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2020年12月

2020年12月31日 (木)

よいお年をお迎えください

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 今年も残すところわずか。良いこと悪いことが例年以上に多い年だった。海外旅行には行けなかったけれど、それでも国内の旅はけっこう行くことができた。

 

 読書は残念ながら今年は二百冊に届かなかった。全然読めない読書スランプの時期がけっこうあったし、明治から昭和にかけての評論などをはじめ、比較的に歯ごたえのある本を読んだから、こんなものだろうと思う。映画やドラマはそこそこ観た。映画は懲りずにカルト映画を主体に観ているから、とくにブログで取り上げるようなものは少なかったけれど、たまに当たりがあると嬉しい。

 

 ブログも毎日ほとんど欠かさず更新できたのはさいわいだった。ネタ切れで多少苦しかったときもあったけれど、いつまでつづけられるだろうか。来年もせいぜい頑張ろうと思う。

 

 いつも駄文に付き合ってくださっている方々に心からお礼を申し上げたい。来年が皆様にとって良い年であることを祈念して、今年最後のご挨拶といたします。

2000年の正月

 両親が存命中は、毎年こどもたちを連れて千葉の実家に帰省したが、1999年の暮れだけ帰省しなかった。こどもたちと「初日の出を万里の長城で」というツアーに参加したからだ。

 

 折しも2000年問題が騒がしいときだったけれど、中部空港でテレビの取材を受けた。「2000年問題が心配ではありませんか?」と質問されたので、「まったく心配していない」と答えた。その日の夕方放映されたらしく、「観たよ」と何人かから言われたが、もちろん私はその頃もう北京にいたから観ていない。

 

 大晦日の晩、宮廷料理とかいうのを食べたあと、曲芸ショーを見た。そのあとホテルで一息入れて、こどもたちの観ている一時間遅れ(中国との時差による)の紅白歌合戦を横目で見てから、夜中にバスで八達嶺に向かった。

 

 気温零下11度、帽子売りがうるさい。こどもたちには毛糸の帽子をかぶらせていたが私だけ無帽だった。次から次に断り続けて最後は意地になり、そうなると帽子売りたちも面白がって群がってきた。

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 万里の長城は人でごった返している。高いところまで登って日の出を待った。ようやくのことに、なんとなく冴えない日の出を見た。

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 夕方、元旦の天安門広場に行った。ライトアップされた天安門広場は人出が多かったけれど、いまならこんなものではないのだろう。

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 両親が亡くなって実家へは行かなくなり、こどもたちも帰省してきたりこなかったりで、ついに今年は一人きりの年末年始となった。こどもたちには帰省してくるな、と私が言ったのだけれど。

2020年12月30日 (水)

正月の準備

 昨日はおでんを余分に作り、今日が食べ頃。明日まで食べられる。今日はモツの煮込みを仕込んだから、今晩から二三日は酒のつまみになる。あとは雑煮用の餅菜、揚げ物用の海老と刺身などを明日買えばいい。

 

 鶏もも肉の大きいのを酒と醤油と酢と砂糖の汁に漬け込んだ。これをそのまま半日ほどおいて、あとで煮ても好いし、蒸して切り分けても好い。豆などの煮物類もあまり甘過ぎなさそうなのを何点か買い込んだ。餅はもちろん、蕎麦の準備もしてあるから、これで今日から正月まで酒のつまみや食べ物に不自由はしない。

 

 菊水の原酒は飲んでしまったので、新しいのを買い込んだし、菊姫も息子の送ってくれた幻もある。それに通販で買った白ワインがまだ六本も残っている。正月は朝から飲むつもりだが、これで足りなくなる心配はない。酩酊の元旦を今年も迎えることができる。それにすぐ近くのスーパーは暮れから正月も休まないらしい。頑張るなあ。

 

 ただ、新年早々、一月四日は糖尿病の定期検診である。ではあるけれど、もう今回はあきらめている。美人の女医さんのあきれる顔が思い浮かぶ。

 

 今日は思ったほど雨は降らずに青空も見られた。ただ、夕方になって強い風が吹き出した。明日は急激に気温が低下して前からの予報通りに雪が降るらしい。例年以上に静かな正月になりそうだ。

Dsc_2301数年前、水上温泉で

女禍

 女性が原因で王朝が乱れたりするとそれを女禍などという。ときに女難のことを女禍といったりする。女性差別用語ではないか、などという声が聞こえそうだが、なに、世の中は男禍、男難(当たり前すぎてそんな言葉はないが)だらけで、たまにある女禍が目立つから取り立ててそういうだけのことである。

 

 昨夜は十時過ぎにクラシックピアノの曲を聴きながらスムーズに寝についたのだが、十二時過ぎに目が覚めてしまってそれからどうにも寝付けなくなった。仕方がないから枕元にあった本の中から『安禄山』という本を読み始めた。藤善眞澄という学者の書いた、実録物語風の本である。副題が『皇帝の座をうかがった男』とある。

 

 三国志の時代のあと、中国は統一王朝が存在しない時代(五胡十六国の時代で、ある意味で中国史の最も面白い時代)が長く続いた。それを統一したのが随で、随は三代(煬帝)にして李氏に滅ぼされ、李氏によって唐朝が始まる。異国人のひしめいた長安の都など、最も豪華絢爛たる唐朝も、内実は血で血を争う王朝だった。

0403609敦煌にて

 李氏はもともと隋建国の功臣の一人でもあり、煬帝とは姻戚関係でもあった。五胡十六国の国々といえば北方民族による王朝が多く、隋朝も北方民族であり、李氏も北方民族系である。そこには漢民族以上に氏族内の抗争の激しさがあった。

 

 さらに門閥貴族が王朝と争えるほどの勢力を維持しているという背景があり、それを抑えるために科挙の制度が始められたのだが、貴族と能力が高く皇帝に重んじられて実力をつけた新興勢力との争いが起こる。皇后や外戚がそれぞを味方につけて争った。ついには則天武后という、中国史上唯一の女帝が誕生することになる。そのときに武氏が政権を簒奪したので、唐朝は事実上一度途切れている。

 

 則天武后の死によって、再び唐王朝は復活するのだが、なんとそのあとも皇后や外戚たちの専横が繰り返されていくのだ。懲りないというか学ばないというか、驚くべきことで、専横のあとには誅滅があるのであって、栄華のあとには死が待っている。

 

 最終的にそれを治めたのがあの玄宗皇帝であった。

 

 というところまでを読んだ。これから楊貴妃が登場し、そしてこの本の主人公である安禄山が登場するのだが、さすがに眠気が差してきたので寝についた。ちなみに安禄山も異民族である。

2020年12月29日 (火)

遅いけれどきれい

 住所録の整理も終わり、文面も適当に仕上げて年賀状の準備が整った。エプソンのプリンターをようやくキャノンと入れ替えて、設定もなんとか完了した。まず宛先のプリント、そして文面の印刷を始めたのだが、やはりエプソンは印刷が遅い。それは覚悟の上のことだが、想像以上だ。ただし写真プリントの印刷はとてもきれいだ。何しろ発色がいい。これは以前から承知していることで、両方だめなら救いがない。

 

 用意した年賀状の枚数は年ごとに減らしているが、それでも毎年送ってくれる人がいるので、けっこう送り先は残っている。予備が数枚残っただけだ。文面への書きこみもしたいけれど、もうこれでいいような気もしている。

 

 もうそれで年末の仕事を終えた気分だ。

Img567怠け者ですが、何か?

無為に焦慮する

 昨日は末広がりの八の日なので、マンションの玄関扉にお飾りをつけた。餅や伊達巻きなども少し早いけれど購入する。餅菜などの生ものはまだ早いかなと思ったけれど、名古屋の30日は雨、大晦日と正月は雪の予報である。今日買っておかないと出かけるのが大変になりそうだ。

 

 数日前からやらなければならないことを先送りにして無為に過ごしている。パソコン相手に笊碁をしたり、使い古した大戦略で遊んだり、録画したドラマや映画を観ていて、時間だけが過ぎていく。大掃除ともいえない小掃除も、ほとんど進まない。年賀状は住所録の整理にようやく着手して、まだ終わっていない。手配したプリンターはもう着いているのに梱包を開けて説明書を眺めただけ。設定はまだしていない。

 

 全てがほったらかしだと、なんだか開き直った気分になる。たぶんゴミ屋敷の住人もどこかでこんな気分の開き直りになって、収拾がつかなくなるのだろう。

140925-183バリ島にて

 焦って空回りする自分を、どこかで嗤っている自分がいる。

140925-72バリ島にて

 もう何十年も大晦日はテレビをつけずに本を読んで過ごす。紅白をはじめとしたバカ騒ぎや馬鹿笑いは見ないことにしている。そのための本をゆっくり読むつもりだが、落ち着いて読むためにはしなければならないことがある。参ったなあ。

 

 用意してある本は上下二巻の『サピエンス全史』、面白そうだなあ。年賀状は後回しにして読み始めようかなあ・・・。

2020年12月28日 (月)

だれに呼びかけているのか

 小池都知事はマスコミを通じて繰り返し「こうしてください、ああしてください」と都民に呼びかけている。マスコミの報じる彼女の呼びかけをちゃんと見ているのは、ほとんどがすでに自粛している人たちだけで、行動変容して欲しい若者たちにはその呼びかけはほとんど届いていない。

 

 彼女はそもそも若者に呼びかけたりしていない。彼女が考えて呼びかけている、選挙の票になるまともな人たち、彼女のキャチコピーに同感して頷くような人たちが、彼女の対象である。だれに呼びかけたら事態に何らかの効果があるか、彼女が真剣に考えているとはとても思えない。

 

 その結果が、専門家の予測する最悪の東京都の感染者数である。彼女のせいで感染者が増えている、などとは思わないが、彼女は何をしたら感染者を減らせるのか、まったく理解していないし、理解する能力もないし、自分の役割も責任も自覚していない。東京都のいまの事態は、まったくどうして良いか分からなくてうろたえるしかない彼女を都民が都知事に選んだことの結果であって、そのことを都民も彼女もたぶん理解していない。

 

 テレビのニュース番組のキャスター出身であれば何かができるはずだ、などというのは、何もない平和なときの話で、危機のときには何の救いもないことを知らされている気がする。不思議とそういう知事のいる都府県の感染者が止めどなく増えているように見える。マスコミはそれを報じながら、いつものように他人事だ。ニュースネタが途切れずに楽ができてめでたいことである。

 私はパフォーマンスばかり見せられて小池都知事にうんざりしているし、それをあたかも一生懸命仕事しているかのように報じるマスコミにうんざりしている。

Dsc_7235キューバにて

消耗品

 先日テレビでいま話題になっているらしい「フワちゃん」という奇妙な女性を初めて見た。どうしてこんな女性がもてはやされるのか、私には理解不能である。世の中の方がおかしいと私は思うが、世の中は私が偏狭であると見るのだろうか。

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 世間は変なものをわざと面白がったり、面白がらされたりする。変なものは常に使い捨てである。もともと意味があってもてはやしたのではなくて、面白いからもてはやしたのであり、そもそもみんななにが面白かったのかすら後になると分からなかったりする。たいして面白くないものを面白がってみせるのも現代の面白がり方のようだ。まさに裸の王様と同じだ。これこそ同調圧力ではないか。

 

 そのことを面白がられている本人が感じないはずがあろうか。「フワちゃん」という女性の瞳になんとなくおびえを感じたのは私の錯覚だろうか。

2020年12月27日 (日)

SELF SACRIFISE

 この数日、あまり本に集中できず、ドラマや映画三昧をしている。それぞれにコメントしたいところだけれど、それも面倒だ。

 

 NHKの新しいドラマで福士蒼汰君主演の「明治開花 新十郎探偵帖」というシリーズの、12/25日版は、SELF SACRIFISEがテーマだった。SELF SACRIFISEとは究極の愛である「自己犠牲」ということである。

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 このドラマの原作は坂口安吾の小説である。いまのテンポのいい、しかも技巧を凝らした現代のものからくらべれば、いかにもシンプルで、底が浅い。実はよくよく考えれば人間の本質を突いた物語でもあるのだけれど、なかなかそれをドラマとして映像化するのはむつかしい。

 

 だから勝海舟や西郷隆盛を登場させてはいるのだけれど、ドラマが薄っぺらだ。特に福士蒼汰君の台詞回しがテンポがゆっくりしすぎていて、見いていてまだるっこしい。ちょっとうんざりするけれど、なんとか我慢して観ている。

 

 昨日、WOWOWで、H.Gウエルズの傑作「宇宙戦争」をイギリスでドラマ化したものを放映していた。さっそく録画したので、今日それを一気に観たのだけれど、このドラマこそSELF SACRIFISEそのものを描いたドラマであった。原作とはほとんど違うものになっているのは、意図的であろう。それでいいと思う。何度もリメイクされたものだから。

新型コロナウイルスの発生原因

 WHOがようやく新型コロナウイルスの発生原因の調査のために中国に入国することを許されたらしい。発生が明らかになり始めて一年近く経ってのことで、常識では信じられない遅さだが、WHOは例によって中国の受け入れに手厚い感謝を述べている。

 

 どうしてそんなに遅れたのか、だれにだって想像がつく。原因を調べても何も分からないようにするために、徹底的な対処を進めてきた中国が、もう大丈夫、と判断したからだろう。それに長い時間がかかったわけである。

 

 当然WHOが調べても何も出てこないに違いない。何も証拠となるものが出てこなければ、中国、特に大連が発生源だった確証は得られなかったという報告にならざるを得ない。そういう報告を元に中国は「発生源は中国ではなかったということが確認された」と主張するだろう。そこには大きな違いがあるが、そんなもの無視するのが中国という国だ。

 

 新型コロナウイルスの発生原因について、マスコミやネットニュースから得てきた私のささやかな知識を整理しておこうと思う。

 

 最も陰謀説的なのが、中国が人工的に作り出したウイルスを意図的にばらまいた、というものである。ただしそれが陰謀によるものなら決して事実は明らかにならないだろう。バレるような陰謀は陰謀ではない。もしそれが真実なら、わざと中国ではじめに感染者を出しておき、密かにアメリカやヨーロッパなどにも続いて発生させるように仕組んだことが考えられる。原因が最初から分かっていれば対処も考えていたはずで、だから中国は万全な感染対策を講じたことができたという説明もあり得る。東アジアで感染者が相対的に少ないのも、何か中国に意図があったからだと想像できないことはない。

Dsc_0622_20201226172801雲南にて

 次に感染症の研究所(武漢の市場から近い)からウイルスが洩れた、という説がある。それならウイルスの性質などが最初から分かっているから、対処も的確に行えたはずだ、ということにつながっていく。中国はコウモリが原因だという説を主張しているが、コウモリなどを食べるのは主に広東省で、武漢の市場ではコウモリはほとんど売られていなかったし、コウモリのいる地域とは遠く離れているという。もしコウモリ起源なら、広東省で発生する確率が高いはずで、武漢で発生したのは不可解らしい。

Dsc_4593_20201226172801何でも食べる

 とはいえ、武漢で最初に感染者が見つかったことは事実である。中国の役人のいつもの行動パターンで、それを隠蔽しようとした。そのことが結果的に対処を遅らせ、感染の蔓延を招いてしまった。それはだれが見ても明らかに中国の責任である。発生場所の責任はもし自然発生なら中国の責任を問うのはむつかしいけれど、問題は対処を誤ってしまったためにパンデミックになってしまったことであり、それにWHOも責任を負う、と思うのは自然である。

 

 中国は対処を誤ったことについては口を拭って知らんふりをして、発生場所すら中国ではないと言いたてているが、WHOはそれを裏付けるような報告をさせられるだろう。そうして将来、二度目、三度目の人類の危機が中国から発することになるかも知れない。中国はそれによって念願通り世界を征服することだろう。しかしその征服した世界には人類は存在しないかも知れない。

2020年12月26日 (土)

無意識の悪意

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 人出が減らなければ感染者も減らないのはたしかな事実であるようだ。とはいえ、中国のように感染に人の移動を禁止してしまうことは日本では不可能である。経済活動が休止してしまえばそのダメージは甚大であるから、どうしてもどっちつかずの手立てしか取りようがない。

 

 無責任なコメンテーターは危機を煽り(あの玉川徹氏などがそれを批判されているが、蛙の面になんとやらだ)どちらに対しても非をならすことができるから大喜びである。人での抑制が不十分だ、説得力がなさ過ぎると批判し、同時に経済対策が不十分だ、自殺者が増えている、と批判する。無責任でお気楽なのがマスコミの性質だが、野党もそれに同調しているのだから、心ある人から見れば野党を支持する気にならないのは当たり前だ。

 

 人出が減らないのは若者の行動変容(変な言葉!)がないからだという。若者たちはコロナ禍は自分たちの問題ではない、他人事だ、と見切っているかのようだ。もし感染してもほとんど重態化しないなら他人事なのだろうか。

 

 しかし重態化しなくても自分が無症状感染者になって、リスクの高い高齢者や持病のある人へ感染させる可能性が高いことは繰り返し報じられているし、それを知らないはずがない。それなのになぜじっとしていないのか。私は、若者ほど行動的だ、というだけでは説明できない気がしている。

 

 政治は二階氏のような年寄りに牛耳られ、自分たちの納めた年金は年寄りに使い潰され、医療費も年寄りに対して手厚く使われている。国家予算の三分の一が福利厚生費で、その多くが年寄りと持病持ちに使われていることを若者は無意識に不公平だと感じているに違いない。

 

 その無意識が、自分が安全な感染者になって、年寄りや持病持ちに感染させる行動を励起させていないだろうか。そこまでではなくてもそのリスクを敢えて無視する行動に駆り立てていないだろうか。

 

 群衆心理学的に解析したら面白い結果が出そうな気がするが、恐ろしいからいまはそんな分析をする心理学者はいないだろうなあ。もしかしたら分析している学者はたくさんいて、ほとぼりが冷めたら発表するつもりかも知れない。

 

 ちょっと妄想が過ぎるだろうか。

天ぷらで一杯

 揚げ物は台所が油で汚れるので片付けが面倒だ。それでも天ぷらが食べたくなった。スーパーへ行ったら、鰯も鯵も手頃なものがない。小海老でかき揚げということも考えたけれど、暮れだから大きめの海老ばかりで手頃な小海老がない。精進揚げにすることにした。椎茸ワンパックで五つ、ニンジン一本、なす二本、それに竹輪二本。これで大皿に山盛りでも載りきらないほどの天ぷらができる。

 

 私は塩で食べることはめったにない。ほとんど天つゆである。ちゃんとショウガと大根おろしを入れる。よく冷えた「ふなぐち菊水」の原酒を嘗めるように飲みながら天ぷらを食べる。口が少しくどくなるので、油を流すために缶ビールをときどき飲む。変な飲み方かも知れないけれど、それで満足である。

 

 天ぷらが半分ほど残った。今日は天丼で一食。さらに一食は天ぷらうどんか天ぷらそばにする。安上がりだなあ。

 

 今回はしないけれど、わたしはこどものときから残り物の天ぷらを味噌汁に入れてふやかして食べるのが大好きだ。これは家族全員が食べていた。よそのうちでは見たことがないけれど、我が家だけの食べ方なのだろうか。

2020年12月25日 (金)

本日休業

ネタがないので今回は休業します。

ニュースから

 間違ったことをしてはいけない。間違いを指摘されたら素直に謝るしかない。言い訳してごまかしても間違いは消えてなくならない。決してなんとかなったりしない。それでも謝りたくないのは、謝ることで自分の権威が失墜するのを恐れるからだろうけれど、ごまかしたことでさらに失墜してしまうことに思いが及ばないのか。私は見苦しいものを見せられて哀しい。安倍前首相の功績をそれなりに認めているからだ。

 

 それにしても相手の失点を自分の得点であるかのようにかさにかかる枝野、福山、安住氏などを見ていると、小物(こもの)だなあと思えてどうしようもない。口先の非難の言葉の暗さはどうしてなのだろうか。相手のお粗末さに失笑してみせるくらいの方がよほど辛口になると思うのだが。見苦しさを双方に見てしまうのは私の偏見か。

 

 ところで小林化工という製薬会社の悪質さは想像を絶する。ひところよく話題になった中国のとんでもない会社の話を見せられているようだ。こちらは間違っていることでひとに危害を加えることになるということをまったく考えないというひどい話で、これは謝って済む話とは違う。明らかな犯罪である。

 

 いま報道されていることからだけでも、間違いが気の緩みで見過ごされたなどという話ではなく、判明していたのに会社ぐるみでなんとかなる、と判断して出荷をつづけたらしく思われる。これは刑事事件として多くの人間が逮捕されることになるだろう。会社は存続するだろうか、などと専門家に訊いているアナウンサーがいたけれど、バカではないか。だれがこの先、この小林化工の薬を使用しようとするものがあろうか。この世から消えていくのは当たり前で、そうでなければ似たようなことをやりかねない、またはやっている会社への見せしめにならないではないか。

 

 それにしてもこんな会社が存在していたことに日本全体の気の緩み、劣化を感じてしまう。安倍前首相はこのような気の緩みを生んだ元凶みたいに言われるかも知れないなあ。言われても仕方がないけれど。

2020年12月24日 (木)

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 広島に住む息子から酒が送られてきた。広島県竹原市の中尾醸造という酒蔵の酒だ。帰省しない代わりに送るよ、と連絡をもらっていた。息子は私以上に日本酒が好きで詳しいから、息子の選んだ酒ならまず間違いがない。

 

 暮れから正月に飲むつもりの日本酒が、これで三本そろった。写真左は金沢で買ってきた「菊姫」が入っている。まんなかは「ふなぐち菊水の原酒(19度)」。右が息子の送ってきてくれた「幻」。

 

 どれから飲もうかなあ。

同調圧力が失われたのか

 新型コロナの感染者が増え続けているのに、繁華街の人出があまり減っていないらしい。ウイルスに対する恐怖に麻痺してしまった人が若い人たちなどに増えているようだ。

 

 日本人は、強制されなくても同調圧力によって自主規制する国民だ、といわれていて、政府や自治体からの呼びかけに比較的に従順に従ってきたと思う。その同調圧力が失われつつあるのではないか。どうしてだろう。

 

 怖がることに飽きてしまったのか。あきらめてしまったのか。

 

 連日テレビでさまざまな呼びかけが行われるけれど、医療従事者の悲痛な呼びかけすらむなしく響くようになった。ましてや西村担当大臣や、小池百合子東京知事の呼びかけなど「またやってるな」という程度の印象しかない。特に小池都知事など、なんだかキャッチコピーを見せて「私ってうまいことを言うでしょう」と自慢しているだけに見える。自分が何に責任を負っているのか自覚しているのだろうか、と疑問に思えてしまう。

 

 もう何を呼びかけても国民の心に響かなくなっている。共感を呼ぶような言葉を発することができなくなってしまった。そのことをもう少し深刻に考える必要がある。残念ながら、なるようにしかならないとあきらめざるを得ないのか。

Dsc_0026_20201224064601荒涼

 それならワクチン接種が本格化して事態が沈静化するまでは、自分自身を守るための方策をとことんとるしかない。それでも自分自身、そして妻の関係で病院などのリスクの高いところへ行く機会がしばしばあり、それを避けるわけにはいかない。今のところ感染していないというのは、もしかしたら運がいいだけなのかも知れない。

Dsc_0077_20201224064601救いはあるのか

2020年12月23日 (水)

私にそう見える

 なにごとも、自分の見方でものごとの価値判断をしているわけで、それは自分の人生の中で経験したり獲得した知識によることになる。人の印象なども思ってもいない過去の記憶に影響されているような気がする。

 

 テレビで見る誰かを好きだったり嫌いだったりするけれど、例えば虫が好かない場合など、過去に嫌な目に遭ったり不愉快に感じた人間に似ているところや連想されることに原因があるのかも知れない。

 

 俳優の場合は役柄によってずいぶん好悪が影響される。人間はそれがたまたまそういう役柄だから、と分かってはいても先入観を消去することができないものだ。

 

 女性を見た目だけで判断などはしてこなかったけれど、それでも見た目に大きく影響を受けてきたことは認めざるを得ない。それがこの歳になってようやく見た目にこだわらなくなった。最近はどちらかと言えば知性的な女性に好感を持ち、非知性的な女性に、ときに不快感を持ったりする。

 

 知性的とは、知能が優れているとか知識が多いということではない。その場の状況を把握して、自分の役割をきちんとわきまえた言動ができるかどうか、ということだ。だからテレビで非知性的な女性を次から次に見せられるとうんざりする。もちろん男についてはそれ以上だ。

 

 そういう意味ではNHKのアナウンサーなどはたいてい何度も見てるうちにだんだん好感が持てて来ることが多い。アナウンサーではないけれど、政治解説の岩田明子さんなどは、魅力的な女性として私の目に映る。失礼ながら、若いときだったら決してそうは見えなかった気がする。

 

 それにしても何をブログに書いているのだろう。どうもこの頃頭の中に備蓄がなくなって、空っぽになってしまった気がする。少し休もうか。

Dsc_0002_20201223163001冬の日本海

Dsc_0072_20201223163001冬の東北

こういう景色の中でぼんやりするのが好き。孤独を感じることを愉しみ、それで不思議に癒やされるのだけれど・・・。

壊れる

 プリンターが壊れた。シアン(青)と黒が出ない。黒は染料インクと顔料インクがあるが、顔料インクだけが出て染料インクは出ない。以前から黒は縦筋が出て写真がきれいにプリントできなくなっていたが、青も出ないからどうしようもない。ノズルチェックを繰り返してもまったくインクが出ないし、新しいインクに替えても出ない。

 

 五年ほど前に交換したけれど、もともといままでのものとくらべて格段に使い勝手の悪いプリンターで、しばしば腹を立てていたから、修理してどうにかする気にもならない。むかしのプリンターはシンプルで使いやすく、故障などしたことがないのにどうしたことだろう。インクで稼ぐためにハードを安売りしていているが、その分最近のものは手抜きになっているのだろうか。

 

 仕方がない。キャノン(壊れたプリンターはキヤノン製)にはペナルティとしてしばし退場してもらい、エプソンの安いプリンターを手配した。昔と違うから、それほど大量にプリントするわけではないので、エコタンク式のものはいらないだろう。

 

 これでプリンターが配達されてくるまで年賀状の作成はできない。いろいろあって、住所録などの整理が遅れて何もしていないから、ちょうどいいか。

2020年12月22日 (火)

どん姫来る

 連絡がつかなくなって心配していたどん姫が、手土産持参でいきなりやってきた。家の中が散らかっていたので、親ではあるけれど、ちょっと恥ずかしい。

 

 いろいろ言いたかったことがあったので、一方的にしゃべる。どん姫は無口だから黙って聞いている。聞くのが自分の役目だと分かっているのだ。夕方、「また来るよー、好いお年を・・・」といって元気に旦那の元へ帰って行った。

Img235どん姫

あのときのこの一枚

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 この三十年ほど、ほぼ毎年海外に出かけていたが、今年はそれがかなわなかった。コロナ禍がそれを許さないという事情はあるけれど、この二三年は体力気力の衰えから激しく疲労するようになって、そろそろ出かけるのは無理になりつつあるなあという気がしていたところだった。そんな中で、十五年以上いつも一緒に行くF君が先に彼岸の向こうへ旅立ってしまった。F君は、今年はバスク地方へ行こう、といっていたのに。

 

 さらによんどころない事情から、蓄えを吐き出さなければならないことにもなる。もし再び海外へ行くことが自由になったとしても、経済的事情から海外へ行くことはむつかしくなる。

 

 祭りはとつぜん終わりを告げる。あとには寂しさと思い出だけが残る。

 

 写真は生まれて初めて海外へ出かけたときのもの。早朝、西安を散策したときに撮った。本当は父と行くはずだった西安・北京旅行で、このときはひとり旅だった。この写真は最も気に入っているもので、このブログに掲載するのも初めてではない。写真というのは、あとで見て意外な一枚を発見することがある。古い写真を眺めて思い出にふけるようになった。

 

 この西安・北京旅行に出かけたのは1992年の秋、たしかその翌年の同じ時期に、いまの上皇ご夫妻が中国の招請でほぼ同じような場所を訪ねていて、それをテレビで懐かしく見た記憶がある。

2020年12月21日 (月)

営業

 現役時代、化学会社の営業職だった。商品のスペックと価格だけではなく、人間関係から会社の信用を売る、という営業職にそれなりの自負をもっていたつもりだったけれど、いまのコロナ禍の時代に、対面で相手を説得するという営業の存在意味自体が問われているようである。

 

 コロナ禍がおさまっても、以前のような営業スタイルが再開されるとは思えないから、営業職は縮小されるだろう。ある部分で会社と会社をコーディネートしていく、という仕事でもある営業が縮小されたとき、その代わりをするのがAIであるだろうことは想像がつくが、そういう時代を想像すると自分の役割が思い当たらない。

Dsc_0036_20201221164101楽しい宴会

 ところで現役時代は毎日のように友人や同僚と飲みに出かけていた。いまは九時過ぎは自粛だというが、仕事が終わるのも遅かったから、九時頃にようやくエンジンがかかる。それで終わりでは、酒好きにはずいぶん中途半端で辛いことだろうなあと同情する。得意先の接待もほとんどできないだろう。会食することで気持ちを通じ合わせ、親しくなった人がたくさんいる。そんな時代もあった、ということになってしまうのだろうか。

脳内整理

 スマホの電池が一日もたなくなった。私はスマホをガラケー時代と同じ程度にしか使わないから、三日近くもったのに、いまは一日もたない。ついにはフル充電しても残り15時間などという表示が出るに至った。いくら何でも交換には早すぎると思い、設定をいろいろ変更し、とことん節約モードにしてみた。

 

 しばらく使っていたら、残り50時間に戻っていた。どうなっているのだろう。よほど無駄なことにエネルギーを使っていたということで、持ち主に断りもなく勝手なことをしていたのだ。

 

 自分の脳内も無駄なことで満杯になっていて、考えるスペースが少なくなっている気がする。もともとメモリーが少ないのだから、脳内のゴミを処理しなければ身動きがとれず、ときに暴走してしまう。つまり何かにこだわって堂々巡りの思考に陥ってしまうのだ。

 

 対処法は、安い湯治場で一週間くらいぼんやり過ごすのが一番好いし、友達に会いに行って酒を酌み交わし、馬鹿話をする、などというのも最高なのだが、この御時世だし、さすがの私もひきこもらざるを得ないのでそれもかなわない。

140920-154_20201221080901ぼおっとする

 暴走を止めるためにはクールダウン、スイッチを切ってしまうに如くはない。というわけで、いつも以上に今日はぼおっとして過ごすつもりだ。年賀状を作成しなければ・・・などと思うけれど、先送りする。本も読まない。お気に入りの映画でも観ることにしようか。シュワルツェネッガーの『コマンドー』か『プレデター』、またはスタローンの『ランボー』なんか好いかなあ。何も考えずに済む。

Dsc_7096楽しく過ごす

2020年12月20日 (日)

金重明『物語 朝鮮王朝の滅亡』(岩波新書)

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 日韓関係でしばしば論点となる「歴史認識」というものを考えようと思っても、そもそも朝鮮の歴史、特に近代史についてほとんど知らない。征韓論、日清戦争、日露戦争での争点が半島にあったこと、戦場の多くが朝鮮半島に発したり及んでいたことは承知していた。そしてそのような朝鮮併合に至る日本側から見た歴史については承知しているつもりである。

 

 著者の金重明は在日二世の作家であるが、この本は物語と冠しながら小説ではなく、朝鮮の近代史をわかりやすくまとめた本だ。韓国で書かれた近代史は偏りがひどすぎるから、この辺を手始めに読んだらどうかとshinzei様に薦められたものの中の一冊である。

 

 明らかにおかしいと思うようなところは少ない。しかし「歴史認識」の違いの大きさに打ちのめされた思いがする、というのが読後感だ。ここでいう違いのなかには詳しく紹介すると最初から読む気をなくさせてしまう恐れのあるものもあるので、書かないでおこう。

 

 それなら偏っているおそれのある韓国の近代史は、どれほどのものなのか。おそらく韓国の近代史を少しでも知ろうと思うようなこころある世界の人々は、日本人の書いたものを読もうとはしないはずだから、当然韓国の近代史を読むことになる。韓国の「歴史認識」を必然的に是とすることになるのであって、日本人が期待するように日本を好意的に見ることはむつかしくなることだろう。

 

 ドイツの慰安婦像設置について、そのような韓国の「歴史認識」がドイツ人にすでに定着しているとすると、日本人には理解できないすれ違いが生じているおそれもある。そういえば、若いドイツの女性(名前が分からない)がコメンテーターとしてバラエティニュースに出ていたが、日本に極めて辛口に見える日韓関係の認識を示して驚いたことがある。

 

 現在の日韓関係はおおむねリアルタイムに見ることが出来て、いささか韓国は理不尽に見えるけれど、それが「歴史認識」という眼鏡を通したとき、どのように互いに見えているのか、そしてそれらが外部である海外からどう見えているのか、日本人はあまり理解していないかも知れないと感じたりした。

 

 角田房子の『閔妃暗殺』という本が、以前から気になっていながらまだ手に入れて読んでいない。いつか読んでみようと思う。また、陳舜臣が『小説日清戦争 江は流れず』で当時の朝鮮についてどう言及しているのかも気になる。来年にはそれらを読んでみようかと思っている。

アフターケア

 昨日午後、電話を取ったら妻が入院していた千葉県の病院の主治医からだった。妻の千葉県から愛知県への転院の様子を問い合わせてきたのだ。その主治医は土曜日だけ診察に来る。愛知の病院の相談員から千葉の相談員に連絡は行っているので、報告は受けているはずなのだが、私から詳しく聞きたいということだった。

 

 相談員というのはケアマネージャーのような役割をする人で、どちらの病院でも大変世話になっている。

 

 主治医も心配だったのだろう。万一の時はああしろこうしろといろいろいわれていたが、杞憂に終わったから安心したようだ。正直のところ、私としては元の病院にそのままいることを強く希望していたので、今回の転院は病院に追い出された、という気持ちを強くもっている。それ(私がそう思っていること)は主治医もよく承知しているはずだ。

 

 事情(妻の身内の非常識な振る舞い)があって、病院に追い出す大義名分を与えてしまったとはいえ、患者である妻にも私にも何の落ち度もないのである。だから追い出された、という気持ちが強いけれど、そこは私も大人であるから、主治医にはお世話になったお礼の言葉をきちんと申し上げた。

Dsc_4513_20201219233001雨の雲南

 来週は、妻の乳がんの治療のために受診する病院を新しく決めなければならない。ほぼ目星はつけてあるし、すでに紹介状や医療データのDVDも郵送されてきている。さらに来年には病院ではなく、介護施設を探さなければならない。新しい病院もそれほど長期間はいられないのだ。

 

 来年には妻の介護度の審査の結果(すでに調査員が調べて市に報告が行っているはず)が来る。それによって補助がどれほど受けられるのか決まる。

2020年12月19日 (土)

仮説

 数多くの読みかけの本の一冊に梅原猛『塔』という本がある。もう数ヶ月前から読んでいるが、ときどき数ページずつ読み進めるという兆スローペースなので、まだ三分の一も読んでいない。そこに日本の神話と実際の大和朝廷の成立経緯との関係を論じながら、大胆な仮説が立てられていて非常に興味深く、そこに引っかかっている。

 

 記紀神話に記述されている物語の順番が事実とずいぶん異なることは、すでにさまざまな資料などで検証されていることだが、さらにそこに空想的と言われかねないほどの推察を行っているのだ。それは宗教的な側面からの推論であり、私には整合性が感じられて魅力的な仮説に見える。仮説は検証されて初めて価値を持つものだが、古代史は検証がなかなか困難だ。

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 出雲神話とは何か。出雲大社はどういう意図で建造されたのか。私の先入観を根底から覆すようなその仮説が私の中で腰を据えてしまいそうである。蘇我氏の滅亡の背景、聖徳太子の死後の一族の殲滅の背景には、仏教と日本の神道(それも一枚岩ではもちろんない)との宗教的せめぎ合いがあったというのは、私にとって新しい歴史理解の補助線だ。専門家には自明かも知れないが。

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 それぞれに神話をもつ地方の豪族のせめぎ合いの世界から、天皇中心の中央集権へ移行し、その態勢を整えるために宗教利用が重要な意味を持つというのは説得力がある。そしてさまざまな神話が集められ、書き換えられて『古事記』や『日本書紀』がつくられたというのはほぼ間違いのないことだろう。それを解きほぐして元の神話を再生することは可能なのだろうか。

よく眠れる

 懸案が一段落したら、よく眠れる。ストレスで多少胃も荒れていたのだろうか、マスクをしているせいもあり、自分の口臭を強く感じたりしていたが、それもおさまってくれるものと思う。けっこう意気地がないなあと思いもするが、それが自分だから仕方がない。

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 私のブログを見ていただいている方のブログはフォルダーに入れて、私も拝見するように努めているが、この一週間くらい、一部の人の分を除いてきちんと見ていない。ようやく今朝くらいから少し丁寧に拝見している。

 

 きちんとフォルダーに移せていなかった人もあって、なじみの人が洩れていることに気がついて残念に思っている。いいねをいただいたらそこから拾えることもあるし、拾えないこともあって、どうしてそうなるのかがよくわからない。

Dsc_7037キューバにて

 ポチッとだけの方とはつながりようがなく、ささやかなコミュニケーションの場が失われたことをココログは理解していないのか、無視しているのか。ちょっと残念に思っている。

2020年12月18日 (金)

読みかけの本

 妻の転院の手伝いに同行しようか、とまでいってくれた弟には、さまざまなことで世話になった。私の愚痴に付き合ってくれたことも私にはありがたいことだった。その弟が心配していることは分かっていたけれど、一昨日、全てが済んで家に帰ってからその報告をしなかった。電話するには疲労しすぎていたのだ。

 

 昨日、遅ればせのお礼の電話をしたら、無事を喜んでくれた。正月明けには千葉の病院へ最終会計処理のため、もう一度行かなければならない。そのときにまた世話になることを伝えた。

 

 一冊本を読むと、関連した本を引っ張り出してきて何冊か脇におく。同じ作家の本が引っ張り出されることもあるし、言及されている本をもう一度目を通すための本だったりする。こうして十冊ほどが積まれることになるのだが、それを全て読むことはなくて(物理的に無理である)、半分以上が残される。さらにまた新しい本を読むとまた十冊ほどが引っ張り出されてきて、の繰り返しで、たちまち二、三十冊が辺りに積み上げられてしまう。

 

 韓国の近代史を知るために韓国に詳しいshinzei様に教えてもらった本の中から、最も読みやすそうな金重明という人の『物語 朝鮮王朝の滅亡』(岩波新書)を取り寄せてあったので、ようやく読み始めた。第一章の第一節で、李氏朝鮮が建国して以来の簡単な歴史がまとめられていて、そこには、韓国の歴史ドラマという名前の時代ドラマ(史実無視)でおなじみの名前や政争のことが書かれている。ドラマのいくつかは断片的に観たことがあるのだが、その歴史的背景が多少分かった。

 

 まだまだ読み始めたばかりで、一度とにかく最後まで読んだ上で、もう一度丁寧に読もうかと思っている。とにかく朝鮮についてほとんど知らないことが当たり前に生きてきて、それでなにも不都合はなかったけれど、韓国という国についてあれこれいうためには、最低の知識がないと受け売りの情報しかないから危うい。

 

 別の本も読み始めている。先日読了した安野光雅の『本が好き』の中に、彼が無人島に持って行く五冊を選べと言われたら、という設問に答えた中に、デカルトの『方法序説』があったのが意外だった。一時期デンマークの哲学者キルケゴールに引っかかってから哲学に興味を持って、当時出版されていた『世界の名著』シリーズの中から、もしかしたらいつか読むだろうと思って二十冊ほどを選んで買って、それが棚にならんでいる(開いたことはあっても、ほとんどは読んでいない)。初期の箱入りのものが十冊、あとで出た箱なしソフトカバーのものが十冊である。そのソフトカバーの一冊がデカルトの巻で、その中に『方法序説』も納められている。

 

 『方法序説』自体はこの巻の中の六十ページほどで、文章もそれほどむつかしくないから、読もうと思えばなんとか読み切れるだろうと思う。しかし私は高校時代に『倫理社会』の授業で教えられた程度のことしかデカルトについて知らない。そもそもどんな時代の人なのかも定かではない。その背景を知らないと、この文章を読んでもあまり意味がないように感じた。

 

 この本の最初にデカルトがどんな時代の人だったのか、当時のヨーロッパについて概略がまず説明されている。訳者(野田又夫)もそれが必要だと考えたのであろう。デカルトは1596年にフランスで生まれ、三十歳でオランダに行ってそこで長く暮らし、晩年の半年をスウェーデンに滞在して、1650年にそこで客死している。

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 当時のヨーロッパは宗教的争いを名目に戦争が相次いだ混沌の時代だった。私が西洋史が苦手なのはその混沌がまったく混沌のままでどうにも歯が立たないからだ。デカルトがそういう混沌の時代の人であることを私は初めて知った。まだ彼の生涯についてくわしく書いたところが読みかけで、『方法序説』についてはいつ取りかかれるのか分からない。

 

 安野光雅が『方法序説』にどうしてそれほど感銘したのか、その一端でも知ることができるだろうか。私も何か感じられるだろうか。

失望

 失望した、というのは、ある程度期待していたことの表れでもある。政治家全般についての話である。それなら期待などしていない、という人も多いだろう。それにしても最近報道される政治家の言動、言い訳のお粗末さには、言葉のプロであるべき政治家として情けない思いをする。

 

 極めつけは菅首相の多人数の会食に対する言い訳で、「国民の誤解を招くような・・・」という言葉には唖然とした。事実は別にある場合に誤解というものが生ずるのであって、多人数の会食は誤解するどころが自他共に認めた事実そのものであって、決まり文句をつい口に出したら言い訳になる、という極めて怠惰な姿勢を国民に露呈してしまった。

 

 これではコロナ対策など本気ではないということを公然と認めたことになる、と野党やマスコミに非難されても、それこそ言い訳のしようがない。

 

 このお粗末さはこの内閣の短命を予感させた。菅首相という人は首相の器ではないと、野党やマスコミだけではなく、国民も実感したような気がする。たぶん与党の多くもそれを感じたはずで、それが自覚できないようでは自民党ももう末期的だというしかない。

 

 この失策を取り戻すために何かしない限り、自民党に対する支持は崩落していくのではないか。それほどのことだと、菅首相は分かっているのか。しかしそれを非難する野党も国のため、国民のため、という様子が感じられず、ただ党利党略として攻撃しているようにしか見えないのは情けない。二階氏のような妖怪が政界を牛耳っているせいか、若手の台頭がまったく見られないのも情けない。政治家が劣化しきっているのは、国民が劣化しているからなのか。それならそれも情けない。

2020年12月17日 (木)

安野光雅『本が好き』(山川出版社)

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 今回再読のこの本を最初に読んだのは、寝たきりになった母の介護の枕元だったと思っていた。本の話や著者の故郷の津和野の話などを母に語った記憶があるからだ。ところが奥付を見ると、この本が出版されたのは母の死んだあとだった(2017年)。そのときは安野光雅の別の本を読んだのだろうか。記憶の不確かさを実感する。それは近頃のことなのか、もともとなのか。

 

 本を語ると本との関わりを語ることになり、それは当然さまざまな人との関わりや、自分の人生の一端を語ることになる。本だけの話というのは書評本であって、この本は本について書かれているけれど書評本ではない。

 

 安野光雅は1926年生まれだから母の一年下で、94歳ということになるが、まだ健在らしいのはめでたい。画家というのは長命な人が多いが、理由があるのだろうか。

 

 安野光雅が紹介する本の中には私のなじみの本もあるし、読みたくなる本も多くて、少し前に言及したように、橘南谿の『東西遊記』なども以前から気になっていた本だったけれど、この本で購入を決めた。もちろん読書のエリアは私よりもずっと広い。味のある彼のイラストがちりばめられているし、字も大きめなので、読みやすい本であるが、内容は彼の人生観に裏打ちされているので奥が深い。

くたびれた

 一昨日、名古屋から千葉の弟の家まで走り、昨朝は早朝六時過ぎに出発して房総にある妻の病院へ。昼間なら二時間かかるところが朝早かったので八時前に着いてしまった。寒い。八時半には服などを入れた段ボール六箱を車に積み込み、簡単な説明を受けた後、妻本人が車に乗り込んで出発したのが九時前だった。ナビでチェックすると六時間以上かかるという。受け入れ先の病院は三時までに来て欲しいということなので、途中の休憩などを考えるとちょっと心配である。しかも愛知県は雪の可能性がある。

 

 アクアラインを渡って横浜へ。トラックが多いのでスピードは出ない。横浜町田からようやく東名に乗ったが、東名もトラックがひしめいて、いつも以上に全体のスピードが遅い。

 

 富士山は雪。その雪の降り方も今まで見たことのないような一部に偏った積もり方をしている。新東名に入ってようやくいつも通りのスピードで走れるようになった。いまは120キロまで出せるから、遅れを取り戻すために120キロで走る。

 

 途中妻の様子がちょっと心配なことになったので、少し早めの昼食を摂り、医師からもらった薬を飲ませたら落ち着いたのでほっとする。

 

 名古屋方面や北の方は雪雲がかかっているように見える。向かっている先の病院は一宮なので、名古屋は通過する。三時少し前に一宮に着いたころには雪が降り出していた。着いたら車を降りずに駐車場で待てとの指示をもらっている。PCR検査と抗体検査を受ける(私は検温だけ)。結果が出るまで一時間ほど車で待つ。

 

 それからようやく入院手続きと主治医(院長)の診察、相談員との打ち合わせとたくさんの書類への書きこみ捺印、看護婦長との打ち合わせ、主治医の面談し、治療方針などを聞く。荷物を預けたあと、さらに会計(保証金や本人の小遣いなどを事前支払いする)を済ませたあと、乳がんの診療先の打ち合わせを相談員と行った。

 

 雪がひどくなった中、病院を出たのは六時前だった。ひどくくたびたれたけれど、暗い夜道でしかも悪天候なので家までは集中力を切らさないようにした。

 

 つまみもないので酒は飲まずに軽く食事をして風呂で温まったのだが、疲れているのに眠くならない。ぼんやり録画した番組を眺めながらホットミルクを飲んだら眠気がどっと襲ってきた。

 

 暮れから正月にかけて読みたいと思ってアマゾンに注文した本(四冊)は、いつ送付されるか分からないと連絡があってあきらめていたのだが、昨日配達済みの連絡があり、帰宅したら置き配されていた。これはうれしい。

2020年12月16日 (水)

済んでいるはず

 昨晩弟の家へ泊まり、今日は朝早くに千葉の病院に行って妻を引き取って車に乗せ、愛知県の病院への転院をすることになっている。このブログがアップされるころにはそれが済んでいるはずであって、無事に済んでいれば何よりである。

Dsc_9562_20201214141101こうなら好いね

 たぶん疲れて報告できないと思うので、事前に記事を書いておいた。

玉井金五郎の孫

 非業の死を遂げて丸一年経ったと報じられた中村哲氏が、あの『花と龍』の玉井金五郎の孫(ご母堂が金五郎の娘)であることをどこかで読んだはずだが、と思っていたら、いま読みかけの安野光雅『本が好き』の中のことだったことを再読して思い出した。

 

 『花と龍』は何度も映画化されて、私は渡哲也が玉井金五郎、妻のマンを香山美子が演じた映画で観た。原作は『糞尿譚』で芥川賞を受賞した火野葦平。火野葦平は玉井金五郎の長男であり、中村哲氏の伯父に当たる。中学生時代にこの『糞尿譚』を読んで驚倒した。こんな小説があるのか、とびっくりしたのだ。そのあと『麦と兵隊』なども読んだが、『花と龍』は読んでいない。

 

 この本には養老孟司、奥本大三郎、武田泰淳など、敬愛する大好きな人々が次々に言及されているし、橘南谿の『東西遊記』なども取り上げられている。東洋文庫で二分冊になっていて、東への旅と西への旅のうち、まだ西への旅は私の中では途中である。天明の飢饉のときの東北の様子なども生々しく書かれている本で、『菅江真澄遊覧記』と合わせて、私の東北行の手引き書である。

 

 全体についてのことは次回のブログに書くとして、安野光雅の懐の深さについてはいつも敬服している。安野光雅の故郷は、あの森鴎外や西周がの故郷でもある津和野で、私の大好きな、何度でも訪れたい場所である。たまたま読んでいて連想したことを書き留めた。

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2020年12月15日 (火)

森本哲郎『すばらしき旅』(ダイヤモンド社)

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 あとがきの冒頭にこうある。

 

「旅とは何か、という問いは、人生とは何か、という問いに重なっていると思う。
 旅とは、要するに、道を歩いてゆくことである。その道を何に向かって、どのように歩いてゆくかで、その旅が決まるように、日々を何に向かって、どのように過ごすかで、人生も決まる。この意味で、旅は人生なのであり、人生は旅なのだ。」

 

まことにその通りだなあと思う。

 

 この本では、現に旅しつつある旅、そして過去に旅した旅の回想、そこから連想されていく時代を異にした人々への回想の旅があり、本から空想されたイメージの旅がある。時間、空間にまたがった旅が森本哲郎の旅として語られ、それらが私をスパイラルのように精神の高みへ導いてくれるのだ。

 

 池内紀の旅についてのエッセイを読み始めて、池波正太郎の食の旅を愉しみ、そうなれば私の人生という旅への道しるべとなった森本哲郎の旅の本を引っ張り出すことになるのは必然の流れなのだ。そうなれば人生も読書も旅なのだということに思い至る。好い旅を旅したい。好い旅とは何か、なんとなく分かりかけてきたような気がしている。

 

 それにしてもどこかへあてのない旅に出かけたいなあ。残りの人生を輝かせるためだ、別にGoToなんて、そして懐具合なんてどうでもいいのだ。

非日常

 日常の雑事として、最も大きなものは三度の食事の支度と後片付け、というところだから、現役の人からは、なんと優雅なことか、と思われるかも知れない。そういう中でイレギュラーなことを片付けなければならない事態もときに生ずるのは、生きていれば必然的なことであって、面倒でも仕方がない。

 

 そういう用事が明日あるので、ちょっと神経質になっている。年末にかけて年賀状作成や大掃除を始めなければならないけれど、その用事が一段落するまでは全て先送りにしている。用事が済んでもしばらくぼんやりして、年末はかなり雑な終わり方になるかも知れないという予感もある。そんな年もあるだろう。何しろ今年は世間全体がほとんど非日常的な事態に終始したし、いままで当たり前だった日常がそのまままた戻るかどうか、だれにも分からない。

 

 いままで厚遇されてきた高齢者は、これからは自活的に生きなければならない。そんなことは前から分かっていたのであって、キリギリス的に生きてきたことのツケはいつか自分に回ってくる。アリはいつまでも助けてはくれないし、助けることも無理になりつつある。

 

 不平や不満を並べ立てても、皆自分が生きるのが精一杯になっていくだろうし、事態も時代も変わっていくのだ。そもそも団塊の世代というのはそのように一生が定められていたらしいと、この頃痛感している。数が多ければ割り前は少なくなるのは必然で、そのことはこども時代からずっと体験してきたことだ。上の世代の優遇をいまうらやんで、同様の待遇を願っても詮ないことだろう。

2020年12月14日 (月)

池波正太郎『むかしの味』(新潮文庫)

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 なにを食べても美味しいと思える、という粗雑な味覚を持ち合わせているので、食べ物の好き嫌いはないし、どこかへ出かけて珍しいものを食べたら素直に幸せな気持ちになる。さすがにこの歳になるとそれほど食にはこだわらないし、食も昔から見ればずっと細くなっているが。

 

 食に関する本が好きで、一時期は大きなミカン箱に二箱ほども料理の本や珍しい食べ物の本などがあった。食に関する本は写真入りのものが多いから、そこそこ好い値段がする。だから古本屋で面白そうなものを物色して集めたものが大半だ。それも置き所がなくなったので、ほとんど処分した。

 

 私の場合、忘れられない食べ物やお酒の思い出は必ずそれにまつわるストーリーが付属している。誰かと一緒に食べた店、そのシチュエーションこそが思い出のメインをなしているといってもいい。だから私は食通では決してない。そしてもちろん、みんなが美味しいというから美味しい、などという輩を軽蔑してもいる。

 

 この『むかしの味』という本は食にまつわる池波正太郎のエッセイだが、そこに物語が付随しているからこそその食べ物やそれを提供する店が頭に思い浮かぶのだと思う。昭和56年から二年間にわたって小説新潮に連載された十二編からなる。隔月連載だったのか編集されたものなのか知らない。

 

 この本に書かれたお店はすでに四十年を経ているからそのままそこにあるかどうか分からないし、あっても同じような味わいを楽しめるかどうかも分からない。池波正太郎がどう食を楽しんだかを追体験するだけで幸せになれるから、私にとってはそれでいいのだ。

 

 表紙の絵はもちろん、挿絵も全て池波正太郎の手になるものである。文庫だけれど巻頭に写真がたくさん収められていて、想像を補足してくれる。

 

 この本を元に店を探し歩くつもりはないけれど、それでも近くへ行ったらちょっと寄りたい店、雰囲気を感じたい店がある。東京の店が多いけれど、京都や地方の店も紹介されている。その店そのものではなく、古い町や門前にあるという、取り上げられた店に似た店はあるに違いない。そんなところをいくつかメモしておいた。旅の参考にしようと思う。

分からないはずはないのにどうして

 池波正太郎の『むかしの味』という、彼がなじみであり、好きな店、好きな味、それにまつわるさまざまな思い出を語った本を読んでいる。もうすぐ読み終わるので、その本については次回のブログに書くつもりだが、その中から思うところのあったところを(たくさんあるなかから)二カ所ほど取り上げる。

 

 品川の仕出し料理屋『若出雲』という店についての思い出を語ったあとに、品川という場所についての思い入れの一端を書いている。

 

「品川は、私の恩師・長谷川伸が年少のころの一時期を過ごした土地でもある。
 当時、長谷川師は北品川本宿の陣屋横町にあった台屋(仕出し屋)の出前持ちをして、はたらいており、出前先の沢岡楼という遊女屋にいた、おたかという遊女に、
「親切にしてもらった・・・」
そうな。
 この、遊女おたかは、後年、長谷川師の戯曲『一本刀土俵入』のお蔦のモデルとなった」

 

とこの一篇を締めている。

 

 また、京都の「松鮨」について書いた一篇の中に、

 

「松鮨の鮨は、東京ふうでもなければ上方ふうでもない、独自のものだ。研究熱心なあるじは処方へ旅をして味覚を探求しつづけ、それを自分の仕事に活かした。
 小鯛をかぶせてにぎった鮨を千枚漬けで巻き、昆布でしめた一品を「川千鳥」と名付けて創り出したのも、吉川松次郎だ。この一品が出るのは十二月から一月のはじめまでだが、いかにも冬の夕暮れの鴨川を飛ぶ川千鳥の姿が彷彿としてくる一品である」

 

と紹介したあとに、

 

「近年、これを盗み取って、平然と客に出している著名な料理屋を見て唖然となったものだ。」

 

とつけくわえている。

 

 私などはそのような店には縁がないから分からないけれど、読む人が読めば分かる人には分かるはずである。それについて池波正太郎が斟酌しなかったとは思えない。たぶん了解の下であるのかどうか、それとなく確認した上で、無断であると知り、「盗み取って」という言い方をしているのだと思う。影響について分からないはずのない池波正太郎が敢えてこう書くのは、こういうことを何よりも毛嫌いするからで、よほど怒ったのだろう。

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2020年12月13日 (日)

平岩弓枝『ちっちゃなかみさん』(角川文庫)

 気立ても良く働き者の娘が、その男と結婚できなければ一生結婚などしないといいきった相手が、断りを入れてくる。その理由はなんなのか(『ちっちゃなかみさん』)。

 

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 家族のために身を粉にして働いても、家族はそれをなんとも思わず、やりたい放題、言いたい放題。身の不幸を嘆いていたら、実は自分が家族をがんじがらめにしていただけだったと気付かされる(『邪魔っけ』)。

 

 弟の幸福を願うがために、弟の添い遂げたいという相手がどうしても認められない姉。幸福とはだれもが祝福するものでないと行けないという思いは、実は多分に自分の見栄を含んでいるのではないか。そのことに気がつくために、どれだけの年月と真実が重ねられなければならないのか。ときに思い込みはついに解けないかも知れないし、それが不幸から却って解きほぐされることもある(『お比佐とよめさん』)。

 

 人の闇に落ち込んだ人間を義理から信じ、かばい続けた果てに、自ら地獄を見せられる女。そしてその地獄にかすかな光が射す(『親なしこなし』)。

 

 全部で十編の時代小説短編集。似たようなはじまりなのに展開がまったく違うものがあったり、人生の浮き沈み、人の冷たさ温かさ、真心について深く考えさせてくれる。人は気がつくべきことに気がつけないもののようだ。

 

 何編かは不覚にも涙ぐんでしまった。それは悲しさの故であり、救いの故である。救いとは何か、希望とはここまでの思いをしないと与えられないのか、というものもあるが、それこそが人生だと思う。

きれいごと

 NHKの『英雄の選択』が、今回は『昭和の選択』として東条英機を取り上げていた。太平洋戦争に日本が突入してしまった主犯といっていい東条英機について、今回のゲストたちがとても東条英機に対してやさしいことに大いに不満を感じた。もちろんその任ではないのに開戦時の首相に祭り上げられてしまったということについての同情については分からないでもないが、だから彼が免罪されるというものでもないであろう。

 

 彼はそもそも日本国民を統制するための憲兵のトップとして、日本国民を戦争一色に塗り替える役割を担ったことは、この番組の中でも紹介されている。彼が能力が足らないのにその役割を担ったことについて、戦下のもとに亡くなった膨大な数の人々に対してどのようなエクスキューズがあるというのか。そこに対する痛恨の思いがこの番組に少しも感じられなかったのは、まことに残念なことである。

 

 こうして戦争が歴史に組み込まれていくのは仕方のないことであるが、こんな取り上げ方を見ていると、再び三度(みたび)を回避することはできないかも知れないと思わざるを得ない。私には太平洋戦争は歴史ではないのだけれど・・・。とはいえ、野党の、戦争そのものから顔を背け、太平洋戦争そのものの史実すら学ぶこともせず、理解しているとは思えない無知さには絶対に賛同などできないが。

2020年12月12日 (土)

ものの見方

 毎日BSフジのプライムニュースを録画しておいて、翌日にCMを飛ばしながら早送りにして観る。つまらなければ、というよりゲストに腹が立って見るに堪えなければ打ち切って消去する。野党の議員などが出演するときに、あまりにその世界観の一方的でお粗末であるかにあきれてしまって打ち切ることが多い。

 

 早送りにするのは時間の節約になるのはもちろん、集中しないと、出演者がなにを言っているのか分からなくなるから、ボケ防止になるのではないかと期待もしている。

 

 昨晩は韓国の検察改革についての動向、法相と検察総長の争いがテーマであった。論点が整理されて呈示されているものを見れば、わたしには文在寅大統領と青瓦台が自分の保身を図っている(大統領任期を終えたあとに訴追を免れたい)というための無理筋にしか見えない。

 

 過去の歴代大統領の末路を見るとそもそも韓国の政治風土(身内重視の儒教的人間関係)と法律がまだしっくりしていないために、検察が手を入れると必ず問題点があぶり出されることになってしまうという点に考慮の余地があるのだろうと思う。

 

 だから常に検察は絶大な権力を有することになり、そのことが問題であることを韓国国民の多くが感じているらしい。歴代大統領が次々に無惨な末路を迎えるのを韓国国民だっていいことだとは思っていないはずである。だからいまの文在寅大統領の検察改革について、まだ支持している人が多いというのは、日本人には理解しがたいものの、説明を聞けば分からないことはない。

 

 そもそも軍事独裁政権から血みどろの戦いを経て民主化した、という韓国国民の自負があり、その気持ちが民主化のために働いたという左派政権を支えているし、労働組合が日本人には理解しがたいほどの、会社を苦境に陥れても闘争するという習慣につながっているし、保守がなかなか力を持ちにくい、という背景にもなっているのだろうと思う。

 

 だからといって、今回の法相や文在寅政権の、民主的手法とはとてもいえない手法での検察改革に名を借りた権力の集中は、結果的に恐ろしい国家を生み出すのではないだろうか、というのがこの日のテーマであつた。

 

 そのことを繰り返し日本人のゲストは指摘しているのだが、恵泉女学院の李教授はひたすら文在寅の擁護に終始していた。質問にながながと答えているようだけれど、質問に対する答えになっていない。そのことが歯がゆいし腹立たしいが、擁護しようとしても擁護しようがない韓国の状況であることを、そこから読み取ることもできる。

 

 想像力を働かせれば、青瓦台にどんどん権力が集中し、韓国という国が北朝鮮や中国のようになっていくこと、そういう段階に入りつつあるということが読み取れる。韓国国民がそのことに薄々気がつきだしていると思いたいが、岩盤支持層が文在寅大統領を見限り出すのか踏みとどまるのか、それによって韓国という国が民主主義国とは言えない国になるかどうかを決めそうだな、などと思いながら見ていた。

0055ソウルの裏通りにて

 歴史の転換点ともいえる事態となりかねないから、いま韓国は注視する必要があると考えている。語弊があるが、面白いのである。渦中にある人々(韓国国民)にはたぶんそれが見えていないだろうなあ、と心配している。

後悔

 現役時代、同じグループだった人の訃報を聞いた。今年定年でリタイアしたばかりだから65歳の若さである。闘病していたことはもれ聞いていたけれど、あまりに早い死であり、言葉を失った。

 

 妻の転院は16日の水曜日に決まった。前日に千葉に行き、全てを始末してこなければならない。転院には実は大きな懸念があるのだが、考えても不安が増すばかりだから、いまは考えないことにしている。転院しても三ヶ月で次の行き先を探さなければならないけれど、当面はおさまるから、正月は安静に過ごせると期待している。

 

 息子が心配してメールで援助を申し出てくれた。それに対して五年や十年大丈夫だ、などと強がりの返事をしてしまった。あとで悔やんでいる。たしかに今のままなら大丈夫だけれど、私だっていつ何があるか分からないのだ。甘えさせてもらえるときは甘えておくものだ、というのが日頃の私の考えなのに、にべもない断りをしてしまった気がする。

 

 その気持ちの中には、援助を受けながらきままにひとり旅をしたりすることになれば、そのことに気が引けるのではないか、などとつまらないことを考えたからかも知れない。自分の自由さが気遣いで損なわれるのは嫌だと思ったのだが、そんなことを思うような息子ではないことは私が一番知っているはずなのに。

 

 その辺の気持ちを一度あらためてつたえようかな、などと考えている。

2020年12月11日 (金)

池内紀「すごいトシヨリBOOK』(毎日新聞出版)

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 先日でんでん大将様からいただいたコメントで教えられるまで、私は池内紀が昨年亡くなっていたことを知らずにいた。この本は2017年に出版されていて、その二年後に虚血性心不全で急死していたのだ。

 

 池内紀は、この本に書かれているように生き、この本で願ったように長患いもせず、認知症にもならずに(なる前に)死んだといっていいだろう。みごとな生き方であり、死に方だと心から思う。願ったとおりに生き、願ったとおりに死ぬことは、よほどの強い意志と幸運に恵まれなければかなわない。

 

 この本が出版されてすぐに読んだ。池内紀は私の十歳年上で、老化を先に経験して、そのことの真実を率直に教えてくれた先達である。老、病、死、というものをどのように受け止めるのか、さまざまな人の本を読んできたけれど、どの本よりもこの本が素直に心に届いた。

 

 この本にも書かれているけれど、七十を境目に、自分の体の衰えが急激に進む。人により違うだろうけれど、私もまさに今年七十になってそれを実感して、もう一度この本を読み直したのだ。そしてさらにその先について教えてもらおうと思っても、池内紀はもういないのだ。

 

 いまさらのことだが、人生の秋を迎え、冬に入りつつあるいま、もう私には人生の春はふたたび来ないのだ、ということを思い知るとともに、それをどのように受け止めるのか考える。アンチエイジングなどということに振り回されるよりも、静かにいまある自分の現実と向き合い、そこにどんな生きる意味を見いだすのか、そのことに心を傾けるべきなのだとこの本は教えてくれる。

 

 覚悟さえあれば、そして愉しんで生きようとしさえすれば、残りの人生にも楽しみはあるはずだ。ないはずがあろうか。その楽しみ方のヒントがこの本にはたくさん書かれている。

独り暮らしは寂しいか

 二十五年以上前に、妻はこどもたちを置いて出て行き、成人した二人のこどもも相次いで我が家を巣立っていき、独り暮らしになって約十年になる。「独り暮らしは寂しいか」と訊かれれば、「寂しくない」と私は本音で答えるだろう。

 

 独身時代、仕事を終えて灯りのない自分の部屋に帰るときには「寂しい」という気持ちがあった。結婚することを決めたのは、そういう気持ちからだったといえないことはない。いまは外から帰って自分の家の灯りを自分でつけることに何の感慨もない。

 

 誰かのぬくもりが我が家にあることは嬉しいことかも知れない。しかし同時にその誰かがいることでの気遣いの煩わしさも同時に感じるに違いない。来客であれば、ずっといるわけではないから、煩わしさなどほとんど感じないだろうけれど、ともに暮らす、というのはまったく意味が違う。私は娘と二人暮らしのときにその煩わしさを強く感じたし、たぶん娘も私以上に感じていたことだと思う。

 

 私は、だからもう誰かと暮らす、ということはできない人間になっているし、寂しい気持ちが皆無ではないけれど、それをあまり感じることがなく、独りでいることの気楽さの方がずっと幸せに感じる人間になってしまったようだ。けっして強がりではない。
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2020年12月10日 (木)

別役実『イーハトーボゆき軽便鉄道』(白水uブックス)

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 別役実(1937-2020)は劇作家。不条理劇を得意とする。今年の三月に亡くなった。若いころ、ラジオドラマでこの人の作品を聞いたことがある。エッセイのようなものも文庫で一冊か二冊読んだが、とにかくユニークな切り口の文章で、感心した覚えがある。

 

 今回読んだこの本は、大分前に買ったのだが、実は半分しか読んでいなかった。題名から想像がつくと思うが、宮沢賢治の童話を元に、それを別役実流に料理して見せているのがこの本である。一作品が五ページから十ページであるから、数多くの作品が取り上げられていて、当然その作品そのものをじっくり読んでからでないと彼の文章が読めないような仕掛けになっている。

 

 宮沢賢治を読み直す作業が必要だから、一度に何冊も読まないといけないのである。だから半分ほどで読みかけになっていたのだ。それに別役実が取り上げていない作品を、別役実を真似して私流に書いてみたりした。アイデア倒れで深い思考に裏打ちされていないから、自分で読み直しても恥ずかしいようなものしか書けなかった。

 

 『どんぐりと山猫』を題材にして、どうして山猫は一郎にそれきりではがきをよこさなかったのか、それを考察したのが『こなかったはがきの謎』。『空白の六日間の謎』では『セロ弾きのゴーシュ』が、『振り返った世界』では『注文の多い料理店』が取り上げられている。

 

 たくさんある中の最初の三つだけでもわくわくするような文章となっている。どうしてこんなことを思いつくのだろう、と唸らされるはずだ。同時に宮沢賢治の童話そのものにそのような読み取りをさせるところがあるし、実は普通の人はうわべだけしか読めていないのかも知れない。

 

 この本についてはまだ読んでいる途中なので、続きを書くかも知れない。
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テレビとの付き合い方

 民放のCMの氾濫の異常さにいつも腹を立てている。バラエティニュース番組のMCの語り口のワンパターン、コメントをきちんと語る素養や知識がないのに恥ずかしげもなく持論を語るコメンテーターたち、それらにうんざりしている。自論を語っているように本人も思い込んでいるようだけれど、なあにテレビ局の希望を察知して、テレビ局の言いなりのことを語っているに過ぎない。そうでないと、次のお呼びがかからないのだろう。

 

 そうしたら、いつもブログを拝見している、私よりもはるかに多読で、ユニークな本を読んでいるshinzei様から「私はテレビをほとんど観ない」、というコメントをいただいて、目からうろこが落ちたような気持ちになった。

 

 つまらなければ観なければ好い、という当たり前のことを忘れていたのだ。

 

 テレビが一般家庭に普及しだしたのは、昭和30年代に入ってからで、私の母方の祖父母の家にテレビが置かれたのは私が小学校一年か二年ころだから、昭和31年か32年で世間では早いほうだった。我が家にテレビが到来したのは、私が小学校の5年生になってからである。素直にうれしかった。

 

テレビにはあこがれというか思い入れがある世代なのだ。テレビを観ないということがなかなか思いつかないし、できない。だから起きている時間の半分以上はテレビがついている。つまらなければ消せば好いのに。

Dsc_3815_20201209201801テレビの見過ぎ

 ためしに、昨日、本日と、ニュースと録画したドキュメント、紀行番組など、特に観たいもの以外はテレビをつけずに過ごしている。録画したものを観るだけだから、テレビは生活に割り込まない。CMもない。こうして静かに本が読めるし、ぼんやりしたり、音楽を聴く時間が増えた。

 

 とはいえ、長年のテレビ中毒の毒が抜けるにはずいぶんかかりそうな予感はしている。無意識にテレビをつけずにいられるようになることははたしてできるだろうか。
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2020年12月 9日 (水)

池内紀『ひとり旅は楽し』(中公文庫)

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 十年ちょっと前にこの本に出逢って、池内紀(いけうちおさむ)に惚れ込み、そのあとぽつりぽつりとこの人の本を買いそろえている。池内紀はドイツ文学者。

 

 十冊を超えたころ、よくよく本棚を見ていたら、池内紀の本はその前から何冊ももっていたことに気がついた。私は幻想文学の本を一時期少しかじったことがあって、ホフマンの本を特に気に入っていたし、カフカも何冊か読んでいたのだが、それらの訳者がこの池内紀だったのである。幻想文学についての評論や、悪魔についての考察についての本なども、著者は池内紀だった。ずっと昔に読んだ『M博士』などという不思議な本もこの人の本だと知って驚いた。

 

 この本で語られているのは、旅であって旅行ではない。前書きには、若山牧水、山下清、寅さん、の三人の旅人のことが語られていることから、その意味は分かってもらえるだろう。旅についての池内紀の持論がこちらの胸に違和感なく伝わってくる。そのような旅を私は旅したいと思い、この本をバイブルとして読み、旅行になりかけた旅を修正する。

 

 島への旅、海外への旅、辺地への旅、山への単独行、見知らぬ街の散策という旅、地図を眺めての空想の旅、それらの旅がさまざまに語られ、こちらを旅に誘う。旅があこがれである人種と、そうではない人種と、もしかすると違うのかも知れない。私は旅にあこがれる。

 

 池内紀はドイツ文学者だから、ドイツ語はもちろんだが英語にも不自由しないようである。たぶんフランス語も片言なら通じると思われる。それなら海外に出かけてもあまり「おそれ」を感じないだろう。語学が不自由であることの「おそれ」というのは案外大きい。

 

 祖父には、英語くらい読み書きできるようにならなければ一人前の大人になれないぞ、と繰り返し言われたのに、まったく中学英語レベルから進歩しなかった。悔やまれるけれどいまさらどうしようもないし、いまさら学ぶ気もない。

 

 不思議なことに、中国には一人で平気で旅に行くことができた。それは言葉ができたからではなくて、不思議と中国、特に上海辺りでは「おそれ」が感じられなかったからだ。旅とは、その「おそれ」以上の何かを期待して愉しむもののようだ。そんなこともこの本を読んでいて感じた。

 

 あえていま、この本を棚から引っ張り出して読んだのは、もちろん現在そのような旅がなかなかできない状況であるからだ。それは新型コロナウイルスが理由であるだけではなく、自分自身が抱えている問題が片付かないことにはまとまって出かけることができないからである。来週には妻の転院が実施される。それに伴うさまざまな手続きが山のように私を待っている。しかもそれはそこで終わりではなく、三ヶ月もしたら同じような作業があるのだ。

 

 いつそれが落ち着くのか、いまはまだ分からない。しかしそれでもそれだけに忙殺されるということはないはずで、その合間にまとまった時間がとれないはずはない。そのときには心置きなく旅を愉しむつもりだ。それこそが私を私自身に立ち直らせてもくれる。それがなければ私には生きている意味がないと思うような切実な気持ちなのだ。
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忘れている

 夜、寝そびれてしまうとなかなか寝付けない。むかしはそんなことはなかった。枕元に小さなデジタル用スピーカーを置いて、アマゾンからストリーミングできるようにしてある。昨晩はピアノ曲集を流し、それが終わっても寝られないから久石譲の特集も聞いた。二時前にようやく眠りについた。

 

 その間に本を一冊読了し、古い写真を眺めた。読んだのは池内紀『ひとり旅は楽し』(中公新書)という本で、今回が三度目である。私をひとり旅へ誘うバイブルであり、大好きな本なのだが、ところどころ初めて読んだような気がする部分がある。ほかの本ならしばしば経験のあることで驚かないが、この本は味わいながら楽しんで読んだつもりなので、そんな部分があちこちにあるというのが自分で信じられない。

 

 この本のことは、頭を整理してからあとで書く。

Img285寮の部屋から米坂線を撮る

 大学生時代の寮生活や僚友たちの写真がたくさんあって、それを懐かしみながら眺めた。自分でフイルム現像したものなので、細かな傷や汚れが目立つけれど、時間を背負い込んだ写真はそれなりに重みが増して、他人には無価値でも、私にとってはかけがえのないものだ。

 

 先日も訪ねてバカ酒を飲んだ、今は松本にいる親友と大学四年の時に米沢から佐渡、能登、山陰地方を寝袋を担いで旅をしたときの写真もあった。米沢から米坂線で新潟へ出て、佐渡の両津へ渡り、大佐渡を回った後、小佐渡の小木から直江津へ渡り、富山大学の寮に泊めてもらって富山を歩いた。そのあと後輩の実家のある能登の穴水へ行ったのだが、写真をよく見ると兼六園を歩いた写真がある。

 

 金沢へ行った記憶が欠落しているのだ。よくよく考えてみると、その当時はまだ金沢大学はお城の中にあり、そこにあった大学の寮に泊めてもらったらしいことがおぼろげに思い出されてきた。富山も金沢も、事前に往復はがきで泊めてもらうように連絡を入れて了解を取り、来客用の部屋に泊まった気がする。

 

 古い写真を眺めていると、そんな欠落した記憶が呼び覚まされることがあるのだ。その記憶はいつ欠落したのだろう。いま欠落しつつあるのだろうか。
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2020年12月 8日 (火)

紀田順一郎『古書街を歩く』(福武文庫)

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 福武書店は現在のベネッセ。この本は1979年に新潮選書の一冊として出版された。のち一部削除加筆して1992年に文庫として出版された。紀田順一郎は評論家で作家。古書についての造詣が深い。愛書家として私も深く敬意をもっている人だ。

 

 この世に出版された書物は膨大な数であり、その書物の森、というかジャングルに踏み迷うとそのまま行方不明になってしまう恐れがある。私などはその手前で密林の奥を恐る恐るのぞき込んでいるに過ぎない。

 

 この本に取り上げられた書名だけでも数百冊はあるだろう。それぞれの本の内容、時代的意味、その価値について著者は手際よく位置づけして呈示してくれる。谷沢永一にしても渡部昇一にしても、書誌学的な書物の渉猟者は博覧強記、記憶の鬼である。わたしなどは、あれよあれよとただその眼前に繰り広げられるさまざまな本の話に酔いしれるだけである。レベルが違うのである。

 

 それでもこんな本を読んでいると、古本屋に出かけたくなる。古本屋というのは密集した本のあいだを蟹の横歩きしながらさまようもので、人がいれば三密そのもの、しかも他人が触ったものを触ることになるから、いつもなら二ヶ月に三度くらい尋ねるのに、今年はまだ一度も出かけていない。開店休業、もしかして立ちゆかなくなっている古本屋もあるのではないか。それが心配だ。

 

 解説を目黒孝二が書いている。この人も書狂の人だから紀田順一郎にシンクロしている。蒐書家が本の話をすれば当然その人の、本との関わりについて語ることになり、そのまま自伝風になってしまう。だからこの『古書街を歩く』という本もそうなっているし、それを解説する目黒孝二も自分と本との関わりの人生を語ることになり、それが面白いのである。

 

 ずっしりと中身が詰まった、本好きにはたまらない本である。
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遮る(さえぎる)

 昼飯を食べるときにもテレビをつけたままにしていることが多い。NHKの昼番組はローカル色が強すぎてなんだか私の肌合いにあわない。芸能やスポーツの話には興味がない。そうしていつの間にかTBS系の「ひるおび」を見ることが多くなった。

 

 ところがこの頃なんとなく神経に障ることが増えてきた。MCの恵氏が人の話に割り込んだり、遮ったりするのが気になってしようがないのである。もちろん番組の進行上、一方的にしゃべられたら都合が悪いから、適度に割り込むことは必要で、それなら別に気になったりしない。巧みにそれをするのが上手なMCというものだろう。

 

 私が恵氏の割り込みや遮りにいらだつのは、恵氏が振った質問に対して相手が答えている最中で、まだ肝心のポイントに至る前に口を出すからである。それは、恵氏自身が相手の言い分を察知して代わりにしゃべるため、または思いついた自分の意見を言いたいがためであるように見えるからである。私が見ていていらだつほどだから、その話していた当人は当然不快に思うだろうなあ、とその不快感を感じてしまうのである。

 

 私はしばしば相手の話の途中で割り込む。そうすると相手の表情が瞬間だけだが変わる。それについてのセンサーは営業をしていたのでよくはたらくから、しまった、と思う。すぐフォローするようにする。電話だとその表情が読めないので、相手の会話のテンポに合わせるのに苦労する。

 

 恵氏はそのセンサーの働きが弱いようである。そういうわけで、観る番組がないので、最近の我が家ではニュースが終わったらテレビはしばらく消されている。
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2020年12月 7日 (月)

ストレスと集中力

 イギリスで製作された『ストレスの真実』という番組をNHKBSで放映していた。いうまでもないが、ストレスとは緊張ということで、世の中には精神的に、そして身体的にストレスは常に存在する。生きていれば仕方のないことで、仙人のようにストレスのない境地に至ることは人間には不可能である。

 

 外部から来るさまざまな圧力、つまりこのままがいいなあと思っている状態を変更させようとする力、それをどう受け取り対処するか、常に人間は迫られているといっていい。

 

 ストレスには持続的に加わるものと、短期的なものとがあり、よほど大きなストレスでない限り短期的なものは対処しやすいし、それによるダメージも修復が可能である。しかし長期的だったり先の見えないストレスは、じわじわと心身にダメージを与え、次第に心身をむしばんでいく。

 

 私はこどもの頃からテストが好きだった。テストの好きな人間は珍しいし、それを口にするとひどく顰蹙を買うことを経験的に学んだので、あまり口にしないようにしていたが。

 

 テストがストレスであることは私だって他人と同じだが、ただ、テストは一時的なストレスだし、テストに対するストレスが私にふだん以上の集中力をもたらしてくれることを実感していたのだ。私はテストのときにふだんより確実に頭が良くなる。脳が能力限界まで働いて頭が熱くなって、分からなかったことが分かったりする。血液がほとんど首から上に集まって、実際に顔が真っ赤になる。

 

 一夜漬けで覚えようとしたことがふだんよりスムーズに頭に入る。そしてテストで頭に刻み込まれた知識はとても深く刻まれているので、そのことが現在の私のものを考えるベースとしての知識にもなっている。テストは私にとってはふだんない力を、知能のターボエンジンがかかるという楽しみを与えてくれるのである。

 

 だから運動選手が本番で実力以上の力を発揮するのは当然だと思っている。それが実力以下の成績しか残せないのは集中力の足らないことの表れで、それは本人の実力そのものなのだろう、などと私は冷たく見ている。何しろ他人事である。それが見えてしまうので、最近はスポーツ番組を観るのが私にはストレスになってしまうので見ない。それに、何よりもアナウンサーの絶叫、演技的興奮のバカ声が私にはストレス以外の何物でもない。

 

 長期的ストレスについて語りたいことがたくさんあるのだが、長くなりすぎたのでまたいつか書く。
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日向ぼっこ

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母は縫い物が好きで、呉服屋から縫い物を頼まれて和服をよく縫っていた。その縫い賃を貯めて親友と旅行に行くのが母の楽しみだった。写真は日向で縫い物をする母。

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私が中学・高校・大学時代にともに過ごした愛猫。もらわれてきたときは雄と思わずに、母がイプセンの『人形の家』の主人公にちなんでノラと名付けた。内田百閒にも『ノラや』という、涙なしには読めない愛猫探しの本がある。

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この写真のころは十歳を過ぎていて、雄だからちょっとふてぶてしい顔になっている。若いころはもっと可愛い顔をしていたけれど、写真がない。大学から帰省すると、日向ぼっこをしていた屋根の上から転がるように降りてきて、足下にまつわりついて歩けなくなるほどだった。

私が大学在学中に病死した。そのあと十年くらい彼の幻影を見続けた。

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2020年12月 6日 (日)

製紙工場の裏

 山形県の米沢の大学を卒業して、大坂の化学会社に就職した。一ヶ月の研修期間を終えて東京営業所へ配属となり、市川市の大きな製紙工場の裏、江戸川の土手が目の前のアパートに住むことになった。当時はまだ国鉄だった市川駅まで歩いて20分ほど。近くに銭湯もあるし、小さな飲み屋もいくつかあって、居心地は悪くなかった。

 

 六畳一間の小さなアパートの二階の部屋から江戸川の土手が見えるし、その土手を上れば、江戸川越しに見えるのはもう東京都である。当時の隅田川からくらべれば、江戸川は澄んでいるとはいいがたいものの、悪臭もなくきれいだった。

 

 日曜日(その頃は土曜日も出勤だった)にぼんやりとしていると、土手を走り回るこどもたちの歓声が聞こえるし、土手に寝転ぶおじさんの姿などが見えた。クーラーなどなかったが、夏でも川風が吹き抜けるから涼しい。

 

 学生時代、寮の同好会で写真を撮っていたので、モノクロ写真の現像引き伸ばしを覚えた。そのアパートで暮らして最初にもらったささやかなボーナスから小さな引き伸ばし機を買った。フィルム現像はもちろん、完全遮光のビニールの暗幕を台所に張り巡らして、引き伸ばしもした。

 

薬品の温度管理が大事なのだけれど、そんなもの設備がないからいい加減である。温度が高ければ現像時間を短くすることで調整した。コントラストのない写真や強すぎる写真になったりしたけれど、どうすればいいかも覚えた。

 

 とにかくよく酒を飲んだ。飲む相手にも恵まれていた。会社がどうであるべきだ、とか世の中についてどうのこうのと大言壮語していた。出張することも多かったから、本もよく読んだ。

 

 入社した年は石油ショックの年で、その後遺症が一二年続いたけれど、それも少しずつ回復して、仕事もある程度覚え、新規獲得のインセンティブで給料以外の手当もそこそこもらったから、羽振りは良かった。全部使ってしまったけれど。

 

 そうこうしているうちにむつかしい仕事で北海道を担当するようになり、ちょっとした苦労をして仕事を辞めたくなった。逃げ出したくなったのである。そこで逃げ出すという生き方もあっただろうけれど、逃げるのもけっこういろいろ面倒である。そのままなんとかしのいでいたらその気も失せた。

 

 そういういろいろな思いをもちながら、アパートの二階から江戸川の土手を見ていた記憶が朝風呂の中でとつぜん鮮明に思い出された。けなげだったなあ、あの頃は。
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朝寝

 昨夜、食事を終えてブラタモリなどを観ていたら、宅配便が届いた。クリスマスに飲むための白ワインの詰め合わせを依頼してあったのだ。風呂に入るのをやめてそのうちの一本を開けた。甘みのほとんどないさっぱりした味で、美味い。ゆっくり味わいながらワイングラスに軽く二杯だけにして止めた。うっかりすると全部飲んでしまう。

 

 そのまま寝床に入ってジャズの名曲集を低めにかけて、ぼんやりしていたらすぐ眠ってしまった。夜中に目覚める。今度はもう眠れない。輾転反側して、眠り薬代わりにデンマークの詩人哲学者、キルケゴールを読む。高校時代から何百回と開いている本で、ほとんど理解しているとは言いがたいが、ときどき何か啓示を受けたりする。眠り薬にはならずにますます目が冴えてくる。

 

 明け方になってようやく再度眠りについた。思い切り朝寝をして、さらに朝風呂に入っていたら昔のことがさまざまに思い出された。大学を出て就職して、最初に住んだ千葉県の市川のアパートの周りの光景が、いつになくまざまざと思い出された。このことを次のブログに書いてみようかな、などと思っている。
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2020年12月 5日 (土)

加速

 妻の病院の転院について、状況が加速している。今日もたびたび千葉の病院の主治医や相談員から電話があり、あれをしてくれ、これを了解しろ、などと次々に注文を受けた。

 

 早ければ再来週早々には転院することになりそうで、こちらの気持ちがまったく追いつかない。向こうはとにかく厄介払いすることに必死であることを隠そうともしなくなった(と私には感じられた)。

 

 来週、しなければならないことがいくつかできて、気が重いが、転院が終わるまではそうとうせわしないことになりそうである。面倒なことが嫌いなたちだけれど、しなければならないことなら前向きに片付けていくしかない。私はあきらめもいい方である。
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司馬遼太郎『「明治」という国家』(日本放送出版協会)

 日本人には美質がある、と司馬遼太郎は見ている。他国との比較を語っているのではない。もちろんどこにもその美質を豊かにもっている人もいれば、それが著しく欠けている人もいる。

 

 日本人のそのような精神の豊かさは長い間に培われ、江戸時代にそれがさらに醸成されたというのだ。そしてその醸成された酒精分のようなものが、幕末から明治維新にかけて、時代の変革という事態に花開いたのだと語る。そして明治時代はその名残ともいう時代で、心ある人々や為政者は徳義を身につけていた。

 

 それが次第に失われ、美質をもたない人種が軍部を形成し、日本をそれまでとまったく違う、異質な国にしてしまったというのが彼の見立てである。それが昨日のブログで取り上げた『「昭和」という国家』の全般に通底する考え方で、それと対比する形で、そんな昭和を生み出すことになった『「明治」という国家』を語ったのがこの本であろう。

 

 そもそも彼のいう日本人の美質とは何かについて、『坂の上の雲』という物語は語っているといっていい。そしてそれについて本を読まなくても、NHKでドラマ化されたから、それを見てそれなりに理解している人も多いことだろう。

 

 司馬遼太郎は『坂の上の雲』のドラマ化や映画化を嫌ったとも漏れ聞いている。それは日露戦争を描いたものだとして、戦意高揚の作品であるかのように受け取られる恐れがあることを感じたからだろう。実際そのように受け取った人をひとりならず私も知っている。

 

 現代はまさにそのような日本人の美質が風前の灯火となりつつある時代といっていいかもしれない。そのことを危惧してNHKの『坂の上の雲』というドラマは作成されたのだというのはうがちすぎた見方だろうか。

 

 なぜ日本は愚かな戦争を起こしてしまったのか、司馬遼太郎はそれをどう考えたのか、その一片を二冊の本を読むことで少しだけ理解したつもりである。ただし、このテーマの探求はまだまだ私の中では続く。

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2020年12月 4日 (金)

介護認定申請

 一昨日、妻の転院先となりそうな県内の病院の相談員を訪ねて打ち合わせをした。いままで千葉の病院では長期入院を無理にお願いした状態となっていたが、こちらでは原則三ヶ月程度しか滞在できないことを告げられる。それは、いまの医療行政の指導がそうなっているからで、たぶんどの病院でもその原則下であることは承知している。

 

 そうなると三ヶ月後にまた転院先を探す、ということになるのだ。まことに患者にとっても家族にとっても不合理な話だが、行政の方針を私個人が変えることはできないから、受け入れざるを得ないのが実情なのである。妻の場合、在宅介護はそもそも不可能であることは病院も認めているのに・・・。

 

 そうなるとそのあとの手立ては、そういう病人を受け入れる施設を探し、そこに入所するしかないことになる。今回面談した相談員の女性は若いけれどハキハキして、言葉を飾らずウエットなところがないから明快である。妻の転院が決まり、移ったあとで、彼女がこちらの条件に合わせてそのような施設を探す手伝いをしてくれるそうである。

 

 しかし問題はそのような施設の空きが非常に限られて少ないこと、そして経費が高いことである。特養のように安価なところはまず無理で、探せる施設の経費の目安は15~20万/月となることを覚悟してくださいとのこと。目の前が暗くなる。

 

 いまの千葉の病院では10万弱/月を支払っているのだが、その倍近いとなると、暮らし方で今後5~10年の間くらいならなんとか支えていけるだろうが、その先をどうしようか。

 

 私の老後の人生設計は、三十年近く別居していた彼女のことを想定に入れていない。私の全ての予算計画は瓦解し、そのあらたな状況に合わせた暮らし方を組み立て直さなければならない。それを思って暗然としたのである。

 

 とはいえ、選択肢はないのであるから、それに合わせてなにができるのか手を打っていかなければならない。その第一歩が介護認定申請である。そこで今日、市役所の高齢福祉課を訪ね、状況を説明して相談した。介護申請の用紙に記入して提出。それに基づき、市役所から千葉の病院近辺の介護度審査の委託先に連絡し、病院で本人と面談することになるとのこと。その結果と、病院の医師の診断書や意見を受けて、それを市役所が審査するそうである。

 

 経費その他について、どこまで行政の補助が受けられるのか、それもこれから具体的に相談していかなければならない。心身ともに当分のあいだ振り回されることになりそうだ。
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司馬遼太郎『「昭和」という国家』(NHK出版)

 NHKで、司馬遼太郎が「昭和」という時代、特に敗戦までの20年間についての思いを独り語りした全十二回の番組を元に本にしたものである(番組が放送されたのは1986年から1987年)。司馬遼太郎が急死したのが1996年であり、この本が出版されたのは1998年だから、司馬遼太郎はこの本を手にしていない。

 

 彼は戦車兵として従軍し、敗戦を迎えた。そこでの実感は、日本はなんと愚かな戦争をしたのだろう、どうしてこんな戦争へと突き進んでしまったのか、というものだった。そしてそれを読み解くために日本という国の歴史を考え抜いた。それが彼の歴史についてのテーマだったけれど、昭和については、断片的には文章や対談で語ってはいたものの、まとめて語ったり、本にしたりしたものはたぶんこの本だけではないだろうか。

 

 私もこのブログで繰り返し書いているけれど、父や母から聞いた戦争体験の話から、どうして日本は勝てるはずのない戦争に突入したのか、というのが疑問であった。大学に入って理科系に進んだのに、自ら学んだのは太平洋戦争に関連する歴史だった。司馬遼太郎と比較するなどおこがましいが、歴史を知ろうとした動機は同じである。教わらないから知らない、などという若者の言葉を聞くと、日本人ならそのことを知りたいと思わないのだろうか、と残念に思う。

 

 司馬遼太郎の歴史観を司馬史観などといって、ナショラリストは自分の主張に都合のいい部分を取り上げたりした。逆にナショナリストがそういう取り上げ方をしたために、リベラリストの一部は司馬遼太郎をナショナリズムの旗手のように受け取って批判したりした。どちらもそもそもの司馬遼太郎の原点を読みとることを怠ったか曲解してのことのように思える。そのことはこの本を読むだけでも自明であろう。
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2020年12月 3日 (木)

ペナルティのない社会

 朝のニュースで、小売店の従業員が恐怖感を感じるような客の暴言や行動が多いと報じていた。客は神様では決してないのだから、他人に恐怖を与えたり不快な思いをさせることが許されていいはずがない。しかしそのような客に店側はなにもできない。理不尽なことである。

 

 こういう場合、中国なら個人情報を全て国家が管理して、このような行動をした個人を特定し、マイナス点をつけていく。そのマイナスがたまっていくと、その個人は生活に支障が生ずるようなペナルティを受けることになる。社会的な制裁を国家が引き受けているのである。中国の国民が全てデジタル管理されていることに案外反発が少ないのは、理不尽な人間が制裁を受けることが評価されてのことなのかと思う。

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 日本ではよほどのことでなければ何度同じような迷惑行為を繰り返してもペナルティがない。だからますますそのような行為が横行する。たぶん昔より増えているに違いないと思う。世の中を生きにくくするようなそのような輩がのさばっていても、放任されている社会が正常だとは思わない。日教組が道徳教育を撲滅しようとして成功した結果だなあと思う。中国の管理社会がうらやましくなるような世の中でどうするのだ。
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葉室麟『蝶のゆくへ』(集英社)

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 江戸時代より以前の女性は、定められた生き方の中で生きることを当然と考えていた。彼女たちが現代の女性のような生き方を知るはずもないのだから、いまの価値観で彼女たちを見ても意味がない。しかし明治になって、女性たちの一部は、その定められた生き方以外の生き方があることを知った。そのときに彼女たちはどのような生き方を選んだのか。

 

 世の中が定められた生き方をまだ当たり前だと思う時代に、自らの生き方を生きた女性たちのさまざまな生き方がこの小説に描かれている。

 

 主人公の星りょうという女性(のちの相馬黒光)が創設早々の明治女学園に入学してから出逢うさまざまの人、そしてそれに関わる人のエピソードを通して、新しい女性の生き方という前人未踏の道を歩んでいく姿が感動的である。そこで語られる人々がたくさんいて、そのボリュームに圧倒される。女性だけにこだわらず、明治の著名人たちについての、著者の葉室麟の思いがそれぞれに籠められている。

 

 ここで取り上げられた人々について、私が既知であったり名前だけを知っていたり、初めて知った人もいるけれど、それぞれに対して葉室麟がただ名前を挙げているのではなく、好き嫌いも含めて深い思いがあるのを感じた。明治について知るためにこの本は最高の参考書だといっても良いだろう。特に女性の生き方について考えるためにも、こころある女性には是非読んで欲しい本である。

 

 相馬黒光について、私の母はとても強い共感を持っていたことを思い出した。大昔、『パンとあこがれ』という題だったと思うけれど、民放の連続ドラマがあって、そこで宇都宮雅代が相馬黒光を演じていたと記憶する。そのドラマを観ながら、彼女と新宿中村屋について、母が思い入れを語っていた。母はイプセンの『人形の家』のノラについて、思い入れをもつような女性だったから、この『蝶のゆくへ』を読んだら大いに感動しただろうなあ、などと思った。お勧めの本です。
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2020年12月 2日 (水)

準備

 ぽつりぽつりと年賀欠礼のはがきが届く。十年前までなら、身内の高齢の方の死去に伴うものばかりだったけれど、この頃は宛先本人の訃報によるものが増えていて、自分もそういう年齢になったのだと改めて実感したりする。そろそろ年賀状の準備もしなければ、と思うけれど、いつも以上になかなかその気にならない。今年はあまりにいろいろなことがあったので、歳の終わりとしての気持ちの納めどころがさだまらないでいるせいだろうか。

 

 今日、出かけたついでに壁に掛ける、大判で書きこむスペースのたっぷりあるカレンターと、愛用の手帳を買ってきた。カレンダーには予定が決まるごとに書きこんでいつでも見られるようにしている。手帳は主に読書備忘録である。最近は著者名と書名だけを書き残していて、これを見ればどんな本を何冊読んだかが分かるようになっていて、毎年の手帳がすでに三十冊くらい(つまり30年)たまっている。

 

 リタイアしたら時間がたっぷりあるから、年間三百冊くらい読めるかと思っていたが、せいぜい二百冊を越えるくらいで推移している。そんなものでちょうどいいのだろう。読破数を稼ぐために本を読むなどというのは本末転倒だ。それよりも読んだ本についてブログに書くことで、読みっぱなしではなく、本の内容を反芻できているのはいい習慣だと思っている。ときどきさぼるけど。

 

 今年は大掃除くらいで、年始のための準備はあまりするつもりがない。それよりも面倒なことがひかえているから、それを片付けないことには気持ちが片付かないのである。

 

 本日、妻の転院候補の病院に行っていろいろと話を聞いてきた。医療費の件、施設に入るための準備など、想定をはるかに超えるものが必要だと分かった。人生設計を根本的に見直さなければならないようだ。打ちのめされている。なんでこんな目に遭わなければならないのだ。

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平岩弓枝『釣女』(集英社文庫)

Dsc_4920マコママ様のおかげで、集英社の本なので安心

 探したがどうしても見つからないのでアマゾンで取り寄せた。心配したのは、先日読んだ『女櫛』と合わせて十二話のこの物語に、底流する背景の流れがあるとしたら、先に出版されているこちらを読んでからの方が良かったのではないか、ということだった。

 

 ところが巻末の解説を読むと、それぞれの巻に収録されたものの発表時期は前後していることが分かった。それは読んでいる中で、花房一平の許嫁の女性が不治の病にあり、その妹と苦しい恋の関係にあるという設定での展開が、この配列だと多少前後していることからも読み取れる。この物語のさらなる続編を読みたいのはその恋の行方が知りたいからであるが、花房一平捕物夜話は、残念ながらこれ以後書き継がれていない。

 

 長崎での話や京都での話が収められているが、そう何度も長崎に行くはずがないと思ったら、書かれた順番としては連続していたらしい。そういうことで、『釣女』と『女櫛』はどちらから読んでもかまわなかったのだ。

 

 花房一平という主人公の青年はおおらかで茫洋としているように見えるけれど、それだけ懐が深くてひとにたいして優しい心を持っている。もしかしたら女性にとってはこのような男というのが理想の男性像なのかも知れない。それは『御宿かわせみ』の東吾に通じるものがある。そして、私にとって『御宿かわせみ』の女主人「るい」が理想の女性像なのも同様だろう。NHKで最初にドラマ化されたときは真野響子が演じていて、彼女まで好きになった。

 

 この『釣女』でも捕り物物語らしく、事件の謎を解く花房一平の推理の鮮やかさが読んでいて胸がすく。それぞれの事件を解く端緒は花房一平という人物だからこそつかむことが出来たものであることがわかるので楽しい。そして人間性というのは生きる上でとても大事なものなのだと教えてくれる。人間性など一文にもならないとうそぶく輩の多い世の中で、ただのお話にしても、希望があるではないか。

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2020年12月 1日 (火)

たまる雑用

 炬燵の卓をテーブル代わりにして、いつもそこに座り込み、たいていのことは座ったまま手元で済むように脇にさまざまなものを並べている。先日炬燵をかけたので、ますますそこに座り込むことが多い。

 

 メモ帳を置いて思いついたりやらなければならないことをその都度メモしている。それを見て朝、やり残したこととその日にやることをもう一度列記し直す。生来の横着者だから先送りできるものは先送りしていると、手遅れになることも多い。慌てて片付ける。処理しなければならない書類なども出しっぱなしだと紛れるので、大封筒を二つ用意して、重要なもの、それほどでもないものを分けて放り込んでおき、ときどき全部出してチェックする。大事だとそのとき思っていたけれど、あとでそれほどでもないものになることも多い。大事なものはその都度ではなく、まとめて片付けていく。

 

 独居老人なのに案外雑用というのは次々にあって、先送りしているとたちまちたまる。生活しているということはそういうことかと思わされる。仙人のように山の中で人知れず、というほどのつもりはないが、もう少し隠居老人らしくぼんやりしたいなあと思う。端から見たらただの日向猫にしか見えないだろうけれど、それなりに気持ちだけはせわしない。そういえば今日から師走であった。
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引用について

 著作権法に基づく規制について考えていたら、こんな想像をした。どこにも人をたぶらかそうとする輩がいるものだから、とつぜんどこかの弁護士と称する人間から連絡が来て、「あなたは著作権法に違反している、訴えられたら必ず負けます。しかし、訴える方も訴えられる方も、互いに時間も経費もかかることなので、ここは穏便に示談ということで、私が仲介いたしますが・・・」などといわれたりするかも知れない。

 

 私なら「どうぞ、正式に裁判所に提訴して、裁判所から呼び出しをかけてください」とこたえるだろう。たぶんそれきりのはずである。

 

 ところで引用のことである。私はしばしば読んだ本で特に印象に残ったところを抜粋して、ブログに引用することがある。その場合には必ず何という本のどの章であるかを明記することにしている。もしその本のその部分を読みたい人がいてもすぐ調べられるようにと考えてのことだ。他人が読むことを前提とした文章の中で、そのような引用をすることは、もとの著者に了解を取らないと法的には著作権侵害に当たるらしいことは承知している。わかってやっているので確信犯だが、どうせ私の文章など限られた人しか読まないから、かまわないと判断してのことである。

 

 私は私の考えたこと感じたことを文章としてブログに書いている。他人の考えを自分の考えと混同させないように峻別しているつもりだ。だから他人の文章は引用として明記して、それを参考にしたことを明らかにしている。そうすることで自分の考えと対比させたり位置づけして立体的にしているつもりであって、それを著作権などという名目で規制されたらかなわないなあ、というのが正直なところだ。いちいち引用先に了解を求めるか、極端に言えば、人に読ませないようにすればいいのだろうが、それでは何のためにブログを書いているのかわからない。そんなことでがんじがらめになるならそもそもブログなんかしない方がマシである。本当に面倒くさいなあ。
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