え方で、私の書いたものが出版社から出版されるようなことでもない限り(まず考えられない)かまわないと判断してしばしば引用している。

 

 あまり神経質に考える必要はないのではないか。規制する側もそんなものにかかずらっているほど暇ではないだろうし、もっと優先的に規制すべきことが山のようにあるはずだ。
ポチッとよろしく!

2020年11月28日 (土)

初心者用茶道具セット

 金沢の兼六園の茶亭、時雨亭で抹茶をいただいたことは、先日ブログに書いた。そのとき飲んだ抹茶がいつも以上にとても美味しかった。

 

 スーパーでふだん飲む茶葉を買うためにお茶のコーナーを見に行ったら、抹茶が置いてある。いい値段がするが、是非飲んでみたいものだと思った。しかし私には抹茶を飲むための道具がない。

 

 アマゾンで、初心者用の茶道具セット、というのを調べてみたら、安いものは四千円くらいからあるではないか。先日まで散々散財したあとではあるが、思い切って注文した。明日には届くことであろう。抹茶の点て方、飲み方の簡単な説明書もはいっているというから、配達され次第さっそく試してみようと思う。

 

 そういえば、ちかよさんのブログにもあったけれど、煎茶の茶葉をひいて抹茶にするミルもあったはずで、もし抹茶を飲むことにはまったら、それの購入も考えてみようかな。同じことなのか、まったく違うのか、それすら知らない。やはり抹茶は抹茶なのか。

 

 そこまで行く前に飽きるおそれは十分あるけれど・・・。
ポチッとよろしく!

 朝目覚めて手を見たら、右手の親指の腹の部分に血がこびりついている。両手を見ても、血がついているのはそこだけで、寝床を剥いでみても、シーツに血がついたりしていない。慌てて起きて風呂場でシャワーを浴びながら全身を調べたが、どこにも傷はない。親指の血を洗い流しても傷跡などない。不思議なことである。

 

 唯一、口の中を噛んだようで、右頬の内側に噛みあとと痛みがあるが、それほどひどいものでもない。それに出血が多ければ枕が血で汚れているはずだが、枕もきれいである。

 

 以前、いまよりずっと肥満していたとき、睡眠時無呼吸症候群がひどかった。呼吸が停止しているときに無意識に口の中を噛むのである。それが目覚ましとなって飛び起きる。口の中が血のにおいがして、しかも噛み傷が痛い。たいてい枕も血で汚れている状態だった。そこから口内炎になったりして最悪だった。いまは睡眠時無呼吸症候群はほとんど治まっている(はずだ)。

 

 いったいどうしたというのだろう。どこの血なのだろう。まさか他人の血ということはないだろうが・・・。
ポチッとよろしく!

2020年11月27日 (金)

『出産しない女たち』

 BSドキュメンタリー(NHK)の、スペイン制作の『出産しない女たち』という番組を観て考えさせられた。

 

 結婚しない、とか、こどもを産まない、という生き方の選択をする女性がいても、私は別にかまわないと思う。それぞれの自由だろう。番組ではそれを主張する、またはそのような生き方を選択した女性や、それを支持する人たちが、それぞれの考え方を語っていた。

 

 彼らによれば、そのような生き方を選んだときの社会からのプレッシャーはとても強いのだという。日本でもそうなのだろうか。スペインという国が特にそのようであるのだろうか。私は男だからそのようなプレッシャーを感じることはあり得ないが、私の娘(結婚しているがこどもはいない)なども感じているのだろうか。

 

 私には、番組で語っている女性たちの言葉が、そのプレッシャーに抵抗するための自己正当化のように聞こえた。自己正当化を非難するつもりは全くないが、自己正当化せざるを得ない状況とは何か、と考えたりした。それは社会に問題があってのことなのか、彼女たちの、女であることによる内なるさまざまな思いから発するものなのか。

 

 母性本能などというものは幻想だ、と老齢の女性哲学者が断言していた。人間は動物でもあるけれど、獣ではなくまさに人間なのだから、獣のような母性本能があると決めつけるのは間違っている、というのだ。その言葉こそ彼女の幻想のように感じたけれど、違うのだろうか。

 

 問題は、彼女たちがさまざまな場所で自分の主張を展開していることである。そのような場所に集まる人たちは、その発言に大きく影響を受けるだろう。そこになんとなく違和感を感じてしまったのは、彼女たちの自己正当化が、個人の問題ではなく、社会一般の問題に拡大されていっているということである。

 

 極論を言っている女性もいた。人類は増えすぎた。こどもを産まないことが環境保護のために必要なのだ、と。そこから人を無差別に殺すテロリズムへの距離は遠いのだろうか、近いのだろうか。

 

 私には分からないことだらけで、結論などもちろん言えないけれど、主張する女性、それを聞くために集まった人たちに、ただひとつ、画面に向かって語りかけたのは、貴方がこの世に存在するのは、貴方の母親が貴方を産んだからですよ、という言葉だ。
ポチッとよろしく!

平岩弓枝『女櫛』(集英社文庫)

 好きな女流作家といえば何人かいるけれど、筆頭はこの平岩弓枝である。本棚には『御宿かわせみ』シリーズがずらりと並んでいて、ときどき引っ張り出して愉しむ。

Dsc_9613

 今回読んだこの『女櫛』には、『花房一平捕物夜話』と題されて雑誌に発表された全十二話のうちの後半の六話が収められている。前半は同じく集英社文庫に『釣女』という表題で収められている。これらの作品が書かれたのは昭和四十年代の初めて、平岩弓枝の知名度が上がり始めたころだ。

 

 実はずいぶんむかしに二冊同時に購入して、『釣女』は読んだのだが、この『女櫛』も読んだつもりでいた。私は本を読むとき、思い切り左右のページを開くので、読んだ本は読み癖が残る。本全体が歪むのである。ところがこの『女櫛』にはその読み癖がない。読んでいなかったのである。集中力が低下して読書意欲が弱いときはこういう本が手頃である。

 

 お目付、遠山金四郎景晋(かげくに)の配下、花房一平が主人公。目付の役柄にはいろいろあるが、南北町奉行所を監視するという役目もある。また、奉行所は町方しか捜査できないが、目付は武家の捜査も可能である、というのが物語には都合が良い設定だ。ちなみに遠山金四郎景晋というのはあの遠山の金さんこと遠山金四郎景元の父親である。

 

 それぞれの物語では、巨悪の端緒をつかみながらなかなか迫れないもどかしさを描いたものがあり、また下町の人情話ありで、まことに多様なのだが、それを描くことで主人公の花房一平の性格や人間性が浮かび上がって来る。人は知るほどに好きになるもので、「知る」とは「愛する」ことに通じている。

 

 嬉しいのは私の愛読シリーズである『御宿かわせみ』に通底するものがほの見えることである。友人の奉行所同心、三枝源二郎が御宿かわせみの畝源三郎を彷彿とさせ、今回の巻末の一篇には長崎で畝東作という人物も登場する。そのほかところどころ勝手にそんな部分を感じ取って密かにニヤついた。この続編が読みたいが、これで終わりなのだろうか。

 

 ところで『釣女』を読み直そうとして探したら見当たらない。処分してしまったのだろうか。無いとなるとむやみに読みたくなる。
ポチッとよろしく!

2020年11月26日 (木)

雑感

 日本シリーズは巨人の四連敗に終わった。巨人ファンはさぞ口惜しかろう。親しかった母方の叔父は大のホークスファンだったから、今年もあの世で祝杯を挙げているに違いない。私は千葉県生まれで、こどものときの郷土の有名人と言えば長嶋茂雄だったから、当たり前に巨人を応援していた。本当に強かったし、その頃は名選手を輩出していた。

 

 とはいえ生まれつき球技は(というより運動神経が鈍かったから、スポーツ全般が)苦手だったから、野球そのものはそれほど好きではなかった。それでも長嶋は常に輝く星であった。その輝く星が引退し、監督で再生し、輝く成果を上げたのに、たまたま不成績が続いたということで巨人を逐われた(私にはそうとしか見えなかった)。その日から私は断固たるアンチジャイアンツになった。その長嶋が再び巨人に戻ったことで、私にとって長嶋は輝く星ではなくなった。

 

 巨人ファンには不愉快だろうが、私は巨人が負けると嬉しい。だから今回の日本シリーズの結果は嬉しい(正直に言うと欣快に堪えない)。・・・怒らないでね!

 

 弟夫婦との旅行から帰ってからは自粛している。つまり引きこもっている。引きこもって普通なら本を読むことが多いのだが、どうも読書の集中力が持続しない。だからこの数日録画したドラマや紀行ものやドキュメント、映画などを観ている。一日中テレビの画面を見ている。あまり健康的ではない。明日は散歩にでも出かけることにしようか。
ポチッとよろしく!

国家を意識するということ

Dsc_5086_20201125084602

 鼓腹撃壌という言葉がある。手元の『四字熟語・成語辞典』(講談社学術文庫)によれば、

 

「理想的な政治が人民にゆきとどいていることのたとえ。また、その天下太平を楽しむさま」
「鼓腹とははらつづみを打つこと。壌とは土のこと」
出典
『十八史略』五帝、尭の徳をたたえた文章に、ひとりの老人が、天下太平を楽しみながら腹鼓をうち、大地を叩きながら歌ったという以下の歌。

 

日出でて作し、日入りて息ふ。
(日が昇れば仕事をし、日が沈めば休む)

 

井戸を鑿ちて水を飲み、田を耕して食らふ。
(井戸を掘って水を飲み、田を耕して食事をする)

 

帝力なんぞ我に有らんや。
(帝の力など私に関係があるだろうか、あるわけがない)

 

 国がよく治まっているときには、国民に国家は意識されないものだというこの言葉の意味は考えさせられる。国家などというものを国民全員が考えなければならない時代というのはあまり良い時代ではない。

 

 そう考えると、為政者がやたらに国家、国家という国はろくな国ではない。若者が国家のことなどそっちのけだと嘆く必要はない。国家を考える若者は必ずそれなりに存在するものだ。

 

 ドイツに韓国製の従軍慰安婦像が設置されたことを考えていたら、どういうわけか、こんな文章になってしまった。そのことは今度書くかも知れない。
ポチッとよろしく!

2020年11月25日 (水)

なんとかしなければ

 段差の大きな階段や石段を登るときだけ痛かった膝が、普通の階段を登るときも、さらに降りるときすら痛くなった。強く痛むときは痺れるように痛んで力が入らず、何かにつかまらないと危ないくらいだ。

 

 関節の痛み止めの塗り薬を塗ると楽になる。それはありがたいが、薬が切れればまた痛む。なんとかしなければならない。膝にかかる負担を減らすためには減量する必要があるだろう。さらに膝をカバーするために筋肉を少し強化する必要もある。

 

 家に引きこもり、散歩もほとんどしなくなっていたところに弟夫婦と旅行に出て滝を見に行ったりしたから、弱った膝が悲鳴を上げたのであろう。生活を意識して改善していかなければと思っている。車椅子が必要、などという事態はずっと先にしたい。一人暮らしではだれも押してくれないし、そのまま寝たきり、なんてまだ考えたくもない。

ポチッとよろしく!

牽強付会

 自分の都合のよいように理屈をつけることを牽強付会という。

 

 昨日のダウ平均株価が初めて3万ドルを超えた。トランプ大統領は祝意を述べ、自分の手柄であると強調していた。もしトランプの手柄であるのなら、なぜ大統領選にトランプが敗北したのに株価が上がるのだろうか。敗北したから株価が上がったのかも知れないではないか。

 

 実体経済との乖離が懸念される、と報じられている。コロナ禍で経済が失墜しないように金融緩和が行われていて、だぶついたお金の行く先がないから株に投資されている、というのが経済評論家の見立てで、たぶんその通りなのだろう。それは見方によったらバブル経済そのもので、何かのきっかけでバブルははじけてしまうかも知れない。はじけたあとどうなるか、それを経験してよくわかっている日本人は多いだろう。

140920-265_20201125070401バブルでもうけた人

 そうならないために加熱を抑えるのが金融政策なのだが、そのことがバブルを誘発しかねないのがむつかしいところだろう。何しろ実体が伴っていないのだからいったんはじけると止めどがなくなるかも知れないのだ。

 

 バイデン大統領の誕生したあとにバブルがはじけることをトランプは夢想するだろう。心から願っているに違いない。バイデンのせいにできるからだ。だからこそ、いま高値を自分の手柄として強調している、ともいえないか。
ポチッとよろしく!

2020年11月24日 (火)

早い時期?

 WHOが「早い時期に新型コロナウイルスの感染について中国に現地調査団を送ることができそうだ」と発表した。中国との調整も順調に進んでいるという。

 

 けっこうなことではあるのだが、ニュースでは、WHOはまったく同じことを半年前の5月に発表していることも報じていた。私も覚えている。

 

 中国は調べてもなにも出てこないように準備が整ったから受け入れることになったのだろうなあ、と私は思うけれど、そう思うのは私だけだろうか。調整とは整えることだから、中国に問題がないという結果が出るように整え終わったのだろう。

 

 ところでGoToキャンペーンに対して野党や一部マスコミ、コメンテーターが見直しが遅い、だのなんだの批判をしているのを観ているとうんざりする。どんな施策をとったって完璧なことなどあり得ないし、ましてやこの事態はだれにも予測の立てようのないものだから、必ず問題は起こるのであって、その問題を取り上げてあれこれ非難するのは後出しじゃんけんをしているようなものだからだ。批判するにしてももう少し前向きの、建設的な批判をして見せたらどうなのだ。

 

 彼らは正義という宗教を後ろ盾にして、言いたいことを言う。何しろ責任ある与党には当分(今のままなら永遠に)なることがなさそうだから責任を問われることがないので気楽である。責任があった時代の反省すら語らない彼らを、だれが信頼するだろうか。北朝鮮の拉致問題という事実を、政府の陰謀だ、と否定し続けた社会党が、北朝鮮が事実を認めたあとは、口をつぐんで知らんぷりをした末路を、国民はいま社民党の崩壊消滅に見ている。もと社会党の人物を多数含む立憲民主党にはそれもたぶん他人事なのだろう。
ポチッとよろしく!

知日派は親日派か

 新しい駐日韓国大使が「知日派だ」とマスコミは書き立て言い立てして、あたかも日韓関係が好転する兆しであるかのように報道している。これはわざわざそのような人物を選んだ文在寅大統領の思惑通りだといっていいだろう。

 

 いま韓国には親日派と公言する人物はいない。親日派である人物は罪に問われるらしいからだ。韓国では歴史認識が、事実に基づく歴史を歴史として語る人物は親日派と決めつけられて批判される。韓国での正しい歴史認識というのは韓国で戦後反日教育のためにあらたに作り出された歴史を歴史として認識することのようである。

 

 そういう国では、知日派である、ということは親日派のレッテルを貼られる可能性を持つことになる。何しろ知日派と言うだけで日本のマスコミは親日であるかのように受け取るのだからそう考えるのは無理もない。

 

 だから知日派の人は却ってことさらに反日的行動を取らざるを得ない。親日だ、と疑われたくないからだ。

 

 交渉では、こちらが思う落としどころと相手の思う落としどころが一致することはまずない。神様がこの辺だろうと思うような、ほぼ公平な落としどころがあるとしたら、その落としどころは互いに自分が相手に大幅に譲歩しなければならないものと認識されるのが普通だ。

 

 そんな交渉ごとをするときに、さらにレッテルの怖さが背景を持つ人間が交渉に当たったら、妥協点を見いだすことはさらに困難になる。いままで日本は相手をおもんぱかって大幅に譲歩してきた。その鬱憤がたまりすぎて、ついに妥協のしようのないところまで来ている、というのがいまの多くの日本人の気持ちだろう。

 

 しかしそのことを韓国側はまったくわかっていないから、相変わらず知日派を送り込み、あわよくば、と日本の譲歩の引き出しを狙っている。日本のマスコミは自分の正義がすでに日本の国民の気持ちと乖離していることに気がついていないから、知日派が来た、と期待してみせる。

 

 だから文在寅の思惑通りだ、と私は思っている。
ポチッとよろしく!

なぜだろう

 人混みの中で、「OKCHANさんですか?」と声をかけられた。長身の私が見上げるような大柄の高齢の男性だった。その顔を見て驚いた。私の父にそっくりなのである。ただし、父は私より少し身長が低いし、その男性ほど太っていない。不思議なことに私は父と一緒にいたのである。その父はその男性を見るとあわてて人混みに紛れていなくなってしまった。

 

 その男性が言うことには、父の兄だという。父は男三人女三人の六人兄弟の次男だけれど、父の兄(私の伯父)は私もよく知っていて、その男性とは似ていない(つまり父とはあまり似ていない)。私は、父には私の知らない伯父がいたのか、などと思った。

 

 それにしても父の兄弟は父を最後として、全て亡くなっている。そして私は、父の出る夢というのをずいぶん久しく見ていないのである。不思議な夢で、ただそれだけなのだけれど、なぜそんな夢を見たのだろう。父は何か私に言いたかったのだろうか。それにしてはすぐ姿が見えなくなったのはなぜなのだろう。

 後で考えたら、なんだか父ではなくて、自分自身を見たような気がしてきた。そういえば弟は少し私に似てきたし、同時に弟も私も父にちょっとだけ似始めている。
ポチッとよろしく!

2020年11月23日 (月)

感染拡大時の旅行

 感染拡大がどこでおさまるかわからない時期に旅行に出かけることは、自粛している人から批判されても仕方がない。自分の感染リスクが増えることだけではなく、自分が知らずに感染の原因になるかも知れないから、自己責任という言い訳は通用しないからだ。

 

 今のところ自分が感染していないというのは、たまたま運がいいだけといっていいのだ。

 

 今回の旅で密になったのは、混雑していた白川郷と金沢の友人たちとの会食のときだった。白川郷は屋外でのことで、長時間他人と一緒にいたわけではない。食事も行列だったので、少し遅らせてそれほど混んでいない荘川の蕎麦屋で十分間隔を置いて食べている。

 

 金沢でわざわざこんなときに会食したのは理由がある。毎年一度か二度会うのを楽しみにしていたみんなと、これからは会えなくなる可能性が高いからだ。金沢の営業所が今年いっぱいで閉鎖になるのだ。私もいろいろな思いがあるし、友人たちの気持ちも受け止めさせてもらいたいという強い気持ちがあった。

 

 これからしばらく、コロナ禍の収束が見えるまで、どこかに行くとしても単独で行動しようと思う。それも観光地には行かずに、田舎の、あまり人の来ない小さな温泉の湯治場に滞在するような旅に限定しようと思っている。フーテンの寅さんではないけれど、私の精神はひ弱だから、そういう息抜きをしないと煮詰まってしまうのだ。言い訳にもならないけれど・・・。

Dsc_0066_20201123130801

 本日は大量の洗濯をして、それから録画してあった大量のドラマやドキュメントなどを片っ端から観ている。映画類はブルーレイディスクにダビングして、あとでゆっくり観るつもりだ。こうして明日からは本当の日常が始まる。

 

 その日常も、妻の病院から連絡が来ると、いろいろ多忙になり、また日常ではない日々に転ずるはずである。
ポチッとよろしく!

滝を見に行く

21日、昼に荘川で新そばを食べたあと、ひるがの高原の分水嶺に立ち寄る。ここは「国道から一番近い分水嶺」と称する。たしかに車を置いたその目の前に分水嶺がある。

Dsc_4892

向こうから来た水が、ここで左右に分かれる。左は長良川となって太平洋へ、右は庄川となって日本海に注ぐのである。

このあと長良川源流の滝、夫婦滝を見に行く。ここも国道のすぐ横を歩いて数分のところにある。

Dsc_4896

高さはないが、正しい直爆である。

Dsc_4901

高さはなくても、たたきつける水の迫力はある。

国道百五十六号線の急坂を一気に高鷲まで下ったあと、石徹白(いとしろ)方向に右折して阿弥陀ヶ滝を見に行く。

Dsc_4903

こちらは日本の滝百選に選ばれていて、高さも高く迫力がある。

Dsc_4909

すぐ近くまで行って滝を見る弟の嫁さん。

Dsc_4906

縦方向の全景。

Dsc_4913

横方向の全景。背後の崖の荒々しさと黒さが迫力を高めている。

Dsc_4914

滝の落下口をアップで。

Dsc_4917

ここは滝の左右に道があり、ぐるりと回って歩くことができる。帰り道の途中で撮ったもの。もう少し早い時期なら、紅葉の落ち葉が鮮やかで、より絵になったことだろう。

この滝が大好きですくなくとも、十回くらい見に来ているが、いつもはなんということもない坂や階段が膝痛のためにとてもつらく、情けない思いがした。

もっと立ち寄りたいところがあったけれど、膝は痛いし、くたびれてしまったので、自宅に帰った。

これで今回の旅の報告は終わり。

ポチッとよろしく!

2020年11月22日 (日)

白川郷は大混雑

21日朝、金沢駅近くのホテルを出発。小雨交じりだが、天気は上向きだとの予報である。

小矢部ジャンクションで北陸道から東海北陸道へ移り、すぐ福光インターで下りる。ここで地道を峠越えする。向かうのは世界遺産になっている三つの合掌集落のひとつ、相倉(あいのくら)集落。

残念ながら雨が止まず、傘を差したまま見学。駐車場から集落に向かう道で女性に声をかけられる。「いま高校生が集落の案内をしていますから、よろしければどうですか?」

どうも高校の先生のようだ。まもなく男の子がやってきた。聞くと城端高校の生徒だという。多少はにかみながらもしっかりと説明をしてくれる。何度も訪ねている場所なのだが、初めて教えられたことがいくつもあった。「こきりこ」の説明と実演も楽しかった。民謡や地元の文化を研究しているクラブに所属していて、民謡に合わせて踊ったりするのだという。見てみたいものだ。こういう若者がちゃんといるのだ。嬉しくなった。

雨で傘を差していたので相倉集落の写真はない。

このあと坂を一気に下り、庄川沿いの道を白川郷に向かう。空が明るくなり、雲が切れて青空が覗くようになった。

Dsc_4874

駐車場はどこも満杯。いままでで一番混雑しているようだ。白川郷の一番遠くにある臨時駐車場に停めざるを得なかった。写真ではわかりにくいが、屋根の向こうの山の上には白いものが見えた。白山の前山である。

Dsc_4875

特に観光用ではないような建物にカメラを向けたくなる。

Dsc_4876

洗濯物が干してあったりして、生活を感じた。

Dsc_4878

案山子たちにまじってうつむく女の子の姿が。何かにすねているのだろうか。

Dsc_4879

定番の撮影ポイントにて。横にはたくさんカメラを構えている人がいる。

Dsc_4880

私のお好みの撮影ポイント。水は澄んで水量も多い。右上は展望台。集落全景を見下ろせる。

Dsc_4883

柿の葉はすでに落ちきって、実が青空に映える。

Dsc_4888

ここでいくつか土産物を買った。軽い食事もできる。

Dsc_4889

ここも私の好きな撮影ポイント。建物に雪囲いが施されている。

Dsc_4891

二日ほど前の昼食におろしそばを食べたけれど、いまいちの味だった。こんな大根を使ったら、たぶん美味しいだろう。

白川郷からそのまま地道を走り、五箇山の菅沼集落(これが三つ目の合掌集落)の横を通り過ぎて御母衣湖(御母衣ダムのダム湖)の横を快走する。そして荘川のそば街道で昼食を摂る。新そばは絶品の味。値段も絶品だったけど・・・。コロナ対策にとてもうるさい店だった。正しいことである。

このあとひるがの高原の分水嶺に立ち寄って、さらに長良川の源流の夫婦滝と阿弥陀ヶ滝を見に行く。

ポチッとよろしく!

飲みくたびれる

 弟夫婦は昼前に千葉へ帰っていった。お疲れ様、くれぐれも運転に注意して無事に帰って欲しい。

 昨晩は土産に買った酒で、鍋をかこんで旅の話で歓談した。さすがに連日の酒盛りだったあとなので、いつもの半分の酒量しか飲めなかった。弟も私も飲みくたびれていたのだ。
 
 世の中はコロナがますます猛威を振るっている。しばらくの間は一緒に旅に出るのは休止するしかないだろうということで合意した。それに私は妻の転院の件でこれから忙しくなるから、しばらく、たぶん来春まではホイホイと長期旅行に出ることはむつかしいかも知れない。

 

 とはいえそれでもその隙間に出かけることはある。なぜならさまざまなストレスを解消するには気分転換が絶対に必要だからだ。
ポチッとよろしく!

2020年11月21日 (土)

写真のない一日

 昨日・20日の金沢は天気予報通り、朝から雨。前日、市内を歩いておいて正解であった。

 

 ゆっくりした出発で、のと里山街道を走る。日本海側の海は鈍色の空に波頭の立つ暗い海だった。強風が吹き、雨がたたきつけるように降ってきた。嵐である。志雄のパーキングでそんな海をしばらく眺める。

 

 柳田で地道におり、能登一の宮である気多大社に向かう。駐車場で小止みになるのを待っていたがなかなか雨が降り止まない。あきらめかけたころ、ようやく風もおさまり雨もおさまった。待てば海路の日和あり、である。

 

 ときどき小雨の降る中、三人で神社に参拝。今日は何か神事があるそうで、テレビカメラのクルーが準備していた。夜、ニュースで放映されるという。車に戻ったとたんにまた風が吹き、雨が激しく降り出した。

 

 柳田から七尾に向かう。もっと北に行きたいところだが今日は時間が限られているので、そのまま富山湾沿いの地道を南に走る。風裏になるせいか、富山湾側は風がほとんどなく、海も静かである。天気がよければ、対岸の富山の町並みの向こうに立山が見えるのだが、さすがにそれはかなわない。

 

 氷見の道の駅は広くてお店もたくさんある。鮮魚店もたくさんあったはずなのに、いまは少なくなってしまった。魚を見るのは楽しい。そこで昼食。雨は降ったりやんだりを繰り返している。

 

 氷見から能越道に乗って、金沢へ帰る。弟たちを金沢駅で降ろす。彼らは駅を散策して土産を買う。私は冬用タイヤの交換に行く用事がある。

 

 夜は金沢の若い友人たち三人とホテルの近くの居酒屋で歓談し、美味しい酒をいただいた。もちろん弟夫婦も一緒である。いつものようにしゃべり倒す。コロナ禍の中、あまりよくないことをしていたのかなあ。

 

 雨にふられたけれど、好い一日だった。
ポチッとよろしく!

兼六園で抹茶を飲む

19日・金沢兼六園

Dsc_4850

兼六園の琴柱灯籠。

Dsc_4851

定番のアングルは逆光。

Dsc_4854

この日の金沢は26℃と夏日。雪つりは今のところ役目がない。

Dsc_4857

葉裏からの紅葉が美しい。

時雨亭でお茶をいただくことにした。

Dsc_4860

待合室で静かに順番を待つ。茶席には一度に十二人ほどしか入れない。

Dsc_4863

抹茶をいただくのは久しぶり。栗きんとんがとても美味しかった。自分でお茶を入れたくなった。弟の嫁さんは月に一度、お茶会をしているそうだ。掛け軸は「和敬」。

Dsc_4861

いつも外から眺める庭を、この日は中から眺める。

Dsc_4867

時雨亭入り口。マスクの女性は弟の嫁さん。

暑い日だったので、歩き回って汗をかいた。晩には駅の西口のお店に蟹のコースを予約していたので蟹三昧だった。友人たちや弟夫婦で城崎に蟹を食べに行く約束をしていたのだが、友人の一人が亡くなってしまったので、中止となった。その代わりのこの日の蟹であった。

ポチッとよろしく!

2020年11月20日 (金)

金沢城

金沢は晴れて、しかも暑いくらいだった。近江町市場の近く(私が金沢に単身赴任していたマンションのそば)に車を停めて、まず近江町市場をさらりと歩き、そのあと東茶屋街までさらに歩く。汗が噴き出す。

Dsc_4824

浅野川を渡り、東茶屋街へ向かう。ベンガラ塗りの建物の前にて。その先を右に曲がれば・・・。

Dsc_4826

テレビで見慣れた景色がそこにある。この近くで軽く昼食を摂り、金沢城に向かう。本当は周遊バスで移動するところをひたすら歩く。

Dsc_4828

大手門から入城し、新丸広場左手の河北門へ。坂道を登ると左手には燃えるような紅葉がみられた。

Dsc_4831

目の前には菱櫓と五十間長屋がそびえ立つ。

Dsc_4832

三の丸広場側から五十間長屋を見る。橋爪橋を渡り、橋詰め門から二の丸広場に出る。

弟たちは五十間長屋の中を拝観してもらい、私は何度も見ているので、鶴の丸休憩所で一休みする。ここは金沢で散策の途中にいつも立ち寄って休んだところ。いまは建て替えられてガラス張りのモダンな建物になっている。

Dsc_4836

左に休憩所がある。

Dsc_4837

休憩所の広い窓ガラス越しに橋詰め門続櫓を見る。

Dsc_4847

石川門近くにて。グラディエーションのある紅葉が美しい。

Dsc_4848

石川門をくぐり、石川橋を渡ればもうそこは兼六園である。

次回は兼六園。

ポチッとよろしく!

晩秋の飛騨民族村

この日(19日)は前夜半から小雨。朝にはほぼ止んでいたけれど、霧雨のようなしっとりしたものが肌に感じられる。気温は九月並みに高いが、気配は晩秋である。高山の高台に、昔は数多くあった合掌集落の建物を移築してある飛騨民族村を訪ねる。

Dsc_4805

弟夫婦が「別世界に来たみたいだ」と言った。雰囲気を出すためにどの写真も少し露出を切り詰めてある。

Dsc_4807

紅葉が枯れ葉色に変わりつつある。

Dsc_4808

もう気配は雪を待つ態勢。

Dsc_4809

雨で茅葺き屋根の苔がしっとりとした緑色をしている。

Dsc_4813

六地蔵もいつも以上に静かにたたずむ。

Dsc_4814

土間では薪がくべられていて、そこからあがるけむりが部屋に立ちこめている。薪のけむりははなんだか心安らぐ、好い匂いがする。

Dsc_4815

これは地面の苔ではなくて、屋根に載った苔。

Dsc_4817

散り残った紅葉。

Dsc_4819

ときどき風に枯れ葉が舞い、道には枯れ葉が積もっている。ここの合掌村の建物には人は暮らしていない。その哀しみを感じる。とはいえ、管理している人たちは出逢うたびに丁寧な挨拶をしてくれる。

Dsc_4820

車田。

Dsc_4821

屋根の緑と落ち葉の色と、そして大八車の車輪。

このあと一位(いちい・樹木の名前)の一刀彫りのおじさんのところへ行く。話しかけたらいろいろな彫刻品を見せてくれて、丁寧に教えてくれた。

晩秋を堪能して駐車場に戻ったら、雨が本格的に降り出した。すべりこみセーフ。

予定していた白川郷は最終日に立ち寄ることにして、東海北陸道でまっすぐ金沢に向かう。トンネルを次々に抜けていくうちに空はどんどん明るくなり、城端(じょうはな)を通過する頃には青空が覗いてきた。 

ポチッとよろしく!

2020年11月19日 (木)

高山陣屋

高山は金森氏が支配していたが、徳川幕府は高山陣屋を置き、直轄地とした。

Dsc_4779

高山陣屋入り口。徳川の直轄地だから、葵のご紋である。

Dsc_4780

御用部屋。身分によって部屋が分かれており、畳の縁(へり)で区別がある。この部屋は中級の身分であり、縁は無地。

Dsc_4793

大広間。上級の人用だから、縁には柄がある。身分の下の者の部屋は畳に縁がない。

Dsc_4787

かかっていた掛け軸。李白の晁衡に贈った言葉。晁衡とは阿倍仲麻呂の中国での名前。

Dsc_4792

庭には散り敷かれた紅葉が夕日に輝いていた。

Dsc_4795

山には名残の紅葉が見える。

Dsc_4797

倉は大きくていくつもの部屋に分かれており、いろいろな展示物と歴史について説明書きがあり、しっかり見ていくと見応えがあるが、さらさらと通過する。本来はこのような年貢米を収めていたところであるのはもちろんである。

弟夫婦には、大原騒動の話をさせてもらった。お代官様というのはそもそも幕府から特に優秀であり、人物のたしかなものが選ばれて派遣されたから、あまり悪政をした人間はいなかった。それに直轄地の年貢は大名領よりも低かったのである。それを大原親子は代官職を長くつとめるために幕閣などに賄賂を送り続け、親子でその賄賂を生み出すために苛斂誅求な取り立てを行ったのである。

水戸黄門などで、江戸時代といえば悪代官がはびこっていたかのような印象があるのは、この大原親子のような人間がいたからで、実際は代官と言えば清廉潔白な、まともな人ばかりだった。

そんな話をしながら高山陣屋をあとにして宿に向かった。

ポチッとよろしく!

高山市内を歩く

名古屋から高山に向かう。約150キロ、地道(国道41号線)でトイレ休憩などを入れると四時間近くかかる。途中の飛騨川の景色のいいところで、弟夫婦が「わあ、すごい」などと歓声を上げてくれると私の手柄ではないのに嬉しくなる。この景色は東海北陸道経由では味わえないし、北上するときの左側が見所が多いので、往きはこの道を選んだのだ。

高山の旧市街、古い町並みの見られる上三之町の近くの駐車場に車を置いて、散策した。

Dsc_4770

もう日が傾き始めていたので、町並みと遠くに見える紅葉した向こうの山とは、コントラストが強すぎて両方を撮ることはできない。前を行くのが弟の嫁さんで、左の半分に切れているのが弟。

Dsc_4771

ブラタモリで高山が案内されていたから混んでいるだろうと想像していたとおり、人は多かった。

店内の暖色の明かりがいい雰囲気である。

Dsc_4773

ブラタモリでも写されていた産婦人科の医院。いまはここでは開業していない。弟夫婦もブラタモリを観たそうだ。

Dsc_4774

高山は造り酒屋が多い。大きな杉玉が目印である。

Dsc_4776

百円払うと小さなプラスチックのコップと専用のコインを三枚渡される。つまり百円で好きな酒を三杯飲めるのである。どれにしようか、思案している弟。私は車だから飲めないのが残念。

Dsc_4777

こういうたたずまいが古い町並みのいいところだと思う。

このあと高山陣屋に向かう。歩いても遠くない。

Dsc_4799

高山陣屋の近くにある、飛騨和牛の店の屋根の上のこの人形たちにはいつも目をひかれる。

高山陣屋は次回に。

ポチッとよろしく!

2020年11月18日 (水)

政治的発言は帰納的?

 敬愛する内田樹老師の政治的発言をときどき目にするようになった。もともと若い頃、学生運動に関係していたらしいから、その精神の火は持続していたのだろう。長い人生でできあがった、私の依って立ついまの考え方とは相容れない傾向があるので、私の内なる老師の輝きはいささか衰えつつある。

 

 もちろん老師のことであるから、その視点、どうしてそう考えるか、についての説明は筋が通っていて、かつユニークである。決して誰かの受け売りでもものまねでもない。そのユニークな論理展開は相変わらず輝いている。

 

 ものごとを演繹的に考えるのか、帰納的に考えるのか、それは重要なことで、私の思う「演繹的に考える」というのは、こういうことがある、またはあった、という事実を積み重ねて、だから私はこう考える、という考え方だ。「帰納的に考える」、というのは、世の中というのはこうである、こうなっている、という前提を設定し、なぜならばこれこれこういうことがあったから、という考え方である。

 

 同じことではないかと思われるかも知れないが、帰納的な考え方は結論が先に来るのであるから、おおいに違うのである。そして、政治的な発言は一見演繹的に見えても、帰納的な場合がほとんどなのである。帰納的ではなくて演繹的だと示そうとして呈示されていく事実は、たいてい論に都合のいい選択的なものになることはご存じの通り。

 

 だから政治的な論争では、互いに自分が正しいと主張する。正しいことはひとつだけだと思うから、相手が間違っている、と決めつける。相手の話が聞き取れなくなるのである。そもそも聞く気がない。

 

 演繹的な思考なら、あらたな知識を加えることで思考が変更されることがあるが、帰納的な場合は前提を棚上げにしない限り、変更することは難しい。帰納的な思考だと、そもそも前提に都合の悪い情報は排除されるのが普通である。

 

 私はぼんやりと、とりとめのないことを考えるのが好きだ。口の悪い兄貴分の人は、「おまえは運転にむいていない」と言う。その通りで、高速の降り口を通り過ぎてしまうことがあるし、ナビに従いながら道を間違うという特技がある。そして自分の考えは新しい知識を得ることでどんどん変わるし、新しいものの見方を教えてもらうのが大好きだ。つまり自分がどんどん変わることが楽しい。

 

 当然政治的なことは苦手である。ある日、それなりに考えたことを表明しても、時間が経つと変わっているから、違うことを言ったりする。前の発言を覚えていた人に非難されることになる。私にとっては当たり前のことなのだが、変節漢に見えるのだろうなあ。政治家には絶対になれないし、なりたいとは思わないけれど。
ポチッとよろしく!

いい加減

 思えばいい加減に生きてきた。人一倍努力をして何かを成し遂げた、ということが全くない。もともと人を押しのけて前へ出る、ということが苦手である。注目を集めることに喜びを感じない。だから芸能人になって有名になりたいというひとの気持ちがわからない。

 

 もともと横着で怠け者だから、なにごともほどほどでいいと思っている。その代わり、そういう生き方をしているのだから人より豊かになりたいなどと虫のいいことは考えない。あのときこうしていれば、と思うことも自分に禁止している。山のようにあるから禁止しきれないけれど。

 

 けれど、自分がそういう人間だとよく承知しているからこそ、仕事や生活はあまり手抜きはしないよう注意してきた。手抜きを始めると転げるように落ちていくかも知れないという恐怖感がある。苦手なことから逃げようとする自分をだましだまし制御し続けているうちに、なんとか他人に後ろ指をさされない程度に、つまりほぼほぼ人並みに生きることができるようになった。

 

 多くを望まなければそこそこ楽に生きられるものだ、というのが実感である。もちろん人生にそれなりに波風があり、なんでこんな目に遭うのだ、という経験もしたけれど、そんな経験をしたからこそわかったこともある。

 

 ずるいことはしない、欲張らない、人をうらやまない、人のせいにしない、自分の生きた結果としての自分の現在をそのまま受け入れる、ということができているのはしあわせなことなのだろう。

140920-206

 そんなことを寝床の中でぼんやり考えていた。五時前に出発するつもりだといっていた弟たちは、いまごろどのあたりを走っているだろうか。工事渋滞がひどくなければいいが。天気が思っていた以上に下り坂なのが気になる。

ポチッとよろしく!

2020年11月17日 (火)

目処が立つ

 明日、弟夫婦が千葉からやってくる。それに合わせて我が家の中の片付けをしてきたが、ほぼ目処が立った。最初は丁寧にやっていたが、だんだん手抜きが増えてくるのはいつもの通り。まあ年末の大掃除に準じた程度のことはできた。しかし年末にはまだ一月半もあるから、この状態が維持できることは決してないので、来月また同じことをすることになる。宇宙はエントロピーの法則に支配されていて、なにもしなければひとりでにカオスに向かうのだ。

 

 弟たちは車で来る予定で、朝早く出るということだから昼前には到着する。簡単に昼飯を食べて一息入れたら、高山に向かう。東海北陸道で行けば早いけれど、あえて飛騨川沿いに国道41号線を北上しようと思う。飛水峡をはじめ、巨石がゴロゴロしている飛騨川の景色を楽しんでくれることと思う。

140513-25

140513-12

 晩は髙山の近くの温泉に泊まる。奥飛騨温泉に泊まりたかったけれど、時間的なこともあり、雪の心配もあったので髙山にした。しかし今週は暖かいらしいから、そちらでも良かったけれど仕方がない。その日と翌日は髙山の散策と白川郷か五箇山の合掌造りを見物したあと、金沢に向かう予定。

 

 何度も通った道なので、案内したいところ、しゃべりたいことが山のようにある。楽しみだなあ。ただ、20日は雨らしいのが残念だ。しかし私は晴れ男というほどではないけれど、雨除け男程度の念力はあって、なんとかなることが多い。ただし、大阪の親友と旅するときは相性の問題なのか、とんでもない大雨に出逢うのが不思議だ。
ポチッとよろしく!

不確実な自分

 理屈がまさって感情にはしるというのはあまり知性的なふるまいとはいえないけれど、私にはその傾向がある。それをなんとか自制するように努めているうちに、なんとかそのような感情の爆発を押さえ込めるようになっている。

 

 たいした努力もせずに自制ができているらしい人は、幸せではあるだろうけれど、ある意味で鈍感に見えないことはない。反対に、自制などしないで感情の赴くままにものを言い、行動する人もいる。よくいえば正直に生きているといえるけれど、これこそ知性的とはいいがたい。

 

 理屈がまさるというのは、相手の本音が見えてしまうということでもある。もしかすると本音ではないかもしれないけれど、相手の心など他人には知りようがない。自分に見えているもの、感じられるものからイメージされたものがその人であって、本当の自分など本人だってわからないものだ。

 

 自分に見えるもの、感じられるもの、そのような無数の対象との関係の総和で初めて自分自身のいる場所がおぼろげに見えてくるものだと、私はキルケゴールというデンマークの哲学者の本を読んで知った。そんなことをキルケゴールが言おうとしていたかどうか知らない。私がそう受け取ったというだけである。

 

 自分探しをするために世界を見に行く、というのを私はときに嗤うけれど、自分自身の内部をどんなに見つめても自分など見えたりしないから、あながちでたらめでもないなあと思ったりする。自分がなにに感じ、なにを考えたか、そのことをかき集めたところに自分自身の断片があるというのは本当かも知れない。自分という原点は確固として固定したどこかにあるのではなく、さまざまなものとの関係の中で揺らいでいる不確定なものなのだろう。

 

 自分探しを嗤うのは、固定した自分がどこかにあると勘違いしていることがおかしいと思うからだ。

 

 ブログを書くために、多少は考える。不確かな自分をそこで見える形にしてつなぎ止めているのかも知れない。

 

 出だしの文章と結末がずいぶん異なるのは、書きたいことを途中で自制したからで、自制したことを吐き出すのはまだ早いと思ったからだ。接ぎ木みたいな文章になってしまって申し訳ない。
ポチッとよろしく!

2020年11月16日 (月)

話が通じるか

 昭和元年から二十年の敗戦にかけての日本について、司馬遼太郎は「魔法にかけられた時代」だと評している。とくに昭和十年からの十年間は、日本のいかなる時代とも似ていないという。

 

 そして、「たとえばですね、江戸時代の井原西鶴とならお話しできそうですが、東条英機だったら話が通じるでしょうか。」と問う。続けて「松尾芭蕉だったら話せるでしょう。あるいは紫式部や清少納言ともお話ができそうですが、昭和十年から二十年までに活躍した人たち、日本の運命を決めた偉い人たち、あるいは決めたことに参加したり、熱狂した人たちとは話せるでしょうか。」と問う。

 

 「お話しできる」とは話が通じる、ということで、話が通じる、ということは相手がこちらの話を聞くことができる、ということであろうと思う。

 

 どんな時代にも、そしてどこにでも、話の通じない人というのがいて、それは昭和の前半に特に多かったということではないかも知れない。しかしそのような人たちが時代を動かしてしまうような時代というのは、日本では、ほかにないことだった、ということだと思う。

 

 田嶋陽子女史が人の話を聞かないのは仕方がないけれど、文在寅大統領が、トランプ大統領が、習近平主席が、プーチン大統領が、エルドアン大統領が、話が通じないというのは世界にとって災厄となるかも知れないなどと、いま読んでいる司馬遼太郎の『「昭和」という国家』という本の一節を読みながら考えた。
ポチッとよろしく!

損得

 抜け駆け、とか出し抜く、という言葉がある。そのような行為を毛嫌いする人と、チャンスがあれは抜け駆けを平気でする人とがいる。毛嫌いする人はチャンスがあっても抜け駆けをしない。そうして、どちらでもない、率先して抜け駆けはしないけれど、抜け駆けをして上手くやった人をうらやましがる人というのが、たくさんいるのがこの世の中かと思う。

 

 人には欲があるから損得でものを考えることが多い。損得を価値観の基準に置いていると、世の中はずるをしても得をした方が賢い、という考え方がはびこる。

 

 ところで考えればわかることだが、抜け駆けは抜け駆けをしない多くの人たちがいるから成立する行為であって、みんなが抜け駆けしたら抜け駆けにならない。抜け駆けをして上手くやったのを見て、我も我もと真似をする輩が生ずると、世の中はルールというものが意味をなさなくなるのである。

 

 ルールがあって、それを守る人が大多数だから、世の中はなんとか治まっていて、ルールがあるから抜け駆けが起こりえるというのが面白いところだ。

 

 欲の深い、損得でものを考えがちな人たちを律するために宗教や法律や道徳がある。それらは本来の人間の性質から見れば不自然なものといっていい。その不自然を受け入れることで人間はこの地球上にここまではびこったのだと私は考えている。その不自然のストレスがたまりすぎると戦争が起こるのではないだろうか。

 

 いま世界は損得に基づく価値観が蔓延してとどまるところを知らないように見える。何しろ教育すら経済で語られる時代である。宗教も法律も道徳も、それにたいして抑えが効かなくなりつつあるように見える。抑えの効かなくなった国から戦火が発してもおかしくないような気がする。抑えが効かない国とはどこか。国民に、おまえたちは損をさせられたのだ、と教育し、自分は損をした、だから損を取り戻すために何をしてもいいのだ、という国か。そしてその損を弁償しろ、と騒ぐ国か。

 

 マスコミはこんな損をしている人がいる、と叫び、野党は、あなたは損をさせられている、とそそのかす。世界中が、私たちは誰かのせいで損をしているという大合唱をしている。何しろ世界の富を集めに集めて最も豊かで飽食の国のアメリカですら、大統領自ら損した、損したと騒ぐほどである。人間は増えすぎて限界に来ているのかも知れない。
ポチッとよろしく!

2020年11月15日 (日)

小川糸『とわの庭』(新潮社)

Dsc_4765

 盲目の登場人物が出てくると、私はその物語の全ての人が目が不自由であるような気がしてしまう。感情移入しすぎて、私自身すら盲目であるように感じる。物語は、主人公であり、語り手である「とわ」の幼児期からの盲目の世界の日々が、匂いと音という別の感性を手がかりに描かれていくのだが、そこに描かれている世界がとても映像的なのが不思議である。そのよじれたような不思議さは私が晴眼者であるからだろうか。晴眼者は晴眼者のイメージしか想像できないということか。

 

 この小説には実験的な、つまり著者のあらたな挑戦ともいうべき要素を含んでいるように感じられた。前半と後半ではまったく違う物語のような展開をするが、後半のいつもの小川糸の小説らしい部分は、前半を語ることを抜きにしてはなり立たないから、これでひとつの物語となっている。

 

 母親に庇護され、母親と一体であった幼児期の、おとぎ話のような、夢のような日々、やがて「とわ」に自我が芽生えていく中で、読者は描かれている世界の異様さを徐々に感じ始めるだろう。その予感はたちまち暗雲として立ちこめ、時間そのものを失っていく「とわ」の感じる外界を、何とか共に感じようとしていくだろう。そしてそこで想像を絶する世界を体験する。

 

 私は鍾乳洞などの洞窟を見に行くのが好きで、ずいぶんたくさん訪ねている。私は怖がりで、じつは洞窟はとても怖い。だから洞窟を見に行くといっても、観光洞ばかりで、ちゃんと照明がある。それでも季節外れにまったく人がいない洞の奥深くに独りでいると、天井の深い亀裂の奥の暗闇はまことに恐ろしい。闇は怖いものだ。

 

 小説でも洞窟のシーンの多いものに妙に惹かれる。江戸川乱歩には『孤島の鬼』や『白髪鬼』など、また横溝正史には『八つ墓村』など、照明のない洞窟の恐怖が強烈に描かれている。それは盲目というものに対するあるひとつの捉え方かも知れない、などと思った。

 

 しかし「とわ」は言う。「はじめから目が見えなければ、見えないことの不自由さというのは、晴眼者が思うものとは違うものだ」。たしかに見えることを前提にした不自由さは、生まれつき盲目であれはもともと感じようがないということなのだろう。

 

 想像しにくいこと、ほとんど想像できないことを想像させるというのは、作家の常に試みることで、小説とはそういうものだが、この小説はまさにそのような小説だ。
ポチッとよろしく!

アクセス数

 アクセス数にはあまり頓着しないと明言する人もいるが、私はブログを開始したときに、いつかは累計アクセス数を一万、十万、五十万、と夢見たし、それをひとつの区切りと思ったので、いまでも日々のアクセス数の推移は気にしている。

 

 アクセス数が増えていればいいが、せっかく増えたのにまた減り出したりすると、どうしてだろう、などと理由を考えたりする。当たり前のことだが、読んで面白くなかったり、時間の無駄だと思えば読まなくなるはずである。

 

 ブログを始めて約十年、書いた記事の数は九千を越えていて、いまでもほとんど毎日二回更新しているから、来年中には一万に達するつもりである。今年ついに累計アクセス数も五十万を越えた。次の目標は百万だが、遙か彼方の話である。何しろココログが存続しているかどうかも当てにならない。

 

 それが今月に入って一日のアクセス数が急に増えているのである。たまたまで、いまに元通りになるのか、増えたままで推移するのか、とても気にしているが、何より、もう少し内容のあるものを書いていくようにしていきたいと思っている。書くことが楽しいと思って書いたものはそれなりにアクセスが多い。習慣ではなく、楽しみとして、生きる張り合いとして、なるべく本音のブログを楽しんで書き続けたいと思っている。
ポチッとよろしく!

2020年11月14日 (土)

健康のバロメーター

 毎日体温を測る。36.2℃から36.8℃くらいの間で変動している。高いときは体調がなんとなくすぐれない。体を流れる体液が濁っている気持ちがする。

 

 毎日、毎回排尿を見る。色が濃かったり濁ったりしているときがある。そのときは体温も高めで、体調もなんとなく悪い。体温と排尿の濁りや色の濃さが大いに関係していると思っている。本格的に不調になると発熱して寝込むことになる。泌尿器科で抗生物質を処方してもらわなければならなくなる。最近は、そこまで悪くならないのはさいわいである。

 

 ストレスや過労が悪影響するのは間違いがない。不思議なことに、飲酒はよほど飲み過ぎなければ、問題ない。というよりも、ビールを飲むと排尿は澄んできれいな色をしていたりする。利尿性のあるものは悪くないようである。もちろんそれは体がいろいろカバーしていることで、甘く見てはいけないだろうとは承知している。

 

 歳をとれば体の全てが衰えて劣化する。問題はどこかがとくに悪くなって機能しなくなってしまうことであって、ほかが問題ないのに寿命が来るのはちょっともったいない。悪くなった部分をだましだまし延命させて、なんとかもたせるために医者に行く、ということなのだろう。だから私は排尿を健康のバロメーターとして、毎回しげしげと観察するのである。
ポチッとよろしく!

ニンジンの効用

 昨日は、私としては忙しかった。前の晩寝床で読むはずだった本が、読み出す前に爆睡してしまって読めなかったので、それが読みたくてたまらない気持ちを利用して、雑用を片付けた。

 

 やりたいことをする前に片付けることを設定すると、先送りしていた雑事に手が着く。妻の入院先の病院に手紙を書く。それを郵便局に出しに行く。ついでに年賀状を購入する。食料仕入れや、へたってしまったサンダルを買い換える。歳暮をネットで依頼する。部屋を掃除して炬燵をセットする。薬局に行って、膝痛の薬を買う。些細なことばかりだが、それらを全て済ませたらもう昼を過ぎている。それから座り込んで本(大沢在昌の『暗約領域』残り300ページ)を一気に読んだ。

 

 手紙を書くのは書くことが決まっていても億劫なものだ。それでもけっこう手紙を書くことが多い。月に一通か二通は書いている。いまはワープロでいろいろ書いて、それを簡単に書き直すことが出来るのがありがたい。筆無精は自分の字がお粗末なのが恥ずかしいからで、書くこと自体は嫌いではない。

 

 サンダルは親指で挟むことの出来る草履形式のものが欲しくて、買いそびれていたのだ。さいわい見つけることが出来た。膝痛用にコンドロイチンの薬を飲んでいたけれど、半月以上前になくなっていた。効いているのかいないのか、判然としなかったのだが、階段を上るときに痺れるような痛みが再発し始めたので、効果があったらしいことが感じられた。常用薬にしては高いのであるが、効果があるなら必要なものである。

 歳暮は昔世話になった人たちが次々に鬼籍に入ってしまったので送り先がほとんどなくなっているが、それでもなくなったわけではない。いまはネットで頼めるから楽でいいけれど、なにを送るか考えるのは案外面倒である。つい自分が欲しいものを選んでしまうが、私らしいと相手は笑っているだろう。

 

 あとでもいいや、と思っていたことを、これを済ませれば読みたい本が読めるぞ、とニンジンをぶら下げた効用はたしかにあった。今晩はおでんでもつくろうかなあ。
ポチッとよろしく!

2020年11月13日 (金)

大沢在昌『暗約領域』(光文社)

Dsc_4763

 新宿鮫シリーズの第11弾、八年ぶりの新シリーズと銘打って昨年発売されていたので購入していたのだが、何しろ700ページを超えていて、三冊分くらいあるのでなかなか手が出なかった。それを二日がかりでようやく読了。期待通りの面白さだった。著者の最高到達点、と帯にあったけれど、大げさすぎるとは思わない。

 

 新宿署生活安全課の刑事・鮫島は彼をかばい続けてくれた課長の桃井を前作で失って、失意の中、相変わらず単独行動で捜査を行っていた。彼は、たまたま持ち込まれた情報によって張り込んでいた闇民宿のビルで銃殺死体を発見する。男の身元は不明。やがて日本人ではないらしいことがわかってくる。

 

 ところがこの事件が公安に横取りされたことで、その背後にあるものを調べだした鮫島は、事件の背後にある、とてつもなく深い闇を暴き出していくことになる。不屈で何者にも妥協しない鮫島は、しかしじつは極めて理知的でまっとうな価値観の持ち主でもある。そういう人間は知的であるために、結果を先取りしてしまって妥協するのが普通だが、彼にはそのような妥協は一切ない。

 

 だから暴力団や犯罪集団からも恐れられるし、警察内部でも彼を恐れながら毛嫌いする者たちが数多くいる。人は強いものを恐れてつい妥協してしまい、そのことで自己嫌悪を感じてしまうものだ。しかし鮫島はまったく違う。『相棒』の杉下右京とは違うけれど、精神の有り様は似ているかも知れない。だから魅力的なのである。

 

 大部のこの本を一気に読ませて緩みがなく、しかもスーパーマンのような強さがあるわけではない主人公の、一歩一歩先へ進めていく捜査の成り行きに、読んでいるこちらの方が興奮していく。そのことはこのシリーズを読んだことのある人ならわかると思う。

 

 暴対法などでがんじがらめの暴力団がどのようなシノギ(経済活動)を行っているのか、日本の闇の社会に東洋系の外国人や残留孤児の二世三世たちの作る組織がどう勢力を張り、暗躍しているのか、それが実話かどうか別にしてリアリティを持って語られる。そしてそういう社会との関わりからしかつながらない国、というものもあるのだ。

 

 暴いてはならないものを暴いていけば、その抵抗はすさまじいものとなる。そこに敢えて踏み込むのは、強い信念と勇気を必要とするのだ。
ポチッとよろしく!

お楽しみ

 夜が長くなると、夜、なにを重点に楽しむか考えるのが楽しみになる。酒をゆっくり楽しむのか、本を読むのか、映画を楽しむのか、優先順位を決める。

 

 飲みながら映画を観るのも好いけれど、私はなにも食べずに飲むのは苦手である。そして映画を観るときは部屋を暗くして観ることにしているから手元がよく見えない。結果的にテーブルが汚れるのが難である。こぼすのである。テーブルだけではなく、服まで汚れると困る。

 

 さすがに酒を飲みながら本を読むのは、出来ないことはないけれど、どちらも中途半端になるのでほとんどしない。ただ、飲んだあとに本を読むことは多い。学術的な、集中が特に必要なものだと多少差し支えるが、酔って本が読めないということはあまりない。それに普段は酩酊するほど飲まない。

 

 大沢在昌の新宿鮫シリーズの最新刊を昨年末に購入して、棚に飾ったままになっていたのを引っ張り出して読み始めたら面白いので夢中になっている。700ページを超える分厚い本である。昨日はそれを読んでなかなか切り上げられず、病院巡りに出かけるのが遅くなった。

 

 夜、天ぷらをつくってそれで一杯飲んだあと、続きを読み始めて400ページほど読み進んだところで、寝床に持ち込んだ。寝床は布団乾燥機でふかふかになっている。暖かくて気持ちがいい。ちょっと目をつぶったとたん爆睡していた。それはそれで極楽気分である。そういえば父は寝床に入るときによく、「極楽、極楽、寝るほど楽はなかりけり」と言っていたのを思い出した。

 

 今日は13日の金曜日かぁ。出かける予定はないから、病院に手紙を書いて出す用事を済ませたら、家でおとなしく本でも読んで過ごすことにしよう。夕方には本の感想が書けると思う。
ポチッとよろしく!

2020年11月12日 (木)

東奔西走

 三日間で10軒ほどの病院を現認した。我が家からのアクセスのイメージもつかめたが、その病院の善し悪しなどはチラリと見ただけだからわかるわけはない。あとは受け入れてくれるかどうかにかかっていて、それはいまの病院の主治医が交渉してくれることになっている。

 

 とりあえずその10軒の病院の雑なランク付け、つまり優先順位をつけて窓口になっている相談員に連絡しなければならない。今晩よく検討して、まとめたものを明日の朝には郵送しようと思う。昨日も書いたけれど、思った以上にくたびれた。

それにしてもその気で観ていると、病院やクリニックやメディカルセンターというのがそこら中にあることに気がつく。こんなにたくさんあるとは知らなかった。

 

 来週は弟夫婦が来る。もう一度部屋をざっと掃除して、明日には炬燵を出そうと思う。今晩は天ぷらでもしようかな。
ポチッとよろしく!

小川糸『ライオンのおやつ』(ポプラ社)

Dsc_4761

 33歳の独身女性、海野雫は身の回りの持ち物を全て処分して瀬戸内海の島にあるホスピス、「ライオンの家」にやってくる。癌の治療の効果がなく、余命宣告を受けたのだ。

 

 彼女は人生の最後をどう生きたのか。彼女と同様に最後をホスピスで迎える人たち、それをサポートする人たち、ホスピスに関わるその他の人たちの姿を見て彼女がなにを感じたのか。島のどこからも見える海の景色が、自然が、彼女にはどう見えたのか。そして彼女はなにを残したのか。

 

 ライオンとは何の象徴なのか。「ライオンのおやつ」とは何のことか。

 

 死に直面することで生きることの意味が見える、そのことが実感できる物語である。作家の、つまり著者の小川糸さんの想像力に敬服する。後半に入っての、人生を前向きに生きたことのご褒美の部分あたりから、読んでいて涙が止まらなくなった。幸せな死に方、というのも変だけれど、こんな最期を迎えられたらどんなに幸せだろうか。

 

 人は必ずいつかは死ぬけれど、そのことこそが生を輝かせるのだ、ということを普段は気がつかない。自分がいつかは死ぬということを忘れているからだ。私は死にたいと思ったことはないが、死ぬことそのことについての恐怖は歳とともに少なくなっている。いざその場になったらどうだろうか。

 

 死を真正面から見つめた小説なのに、読後感が爽やかなのは不思議なほどである。お勧め。 

 

 冒頭部分に「ソ」が出てくる。蘇のことである。蘇については宮本輝の小説でも詳しく説明されていたことを思い出した。
ポチッとよろしく!

2020年11月11日 (水)

夜が待ち遠しい

 どこかへ出かけたときや友人知人と飲むときは別にして、正月以外は夕方五時前には飲まないことに決めている。春から夏にかけては、五時はまだ明るいからいいのだが、晩秋から冬で日が短いときは、五時にはもう暗い。暗くなるとなんとなく晩の支度を急いでしまう。

 

 晩には主食であるご飯は原則として食べない。メインのつまみを一品か二品料理して、あとはできあいや残り物をいくつか並べるだけだから、支度はあっという間に出来てしまう。独り飲みのときは、羽目を外すとあるだけ飲んでしまうから酒量は控えめにする。スイッチが入らないようにしているのだ。

 

 今日も妻の転院候補の病院を訪ねて回った。三軒回ったところでまだ昼過ぎだったけれど、妙に疲れたのであと二三軒残して帰途についた。残りは明日にする。体より気疲れなのだが、けっこう集中して気を張っているのが日頃にないことなので、疲れるようだ。無理をする必要もないし、生まれつきいい加減であり、無理するのは嫌いだからまあいいだろう。

 

 帰ってから時間がたっぷりあったけれど、録画した番組がいくつかたまっていたので、それを観る。ついでに洗濯をして、布団乾燥機で自分の布団を暖めた。家の中の片付けはまだ半ばだが、弟夫婦が来るまでに済むか心配だ。

 

 そうこうしているうちに四時半を過ぎている。そこから遅々として時計は進まない。夜が待ち遠しい。酒が私を待っている。今日は厚揚げの煮物と肉野菜炒め、蜂の子の瓶詰め。五時にはできあがる予定。
ポチッとよろしく!

病院を見に行く

 昨日午後、妻の入院先の病院から送られてきた資料にもとづいて、転院候補の病院を見に行った。昨日は名古屋市内の病院。名古屋といっても広いけれど、そのことがわからずに選定されているから家からのアクセスがとても不便なところもある。信号が多くて距離以上に遠いところもあるのだ。逆に距離があっても名古屋高速が使えて案外行きやすいところもある。

 

 四件回ろうと思ったが、途中でなんとなく喉がいがらっぽくなり、体調に不安を感じたので、三件だけにした。帰ってすぐに体温を測ったら36.7℃、最近の平熱が36.3℃くらいだから、少し高いけれど問題になる体温ではない。安心した。病院のアクセスだけでなく、雰囲気も確認するために待合室にしばし座ってみる。用件を聞かれれば説明するが、訊かれたのは一件だけだった。

 

 知らない道をナビに従って走るのはいささか疲れる。今日は午前中から動くつもりだが、残りの六軒ほどを回りきれるだろうか。こんなふうに回ってもほとんどなにもわからないけれど、イメージをつかんでおくことは必要だろうと思っている。半分は養護施設も付随しているので、それを優先することにしようか。

 小川糸さんの新刊が出ているらしいので調べたら、『とわの庭』という本だということがわかった。それに『ライオンのおやつ』という昨年出ていた本の情報もあったので、二冊をアマゾンに頼んだ。置き配でかまわないから出かけても大丈夫。
ポチッとよろしく!

2020年11月10日 (火)

夜明け前に

 今朝、夜明け前に足がつりかかった。つる寸前で足首を起こしたり親指を引っ張ったりしてなんとかとどめようとするのだが、ちょっと手を離すとまたつり始める。あわてて薬箱のコムレケアという薬を取り出して飲んだ。以前たびたび足がつったときに買ったものが残っていたのだ。不思議なことに(多分に精神的なものもあるのか)飲んですぐに足のつりはおさまった。

 

 栄養のバランスがまた偏っているのだろうか。アーモンドがいいと教えていただいて、せっせと食べたらそのときはそれでおさまってしまい、ずいぶん久しぶりのこむら返りであった。そういえばしばらく前から膝から下になんとなく違和感を感じていた。何かの兆候だったのかも知れない。

 

 しばらく本を集中して読めなくなっていた。読んでいるうちに文字の意味が頭に入らなくなり、ただ字面を追っているだけになる。そうなると文字というのは意味のない記号の羅列でしかない。こんなことが続いたらいったいどうなってしまうのか不安になる。だから読みやすいミステリーを読んでみたら、はじめはやはり集中できなかったけれど、次第に文字の意味がひとりでに頭に吸い込まれるようになった。米澤穂信の小説のおかげである。

 

 晩になって眠れないので、久しぶりに奥野健男の文学評論を読んだり、志賀直哉の全集から短編を拾い読みしたりした。ちゃんと読めるようになっている。スイッチがつながったらしい。その代わり眠れなくなった。
ポチッとよろしく!

米澤穂信『Iの悲劇』(文藝春秋)

Dsc_4760

 写真では帯を外しているが、その帯の表には「一度死んだ村に人を呼び戻す。それが『甦り課』の使命だ」とある。なんだかおどろおどろしそうな話のように思えてしまうが、米澤穂信はそんな話は書かない。これは連作ミステリーであり、最後のエピローグの章に全体を俯瞰した謎解きが待っている。途中で抱いた微妙な違和感、不自然さの理由がわかる仕掛けである。

 

 帯の裏には「徐々に明らかになる限界集落の『現実』!そして静かに待ち受ける『衝撃』」とあるがそれほど大げさなものではない。それよりも読後感の中に、過疎の村を抱える地方自治体の、理想と現実というどうしようもない問題が浮かび上がって、哀しい気持ちになった。

 

 南はかま市という地方都市の北東隅にあった限界集落の簑石地区はついに最後の居住者が離村して、無人の村になる。それから数年、市長の肝いりで簑石へのIターン支援推進プロジェクトが発足する。移住希望者には市がさまざまな支援をすることで住民の誘致を計画したのだ。

 

 さまざまな人々が田舎暮らしに憧れて応募してくる。その人々に対応し、支援するのが新設された「甦り課」であり、課長ひとり、主人公である「私」こと万願寺という青年、そして市に採用されてまだ新人の観山という女性の三人である。

 

 選ばれて住み始めたひとびとの間にさまざまな軋轢が生じるのは別にこの地区の話に限らないのだが、トラブルが次々に発生し、万願寺は振り回される。そのトラブルは謎めいたものが多く、それが原因で次々に移住者たちは村を去ることになる。そもそもがそれらのトラブルは移住者そのものに原因があるのだが、それぞれの話が章立てされていて、各章が独立したミステリーとその謎解きの連作となっている。

 

 謎解きをされるとなるほどそうか、と盲点を突かれた気分を楽しめるのが米澤穂信のミステリーのいつものパターンである。そしてその背後にさらなる大きな仕掛けがあるのもいつものことで、それが解っているので、今回は私にもラストの想像がついた。読者にわかることを著者も想定していたはずである。だからこそ、真面目な万願寺の純粋な思いがこちらにしみじみと伝わるのだと思う。
ポチッとよろしく!

2020年11月 9日 (月)

やさしいのと厳しいのとどちらがやさしいか

 糖尿病の定期検診での血液検査による血糖値は、前回よりわずかだが高くなっていた。いまの美人の女医さんの前の美人の女医さんなら、眉をややひそめて、「ちょっと気が緩んでいますねえ」と苦言を呈すると思う。しかしいまの美人の女医さんは、「うーん、まあこのくらいならよしとしましょう」と寛大である。ちょっと他人事のところがある気もする。厳しい方がこちらのことを真剣に心配していると考えることも出来る。

 

「次回は1月4日、それでいいですね、正月は飲み過ぎないように」とこちらの都合を聞かずに決められた。節制を強制されたようなもので、やさしい中にも厳しさがある。今度の正月はひかえよう。その代わり、暮れまでにせいぜい飲むことにしようかな、などと考えているのだから、我ながらどうしようもない。

 

 薬局で処方された薬を受け取り、昼過ぎには我が家に帰着。病院も薬局も心なしか患者の数が少ない気がする。時間がかかるのは、採血した血液の検査結果が出るまで待つからであって、それ以外の手順は昔から見れば非常にスムーズになっている。

 

 帰ったらすぐに速達が配達された。妻が入院している病院の相談員からだ。彼女の調べた愛知県の転院先の病院の候補についての資料がはいっていた。数十件の中から八件ほどが推奨されている。病院にさらに介護施設が併設されているものが良いだろうとのコメントが付されていた。

 

 それについて、自分なりに調べたりその病院を見に行って、わたしの希望順位について返事をすることになっている。

 

 それにしても速達とは・・・。転院の催促の強い意志を感じさせられる。仕方のないこととはいえ、何でこんな暮れになってバタバタしなければならないのか、とぼやきたくなる。さはさりながら、しなければならないことを先延ばししても、ひとりでに何かが解決する話ではないから、明日か明後日あたりに、車でそれぞれの候補の病院を見て回ろうと思っている。

 さあ、冷蔵庫はいまほとんど空である。買い出しで補充しなければ・・・。それにまずビールを買わなければならない。今夜は湯豆腐にでもしようか。

ポチッとよろしく!

検診

 本日は持病の糖尿病の定期検診日。10月はあちこちに行き、美味しいものをたらふく食べ、飲みたいだけ酒を飲んだ。まったく節制していなかったので、今月になってあわてて節食ににつとめているが、一度胃袋を甘やかすとなかなか元に戻らず、間食がとまらない。

 

 しかし不思議なことに増えた体重は元に戻っている。果たして血糖値はどうなっているだろうか。

 

 いま愛知県も新型コロナの感染者が増えている。病院に行くのはリスクだが、病院も対策がいままで以上に万全であろうから、心配しすぎないことにする。

 

 さあ、これから病院へ行って長い待ち時間を耐えることにしよう。
ポチッとよろしく!

2020年11月 8日 (日)

見ていても見えない

 朝鮮通信使というのをご存じだろうか。室町時代以降、李氏朝鮮が日本に送ってきた外交使節団のことである。豊臣秀吉の朝鮮出兵により中断したが、徳川家康の招請により再開され、江戸時代だけで12回派遣されている。

 

 徳川吉宗の時代、その通信使節の一員だった申維翰という文官が『海游録』という日本の見聞録を残している。東洋文庫に収録されているので購入も考えたが、中国と日本にこだわっていたので、朝鮮まで手を広げるのは手に余ると思いあきらめたので未読である。

 

 司馬遼太郎の『「明治」という国家』という本のはじめの方でこの『海游録』が取り上げられている(この『海游録』はさまざまな人がよく取り上げる』)。申維翰は日本をどのように眺めていたのか。司馬遼太郎はどのように書いているか。

 

「何しろ朱子学というイデオロギーのかたまりのような人ですから、日本人を、人間とは思わず、一段ひくい人間とみています。日本の民衆も然り、高位のものも、「人に似たる者がない。」と記しています」

 

イデオロギーというのは、一般にドグマを核として、人間や社会の中から正と邪、善と悪を選別する体系のことです。朱子学もまたそうです。その価値体系からみれば、日本人は人ではない。人に似てもしていない。といって、『海游録』は奇書ではありません。朱子学的にみれば、極めて標準的な思想を持った人の著作です」

 

 ここで司馬遼太郎は当時の朝鮮と日本について以下のように説明する。

 

「申維翰の朝鮮とくらべて、江戸日本の重要な特徴は、日本が圧倒的な商品経済(貨幣経済)の沸騰の中にあったということです。」

 

「申維翰の朝鮮は、一種の理想社会でした。社会に存在するのは、官と農民だけで、問屋制による前期資本主義というものは、存在しませんでした。」

 

「習慣としての儒教はすみずみにゆきわたり、儒教的にいえば日本より格段上の文明国でした。高度の漢学の知識と詩文をつくる能力をもった官僚とそれをめざすひとびとのほかは、文字を用いる必要は、ほとんどありませんでした。」

 

「ところが江戸日本は、朝鮮官僚のような高度の学識をもつ人はまれであるにしても、読み書きする人口は、中国や朝鮮に比して圧倒的に多かったのです。」

 

「江戸期の都市における識字率は、おそらく七、八〇%はあったかと思います。」

 

「わが申維翰は、『海游録』というみごとな日本見聞という報告書を書きながら、日本史や会を儒教的価値観--つまり礼があるとかないとかいう--で裁断してゆくのみで、ついに日本社会をゆるがしている商品経済については、見ても意味を見いだせなかったのか、まったくふれずにおわりました。」

 

「ただ、申維翰は、大坂という商業の町が、おびただしい種類の書物を売る町でもあることを見ました。このことで、彼はもっと深く察すべきだったでしょう。」

 

 申維翰は見ているのである。見て書き留めているのである。しかしそのことの意味は見いだせない。見ているけれど見ていないのである。世に見ているけれど見ていない人のなんと多いことか。では自分は・・・。
ポチッとよろしく!

遅れ気味

 弟夫婦がしきりにLINEを勧める。娘に設定してもらって使い始めたら快適だという。わたしはどうもLINEに懐疑的で、まだ設定していない。

 

 キャリアメール不要論を目にすることがある。理由があって言っているのだろうが、それでなに不自由なく過ごしている私から見れば余計なお世話だと言いたくなる。

 

 世の中は日進月歩で、数年でガラリと変わってしまう時代になった。便利になったものに乗り換えるのが当然と考えるのもいいけれど、まだ使えるものを使い続けても別にいいではないかと考える者もいるのだ。使い慣れているのをまた一から覚えるのが面倒でもある。新しいことを受け入れにくくなっている。なんだかマラソンをしているようで、一度引き離されるともうその差がどんどん開き、ついて行けなくなる気がする。

 

 だれもが出来ていることだから、やればなんとかこなせると思うけれど、そう思っているうちに浦島太郎になりつつあるようだ。
ポチッとよろしく!

2020年11月 7日 (土)

錦繍

 今上天皇が皇太子のとき、どこかのみごとな紅葉をみて「錦繍」という言葉で表現していた。そのときにわたしが頭に描いたのは、鳴子渓谷の最盛期の紅葉であり、米沢から桧原湖へ越える白布峠の紅葉であった。同時に、宮本輝の「錦繍」という小説も頭に浮かんだ。

 

 小説の冒頭で、蔵王のダリア園からドッコ沼へのロープウエイが語られている。大学に入学してすぐに、同じ下宿の先輩がワンゲルの副部長だったので、蔵王の縦走に加わらないかと誘われた。バスで蔵王温泉まで行き、そこからダリア園を出発点にして、私たちはもちろんロープウエイに乗らずに、山上の、あの樹氷のある場所のすぐ手前にあった大学の山小屋まで徒歩で登った。

 

 翌日地蔵岳や刈田岳を縦走して宮城県側に下りた。四月だったからまだ山には雪が残っていて、お釜の馬の背の、絶壁にしか見えない急斜面をブルーシートを尻に敷いて滑り降りたりした。先輩はワンゲルに引き入れようと、再び蔵王や吾妻連峰に連れて行ってくれたけれど、本格的な山登りはそれきりになった。せいぜい山形では月に一度ほど千歳山に登り、米沢では斜平山の長い稜線を歩いたりしただけである。

 

 蔵王温泉のダリア園のあたりには、だからなんとなく自分の一つの結節点のような思い入れがある。わたしが宮本輝の『錦繍』がことのほか好きなのは、そういう思い入れがあるからかも知れない。

 

 先日、そのことをオペラさんが『錦繍』についての感想を書いたブログに読むことでしみじみと思い出した。
ポチッとよろしく!

土曜日

 リタイアして十年、毎日が日曜日のはずなのに、土曜日が来るとなんとなく嬉しい。気持ちが楽になる気がする。そのうえ日曜日の夕方からなんとなくアンニュイになることが最近になってようやくなくなったのはありがたい。どちらも仕事に対する緊張感のなせる仕業だったのだが・・・。

 

 夜中に一度目覚めて、ついそのまま起きていたら寝そびれた。これをやると睡眠のリズムが狂ってしばらく戻らない。朝の頭は重くて、もともとできのよくない頭の働きがさらに鈍くなる。おまけに今日は天気がよくないようだから気分も重い。

 

 今週中に妻の転院先の候補が病院からメールで送られてくると思っていたけれど、まだ来ない。窓口役の相談員は土曜日も出勤しているはずだから、今日あたり来るのだろうか。来てから考えればいいことを先取りして考えても仕方がない。念頭から払っておくことにする。

 

 今日は、片付け仕事は少しだけにする。休んでもいいが、再開のスイッチが入らなく恐れがある。

 

 アメリカ大統領選はそろそろ決着がつきそうだが、トランプの悪あがきの見苦しさに支持者が愛想を尽かすのにしばらく時間がかかりそうで、それまで騒動は続くのだろう。それにしても開票所の前で、「開票をやめろ」とわめくおばさんの大写しを見せられて、果たしてこの女性はなにを叫んでいるか本当に理解しているのだろうか、夢から覚めたら自分の行動をどう考えるのだろうか、などと思った。わたしはあんなふうに夢中になることが出来ない。
ポチッとよろしく!

2020年11月 6日 (金)

隙間を隙間で埋める

 膨大な本を読み、該博な知識を持っている人がこの世にはゴマンといて、どうして自分とこれほど違うのだろうかと思ってきた。自分に努力が足らないことは頭ではわかっていたし、その頭の作りにもいささか違いがあるらしいことも感じざるを得なかった。

 

 そこで考えたのは自分はあまりにも日々をスカスカに生きているのではないか、何かをしているときとなにもしていないときを比べれば、どうもなにもしていないときが多すぎるのではないかと考えた。しからばそのなにもしていないときに何かをすることに努めれば、多少ともレベルが上がるのではないか。

 

 こうして隙間だらけの自分の時間を埋めるために、あれもしよう、これもしよう、ともがいたあげくに、どれひとつとして成果は上がらず、隙間を埋めたはずのものが徒労という隙間であったということ気がついた。

 

 わたしの隙間は、わたしというものの重要な構成要素で、それがあってわたし自身があるらしい。いまはあがくことをやめて(あがこうにも若いときのようなエネルギーがない)自分の能力に合った生き方でいいのだとあきらめて生きている。哀しいことだが、カエルはいくら空気で腹を膨らませても牛にはなれない。

 

 いささか努力をしないことのいいわけめいているか。自嘲である。
ポチッとよろしく!

けなげというか何というか

 昨日は三つの机回りを片付けた。机の面がほとんど見えなかったのが、半分くらい見えるようになった。今までなかったスペースが生まれてくるのは嬉しい。

 

 冷蔵庫の中の掃除が中途半端だったので、トレイや棚を全て外して磨き立てた。こぼれたものがこびりついていたりしたのが全てきれいになると、新品の冷蔵庫みたいになった。電池式の消臭器を置いている。この電池を入れ替えて充電。ずいぶん使い込んでいるけれど、未だに健在で、期待以上の効果がある(と思っている)。

 

 昨日はこれで午前中を費やす。本質的に怠け者なので、二日目はこれで終わり。あとは音楽を聴き、映画を観たりした。

 

 不調のブルーレイレコーダーをいまだに使用しているが、不思議なことにWOWOWやBSフジのプライムニュースはちゃんと録画出来ているのに、NHKの番組のみ、録画が出来たり出来なかったりしている。偶然だろうか、機器の不具合以外に何か理由があるのだろうか。しばらく様子を見ることにする。

 

 寝室のデジタルオーディオ用のアンプは、二十年以上使っている大昔のヤマハのAVアンプだ。型落ちの新古品を格安で購入したもので、パワーだけは自慢の一品だ。ただ、古いからHDMIの端子がないので不便であり、世代交代して寝室に引退している。そのアンプもときどき接触不良で、右のスピーカーが鳴らなかったり、左のスピーカーが鳴らなかったり、ときどき不機嫌になる。

 

 そろそろ本格的にお役御免にしようと思って、新しいアンプのカタログなどをネットで眺めていたら、なんと接触不良が皆無になった。変わったことといえば部屋にルーターの中継器が導入されたことだが、彼はそもそもネットとつながる部分を持たないから関係がない(はずである)。

 

 年を経ると、ものは化け物に変わるから、自分の引退を察知して最後の力を振り絞っているのかも知れない。うーん、けなげというか何というか・・・。
ポチッとよろしく!

2020年11月 5日 (木)

中継器

 今朝のブログはこの「中継器」という題の前書き部分として書きだしたもので、途中で止まらなくなって肝心の中継器のことではなくなってしまった。

 

 寝室兼遊び部屋にはXPパソコンと、Windows10パソコンではあるけれど動作が怪しくなっているのでほとんど空っぽにしてあるパソコンが置いてあり、その空っぽのパソコンを寝床で操作して、アマゾンミュージックや、LANでNASのデジタル音楽を受け取ってUSB-DACでオーディオを鳴らしている(興味のない人にはなにを書いているのかわからないかも知れない、申し訳ないことである)

 

 しかしWiFiルーターから離れているためか、受信状況が芳しくなくて、ときどき音切れを起こすし、つながるまで時間がかかる。調べるとルーターからの電波を中継して増幅してくれる中継器というのがあるらしい。どのくらいの値段なのかアマゾンで見てみたら、安いものは四千円以下である。それなら懐が痛むというほどのことはない。

 

 さっそく取り寄せて、昨晩ルーターと同期させ、寝室のコンセントに差し込んだ。大変快適である。ルーターの側にいるのと変わりない。たぶん音質もよくなって(デジタルではそんなはずはないかも知れないが)いるような気さえする。静かなリラックスするようなクラシックの曲を聴きながら安眠した。ストレス解消の投資としては安いものである。
ポチッとよろしく!

今朝の状勢を見て

 アメリカ大統領選は、そのまま見ていればトランプが優勢に見えていたけれど、今朝になったらどうもバイデンに傾き始めていて、混迷の気配である。アメリカ人にはそれがどう見えているのだろうか。当然応援している側に立ったものの考え方をするだろうから、ますます対立の溝は深まり、分断が激しくなるのかも知れない。

 

 暴動の気配を手ぐすね引いて待ち構えている連中がいることは、ニュースでたびたび見せられてきた。暴動は略奪のチャンスで、どちらに理があるかなどどうでもいい連中で、その素早いことはプロ集団といっていい。こんな連中が日本では横行していないから、大きな災害でも比較的に安心して避難することが出来ている。いないはずはないけれど、そういう連中が横行できない社会というのが正常な社会というものだろう。

 

 強権をもってそれらを押さえ込まなくても暴行略奪が起きないのが正常な社会で、強権を持って押さえ込んでいるのが中国という国で、ときどきガス抜きに反日暴動略奪を政府が密かに扇動したりしている。チャンスをとらえるに敏な国民だから、政府公認らしいと察知すればたちまち大衆は暴行略奪者に変貌する。コントロールできると政府が高をくくっていると、止めどなく暴走することがあるのは過去の歴史に見ることが出来る。上から圧力をかけ続ければ、内圧は高まるものなのだが、中国の皇帝はそれをよく承知していて、ガス抜きも巧妙である。

 

 トランプは法と秩序を謳って強権発動で暴行略奪を押さえ込もうと考えているようだが、彼に中国皇帝の様なコントロール能力や知識があるとも見えず、内圧を高めるための分断ばかりを昂進させていれば、略奪のプロたちは勇躍するばかりだろう。愚かなことだ。

 

 いったいアメリカはどうなるのだろう。
ポチッとよろしく!

2020年11月 4日 (水)

片付けの着手

 散らかっている部屋を眺めると、どこから手をつけて良いか分からない。始める前からうんざりする。しかし、すこしずつやっていけば、いつかはそれなりに片付くものだ。手順を考えるためにやることを細分化する。それをメモに書き出したら、たちまち二十くらいの項目が出来た。まだまだやっているうちに増えるだろう。本当に家を片付けたければ引っ越しをすればいいのだが、今のところその予定はない。

 

 まず床にあふれている本を整理して、もともとそこにあった本棚や押し入れに収納する。読みかけの十冊ほどのみまとめて手元に残す。それだけで床が大分見えてきた。

 

 今日は資源ゴミの日なので、雑誌類やチラシなどをまとめておく。冷蔵庫の期限切れの瓶詰め類やオイスターソースやドレッシング各種、とっておいても仕方のないものなどの中身を全て処分して、容器を洗い、資源ゴミとする。わたしは多少期限を過ぎても気にしないけれど、だからつい古いものが残ってしまう。今回はきっぱりとけじめをつけた。

 

 冷蔵庫がずいぶんさっぱりした。資源ゴミを全て出したら、さらに床が広くなった。扇風機が二つあって、ストーブも二つある。扇風機をしまい、ストーブを出した。

 

 トイレと風呂場の掃除。ここまでやったらくたびれてしまった。処分した冷蔵庫の中のもので補充の必要なものなどをスーパーに買いに行き、今日の仕事はほぼ終わり。

 

 あとは座り込んでアメリカ大統領選の様子をぼんやりと眺めていた。明日は机回り(なんと我が家には机が三つある)を片付けるつもりである。引き出しまで手をつけると収拾がつかなくなるので、机の上だけにするつもりだ。

 

 台所回り、食器棚など、手をつけるとかなりおおごとになる予定である。食器も必要なものだけにして、収納してしまい、バラバラになっているものについては、そろいの食器を少しずつ買い直すつもりである。

 

 なんとなく楽しくなってきた。
ポチッとよろしく!

リセット

 旅に出て、こころのなかにたまったゴミを整理したつもりでいたが、もともと容量の少ないメモリーがほぼ満杯状態になってしまっているらしく、あらたなインプットがほとんど出来ない状態になっている。そうなると脳内作業もうまく出来ない。

 

 わたしの脳はさいわいというか残念というか、揮発性のメモリーで出来ているので、時間とともに少しずつ内容が蒸発していく。無理なインプットをひかえてぼんやりしていれば、空き容量が増えてくれるのだ。ただし、大事なことだけは残って欲しいと思っても、なにが先に蒸発するかわからない。

 

 というわけで、今日はぼんやり音楽を聴いたり映画を観たりして過ごすことにする。いままでは、それは充電するためだと思っていたが、どうも雑念が過剰にたまって空回りしている脳から、無駄なエネルギーや雑念を放出する作業であるらしい。

 

 リセットといっても、空っぽにしてしまっては大変だ。オーバーヒート気味の心のテンションを持続可能な状態に戻し、空き容量を確保して、正常に作動させるためのものと考えている。生きて社会生活をする限り、なかなか仙人のように心の平静を保ち、人生を達観するのは難しいようだ。

 

 精神の病とは、リセット不能で暴走している心の状態のことかと思ったりした。器質に問題があるというよりも、暴走によって器質にダメージが生じてしまうということで、原因を器質に求めようとしているように見えるいまの精神医学に、なんとなく疑念を持っている。

ポチッとよろしく!

2020年11月 3日 (火)

トルコの地震

 昨年秋、トルコに行った。イスタンブールに一泊したあと、早朝、国内便で飛んだ先がイズミールだった。イズミールでツアーバスに乗り、そのままエフェスという古代都市遺跡のある街に向かったから、イズミールは通過しただけである。

190910131エフェスにて

 それでもイズミールの記憶はある。その街が地震で大きな被害を受けたことをニュースで観ているとなんとなく他人事とは思われない。

 

 そのときも、トルコの東部で少し大きな地震が一月ほど前にあったと聞いた。トルコの地震のニュースは以前にも聞いたことがあったが、日本と変わらないほど地震の多い国だということをガイドに教えられた。

 

 それとともに、九月に亡くなったF君のことを思いだしていた。この十数年、ほとんど毎年、年に一度は一緒に海外旅行に行った。キューバにもウズベキスタンにもバリ島にもベトナムにも韓国にも台湾にもシンガポールにもタイにも中国にも行った。今年は彼の提案で、バスク地方に行きたいね、といっていた。イスタンブールがあまりにも楽しかったので、イスタンブールだけに一週間くらい滞在して、毎日トルコ料理で飲みたいね、と半ば本気で話していた。

 

 さまざまな思い出が走馬灯のように浮かんだ。君はもういないのか・・・。

ポチッとよろしく!

再来週

 再来週、弟夫婦が名古屋にやってくる。その足で、一緒に高山と金沢に小旅行をする予定を立てた。金沢では冬用のタイヤに交換する。そして金沢の若い友人と会食することも決まった。いろいろ盛りだくさんなのだ。

 妻の転院のいろいろな作業は来週から本格的に動き出すことになるが、再来週は不在であることは病院に伝えてある。

 それよりも心配なのは雪である。11月中はあまり積もることはないと思うけれど、日本海側に向かうためにはどうしても山越えが必要で、万一ということがある。もう少し早くタイヤ交換を予定しておけばよかった。

 弟夫婦が来ることに備えて、散らかり放題の我が家を片付けなければならないし、布団も干さなければならない。例年より少し早い大掃除の計画を立てなければならないなあ。ふつうは計画倒れになるけれど、そういうわけにはいかない。ときには人が来ないと家の中というのは片付かないから、ちょうどいいのだ。

 晩は鍋がいいだろう。下ごしらえさえ済めばあまり席を立たずに一緒に歓談できる。その前に歯医者や糖尿病検診も控えているのだ。さあ、いろいろ忙しくなるぞ。

ポチッとよろしく!

2020年11月 2日 (月)

話せば分かるか

 NHKのドキュメント『揺れるアメリカ 分断の行方』を観ていて、アメリカのいまの事態の深刻さを改めて強く感じた。差別反対のデモを行進する女性が、ラップで『民主主義って何なのか教えて!』と歌っていた。わたしは、民主主義とは、異なる意見を互いが述べあいながら落としどころを探して合意する、というものかと素朴に思っていたのだけれど、そんなシステムそのものが機能しない世界になっているらしい。それがこの番組によって如実に感じさせられた。番組は、話し合いが出来ない社会を分断の社会と見ているのだろう。

 

 五・一五事件のとき、決起した将校たちに踏み込まれ、ときの首相の犬養毅は、将校たちに「話せばわかる、まあ座れ」と応接室に請じ入れたという。しかし将校たちは問答無用で彼を射殺した。話したらわかる、などということを信じていなかったのだろう。ときの政界は互いに相手の非をならすばかりで政争に明け暮れ、話し合いなど成り立つ状況ではなかった。政治家が「話し合い」などというものを信じていないことを国民に見せつけていたのではないか。だからこそ国を憂えて決起した将校たちが話し合いなどというものをいまさら受け入れられなかったのではないか。

 

 自由主義国は民主主義を政治のシステムとして採用し、それを基準にして互いの国通しの話し合いを成り立たせることが出来ると信じてきた。ところがその民主主義そのものが揺らいでいる。「話し合い」そのものが成り立たないからだ。

 

 それを極端にしてしまったのがトランプという人物だと思うけれど、そもそもその根底にアメリカの豊かさと貧しさの極端な乖離があるのだろう。サクセスストーリーの信奉はそのまま拝金主義と裏表なのではないか。

 

 そうしてそもそも民主主義そのものを採用していないか、そのシステムの意味を理解していない国がそれなりの発言力を持ってくると、「話し合い」が成り立つはずがないのかも知れない。たとえば、韓国という、建前は民主主義ながら、ほとんど交代制の王政のような国が「話し合おう」などということが、コメディのように見えてしまう。

 

 野党の一部には北朝鮮とすら「話し合え、話し合えばわかり合えることもあるはずだ」というが、同じ国の、北朝鮮よりもはるかに価値観の違わないと思われる与党ととすら話が通じ合わない状態なのに、よく言うよ、と思う。話は通じないものだ、ということを前提にして、さてどうするか、を見いだせないと分断はどんどん進み、混乱と破壊がエスカレートしそうな気がする。

 

 「衣食足りて礼節を知る」と中国の賢人はいった。アメリカの映像を見ていると、飽食の果てなのだろうか、恐ろしく肥満した人ばかりが目につく。着ているものもたいていみすぼらしいわけではない。しかし礼節をわきまえているとはとても見えない。人間というのは科学文明が進歩しても礼節はまったく進歩しないもののようで、かえって退歩し始めているようだ。民主主義は互いに相手が礼節を持っているはずだ、という信頼があってこそ成り立つものなのかも知れない。そんなものはもともと幻想だ、というのが現代というものか。

 

 恐ろしい時代になったものだ。
ポチッとよろしく!

ウサギとカメ

 時間は意識しているとなかなか進まないけれど、ぼんやりしていると驚くほど進んでいる。わたしも、ぼんやり生きているうちにもう七十のおじいさんになった。なんだかウサギとカメのウサギのように、気がついたら時間に大きく追い越されている。同時に浦島太郎になったような心境も感じる。玉手箱などなくても、人はとつぜん自分がおじいさん、おばあさんになった気持ちになるのかも知れない。過ぎた時間の記憶を喪失すればますますそう感じるだろう。

 

 おじいさんには「開けた明るい未来」というのは考えにくいから、時間に追い越されないように時間と共に生きるよう心がけなければいけないと思う。日々をもう少し大事に生きなければ、と思う。もちろんそれを意識しすぎて無理なあがきをしても疲れるだけだろうから、その兼ね合いがむつかしい。

 

 大好きな、「計画を立てること」をしばらくサボっていたので、短期、中期についての行動計画、生活指針を考えてみたいと思っている。

 

 いろいろあったし、これからも大変で、考えると気が滅入るけれど、あるていど開き直ったら(覚悟が決まったと言うほどではない)不思議に熟睡できている。それは頭がそこそこちゃんと働くために必要なことなので、ありがたい。
ポチッとよろしく!

2020年11月 1日 (日)

これからシチューでも作ろう

 日曜日に大々的な道路工事をしたら、行楽に出かけた人たちが迷惑する。下りの東名高速の中井から足柄までの間に右ルートと左ルートの分岐があるが、その左ルートが工事で閉鎖されていて、全ての車が右へ殺到しているから20キロあまりのところが一時間半近くかかってしまった。国土交通省もちょっとは考えたらどうなのだ。などと怒っても仕方がない。必要だから工事をしているのだろう。

 

 とはいえ夕方、無事に千葉から名古屋に帰り着いた。思ったほど疲労はしていない。精神的にテンションが高いせいだろうと思う。

 

 材料がいちおうそろっているから、これからシチューでも作ろうと思う。心身を暖めよう。

 

 ついにブルーレイレコーダーがご臨終のようだ。昨日の晩に録画するはずだった番組がいくつかあったのに、ことごとく録画に失敗していた。録画時間0分で、再生不能、と表示されている。さいわいすでに録画済みのものは観ることが出来る。少し前から動作が異常で、飛び飛びで録画したりしていた。今までそんなことはなかった。何度か中を掃除したりして不機嫌をなだめていたが、再起不能のようだ。酷使してきたから仕方がない。とはいえ、ないと困るから新しいものを買わなければならない。それほど大容量のハードディスクは必要ないので、一番安そうなのをこれから物色しようと思う。しかし参ったなあ。泣きっ面に蜂ではないか。
ポチッとよろしく!

相手のペース

 昨日の病院との打ち合わせは、予想通りの申し入れがあって、その方向に事態を進めるしかなくなった。

 

 転院を強く要請されたということで、つまり病院を出て行け、ということである。病院の総意としては今月中に出て行って欲しいが、そんなことは出来るはずもない。今月中に名古屋近辺の病院の候補を決めて、病院側が交渉して受け入れを打診するという。

 

 もともと地元でないところに長期入院していること自体が不自然なことであると指摘されていたが、今回の身内の理不尽な行為が、病院に強い転院要求の根拠を与えた格好になってしまった。

 

 とりあえず来年初めくらいまでは手続きの問題その他があるからこのまま入院が続けられるが、一月ないし二月には転院が実行されることになりそうである。これからわたしなりに候補の病院についてチェックを進めなければならないから忙しい。

 

 覚悟していたこととはいえ、かなりがっくりしている。何でこんな目に遭わなければならないのだ。

 今日名古屋に帰る。

ポチッとよろしく!

« 2020年10月 | トップページ | 2020年12月 »

2024年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

カテゴリー

  • アニメ・コミック
  • ウェブログ・ココログ関連
  • グルメ・クッキング
  • スポーツ
  • ニュース
  • パソコン・インターネット
  • 住まい・インテリア
  • 心と体
  • 携帯・デジカメ
  • 文化・芸術
  • 旅行・地域
  • 日記・コラム・つぶやき
  • 映画・テレビ
  • 書籍・雑誌
  • 経済・政治・国際
  • 芸能・アイドル
  • 趣味
  • 音楽
無料ブログはココログ

ウェブページ