森本哲郎『旅の半空』(新潮社)
私が高校生の頃(五十年以上前の大昔)、朝日新聞の日曜版の一面に大きく掲載されていたのは、沖縄の伝統的な衣装を着けて踊る若い女性だった。その写真に文章が寄せられていて、日本文化について書かれたその文章に感銘を受けた。書いたのは朝日新聞の文芸部の記者だった森本哲郎だった。
それから何年か経った正月に、テレビで沖縄が映されていた。新聞で見たのと同じような伝統衣装を着けた女性たちが、手に鳴子のようなものを持ちながら、ゆったりゆったりと踊るその足さばきに魅入られながら、思い出したのが森本哲郎の文章だった。踊りはゆっくりと踊る方がはるかに美しいものだとそのときに知ったし、いまもそう思っている。
就職してから偶然に本屋で森本哲郎の本を手にした。森本哲郎がすでに多くの本を書いていることを知らなかったけれど、その一冊を読んで人生観が変わった。その頃、少し気持ちの上でつらい仕事をしていて、営業という仕事は自分には向いていないのではないかと悩んでいたときであったけれど、自分を外側から眺めることが出来るようになって救われた。そのときのキーワードは、「人はそれぞれ違う」ということで、当たり前のことを本当に心の底から解るということの重要さを知った。
解る、ということのレベルには無数の階梯があるのだが、その階梯というものが厳然としてあるのだ、ということに気がつくかどうかで世界は変わる。
世界を旅し続けて、そこから古今のひとびとの思索のあとを訪ね、文化や文明というもの、つまり人間というものを根底から考えていく森本哲郎は、私の生涯の師である。
この本が出版されたのは1997年で、書かれているのは日本国内の旅である。過去に訪ねたところや、訪ねようと思いながら機会のなかったところを訪ね歩いている。思い立って出かけた先で、さらに連想ゲームのように次々に時代と空間を越えて思索が展開されていく。私も旅への気持ちをかき立てられた。あとでそのいくつかを個別に紹介することになるかも知れない。この本で旅しているときが、彼の70歳頃なので、まさにいまの私と同じ年代なのだ。
この本の素晴らしさを伝えたいけれど、そうすると全文を引用しなければならない。あまりにもさまざまなことが網の目のように関連して語られていて、切り取るのがむつかしいのだ。旅に誘う本であり、日本そのものについて、さまざまに考えさせてくれる。この本で語られた場所を順に訪ね歩きたいと、無性に思っている。
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