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2021年4月

2021年4月30日 (金)

疲労困憊

 本日30日は、連休に含まれるのか、連休直前なのか。それは人によって違うのだろう。私は二つの用事をこなした。ふだんならどうということのない用事なのに、電車での移動も多いし、けっこう歩いたので疲労困憊した。車があればどうということはないけれど、ないから仕方がない。

 

 まず妻の入院している病院へ。一宮の北にあるその病院へ行くには、我が家から名鉄の犬山線で名古屋へ、つまり南下して、名古屋から名鉄の本線でふたたび北上するのである。名鉄は放射状に鉄道が走り、互いを横断的につなぐ線路ははるか北側にしかない。別の線へ行くには一度名古屋へ出るしかないのだ。むかし、岩倉と一宮をつなぐ路線があったらしいが、三十数年前に私がこちらへ転勤で移ってきたときには跡形もなかった。

 

 九時過ぎにでて、最寄りの小さな駅からてくてく歩いて病院へ。病院での用事は午前と午後をまたぐ覚悟でいたけれど、私が現時点ではなにも結論を出せる状態ではないので、昼にはおしまいになった。

 

 もし早めに終わったら、一昨日に高齢者講習もすんでいるので、免許の更新に行けるように支度だけはしてあった。これは犬山線の名古屋に近い警察で受けつけてもらえる。これも駅からそこそこあるので、てくてく歩いて行く。日差しがけっこうあって汗をかいた。

 

 連休前であるし、混んでいることは予想していた。蜿々長蛇の列、というほど大げさではないが、二階の窓口から階段、階段から警察署の入り口まで列をなしている。こういう時期なので、間隔をあけてならぶから長くなってしまうのだ。

 

 ひたすら順番を待つ。それでもぽつりぽつりと列は進む。暑さと、立ち続けていることで腰が痛んで、まことにつらい。とにかく日ごろはゴロゴロして、立っていることなどほとんどないのである。ただ立っているのはときに歩くよりもつらい。

 

 今回は違反はないので講習もない。あの事故は、私は被害者であるから一切過失はなく、関係ないのである。めでたく新しい免許証をいただく。自分の顔ではないみたいだけれど、他人にはこういう顔に見えているのだろうなあ。警察署からまた駅までてくてく歩き、へたり込みそうになりながらもようやく無事に家に帰り着いた。シャワーで汗を流したあとこれを書いている。

芸術か

 NHKのBSプレミアムで、懐かしい『未来への遺産』を再放送している。私は仕事でリアルタイムでは見られないことも多かったので、その写真と解説が書かれた本(全五冊・ただし一冊行方不明)を買って持っている。繰り返し眺めて愉しんだ。

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 この番組であこがれた場所は数々あって、そのうちのいくつか(カッパドキアなど)に実際に行くことが出来たのは望外の喜びであった。

 

 ただ、この番組を今回観て、構成と音楽があまりにも芸術的で、世界遺産の数々を見る楽しみが大きく損なわれているように感じた。ことに武満徹の現代音楽が、イメージとしては素晴らしいのだろうけれど、私にはうるさく感じられる。ない方がいいくらいだ。

 

 さらに演出の吉田直哉の構成は、イメージ重視に偏りすぎて、それぞれの過去の遺跡が断片的に語られていくのが、それぞれのテーマに沿っているとはいえ、雑然としすぎているように感じる。ましてとつぜんぼそぼそと吉田直哉自身がナレーションを語り始めると、言葉の語尾が弱いので、なにを言っているのかよく理解できない。独りよがりにしか聞こえない。私の想像を勝手に枠にはめてほしくないものだ。

 

 番組を我慢して観ているのは、本をじっくり眺めるためのイメージの補助のためである。我慢するのは精神に良くないからとても疲れる。

2021年4月29日 (木)

感謝

 生理用品も買えないという若い女性がたくさんいて、大学や自治体で無償配布しているという。コロナ禍で仕事もままならず、収入の道を閉ざされての困窮が理由なのだろうが、いくら理由があるとはいえ、世も末だなあ、などと感じてしまう。とうぜん食事も事欠くだろうと思ったら、無償で食事を提供するこども食堂というのもあるそうだ。

 

 困っている人がいれば助けてくれる人もいる。どこかの国や地域ではそんな助けもなかなかないというから、日本はまだまだ救いがあると言える。

 

 生理用品は買えないけれど、携帯の料金は支払える、などということを咎めるつもりはない。世も末、という言い方にイヤミをこめているつもりであるが、あまり本音を書くと袋だたきになるから書かない。

 

 ただ、無償で提供されたものは、誰かが支払ったことで提供されているのであるから、そのことを少しは考えて、感謝の気持ちを持ってもらえたらいい。そして、出来ればゆとりが出来たときにはその感謝の気持ちを社会に返してもらうといいけれどなあ。

高齢者講習

 七十を過ぎての運転免許更新なので、高齢者講習を受けなければならない。あいにくの雨降りだったし、体調もいまいちだけれど、二ヶ月以上前に予約してあったので行くしかない。名古屋の自動車教習所で受講。ずいぶん久しぶりに電車に乗った。去年は二度くらいしか乗っていない気がする。たぶん今年は初めてである。コロナ猖獗のいま、混む時間ではないからいいが、通勤電車は不安だろうと思う。

 

 高齢者講習というから、認知度を見るテストでもあるのかと思ったら、視野角の検査と実地運転のテストであった。視野角は左右とも八十度で年齢より良好とのこと。実地運転のテストは意外に緊張する。コースに慣れていないこともある。大昔の免許を取った時代のことを思い出した。こんなせせこましいところで教わっていたのだ。

 

 テストの結果は免許の発行には関係がないという。ただし、高齢者は違反するとその時に認知度のテストを受けさせられて、問題があると免許が停められてしまうことがあるそうだ。

 

 二時間あまりのテストで受講料5100円。必要な講習ではあるのだろうが、金儲けの手段でもあるような気がする。さあ、受講終了証明書を持って、来月中に免許更新手続きをしなければならない。

 

 今回は12名が一緒に受講したけれど、かなり危なそうな人もいた。ところで枯れ葉マークをどうしようかなあ。愛車を失って、今は車がないけれど・・・。

2021年4月28日 (水)

怯え

 高みに登れば登るほど転落の危険は増す。高みから降りれば危険は去るから、降りればいいのである。しかし高みに登るために他人を踏みつけにしてきた場合には、引きずり下ろされないために、さらに高みを目指すしかないことになる。

 

 高みにあることの怯えがさらなる強権を求めることにつながるのは独裁者の常で、敵対者の粛清や反対者の処刑がエスカレートして行く。金正恩や習近平を見ていると、強さよりも怯えから来る弱さが見えてしまう、というような心理学的な分析を試みても、その強権的な力は現実的に人を支配していて、弱まることはない。革命によって成立した国が、革命を徹底的に排除しようとする奇妙さ。

 

 歴史的に見ればそのような独裁者も寿命には勝てないから、いつか終わりが来ることは間違いないが、そのあとにその反省から独裁者の出現を防ぐための手立てを講じても、またふたたびそのような人間が出現することが繰り返されてきた。歴史の繰り返しを見せられ続けて、凡人の私の人生も終わることになるようだ。世界は進歩して明るい未来がやってくる、などということはないらしいことを日々思い知らされている。

問題点

 新型コロナウイルス感染の日本の対策が、後手後手で不手際であるように感じている国民は多いのではないだろうか。いろいろな要因があるのだろうが、その原因のひとつが厚労省の危機意識の薄さ、真剣さの不足によるものであるらしいことに、国民は薄々気がついている。

 

 厚労省は最も巨大な国家予算を管掌する組織である。それはそのまま最も巨大な権益を持つ組織だということでもある。しかし、年金問題を始めとしてやるべきことをきちんとやっているように感じられない組織でもある。権益があればそれに伴う大きな責任が生ずるが、その自覚があまりない組織のように見える。

 

 今回コロナワクチン接種に関しての作業を厚労省から取り上げて、総務省が行うように菅総理が指示を出したと報じられていた。どうも厚労省にかなり腹を立てての処断らしい。もともと地方自治体との連携が必要な作業だから、総務省が適任というのが名目である。菅総理は、厚労省にはやる気も能力もない、と腹を立てているらしいと漏れ聞こえている。厚労大臣が必死で笛を吹いても馬耳東風、惰眠をむさぼっていると見えているのだろう。ことが治まったあとに厚労省に大ナタが振るわれることになるかも知れない。国民のためにはそうなることが望まれる。

 

 ところでコロナワクチンの入手、そして接種にどうして日本はこれほど立ち後れているのだろうか、と疑問に思う日本人は多いに違いない。お金も力もないアフリカ諸国並みの接種率であるのはどうしてなのか。世界がそれほど日本を好意的に思っておらず後回しにされているのだろうか。EUが日本向けのワクチンに制限をかけているのは公然たる事実であるけれど、それだけではないだろう。そもそものワクチン入手交渉でのしたたかさがかけている国がワクチン入手の遅れを来していると言われていて、その代表的な国が韓国であり、日本であるらしい。その責任は問われるべきだろう。そしてそれらを事実に基づいて報じるのがマスコミのはずだが、そのお粗末さはもう語るのにうんざりするほどだ。

 

 危機にあってその役割を果たせない組織は、罪を問われてしかるべきだが、マスコミが愚かだとその矛先がピント外れになる。そうしていつまでたっても改善されない。日本は明らかに衰退している。

 マスコミは批判するだけではなく、たまにはその問題点をきちんと報じてほしい。

2021年4月27日 (火)

迷う

 明日は運転免許の更新に必要な高齢者講習の日である。万全を期したいので、妻の病院からの要請に応えるために、行くことは可能だろうとは思うものの、今日はあきらめてじっとしていた。体調を悪くして、あした入り口で発熱を理由で講習受講を撥ねらるというのは願い下げである。

 

 昼食を食べたすぐあとに、鼻がむずむずしてくしゃみが出た。悪い兆候である。こうなると微熱を発する。慌てて横になったら、しばらくして眠りこんだ。

 

 気持ちのあまり良くない夢を見た。

 

 娘夫婦と、ある女性と四人で歩いていた。途中から私は大型トラックを運転している。どうして手に入れたのかわからない。同行者たちは私の危なっかしい運転にハラハラして、止めろと言うが、行かなければならないところがあるのだ。それにしても私は大型車の運転免許は持っていない。行き先は、ある染色工場と、妻のいるところだ。してみると、ある女のひとは妻ではないらしいが、よくわからない。

 

 ほかの人たちを車から降ろし、トラックをやや広い場所に停めたらそこが工場の裏である。鞄を持って染色工場に入った。そこから入るな、と制止されたけれど、強引に入った。とてつもなく広い工場で、しかもすさまじく汚れている。排水路が詰まっているのか、化学薬品があふれかえり、異臭がひどい。

 

 私は仕事でたくさん染色工場に行ったことがあるけれど、大きい工場ほどたいてい清潔であるし、大きいと言っても夢に見たとてつもない広さの工場は知らない。インドや中国の工場のようだった。工場の中は迷路のようで、行き止まりになっていたり階の登り降りもどこから行くのかわからない構造となっている。担当者らしき人物から声をかけられてようやく仕事をすることが出来た。

 

 その担当者は私が苦手にしているタイプの男だが、どういうわけか話はトントン拍子に進む。そうこうしていたら、娘夫婦が私を探しに来た、という知らせが届けられた。慌てて案内されると私は五階か六階のテラスのような場所の手すりの前にいて、下にいる娘夫婦とある女性を見下ろしていた。

 

 そこで寝汗をかいた状態で目が覚めた。体温を測ると平熱。不思議なことに、ある女性はついに自分でも誰だかはっきりしない。

 現世(うつしよ)は夢、夢こそまこと(by 江戸川乱歩)

大滝詠一

 録画してあったNHKの『我が心の大瀧詠一』という番組を観た。『クールバケーション』のサウンドは忘れられない思い出である。それでも内田樹老師が大滝詠一を神格的に敬愛しているのは大げさだと思っていた。

 

 一時間半の番組で、大瀧詠一が作曲した曲が流れ、それぞれの曲にそれぞれの私の思い出がオーバーラップした。『さらばシベリア鉄道』、『冬のリヴィエラ』、『熱き心に』など、大好きな曲ばかりである。

 

 むかし付き合っていた女性が、森進一が好きだ、と聞いて、興味があまりなかったのにカセットテープ(当時はまだCDがなくて、レコードもあったけれどカセットテープでもアルバムが売られていた)を買って繰り返し聴いているうちに好きになった。『冬のリヴィエラ』は彼女に失恋してからしみじみと聴いた。番組では横山剣が歌っていてそれなりに良かったけれど、私にはこの歌は森進一の歌である。

 

 私の数少ないカラオケの持ち歌の筆頭が、小林旭の『北へ』で、私は体がデカい割に声が高くて小林旭の歌の音域が比較的に歌いやすい。『熱き心に』も歌ったことがあるが、むつかしくてうまく歌えなかった。これは小林旭が歌った。やはりこの人が歌うと迫力とスケールがあって素晴らしい。

 

 番組では『さらばシベリア鉄道』を氷川きよしが歌っていたけれど、やはりこの曲はオリジナルの太田裕美で聴きたかった。大滝詠一も自分で歌っているうちにこれは女性が歌うほうがいい、といって彼女の歌を先行して発売することになったそうだ。女性の思いと男性の思いがかけあいで歌われるこの歌の壮大な世界がすきだ。

 見終わって録画を消去した。消去することで思い出を心に閉じ込め直した気がした。

2021年4月26日 (月)

ジェノサイド

 中国政府が新疆ウイグル自治区でジェノサイドを行っていると欧米は非難している。ジェノサイドはほぼ事実であろうと思われるから、その非難は不当ではない。チベットでも、モンゴル自治区でも行われてきたことで、それを知りながら中国との経済関係を重視して、見て見ぬふりをしてきたから、遅きに失したと思っている。

 

 その非難の先頭に立つ立場にあるバイデン大統領が、百年以上前のトルコのアルメニア人虐殺をジェノサイドだと認証した。事実ジェノサイドであったことは明らかであるけれど、どうしていままで避けてきたことをとつぜんいまになって認証したのか。私には正義のためと言うよりも、売名行為、点数稼ぎの行為に見える。過去に遡ってあとからジェノサイドを果てしなく認定していけば、アメリカがどれほどのジェノサイドを行ってきたのか、それを認定しなければならなくなるが、その自覚があるのか。

 

 日本に原爆を投下して何十万もの非戦闘員を虐殺したのもジェノサイドではないのか。日本の各地を空襲して焼夷弾を投下して反撃の手段のない市民を虐殺したのはジェノサイドではないのか。世の中はこのように不条理なことが行われた歴史を重ねて現在というものがある。その反省のもとに戦争を回避しようという気持ちが醸成されてきた。過去を蒸し返すことは、歴史学的にはあり得ても、政治的には是々非々があるはずだ。

 

 ここでトルコと敵対的になったとしてもトルコをますますロシア寄りに、そして中国寄りに追い込んでいき、平和だったトルコをジェノサイドの時代に引き戻すばかりではないのか。現にトルコのエルドアン大統領というのは独裁者の相貌を公然と示して、トルコの民を危険な方向に導こうとしている。それなら、いまはトルコを自由主義的な国に引き戻すことにこそ心を砕くべきではないのか。

 

 中国がウイグル自治区で行っていることは、いま現に行われていることである。とんでもない数の行方不明者がいて、さらに次次と人が消滅しているという事態だという。それを非難することと、過去のことを言うことで点数稼ぎをすることはまったく違うことで、過去と現在を同列に論ずることで、現に行われていることを止めさせる力を失わせることになりかねないと危惧している。

愛知トリエンナーレの影

 名古屋市長選は現職の河村氏の勝利に終わった。例によって相変わらずの名古屋弁での河村節を聞かされた。あるがままの河村たかしであった。私は特に河村氏を応援するつもりはないが、前回述べたように、負けた横井氏には応援したくないと感じていた。とはいえ私は川向こうの人間なので、名古屋市民ではないから選挙権はない。

 

 今回の勝因敗因については専門家が解析するのだろうけれど、私の印象を述べれば、大村知事のリコールの署名活動での不祥事を争点の一つにした横井氏に対して、名古屋市民は大きな反発を感じたのではないかと思っている。

 

 愛知トリエンナーレでの、芸術の名を借りた異常な政治的アピールに対して、大村知事の同意的な不明確な対応は、多くの人に不快感を感じさせた。河村氏はだから大村氏のリコール運動に賛同した。河村氏はあの政治的アピールは間違っていると態度を明確にしていたからだ。そのリコール運動の署名に問題があったことを、あたかも河村氏の意図的な犯罪行為であるかのような取り上げ方をして非難したことは、まともな人たちにとって不愉快だっただろうと私は感じている。事実は知らない。

 

 自民党、立憲民主党を支持する人、無党派層のすべてで河村氏へ投票した人が横井氏を上回っていたという事実がそれを表しているのではないか。共産党と公明党の支持者は、横井氏への投票がはるかに上回っているのがなにかを象徴している気がする。コントロールされた投票行動がなにを象徴するのか。蛇足で言えば、名古屋市の市民は、北朝鮮や中国のような行動を拒否したということであろう。愛知トリエンナーレの影が選挙結果に影響した、と私は見ている。正義という名の洗脳を拒否したのだというのは極論か。

 今朝は平熱。朝は大丈夫なのだが・・・。

2021年4月25日 (日)

楽しみにしていたのに

 外には強い風が吹いて窓を揺らしている。心配していたことだが、つい今し方、少し熱っぽいので体温を測ると36.7℃。平熱よりわずかに高い、微妙な温度だ。昨日もこのくらいから夜になって発熱した。

 

 今晩は選挙速報を見るのを楽しみにしていた。参議院や衆議院の補欠選挙などよりも、私が結果に興味があるのは名古屋市長選挙である。与野党が組んで現職の河村市長に対抗馬を立てているのがいささか気に入らない。しかもその候補が市民に対して、当初金のばらまきを語っていたのがおもしろくない。公然たる買収ではないかと思った。野党も河村憎しで与党の推す候補に相乗りするなど、情けない限りだ。

 

 もちろん争点はそこではないが、そういう言葉で投票が動くようなら、名古屋市民も地に落ちたものだと考えざるを得ない。逆に反発を感じてほしいと思うところである。首長というのは、与党に迎合することでうまく運営できるという考え方では、本当にしなければならないことが出来ない時代である。それを語る対抗馬に見識の低さを感じる。そういう人ではお役人に鼻面を引き回されるのが落ちであることを名古屋市民が感じてほしい。

 

 とはいえ早く寝なければいけないから、体制が決するのが夜遅くなるようならいつまでもテレビを観ているわけにも行くまい。残念だ。

格闘

 止めておこうか、と思いながら風呂に入ったのがまずかった。風呂から上がってしばらくしたら目が回る。体温を測ったら37.7℃もある。

 

 昨年、ゴールデンウイーク中に高熱(38.5℃)を発し、ちょうどかかりつけの病院が当番の救急病院だったので、電話した。「自力で来てください、どうしても無理なら救急車を頼みなさい」ということだった。なんとか車で病院に行った。新型コロナで厳戒中だったから、病院外にもうけられた小屋のようなところに隔離され、検査してコロナ感染でないことを確認してからようやく病院に入れてもらった。予想通り泌尿器科の炎症による発熱だった。

 

 その時のことを思い出した。

 

 冷凍庫にあるアイスノンを出し、熱さまシートを額に貼り、体温計を枕元に置いて横になった。うつらうつらしながら二三時間おきに汗で濡れた下着を替えトイレに行き、水を飲む。顔の周りに不快感がまとわりついていたのが次第に治まってきた。朝、気分がだいぶ楽になっている。体温を測ったら36.3℃、平熱である。このまま治まってくれるといいけれどなあ。体重が一晩で1キロ以上減っている。水分が減っただけだろうけれど。

 

 いま起き出して、布団乾燥機で布団を殺菌乾燥している。昨日から溜まった汚れた下着などを洗濯して、このブログを書いたらまた一眠りしようと思う。身体が病と格闘したらしく、体中がそういう疲れ方をしている。

2021年4月24日 (土)

体調不良

 微熱があって体調が本調子でない。このごろの平熱は36.3℃くらいだが、今36.8℃ほどで、発熱しているというほどでもない。ニ三日前から鼻がむずむずしてくしゃみが出ているし、鼻水は止まらないし、目の回りがかゆい。花粉の飛散は少ない、と報じられているのに、きつい花粉症の症状が出ている気がする。

 横になっていると外界の物音がずいぶん近く大きく聞こえたり、反対に変に間遠に聞こえたりして具合が悪い時の気分である。排尿痛が少しあり、排尿の色が濃く濁っている。持病の泌尿器系の炎症がまた騒ぎ出しているのかもしれない。体から何か異物を出そうと頑張っているのかもしれない。頻尿気味である。せっせと水分をとり、我慢せずにトイレに通っていたら濁りも薄まり、色も無色に近くなった。

 安静にするために早めに就寝しすぎて夜中に目覚めてしまうことが多い。そうすると寝られなくなる。かえって寝不足になって昼間うたたねをする。それがよくない気がする。

 咳は出ないし喉も痛くないし味覚異常もないから、新型コロナに感染したのではないと思うけれど、様子を見て、今もなるべく横になっている。眠ると寝汗をかく。すぐ下着を替えてさっぱりする。そうするとしばらく調子はいいが、また鼻がむずむずしたりする。妻の入院している病院から連絡があり、できれば来てほしいということだったが、しばらくは無理であることを伝えた。行くなら連休明けである。

 28日に、どうしても行かなければならないところがある。それまでに体調を整えられたらありがたいのだが・・・。

 

見ているから見えているとは言えないこともある

 いま、武田泰淳(作家1912-1976)の対談集『混々沌々』という本を読んでいる。武田泰淳は『司馬遷』という作品があるように、中国についての思い入れが深く、中国に一兵士として従軍もしている。『ひかりごけ』という問題作でも知られる作家で、私はまだ数冊しか読んでいないが、いつか集中的に読みたいと思っている作家である。

 

 この本は昭和45年に出版されているが、いちばん初めの貝塚茂樹(中国学者1904-1987湯川秀樹のお兄さん)との対談が昭和38年のものであり、文化大革命(1966-1976)の直前とも言うべき時代でもあり、その最中に武田泰淳は文化人のグループとして中国を訪れていて、そのときの話がこの貝塚茂樹との対談や、つぎの竹内好(中国文学者1910-1977)との対談で言及されている。竹内好との対談は文化大革命が盛り上がり始めたころに行われている。

 

 武田泰淳や中国に造詣の深い人びとがその時代に中国をどう見ていたのか、文化大革命をどう捉えていたのか、そんなことが対談からうかがえる。鋭い洞察も多多あるにもかかわらず、新生中国を見る目は好意的であり、希望的である。なにを見たのか、というよりなにを見せられていたのか、ということについてもいろいろ思うことがあるけれど、それを現代の視点で批判しても仕方がない。

 

 ただ、彼らがその後の文化大革命の推移を知り、彼らが知己を得た中国の文化人たちがどのような運命をたどったのか、そのことを詳しく知ったとき、どのように感じたであろうか。この碩学たちは文化大革命が終わるころ、または終わった直後くらいに亡くなっていて、その感想を聞くことができないのは残念だ。

 

 それ以上に思うことは、その文化大革命時代の毛沢東以上に中国という国を異様な国に変えようとしている習近平の行動を知ったとき、彼らがどのように思うのか、そして想像される絶望を私は彼らに代わって実感している。

2021年4月23日 (金)

迫る

 今日私を訪ねてくる予定だった人が来られなくなった。保険の人ではない。職場の人が新型コロナの検査で陽性だったという。本人は一斉検査で今のところ陰性だけれど、確実ではないので自宅待機になったそうだ。

 

 愛知県も、大阪や東京の陰に隠れているけれど感染者は急増している。私の住む街でも感染者がでていることは知っていたけれど、具体的に知っている人が感染者とつながっているかも知れない、という経験は初めてだ。

 

 数日前に市役所から新型コロナウイルス予防接種券が送られてきているけれど、いつ接種できるのかは追って連絡があるという。変異種によって感染が急拡大していて、予防ワクチンの効果がでる前に罹患するおそれが急拡大しているのを感じる。

 

 どうせ安静にしなければならない身であるから、引きこもりの度合いをさらに少し上げて、感染拡大が治まるまで、今まで以上に人に会うのを少なくすることにしよう。来週来るはずの事故処理の保険会社の人に、ことわりの電話を入れようか迷っている。

芭蕉

 小学館の『日本古典文学全集(全51巻)』のうち、特に興味のある『今昔物語集(4巻)』や『日本霊異記』など14巻のみを購入したものが棚にならんでいる。もっと揃えたい巻があるが、いまあるものすら読みかじっただけの状態なので我慢している。

 

 その中に『謡曲集(2巻)』があって、ときどき拾い読みをする。先日『おくのほそ道 全注釈』という本を読んでいて、そこで引用されているさまざまな事柄が、謡曲の世界も含んでいることに大いに啓発されている。謡曲といえば、高校の現代国語の教科書に、梅原猛の『隅田川』という文章が取り上げられていて、そこには謡曲の『隅田川』が全文引用されていた。謡曲というものに出逢ったそれが最初である。その夢幻の世界観にいたく感銘した。

 

 だいぶ後になってからだが、テレビで能の『隅田川』を観ることが出来たのはさいわいだった。

 

 能の演目、つまり謡曲の曲目はたくさんあって、私の持つ『謡曲集』ではその一部である79曲だけが収められている。読んでいた文章に言及されたり引用されたりしたものを、読んでみたくて開いてみると、しばしば収められておらずガッカリする。それだけたくさんあるということかも知れない。

 

 一番目物と呼ばれる『高砂』や『鶴亀』などの脇能、二番目物と言われる男性がシテの修羅物、三番目物の女性がシテである鬘(かずら)物、四番目物と通称される雑物、五番目物の鬼物と言われる切能に大別されるらしい。『隅田川』は切能に分類される。解説からの拾い読みなので詳しいことは知らない。

 

 先日たまたまパラパラめくっていたら『芭蕉』という謡曲があるではないか。鬘物に分類されている。だから女性がシテである。読み出したら、これは俳人松尾芭蕉の話ではないことに気がついた。舞台は中国の山中のみすぼらしい寺で、荒涼たる晩秋の夜、僧が法華経を読誦していると、人の気配がする。不思議に思って外に出てみると、そこには一人の女性がたたずんでいた、という物語である。

 

 その女性の正体は芭蕉の精である。

 

 僧と芭蕉の精とのやりとりと地謡の語りから情景がありありと浮かんでくる。その時間と空間を超越した夢幻の世界が、私にもちょっとだけ感じられた。

2021年4月22日 (木)

報道の自由度

「国境なき記者団」という団体が、各国の報道の自由度を毎年ランキングして発表している。中国や北朝鮮がほぼ最下位にいることはだれもが頷くところだろう。そして例年上位にいるのは北欧諸国である。

 

 日本は今回67位で、前年よりワンランク落ちてG7で最下位だという。韓国が42位、台湾が43位。日本がそれよりずっと下にあることは意外だろうか、とうぜんだろうか。この団体によれば、日本は「記者が権力監視の役割を十分果たすことが困難」な国と判断したとしている。

 

「報道の自由」ではなくて、「報道の自由度」を国境なき記者団がランク付けしているのであるから、この評価は日本における海外のジャーナリストたちが、日本で記者活動をしながら見聞きしたものが判断材料になっているということであろう。「報道の自由」ということなら、日本の報道が他国と比較して自由ではないとは思えない。自由すぎると思うくらいである。そうではなくて、日本のマスコミの体質の問題を指摘しているのだと私は受け取った。

 

 一部大手マスコミがグループを形成して政府からの情報を独占して他を排除しているという話は、ずいぶん昔から繰り返し聞かされてきた。排除された中小のマスコミ以上に海外記者にはずいぶん不本意なことであろう。そのような大本営発表を独占してそれをさらに下げ渡す、という図式は、ひとつの権力構造だろう。そうしてその権益を守るために権力の監視の働きを弱めている、と見做されるのは理の当然だ。

 

 楽をして取材することが定常化すれば、苦労して政府のいやがる情報を取材しようとする努力もおろそかになるだろう。スクープがほとんどないのが日本のマスコミで、それはまさに苦労した実際の取材が少ないことの表れである。だから週刊誌の記者に出し抜かれることが続いているのだろう。

 

 これは政府に対してだけではないだろう。スポンサーになり得る大会社に対しても同じではないか。たぶん北欧の国々のランクが高いのは、そういう斟酌が少ないからだろうと思う。日本のマスコミは差別に対していかにも敏感であるように見えるけれど、それはただ差別だと指摘されることを過剰に恐れるあまりの自主規制の異常な肥大化をもたらしているからだ。自主規制が自由度を下げるのは必然的な結果だろう。

 

 たぶん日本のマスコミはこの結果を、国家が報道の自由を制限していることの証明だ、とわめくだろう。違うと思うけれどなあ。

嫌いな話し方

 話し方が気になって、その内容を理解しにくくなってしまうことがある。好みの問題が大いにあることは承知している。

 

 前千葉県知事の森田健作の話し方が、俳優時代からだが、どうも好きになれなかった。やや甲高い声で早口でしかも少し舌足らずな感じのする、その独特の話し方が苦手なのである。現役時代に縁のあった商社のひとに、森田健作によく似た話し方をするひとがいて、それだけでそのひとに好感が持てなかった。こちらがそう感じていたことは向こうもわかっていたものと思う。あとでトントン拍子に出世したのが私には不思議に思えた。

 

 愛知県の大村知事の丁寧すぎる話し方、「・・・であると考えざるを得ないと思わざるを得ない、という状況ではないかと・・・」などというような、だらだら無用な言葉を連ねる語り口は、聞いていて頭よりも身体が拒否反応を示したりする。 

 

 昔から気になる話し方は、語尾のイントネーションをひねりあげて疑問形にする話し方である。これは私も使うことがないではないし、ふつうの人も使うことがある話し方である。しかし気になるのは、のべつ幕なしに多用するひとである。不思議と市民運動家とか海外生活を経験した人の一部に多い傾向があるようだ。アメリカ人の話し方などに多いのだろうか。

 

 この話し方は疑問形であるのだけれど、同時に相手に同意を求めている話し方でもある。そこまでならいいのだが、不快に感じてしまうのは、それが軽い疑問形の意味を超えて、念を押し、意見の同意の強要までしているように聞こえてしまうからである。

 

 私には「ねえ、そうでしょ、そう思わない?」と聞こえてしまうのである。多用する人が嫌いであり、不快である。

2021年4月21日 (水)

いささか不愉快

 事故の補償を担当する相手の保険会社の動きが極めて緩慢である。私も現役時代、営業職だったので、ものごとはテキパキと、しかもタイムスケジュールを相手にわかるように説明しておいてすすめるのがいい結果を生むことを、ふつうの人以上に承知している。それから考えて、この保険会社は怠慢に見える。

 

 病院で頸椎の予後の検査を受けに行くその当日16日の朝、保険会社の担当から電話があり、私の国民健康保険を使ってほしいという依頼を受けた。ふつう事故の場合は実費の立て替え払いらしいことは聞いたことがあるが、自分の保険を使うことが出来るとは知らなかった。病院がそれで良ければかまわないと思い、病院で確認したらかまわないという。支払いもすべて保険会社が引き受けるというから了解した。

 

 その病院での診察結果について、夕方にでも保険会社から連絡があると思ったが、なかった。あけて土日は向こうも休みだから仕方がないが、月曜日も火曜日もまったく音沙汰なしである。しびれを切らして今朝10時過ぎにこちらから電話した。事故から三週間以上経っても、どのようなスケジュールのもとに、どの程度の補償をするのかまったく説明がないのはどういうことであるのか、病院に行った結果についても問い合わせすらないのはどういうことか、と訊ねた。

 

 申し訳ないの繰り返しで言い訳すらない。嘘でもいいから言い訳くらいするものだろうと思う。そうして、「ご自宅に説明にうかがう」と言うから、どうぞ、と答えた。ぜひ説明を聞きたいものだ。今日にでもあわててやって来るのかと思ったら、来週月曜日にうかがいます、とのことで、絶句した。まあ、散らかっている家を掃除する時間が出来た、ということで好しとするか。

 

 こんな担当者では補償の期待も出来ないかも知れない。私の保険会社は、どうしても納得できない場合、弁護士を立てての請求の相談にものります、とのことである。弁護士費用も保険からでるというが、そこまで面倒なことにならなければいいと思っている。

 

 来週月曜日の結果によっては、たぶん感情的になっているだろうから、保険会社の実名を明らかにしようと思う。そうでない場合は、たぶん我慢の範囲だったということである。私は我慢強いが、それを超えるとしつこいし、いつまでも根に持つ。だれでも多分そうだろう。それはプライドの問題でもあるのだから。

 

 あとで思いついて担当者に再度電話し、どういう補償が出来て、どういうタイムスケジュールですすめるつもりであるか、明記したものを書面として会社の資料とともにすぐ送るように依頼した。私は書いたものを読むと頭が働くのである。交渉の準備も出来るし・・・。

狂人か

 やっていることと言っていることがまったく矛盾している場合、それはたいてい嘘つきである。しかし本人がまったく嘘だと思っていないで確信している場合は、もう他人の理解を絶することになり、それは狂人の戯言(たわごと)ということになる。

 

 どう解釈しようとしても説明がつかないような言動をするものを狂人という。もちろん狂人には狂人の論理があり、当人にとっては整合性がある。その整合性を理解したりすると、狂気の闇に惹きこまれてしまうから注意が必要である。

 

 いまの中国習近平の言動は、私には狂気の沙汰としか思えないが、習近平は大真面目に平和と融和を唱え、覇権などまったく考えていないと明言する。狂気とは言葉の無意味化を伴うものか、などと嘆きたくなるが、満場の参列者は習近平の演説にうなずき、一斉に拍手する。この気持ちの悪い風景はどこかで見たような気がする。

 

 中国がこのまま突っ走るとたいへんなことになると、歴史を知る人は危惧しているが、そんな人はもしかすると一握りだけなのかも知れない。芸能人やアスリートの一挙手一投足をあげつらい、賛美したりこき下ろしたりすることに忙しい人ばかりのようだ。正義はそこにあるらしい。こんな世の中を見ていると、もうなるようにしかならないのかとあきらめの境地になる。

2021年4月20日 (火)

毎年藤を見に行く行くのは津島の天王公園の藤か、江南の曼荼羅寺の藤である。いつもブログを拝見しているけんこう館様のブログに曼荼羅寺の藤の花を見に行くのだ、と書かれていて、過去に行ったときの藤の花の写真を引っ張り出してみた。去年も今年もコロナ禍があっていけていない。今年は事故のこともあって、ますます行けない。いまがちょうど盛りだろうか。だから写真だけ掲載して、行った気持ちになることにする。

まず津島の藤

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曼荼羅寺の藤

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藤棚の下を歩けば、甘い香りが降り注ぎ、クラクラする。

来年こそ、また行きたいなあ。

貼り薬

 四十代と五十代の終わりに肩の痛みに悩まされた。いわゆる四十肩、五十肩である。どちらも四五ヶ月で治まった。六十歳になってすぐのころに、また肩の痛みがやってきた。シャツを着るのにも苦労するほどひどかった。二三ヶ月経ってもまったく治まる気配がないので、整形外科に行った。湿布薬をもらい、リハビリを受けた。一部の腱が石化し始めているための激しい痛みだということで、悪化させないためには痛くても多少我慢して肩を動かしなさい、と言われた。耐えられる痛みの境目あたりまで動かしていると、徐々に可動範囲が増えて、薄紙を剥ぐように痛みも薄らいでいった。

 

 六十肩というのは聞いたことがないが、六十肩だったのだろう。最初は安静にして、しばらく経過したら動かす、というのが整形外科的な治療の基本らしい。

 

 その時にもらった湿布薬というのがたしかに痛みを和らげてくれるけれども、剥がれやすくで往生した。裸になって貼ってシャツを着るとめくれてしまったりする。腹立たしい。効果とその剥がれやすさのいらだちとをくらべると、いらだちの方が大きく感じられた。

 

 今回の事故でかつぎ込まれた病院で処方された貼り薬を、痛みのある腰に貼っている。決して直射日光に当てないように、とキツく注意されている。貼るのを止めたあともしばらくは直射日光に当ててはいけません、という。これは湿布薬に含まれる成分に光過敏症になるものが含まれていて、赤く腫れたり発疹が出来たりするからであることは、以前から私も承知していた。

 

 通常市販のものはタイプが違うし、そういうことは起こることがまれだし、湿布薬には耐光剤といってUV遮蔽材が加えられている。今回処方されたものはそういうレベルの副作用ではないようだ。

 

 その代わりに鎮痛性は劇的である。腰の痛みは貼ってしばらくするとほとんど感じられなくなる。さらに身体のバランスが狂っているのか、股関節がギクシャクすることによる痛みなどもほとんどなくなってしまう。なにより嬉しいのは貼ったら剥がれないことだ。風呂上がりに体熱が下がるのを待ってから貼ると、夜、腰の痛みをまったく感じないで眠ることが出来る。朝も爽快だ。

 

 ただ精神的な興奮状態を抑えるような効果はないから入眠作用はない。あたりまえだけれど・・・。

2021年4月19日 (月)

 損傷がひどくて修理不能なので、事故に遭った車を廃車にした。車が必要だからつぎの車を考えている。ディーラーから候補の車のカタログや資料をいくつか届けてもらって眺めている。

 

 車が本当に必要なのかどうかを真剣に考えてみてもいいのだが、遠出するには、運転できる間は車がほしいと思う。自由気ままに、しかも時間の制約を受けずにあちこち行くためには、車はまことに便利である。それに手荷物を運ぶ煩わしさがないのがありがたい。私は、温泉に行くときなどはどんな本が読みたくなるか分からないから何冊も持って行くので、それを持って列車で移動などというのは考えるだけでも煩わしい。

 

 愛車だった亡きマツダのアテンザのセダンという車はかなり大きかった。だから狭い駐車場、特に立体駐車場などではかなり入れるのに苦労した。もともと運転はうまくない。ただ、身体が不必要にデカいので、長距離を走るのにはそういう大きな車が必要だった。実際その車で一気に東北まで行ったり、千葉まで日帰りしたことは何度もある。

 

 とはいえ、いまそのクラスの車を買うのは金銭的につらいし、取り回しを考えても、格を落としてしかもセダンではない車を考えている。自動ブレーキは必須で、さまざまなセンサーで外界の情報を得る設備もつければ、安全運転が格段にしやすくなりそうだ。高齢であることによる誤操作を極力なくすための装備は無理をしてもつけたいと思う。また、ドライブレコーダーやカーナビも必須だ。数日借りたフル装備のデミオはけっこう加速もいいし快適だった。

 

 あれこれ考えると欲しいものがエスカレートする。そういう状態というのは、とてもわくわくする楽しい空想の中にいる。妄想するのはただであるから、いまはそれを楽しんでいる。そして、そこから現実と折り合いをつけていくことになる。次第に夢はしぼまざるを得ないのだけれど、ある程度無理をしようかな、などと考えている。身内価格の値引きがどれほどあるのか、それも期待したいが、今はマツダも価格には強気で、昔ほど大幅値引きというのはなくなっているからなあ。

豆ご飯

 こどもの頃から好きな豆ご飯を炊いた。いまは塩エンドウのパックが安く売られているので、それを研いだ米に混ぜて白醤油を少し加えて炊けば簡単に豆ご飯ができる。塩エンドウの袋には、豆は炊き上がったところに加えて混ぜる方が色が移らずにいい、と書いてあるが、私は最初から入れる。

 

 こどものときには、さやごと売られているものを母と二人でさやから外して豆を取り出した。私はよく熟れて黄色に変わりかけたような豆が好きだった。ほんのりした塩味の豆ご飯は、それだけで美味しい。

 

 豆ご飯が嫌いなこどもがいる。こどもには豆の香りが大人より強く感じられるらしい。それを美味しいと感じるか、嫌いだと感じるのか、その違いはそれを美味しいものだと思えるかどうかにかかっていて、どうも親の影響が大きいように思う。好き嫌いはしばしば親に作られるのではないかと私は思っている。

 

 炊き込みご飯や混ぜご飯は私にはごちそうだった。私がこどもの頃は、いまのようなたくさんの美味しい食べ物はなかったし、あっても毎日食卓にのせることがかなわない時代だった。豊かになったことで、おいしさについての敷居が高くなっていることがしあわせなのかどうか、いつも疑問に思っている。

2021年4月18日 (日)

警察に行く

 高速道路の事故だったので、今回の事故を扱ったのは高速道路交通警察隊というところである。どうしても動けなければ自宅に行くけれど出来れば調書作成のために出頭してほしい、との要望があったので、レンタカーで名古屋インターのそばにあるその警察隊に行ってきた。

 

 一昨日、病院で医者に言われたことを伝えたら、大いに恐縮されて、こちらから出向くべきでしたと謝られてしまった。経緯についての確認があり、自分が実際に見聞きしたことだけを伝えた。こういうときに想像を交えるとわけがわからなくなる。相手の車はX-トレイルだったそうで、頑丈な車らしい。

 

 調書を担当が活字化したものに記名捺印して終わり。「お大事に」という声に送られて帰路についた。

 

 今回の事故の処理は自分の養生と、あとは保険会社の処理だけであるが、その相手の保険会社が私にはいかにも頼りなく感じられている。それは私の保険会社が、連絡したらたちまちのうちになにが出来てなにが出来ないかを書面で連絡をくれて、具体的な依頼がとてもしやすいのにくらべ、相手の保険会社はいまだに具体的な話は電話で少しあっただけで、送られてきたものは、「自賠責の補償に準ずる」という木で鼻をくくったような紙っぺらだけなのでいったいどのような補償が受けられるのかイメージがつかめないのである。

 

 たぶん明日以降に担当者がやってくるとは思うけれど、イヤミをたっぷり言いたい気分である。もしあまりにもお粗末だったら、このブログに相手の保険会社名を明らかにして、なにが不満かを記そうと思う。小さな会社ではない。大会社なのだが・・・。

川端康成『滅びぬ美』

「私はもう日本のかなしみしか歌わないと、敗戦ののち間もなくに、私は書いたことがある。日本語で「かなしみ」とは、美というのに通う言葉だが、その時は、かなしみと書く方がつつましく、またふさわしいと思ったのであった。そのような私は、高村光太郎の言葉が、私流の読み取りで胸にしみたわけである。」と川端康成は述懐している。

 

 この短い文章の冒頭にその高村光太郎の言葉が引用されている。

 

「いったんこの世にあらわれた美は、決してほろびない」

 

「美は次ぎ次ぎとうつりかわりながら、前の美が死なない」民族の運命は興亡常ないが、その興亡のあとに残るものは、その民族の持つ美である。そのほかのものは皆、伝承と記録の中に残るのみである。

 

「美を高める民族は、人間の魂と生命を高める民族である」

 

 この言葉に対して、川端康成は、

 

「このような言葉を書いた人と、書かれたときのせいで、これは私の胸にしみた」

 

と記している。書かれたのは昭和二十八年、日本の降伏から八年、平和条約が発効の翌年、日本はまだ敗戦の虚脱、荒廃、混迷の癒えぬときであった。高村光太郎はこの三年後に死んだ。

 

 さらに川端康成は、高村光太郎が戦時中に「調べ高い」戦争参加を謳ったことが戦争犯罪だと指弾を受け、詩人自らが自らを「暗愚」であったと懺悔して、東北の寒地の小屋に遁世し、「流竄」のようにして生を終えたことを記している。

 

 この文章はここまでが枕であって、川端康成は戦時中、海外の芸術に接することがかなわなかったから、もっぱら日本の古典文学を読みふけったこと、そこから感じたこと、考えたことを綴っていく。そこに川端康成の考える「美」とは何かも語られていくわけである。

 

 彼の、ノーベル賞の受賞講演、『美しい日本の私』の底に流れるものにつながっていく文章ということだろう。

 

 ここでいう「美」ということの永遠性についてもちろん考えたけれど、高村光太郎が「遁世」して過ごした花巻の山荘を見ているので、私もいろいろなことを考えた。戦時政府に協力的だったということの罪ということについても、以前から考えている。韓国の親日断罪のこともとうぜん考えるし、ナチス統治時代のフランスのヴィシー政権についても考える。

Dsc_3934_20210415090901高村山荘

 そういうことを歴史としてだけではなく、自分の問題として考えることも必要だと、ずっと思っている。それは正義の普遍性とは何かということでもある。

2021年4月17日 (土)

啄木の日記

 石川啄木のある日の日記が、安岡章太郎の『日記』という小文の中に引用されていた。

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二月二十日(火)
 日記をつけなかつた事十二日に及んだ。その間私は毎日毎日熱のために苦しめられてゐた。三十九度まで上がった事さへあつた。さうして薬をのむと汗が出るために、からだはひどく疲れてしまつて、立つて歩くと膝がふらふらする。
 さうしてる間にも金はドンドンなくなつた。母の薬代や私の薬代が一日約四十銭弱の割合でかゝつた。質屋から出して仕立て直さした袷と下着とは、たつた一晩家に置いただけでまた質屋へやられた。その金も尽きて妻の帯も同じ運命に逢つた。医者は薬価の月末払を承諾してくれなかつた。
 母の容体は昨今少し可(い)いやうに見える。然し食慾は減じた。 (1912年の日記)

 

 安岡章太郎によれば、このあと二週間後に啄木の母が死に、さらにそのひと月後に啄木自身も死ぬ。そして、その一年後に啄木の妻も死ぬのである。

 

 啄木は借金まみれの生涯を送ったが、必ずしも病のせいばかりではない。そのような人生なのに、啄木には妙に強く明るい面が感じられるのが不思議である。希望があったからというわけではなかろう。然し絶望に負けない自恃というものが彼を支えていたように思う。

頭で歩く(12)(奥の細道行・最終回)

 今回は『色の浜』、そして終着地の『大垣』。

 

 芭蕉は種(いろ)の濱と記している。いまの敦賀半島の北東部の色ヶ浜。ここは西行の和歌で歌われていて、種の浜はその歌枕。敦賀半島には美浜原発、敦賀原発、文殊などがあり、現在は立ち入れないところが多い。海はあくまで青く美しい。原発の冷却水(温かい)で魚が豊富なのは皮肉であるが、停止しているいまは冷却水は排水されているのだろうか。そういえばエチゼンクラゲという巨大なクラゲが大量発生したという話もあった。

 

 敦賀半島の西側に、水晶浜という砂が白く、水色の澄んだ水の美しい浜があり、こどもたちを連れて夏休みに民宿に泊まって思う存分泳がせたことがあった。二人とも水泳教室をちゃんと最後まで続けて卒業しているから泳ぎは達者で、どんどん沖へ行ってしまうのでハラハラした。

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大垣には芭蕉が『おくのほそ道』で詠んだ句の句碑があちこちにある。これは色の浜で読んだ句碑。

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 敦賀から琵琶湖東岸を歩き、関ヶ原を抜けて大垣へ到る。関ヶ原へ超える山道は分水嶺を超えるのであるからけっこうたいへんだっただろうと思うが、距離的にはそれほど遠くない。

Dsc_5834大垣の運河

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Dsc_5844芭蕉(バナナ)

 大垣では芭蕉のもとに弟子たちや友人知人がやってきて、旅の疲れをねぎらっている。伊勢にいた曽良もここでふたたび芭蕉に合流した。大垣は水の都、水運の盛んな川港の町で繁盛していた。大垣の駅から運河沿いに歩けば、芭蕉の句碑などをたくさん目にすることが出来る。水がいいから造り酒屋も多い。

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 静養したあと、伊勢神宮の遷座式を見るために、芭蕉は伊勢に向かって舟でふたたび旅立つ。

 

  蛤(はまぐり)のふたみにわかれ行秋ぞ

Dsc_5871上の句の句碑

これで奥の細道を頭でたどる旅はおしまい。

2021年4月16日 (金)

呆れられる

 今回の検査はMRIではなくてレントゲン検査だった。写真を見せられながら、予後は悪くないと言われたけれど、エリマキトカゲのカラーは、あともう一ヶ月つけておかなければならない、という。すでにつけたりつけなかったりしているし、今日も保険会社の手配したレンタカーで来た、といったら呆れられ、無茶をしてはいけないと叱られた。

 

 肩や腰、胸などが痛かったけれど、大分良くなった、といったら、それは全身打撲の後遺症で、あれほどの事故なので、完全に痛みがなくなるのは数ヶ月かかる可能性が高い、とのこと。とにかく当分は安静第一にしなさいと念を押された。

 

 半月でエリマキがとれるなどというのは勝手な思い込みだったようだし、一月でふつうの生活が可能というのも勘違いだったらしい。でも実際にふつうに生活しているし、運転も出来たのだけれどなあ。

 

 医師にそこまで脅されたら、急にあちこちが痛いような気がした。腰の痛み用に湿布薬をもらう。帰って貼ってみたらとても楽になった。肩は温湿布をすると楽になるから試してみるように言われた。濡らしたタオルをレンジで温めて肩に乗せればいいそうだ。とにかく体中の調和が乱れていて、壊れたロボットみたいにギクシャクした気分だったことは間違いないので、まだ本調子ではないのだ。

 

 明後日は借りた車で警察に行くことになっているのだけれど、医師に言ったら止めろと言われそうなので黙っていた。

頭で歩く(11)(奥の細道追想行)

 山中温泉で曽良と別れたあとは、私が立ち寄ったことがなかったり、写真がないところが多いので、駆け足で敦賀まで行く。『おくのほそ道』では、『全昌寺(加賀市大聖寺にある)』、『汐越の松・天龍寺・永平寺』、『福井』を過ぎて敦賀に到る。

 

 汐越の松を見に行くのも歌枕を訪ねる旅であるからこそだが、舟で出たのは吉崎の浜、北潟蝴のあたりであろうか。吉崎には蓮如上人の遺跡がある。北陸は一向宗の門徒が多い。浄土真宗である。

 

 私は金沢に十年ほど単身赴任していたから、仕事で福井や大野・勝山にはしょっちゅう行った。永平寺の近くもたびたび通ったけれど、実はまだ一度も訪ねていない。どうしても訪ねておきたいところである。

 

 芭蕉は、敦賀では気比神社に立ち寄っている。『おくのほそ道』では「けいの明神」と記されている。けひをけいと表記したものと思われる。日本武尊の第二皇子だった仲哀天皇が祀られている。敦賀は海がきれいで魚の美味しいところだが、原発がいくつもある。

Dsc_0015_20210414064301 気比神社

Dsc_0016_20210414064301芭蕉の像の前で若い友人たちと

Dsc_0030おなじみの像はこの敦賀にある

2021年4月15日 (木)

いちゃもん

 理屈はどこにでもひっつく、といわれるけれど、完璧な正しさなどこの世にはないから、どんなことにもいちゃもんはつけられるものだ。日々そのようないちゃもんの数々を見せられ、聞かされていると、なんだか寒々とした気持ちにさせられる。

 

 なにより気持ちが悪いのは、いちゃもんをつけている人が、自分は絶対的に正しい、と思っているらしいことだ。まあまあその程度のことは目くじら立てずにおこうか、というゆとりが見られない。

 

 企業や自治体などは、そのようないちゃもんに敏感に反応する。数人あるいは数十人程度の人からのいちゃもんを受けるとたちまち訂正したりしていて、その怯えようは見ていて哀れなほどだ。極めてわずかな人が騒いでいるだけで、ほとんどの人はそんなこと特に気にしていないのだが。

 

 古いところでは「私作る人、あなた食べる人」とかいうCMが男女平等に反する、などという批判を受けたことなどを思い出す。

 

 この批判を批判したりすればたちまち私も男尊女卑思想の持ち主か、などと批判され、バッシングを受けることになりかねないから、具体的ないちゃもんの例をあげて揶揄するのは注意を要する。

 

 なにしろわずかないちゃもんを針小棒大に取り上げて正義面するのは一部マスコミの得意とするところで、その餌食になるのはけっこう危険である。いまはどこから弾が跳んでくるかわからない時代、といっていいだろう。あることについて具体的に言いたいことがあるのであるが、せいぜい匿名で、おかしい世の中だ、とつぶやく程度に留めておくことにしようか。

不安

 トリチウムを含む原発汚染水の海洋放出について、アンケートでは不安である、またはどちらかと言えば不安である、という人が大多数であったようだ。少数だが不安がない、という人はトリチウムというものがどういうものであるか、そしてその放射線量が少なくて人体にはあまり害がないことなど、科学的な知識のある人だろう。

 

 トリチウムが重水と言われるものの一つであり、放射性も低めで半減期も12年ほどだから害が少ないことを私も承知しているから、不安はないと言いたいところだが、不安である。薄めるから大丈夫、それに世界中で使用済み原子力燃料処理工場や原発でも大量に放出されているものなのだ、と説明されている。それは事実だろう。

 

 だが、トリチウムの絶対量がはたしてどれほどなのかがよくわからない。いくら薄めたから大丈夫と言われても、全体としては膨大な量になるのであれば、不安がないはずがあろうか。知識があるからこそ私は不安だと言うしかない。その辺りの説明を政府は避けているように見える。このごろは説明不足、という批判がむやみに使われて、私はあまり好きな言葉ではないけれど、今回の政府は「説明不足」である。

 政府も東京電力も風評被害に対して万全を期す、と約束しているが、風評を流すのは不安を根底に持ち、そこから生じた根拠のない妄言を弄する正体不明の人びとだが、それをどう特定し、防止するというのだ。政府はともかく、東京電力の空約束を信じるものなどいない。東京電力の社員ですら信じていないだろう。出来ないことを約束などするからますます信用を落とすのだ。

2021年4月14日 (水)

高遠の桜、弘前の桜

 生まれ育った実家の近くに桜の名所があったことは先日書いた。毎年春にはそれを眺めていたので、桜はふるさととつながって思い入れがある。

130330-35名古屋城

 いままでずいぶんたくさんの桜を見てきたが、最も鮮やかに記憶されているのは高遠の桜である。まだ二十代のころ、出張で同僚と伊那に泊まった。夜、飲み屋で高遠の桜が見頃だからぜひ見るように言われた。翌日の予定がかなりゆとりのあるものだったので、朝早くに見に行った。赤みの強い高遠の桜は木陰から見上げると凄絶な感じがした。

Dsc_2944名古屋城

 以来十年に一度くらい見に行った。初めて見たころはそれほどでもなかったけれど、次第に有名になって、時期にはひどい渋滞となり、車を置くのに苦労する。毎年見たいけれど、その渋滞がいやなので、十年に一度くらいの頻度になっている。思えばもう二十数年行っていない。だいたい4月の後半が見頃だけれど、今年の桜は早いから、いまが見頃かと思う。いま車がないから行くことが出来ない。行けないとなると見たい気持ちがつのる。

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 つぎに強く記憶に残っているのは、学生時代に見た弘前城の桜である。式部さんのブログを見て、これから咲くのだと知った。私は満開の時期に見た。桜の時期に行ったのはその一回きりだが、お堀の桜越しに見た天守の姿も覚えている。天守の補修も終わったというから、また見に行きたいなあと思っている。十数年前に代理店の社長が見に行って、そのみごとさをたたえて、私も共感した。その社長も病で亡くなり、すでにいない。

Dsc_0042_20210414054701金沢の桜

米沢の上杉公園の桜、若いときに住んでいた熊谷の荒川の堤防の桜、名古屋城の桜など、数え上げればきりがないほどたくさんの桜を見てきた。それぞれに付随する思い出もある。ふるさとの桜は別格であるが、実家は引き払って住んでいた家も取り壊して更地になってしまったので、その桜を見ることがふたたびあるかどうかわからない。

190331-19 近所の桜

ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界』

 訳者の池田理代子があとがきで書いているが、この本が世界中で評判になったときに、ある人がこの本をバートランド・ラッセルの『西欧哲学史』とルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を足して二で割ったような本だ、と評したそうだ。なるほど。

 

 しかし読まないうちにそんなことを聞かされても、さっぱりイメージはつかめないことであろう。

 

 もちろんこういう本を読もうという人は、哲学に興味があり、その概観をおさらいしたいという気持ちがある人だろうと思う。西洋哲学に多少は予備知識がないと、すらすらと読むことは出来ないし、おもしろくないかも知れない。だからこの本が日本でもベストセラーになったということが私には驚きである。たぶん読みかけて棚に置かれたままだったり、ひそかに処分されたものも多いのではないかと心配だ。

 

 その代わり、西洋哲学について入門の入門のようなやさしい本を探している人にとっては、これほど適当な本はない。私は高校時代に倫理・社会の教科書(というより資料集)がおもしろくて、何度も読み返した。実はいまでも机上の本立てにボロボロになりながらも現役として立っている。ちょっと変わっているのである。

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 ソフィーという15歳の少女が、哲学の個人的押しかけ教師から受けるレクチャーが話の流れなのであるが、そのソフィーがすらすらと理解していく様子を読みながら、私もこの少女くらい頭が良ければいいのになあ、と思ったりした。

 

 この本では当初から全体に謎が隠されていて、次第にそれが明らかになるにつれて、奇想天外な展開をしていく。だから『不思議の国のアリス』のような要素があるのだ。存在とはなにか、そのことを考えるきっかけになるだろう。
 
 ここで取り上げられている哲学者はギリシアからヨーロッパの人ばかりなので、中国の思想家や仏教にも興味がある私としてはもの足らないところもある。しかしそれはそもそも無理な望みなのだろう。西洋の思想の限界をみるという楽しみを愉しむべきところだろうか。

2021年4月13日 (火)

謝罪

 今回の事故の加害者にあたる人が謝罪にやってきた。事故の時の様子を聞いて、どうして私の車の左後部側があれほど破損することになったのかわかった。あいていた右側レーンではなく、路側帯のある左側へ回避しようとしてとっさに左にハンドルを切ったのだという。玉突きとなった前の三台の人もみな傷害を受けて通院中だとそうだ。彼の車にはドライブレコーダーがついていたので、一部始終が記録されていたという。

 

 彼も全身打撲で治療を受けているらしい。口先だけではなくこちらを心配しているように見受けられたので、厳しい言葉を投げつける気にならなかった。彼に怒りをぶつけても恐れ入るだけだろうし、こちらも不愉快になりそうだ。私は相手が居丈高だとそれ以上にスイッチが入ったりするけれど、下手に出てくれば温厚である。手土産も突っ返さず、受け取った。あとは首が順調に治っているかどうかと、保険会社の補償がどうなるのかが気になるところである。

 

 車はどうしても必要なので買い換えるつもりだ。ディーラーに資料や見積もりなどを持ってくるように頼んである。今はICが世界的に不足しているために車の納期が大幅に遅れているのだそうだ。今後どうしても車が必要な場合は、保険会社からレンタカーを回してもらえることになっている。

 

 事故直後(救急車を待つ間)に自分の車の保険会社の代理店に一報をいれてあった。ところがいつまで経っても何の連絡もないので、昨日保険会社に直接連絡をいれた。代理店の社長には過去世話になっているのだが、その社長が昨年亡くなって、夫人が窓口になっているのだが、当人が私の事故のあとに怪我で入院していたらしい。

 

 今回は相手の保険会社が窓口ではあるが、事故対応について私の保険会社として、より有利に進めるように働きかけてみます、ということであった。そしてさっそく車に対する補償額が高くなりそうだと連絡があった。もし交渉がこじれたら、弁護士費用も出ますから、ということで心強い。

 

 また代理店のおばさんから謝りの電話もはいった。とうぜんするべきことが出来ていなかったことは問題だが、かなり親しくしていたことでもあり、不問に付すことにした。とにかく保険会社に直接確認の電話連絡をして良かった。
  
 いろいろあちこち電話したり電話を受けたり加害者の訪問を受けたりと、忙しい一日だった。

ヤジ馬

 小室圭氏が母親の元婚約者との金銭トラブルについての経緯を詳述したレポートを公開した。そのことで事態が前進するのかどうか、さまざまに取り沙汰されている。前進とは(秋篠宮家の)眞子様との結婚のことであるのはもちろんである。

 

 当初から、こういう事態を招いたのだから男らしく身を引け、という声もあった。しかし眞子様の意思が結婚したいということなら、小室氏がここで身を引くことはさらなるバッシングを招くことは必至であることくらいは想像しなければならない。そんな男が別の女性と結婚することにでもなれば、それで袋だたきにあうだろう。選択肢は結婚へと突き進むしかないのである。

 

 眞子様にとっても、ここであきらめてしまえば、だれも彼女と積極的に交際しようと思わないであろう。ほかに選択肢はないのである。下手をすれば一生未婚に終わるかも知れないし、妹の佳子様へも影響が及ぶだろう。

 

 そんなことは眞子様の身になって考えればわかることだが、それをあることないこと女性週刊誌は書き立て、騒ぎ立てて眞子様を材料に商売をしている。まことに醜い商売をしていて嫌悪を感じる。

 

 このまま二人がゴールインしたあと、どのようなことになるのか、それはわからない。危惧したように小室圭氏はあまり優しくなくて眞子様が不幸になる可能性がないとはいえないが、それは眞子様が自分で選んだ生き方であって、他人がとやかく言うことではない。幸せになる可能性も大いにあるのだ。

 

 こんなことをだらだら書くのもずいぶん不敬なことではあるが、マスコミのあまりに当人たちに対して配慮のたりない報じ方、そしてそれに乗せられてあれこれ言う輩に不快感を感じているからだ。そう言いながら私もそれに言及しているのだから世話はないのだが。

2021年4月12日 (月)

いたちごっこ

 リタイアしたからといって、起きている時間がすべて自由時間というわけではない。独り暮らしにはそれなりの生活のための時間が割り当てられていて、それをおろそかにすると身の回りが見苦しくなる。それでも現役時代とくらべれば、時間はふんだんにあるはずなのだが、不思議といつも時間があまりない気がしている。気がつくとあっという間に一日が終わり、いったい今日は何をしたのだろう、と首をかしげる毎日だ。

 

 旅に出ると、どこに行ってなにを見てなにを考えたかが歴然とあって、生き方がクリアになった気持ちになる。それが日常を離れることの意味ともいえる。

 

 毎朝テレビの番組表を見て、翌週の当日の番組の中からめぼしいものに録画予約を入れるのを日課にしている。映画、ドラマ、ドキュメント、紀行番組など、つい欲張って録画するから、録画したものが観きれずに溜まってしまう。しかし目星をつけたものばかりだから、観て時間の無駄になったもはあまりない。あきらめると二度と観る機会がないかも知れない、などと思う。

 

 ときどき一日中、ほとんどテレビを観続けて録画したものを消化する。そしてまたすぐ溜まる。いたちごっこである。同じことは本にもいえる。集中して本を読み続け、溜まった本を消化するが、またすぐ溜まる。

 

 溜まったものは録画であり、本であるが、実はそれは時間なのである。消化にはどうしても時間が必要なものだからだ。

 

 そんないたちごっこに明け暮れる自分はバカだなあ、という気もするが、楽しみでもあるから止めようとは思わない。だからバカなのだろう。それでいいのだ。

脅迫しているのか

 小さな川を挟んだすぐ北側に住んでいるので私は名古屋市民ではないが、名古屋市長選には興味がある。立候補者は四人いるが、事実上は現職の河村市長と与野党が推す候補との一騎打ちということになっている。

 

 泡沫候補は、そもそも市長としてなにをするということよりも、消費税の使い道やら何やら、当選しても出来るはずのことではないことや、そもそも役割ではないことを訴えていて、問題外である。世界平和を訴えて市長になられても名古屋市民は困るだろう。

 

 河村氏は相変わらずのマイペースだが、対抗馬の候補が訴えていた言葉の中にすこし気になることがあった。河村市長が国や県と反目状態であることで、名古屋市民が不利になっているいうのである。たしかに地方交付税の割り当てなどは、反自民の自治体の長の場合不利であるということは公然たる事実らしい。

 

 しかしそのことではない。なんと、「(国に楯突くと)ワクチンの配分に不利があるおそれがある」とその候補は言ったのである。もし事実なら由々しきことである。私に投票しなければ、政府は名古屋市への新型コロナワクチンの配分を勘案するかも知れないぞ、と脅したことになるのである。自民党や立憲民主党はそのことを認めているのだろうか。

 

その前にこの候補は公約として、コロナ禍の中の名古屋市民への支援として一律に三万円を配布するとも言っていて、河村市長から、そんな金がどこにあるというのだ、と一蹴されていた。そしてそれは公然たる買収発言ではないか、とも批判されていた。私もそう思う。

 

 河村市長には賛否あるだろうが、与野党の推す候補がこのような発言をする人物であることは、たいへん問題があると思えるのだが、そのことに名古屋市民は怒りを感じてくれているのだろうか。それなら結果は明らかだが、損得で考えて与野党の推す候補にしよう、などと考えるようなら、名古屋市民も情けない気がする。人には矜持というものが必要だ。

2021年4月11日 (日)

長い長い自己紹介

 自分ではあまり生に執着がある方ではないと思っている。だからといって積極的に死を考えるということはない。生きることに執着がない、などと考えているのは私の頭の中のことで、身体は本能でとうぜん存続を意志する(事故でそれを実感した)から、生きているうちはそれにとりあえず従う。

 

 私にとってかけがえのないのは私自身よりも私の愛する人たちで、その人たちの存在が私自身の生を支えていると、このごろたしかに感じるようになった。生きているのではなく、生かされているのだ、などと聞いて、なにを言っているんだろう、などと思っていたけれど、いまはなるほどと思う。歳をとらないとわからないことはあるものだ。

 

 やりたいことは山ほどあったが、出来ることはたいていしてきたし、やりたくても出来なかったものがこれから出来るようになるとも思わないから、出来ることを出来るうちに少しずつやっている。ときどき出来ることなのにちっともやる気にならなくて放り出すことがある。生きることの意味などを考えるというのは、かなり危ない精神の衰えの兆候だろう。

 

 私はむかしからぼんやり考え事をするのが好きだ。ちっとも生産的ではないことを、とりとめもなく考えていると、時間があっという間に過ぎていく。それだからかたちあるものが残らないのは残念でないことはないが、かたちあるものを残すことにこだわる生き方を選んでこなかったことを後悔はしていない。

 

 このブログを続けているのは、そういう意味では、ぼんやり考えたことをかたちにするものなのだと、いま気がついた。浮かんでは空に散逸するものを書き留めてきた。書き残されたものは考えたこととはすこし違ってしまうことが多いけれど、自分で自分に当てたメッセージというのはそういうものなのだと思う。まったく同じならメッセージする意味はない。

 

 以前、私のブログは公開日記であり、そして長い長い自己紹介だと書いたことがある。結果的に残されたものは、たしかにそのようなもののようだ。

かいま見た

 一昨年、三百年ぶりに興福寺の中金堂が再建され、その落慶法要が営まれた。その様子を撮したNHKの番組の再放送があり、興味深く観た。そのすぐあとに私も興福寺を拝観している。

 

 この番組中で、奉納された舞楽の『菊慈童』と『蘭陵王』が、断片的なシーンしかなかったけれど、強く印象に残った。雅楽のうちの海外由来の演目を舞楽という、と何かで読んだことがある。

 

 この二つの演目はたしか能にも同じ演目があったはずだ。中国を源流とするこのような不思議な物語が、演目として古代のかたちのままこの日本の現代に残されていることに奇跡的なものを感じた。

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 興福寺はもともと藤原氏ゆかりの寺である。1300年もむかしに建てられた寺が、こうして残存しているのだ。いまが過去につながっている。時空は連続している。意識はときにその世界を遊弋する。

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2021年4月10日 (土)

読書には勢いが必要

 どんな本でも、最初の50ページから100ページを読み切ると、あとは読み通せることが多い。つまり最初のギャップを乗り越えられない本は、私には読めない本ということになる。もちろんそのときは読めなくても、別の機会に読むと意外とすんなり最初の壁を越えられることもある。

 読めずに放り出したはずなのに、あえてもう一度読もうと思う本は、その本を買った(ある程度の収入が得られるようになってからはほとんどの本は購入して手元に置くことにしている)ときに、その本から何かが得られることが予感されたからである。それは単に娯楽的な楽しさかも知れないし、新しい知見が得られるからかも知れないし、出来れば世界を見る自分の視界が大きく変わるかも知れないと期待することだし、ときに自分が知らずにかけていたいろいろな色眼鏡を外すことならなおさら素晴らしい。

 そのような予感は、たぶん人よりは多少余分に本を読んできたことで得られたものだと思っている。そのためには身銭を切ることが必要だとも思っている。無駄なものは、無駄だと知ることが出来ること以外には得るものはない。無駄な出費は強く記憶に残るから、それは自分の感性を多少は磨くことになる。そうしておもしろく感じられなかったり、歯が立たなかった本でも、自分の予感を信じれば、ふたたび手に取ってみる値打ちがあると思っている。そうして読み切れずにとりあえず積んであった本を、いま手にして読むことが増えている。年齢と友に自分自身も変わってきているし、知識もわずかながら増えているらしく、読めなかった本が読めること、そのことのうれしさが本を読む愉しさを増幅させてくれる。

 哲学や評論の本をわからないなりに丁寧に読むことが増えているのはそういう経過の結果といえる。

 例えば、いまヨースタイン・ゴルデルというノルウェーの哲学者の書いた『ソフィーの世界』という本を読んでいるが、これはソフィーという少女を狂言回しにして西洋哲学史を概観させてくれる本だ。この本は日本では1995年に出版されているが、世界でも日本でも大ベストセラーになった本である。おもしろそうだと思って読み始めたのに、仕事が特に忙しい時期でもあって、はじめの方で読みかけになったまま、躓いてしまって放り出していた。ひと月ほどかけて、いま700ページ弱のこの本の500ページほどを読みすすめているところだ。事故で中断していたけれど、ふたたび読みはじめていて、今回は読了できると思う。また読み終わったら報告する。

 本を読むには勢いが必要である。

 

 

貸し借り

 こどもの頃から両親に、「金は借りるな、貸すな」と繰り返し繰り返し教え込まれた。断片的にしか聞いていないが、両親は結婚したばかりのころに、金のことでずいぶん苦い経験をしたらしい(そのこともあって激しい夫婦げんかをしていた記憶がある)。だから何でも現金払い、月賦も毛嫌いしていた。投資のための借金など、だから論外である。稼ぎの範囲で暮らせばいいのだ、余分な金を求めるな、というその生き方を刷り込まれて、いまはそれが自分のものになっている。

 

 両親の教えを破り、同僚に金を貸したことは何度かある。金を借りるような人はたいてい借りなければならないような生き方をしている人で、そんな人が金を簡単に返せるはずがない。だから私は貸すときに言った「期限までに返せなければ、二度と貸さない」。内心では「貸したのではない、困っているから差し上げたのだ、もし返ってくればありがたいことだ」と思っていた。たいてい二度目の無心がある。私はとうぜん撥ねつける。それで恨まれたらそれまでのことだ。金でくずれない人間関係もないことはないというが、希有である。

 

 息子が大学時代、奨学金を受けた。いろいろ事情もあって苦しかったから仕方がないと思っていたが、途中で奨学金も借金なのだと気がついたので、打ち切らせた。息子はアルバイトをして補填し、いろいろ経験もしたようだ。苦労しただろうが、金のことで愚痴を言ったことはない。

 

 金は生きるために必要なものだが、金のために生きたいとは思わない。その信条が貫けているのは、もちろん自分がたいへん幸福だからなのだということは承知しているつもりだ。

 こんな私のような人間は、投資をすすめ、それで経済を活性化させたいという人たちには迷惑な存在かも知れない。テレビで観たけれど、東京の私立高校で、投資会社のコンサルタントをよんで投資の勉強の授業が行われているらしい。必要なことだとして、これから全国にそういう授業が展開されるだろうと報じられていた。

2021年4月 9日 (金)

中古パソコンを買う

 二十年以上愛用していたNECのウインドウズXPパソコンが、しばらく前にご臨終となり、何度やっても楽しめる、大好きな大戦略ゲームなどが出来なくなって残念に思っていた。いま持っている三台(一台は酷使しすぎてご臨終間近のAcerのラップトップパソコン、一台は現在のメインで、卓に常に鎮座しているノートパソコン、一台は写真や音楽のファイル管理用のデスクトップパソコン)のパソコンは、すべて64ビットのウインドウズ10なので、手持ちのゲームはすべて使えない。下手にインストールしたら、マシンそのものをおかしくしてしまうおそれがある。

 

 あきらめていたけれど、もしやと思って探したらウインドウズ7の32ビットディスクトップパソコンがあるではないか。本体だけであるが、1万円ちょっとだから、長持ちしなくてもしばらく遊べれば元は取れる。手配したものが昨晩届いた。さいわい外付けのキーボードもディスプレイも手持ちがあるのだ。セッティングをしたら機嫌良く動く。当然のことながら、先代のXPパソコンよりもサクサク動く。

 

 ネットはもちろんつながない。ゲーム以外に使うつもりはない。なにしろ大戦略だけでも五種類くらい持っているから、いくらでも時間つぶしが出来るのである。対局囲碁のソフトも二つほどあるからそれも遊べる。

 

 ニンテンドーやソニーなどのゲーム機を買う気はないし、使う側の反応速度が低下しているから、たいていのゲームは楽しめない。おじいさんには古いむかしのゲームがちょうどいいのだ。

掃除に買い物など

 首の痛みも薄れてきた。ただ、腰や胸などの、あとで出てきた痛みはなかなかなくならない。とはいえ生活の日常への復帰は可能な気がしている。今日は本当にざっくりとではあるが掃除機でホコリだらけになった部屋を掃除した。午後には近くのスーパーへ買い出しに行こうと思っている。どん姫(娘)から連絡があって、体調はどうか、買い出しをしてやろうか、との申し出があったが、自分で出来そうだからやってみる、と返事をした。いつでも行くから連絡してね、といつになく優しい言葉があり、ちょっと嬉しい。

 

 首をプロテクトしているウレタンのエリマキは、すれると首の周りがかゆくなる。かゆくなったところは蕁麻疹のようにすこし腫れている。タオルを巻いておくと大丈夫なのだが、鏡で見ると見苦しい。そもそもこのエリマキそのものが見苦しいのだが・・・。シャツの襟を立ててその上からエリマキをするとかなりいいようだ。いまはそうしている。ただ、買い物はエリマキを外していこうと思っている。すぐ近いし、躓いて転んだりしないよう注意すれば大丈夫だろう。なにしろエリマキ姿では恥ずかしい。 

 

 保険屋から事故車両の査定価格の連絡があった。ディーラーから先に連絡してくれていた額に近いが、それよりもちょっと低い。いくつか疑義をただし、希望も伝えた。検討して補償の額を決め、あらためて呈示するとのことである。あとはそれを待つだけである。ある程度体調が回復して、必要ならレンタカーを借りてくれてかまわないとのことである。マツダのディーラーが仲立ちして手配し、保険屋に請求してくれることになったので、回復に自信がついたら来週末の病院の診察にはレンタカーで行こうかと思う。妻の病院にも立ち寄りたい。

 

 とにかくひとつずつ片付けていくうちに身体も回復し、日常へ戻れるだろうと思う。

八年目の車

 ディーラーにレッカー車で運び込まれていた私の事故車を、昨日保険会社が見に来たと、ディラーの担当者が電話で知らせてくれた。私の車は八年目の車だから、価値の査定は当然低い。教えてもらったその額は哀しくなるほどだが、まさかその査定額しか補償しない、などということはないだろうと思いたい。

 

 保険会社は怪我の補償その他も含めて検討して額を呈示しに来るものと思われる。

 

 私は自分の車を中古車屋に売ったわけではなくて、当然問題なければずっとその車に乗り続けるつもりであった。買い換えの新車がほしい気持ちはあってもその金はなかなか準備できないし、新車を買ってもあと何年乗れるかわからない。潰された車はメンテナンスも欠かさず丁寧に乗っていたし、息子もあと五年は問題なく乗れるはず、と太鼓判を押してくれていた。私の車はマツダのアテンザで、ちなみに息子はマツダの技術屋であるから専門家なのだ。

 

 新車をよこせ、などと保険会社に要求するつもりはないけれど、査定額に毛の生えた程度の保証金の呈示だったら、さすがに温厚な(?)私もスイッチが入るだろう。とにかく保険会社の車両担当の応対について、当初からいささかおもしろくない気持ちになっていたところでもあり、不安である。

 被害は金で補償されるしかないけれど、ここまで書いてその金のことを具体的な提示のある前にいろいろ考えている自分にちょっと嫌気がさしている。しばらく忘れることにしよう。

2021年4月 8日 (木)

雑感

 事故直後よりはずいぶん落ち着いたけれど、大好きな読書がなかなか出来ない。たぶん防御反応なのだろうけれど、精神の興奮状態がずっと続いているのである。だから静かに本を読むための集中が困難になっている。四方に張り巡らせるように神経が外部に働いている気がする。

 

 広島に住む息子から現金書留で見舞いが届いた。お礼の連絡をしたら、見舞いに行きたいけれど、どん姫がいるからいまは任せておくことにする。代わりに金を送った、ということであった。欲しいものがあったら言ってくれ、送るから、ということなので、思いついたら甘えることにするつもりだけれど、今すぐに欲しいものは特にない。

 

 往きは山陰経由、広島を中継点にして、かねてから行きたかった九州巡りを今年中に実行したいと思っていた。これはすこし先延ばしになるけれど、必ず行くつもりだ。本当は沖縄まで足を伸ばしたいところだが、それは何年か先にするつもりだ。

 

 韓国のソウル市長、釜山市長の選挙は与党文在寅政権の惨敗に終わった。レームダック化するだろうと予測されているが、大統領任期を終えたときにはどんな運命が彼を待ち受けているのだろうか。彼もまた獄につながれることになりそうな気がする。それにしても政権浮揚の手立てとしての反日はすでに使いつくしてしまったから使えないのは文在寅には残念なことであろう。日本は高みの見物をすることになる。そうするしかないし、いまは積極的にいらぬことはするべきではないだろう。彼の運命を決めるのは韓国の国民である。 

 

 新疆ウイグル自治区に関するドキュメントなどを観て、中国や習近平についていろいろ思うことがあるが、あとで書くことにする。

湯船に浸かる

 海外旅行に行くと、安いホテルではシャワーしかないことがある。日本のように水がふんだんに使える国は少なくて、ほとんどシャワーだけで暮らしている人がふつうの国の方が多い。湯船があっても横になってかろうじて全身が湯につかれるというようなものばかりで、私などは腹が出ているから、へそ回りは湯に浸かりきれないことが多い。

 

 事故のあと、あまり気持ちが悪いから少し前からシャワーを浴びるようにしていたが、今朝久しぶりに湯船に浸かった。こちらの方が楽であった。膝にあった擦過傷もかさぶたが固まって沁みたりしない。ひげを剃りたいけれど、億劫なので止めた。いまさっぱりして、朝の空気を感じている。

 

 金沢へ預けている夏タイヤへのタイヤ交換に行く予定だった。冬タイヤはすでにおシャカであり、夏タイヤも車種を替えたら不要になるだろう。その連絡はすでにしてある。金沢に行くのだから、能登の珠洲にある定宿のホテルに一泊して美味しいものを食べ、能登を一回りしよう、などと計画していたけれど、それも中止である。

 

 出かけたいところが山のようにあるけれど、当分はコロナ禍の様子をみなから近場の日帰り、などと思っていたのだが、それもかなわないのが残念だ。

2021年4月 7日 (水)

川端康成『末期の眼』を読む

 岩波文庫の『川端康成随筆集』を棚から引っ張り出して読み始めた。冒頭がこの『末期の眼』という二十ページほどの文章である。『末期の眼』という表題は、この中に引用されているけれど、芥川龍之介が自殺の直前に書いた『或旧友へ送る手記』の中のもの(そこでは「末期の目」となっている)である。

 

 この文章が書かれたのは昭和八年(1933)と文末に明記されている。親しい友であった梶井基次郎がこの前年に三十二歳で亡くなり、もう一人の親友である画家の古賀春江が死んだばかりの際の心境が背景にある。しかしこの文章の中で、川端康成は梶井基次郎が死んで三年、と書いていて、不可解である。最初ウィキペディアで調べ、あとで手持ちの文学史事典で確認したから、梶井基次郎が死んだのは昭和七年で間違いはない。とすると、文末の昭和八年という記述が違うのか。

 

 文章の書き出しで、伊香保で出逢った竹久夢二について、その「退廃が心身の老いを早めた」姿について語る。竹久夢二が追い求めた絵の道が本筋ではなかったことが退廃へとつながっていた、という見方から、芸術についての川端康成の考え方を語っていく。竹久夢二は昭和九年に五十歳で亡くなっているから、この文章が書かれたときは四十代の終わりのころのはずで、「老い」という歳ではないと思うが、そう見えたのだろう。どうしてそう見えたのか、それについて書かれているし、私にも想像はつく。

 

 こうして、竹久夢二、芥川龍之介、梶井基次郎の芸術を語りながら、古賀春江の最期の姿を思い返している。

 

 芸術家、そこから自ら選んだ作家としての生き様について考えていく川端康成の、尋常でない硬質な緊張感が伝わってくる。これは随筆などというレベルを超えている。自殺についての彼の意見がこの文章の中にも書かれているが、ついに自死した彼は死に臨んでなにを考えていたのだろうか。

頭で歩く(10)(『奥の細道』追想行)

 思わぬ事故に遭ったために、この追想旅も金沢で足止めされてしまった。すでにみちのくからは離れていて、旅の終わりの大垣まではあとわずかである。今回は小松、那谷寺、山中温泉を行く。

 

 金沢に転身赴任中に、仕事で小松にはたびたび行った。仕事だから名所に立ち寄って写真を撮ることもなかった。小松には多太神社があってそこに斎藤実盛の兜や鎧の直垂の切れ端が収められているという。

 

 芭蕉はこの多太神社で斉藤別当実盛について追想している。実盛は源頼朝や義経の父の源義朝に仕え、義朝の死後、平氏に従う。そして木曽義仲と戦って討ち死にするのである。その戦いのときすでに七十三歳、白髪頭では相手に侮られるとして髪を染めて奮戦した。実は木曽義仲は父(源義朝の弟・義賢)が殺されたあとにこの斎藤実盛にしばらく養育され、そののち木曽に送られている。実盛の首を見て、木曽義仲はなにを思ったであろうか。もちろん兜を神社に奉納したのは木曽義仲である。

 

  むざんやな甲(かぶと)の下のきりぎりす

 

 芭蕉はそのことを思い描いて感慨にふけったのであろう。金沢に入る前に倶利伽羅峠を越えて木曽義仲や巴御前のことを想起しているから、思いも深かったに違いない。木曽義仲や巴御前については私も義仲の記念館(木曽街道にある)で教えられていろいろ思うところがあるけれど、そのことはまたいつか書くことがあるかもしれない。

 

 那谷寺(なたでら)を二度ほど訪ねたことがある。意外なところに奇岩が乱立していて、景色がいい。春の桜、秋の紅葉のときにはたいへん混む。

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  石山の石より白し秋の風

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 石より白し、いう表現に秋の風の冷たさを感じる。熱暑の中を旅をしてきた芭蕉の感じた秋であり、それはまもなく終わる旅への思いであり、さらに自らの人生の秋への思いもこめられていると見るのは考えすぎだろうか。

 

 芭蕉は温泉に入ったが、私は山中温泉は近くを通過したことがあるだけで訪ねたことがない。

 この道中、ずっと同行していた曽良が体調を崩し、この山中温泉で別れることになる。

2021年4月 6日 (火)

偶像崇拝

 ウズベキスタンに行った。トルコにも行った。これらの国はイスラム教徒が多数の国である。イスラム教は偶像崇拝を厳格に禁止している。だから遺跡を見て回るとき、イスラムの遺跡というのはほとんど幾何学的なものばかりで、デザイン的な美しさと壮大さばかりを見ることになる。

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 バリ島に行ったことがある。イスラム教徒が多数のインドネシアで、バリ島はヒンズー教徒が多数の島である。そこら中にさまざまな神様の像が無数に立ち並んでいる。無機的な幾何学模様ではなく、ランダムなその像に生命感を感じる。私はその生命力を感じるのが好きだ。

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 汎神的な多神教、すべてのものに神を感じるアニミズムは原始的だ、などという決めつけは、一神教が支配する西洋の考え方を基準にしているに過ぎないと思う。

 

 イスラム教徒は、イスラム教はそもそも暴力を否定する宗教だと言うが、現に世界で紛争やテロが起きているところの多くがイスラム教の国であるのはどう説明されるのだろうか。

 

 イスラム原理主義の暴力行為には、生命に対する尊厳が感じられない。それは生命の極めて少ない砂漠を発祥とした宗教であるために、人と神しか存在しない宗教であることが原因かも知れない。そもそもユダヤ教もキリスト教もイスラム教も同根である。キリスト教もそもそもは偶像崇拝が禁止されていたが、ヨーロッパでの布教の中でその地の原始宗教と混交しながら偶像を認めるようになったらしい。ギリシャ正教はいまだに偶像崇拝を認めないという。

 

 偶像崇拝の禁止と生命崇拝とが相容れないものらしい、というのが私の認識である。

 

 大阪万博の跡地の万博公園の奥に、国際民俗博物館があって、展示物が素晴らしいから私はときどき見に行く。世界の地域別の文化を見ることが出来る。そこでひしひしと感じるのは、生命観に溢れ、豊かさを感じる地域とそうでない地域が劃然と分かれていることである。それが偶像崇拝を認める場所とそうでない場所であることはまことに象徴的である。

 

 さいわい日本には豊かな文化があることをその展示物から感じることが出来て、とても嬉しい。

 

 さて、習近平や金正恩は崇拝を強制されているが、偶像なのだろうか。

一線を踏み越えると戻れない

 NHKのドキュメント『追跡 コロナ犯罪』という番組を観て考えさせられた。金に困ったからといって安易に犯罪の片棒を担いで犯罪者になってしまった人間がいろいろ登場していた。本当に悪いやつが背後にいて、ピンハネを繰り返している実態も見せられた。

 

 オレオレ詐欺でもそうだけれど、捕まるのは末端の使い走りばかりである。本当の悪いやつの一人が、そういう末端の犯罪に手を染めてしまった連中を飼い殺しにして使い捨てにしている実態を語っていた。一度犯罪に関わると、そのことをばらすぞ、と脅されてつぎの犯罪に手を染めざるを得なくなり、そのことでさらにがんじがらめにされ、ついには金すらほとんどもらえず飼い殺しにされていく。一線を一度越えるともう戻れないのだ。

 

 悪いことだと思っていたけれど、金に困っていたし、バレないと思った、などと言い訳しているけれど、支援金詐欺などは痕跡が残る犯罪だからバレないはずはないということにすら頭が働かないのは愚かである。

 

 こういう連中の横行を止めるのは、中国式の徹底管理社会が向いているなあ、などと思ってしまう。自由というのはけっこうコストがかかるもので、そのコストを引き受ける覚悟が必要だけれど、わかっている人はそんな犯罪に手を出したりしない。それなのに列をなして罠にかかってくるらしい。中国の真似をしたくはないが、やむを得ず、愚かな犯罪予備軍に対しては徹底管理が必要だ、という時代が来るだろう。

 蛇足ながら、麻薬やいじめ、ネットの中傷誹謗、デマ、サラ金などもそういう側面があると思う。一線を越える入り口はそこら中にある。踏み込まないためには自分の意志を働かせるしかない。

2021年4月 5日 (月)

届けてもらった

 事故車がディーラーに搬入された。いつも世話になっている担当者に、車の中に残したETCカードや眼鏡、その他の荷物を確認してもらった。そうしたら、こちらから頼まないのに夕方すべて届けてくれた。もちろんつぎの車の購入を期待しているのであろうけれど、キビキビと動いてくれて気持ちがいい。車の状態を撮った写真も見せてくれた。車両後部は半分ぐちゃぐちゃで左後輪はもげかけていた。

 

 実は郡上大和の道の駅で、いろいろとお土産を買ってあった。元文という銘柄の、郡上白鳥の造り酒屋のお酒を二本買ってあったのだ。花酵母を使って仕込んだ珍しい酒で、ひとつは桜、ひとつはツツジである。そしてこれも最近は珍しい鮎のうるか(はらわたの塩から)があったので、それも買ってあった。栃の実の菓子やきな粉もあった。丁寧に包装されていたおかげですべて無事であった。座席ではなく、床に置いておいたのが善かったらしい。トランクに荷物を置いていたら助からなかっただろうなあ。

 

 たいへんありがたく、うれしいことで、なんだか元気が出た。世の中はこうでなくちゃ。

向いていない?

 保険会社とやりとりしてすこし不満がある。窓口が車両担当と傷害補償担当に分かれていて、不満があるのは車両担当の方の女性に対してである。

 

 当初からマニュアル的な口の利き方で、先週初めてのときも、今朝も、大丈夫ですか、お大事に、との言葉はついに発せられなかった。事故車両がどこに運ばれたのか警察に問い合わせるのも、そこで教えてもらったレッカー会社に問い合わせるのもすべて私がやった。土日を挟んだから仕方がないとはいえ、その前に保険会社が処理していればすんだことである。その警察もレッカー会社の人もみな大丈夫ですか、お大事に、と言った。

 

 車の中にETCが挿入されたままである。そして眼鏡が吹っ飛んだままで、車内のどこかに転がっているはずである。グローブボックスには予備の眼鏡と車両関係の書類一式も入ったままである。だからそれを確認して保存しておいてほしい、と保険会社の人に言ったら、「荷物の件の責任は・・・」と言われた。その同じ人が自賠責に連絡を云々などとおっしゃっていた。私の手元にはないと伝えているのに、である。

 

 私は通常の生活を事故によって一時的ではあるが失い、現在は身動きがとれない状態である。そしてETCが盗まれて悪用されれば持ち主としてその責任をとらなければならない。しかしその責任をとれないならばその責任を代行するのは加害者であり、その加害者の代行者は保険会社であるのだから、二つ返事で「わかりました」というはずだが、そうではないらしい。

 

「それなら加害者が一度見舞いに来ると言っているので、頼むことにしようか」と保険会社のお姉さんに言ってみようか。「そうしてください」と言うかもしれない(そんなことを頼むつもりはなくて、別の手立てをすでにしてあるけれど・・・)。

 

 もしそうなら根本的にこの女性はこの仕事に向いていない。なにしろ相手のことを考えることが出来ないらしいのだから。

 それとも私と相性が悪いのかなあ。

今回の初体験

 事故に遭い、救急車に乗せられて病院に担ぎ込まれた。まず救急車で運ばれたのが初めてのことである。病院でCTスキャンやMRIなどの検査を受けたが、これは経験があるから初めてではない。採血は初めてではないけれど(というより糖尿病で二ヶ月に一度採血をされている)今回は動脈血を採血したのが初体験。採血など同じだと思うだろうがそうではないのである。やってみればわかるけれど、静脈血の採血よりずっと痛い。その採血がうまくいかず、股の付け根で採り直された。こんなところに注射針を刺されたのは初めてである。

 

 胃にできたヒドラ状のポリープの除去のため十日以上入院したことがある。そのときに点滴の穴を開けられたことがあるから、今回の点滴は初めてではない。今回はMCUという集中治療室に入院した。たくさん装置をつながれて、枕元のモニターに酸素濃度や脈拍、呼吸数、心電図が常に映し出されていた。これも初体験。そしてその一つが外れたためか、ちょっとやかましい音でアラームが鳴り続けてしまい、医者や看護師の人たちが飛んできた。装置上では私は死んだのである。これも初体験。

 

 したくなかった初体験ばかりだが、特に忘れられないのが採尿である。寝たまま人の見ている前でお粗末な逸物をつままれて小便をしたのは初めてである。寝たまま小便をしたことは赤ん坊のとき以来(たぶん)ないから、なかなかでない。しかし切羽詰まれば仕方がないことで、二回目三回目と慣れるに従ってスムーズになる。こんなこと、いまから練習することになるとは思わなかった。

 

 朝からお粗末様でした。

2021年4月 4日 (日)

起こりえる

 まさかという坂はそこら中にある、などといわれる。自分が事故に遭ったから言うのではないが、起こりえることは起こるのだという思いをあらためて強く感じている。それは天変地異についてもいえることは言うまでもない。だからそれに備えることが必要なのである。

 

 そして、いま中国の行動のエスカレートの先に何があるのか、なにが起こりえるのか、それを注視し、備えることが必要だと強調しておきたい。台湾有事などまさか起こらない、などと思っているとしたらあとで国難を招くことになる可能性が大きいことに心をいたすべきだろう。

 

 中国はただのデモンストレーションで尖閣の、つまり日本の領海侵入を繰り返しているのではない。すきがあれば実力行使をしようと考えているのだと断定していいだろう。台湾有事のために尖閣への行動を陽動作戦に使うこともあるだろう。台湾を放置することは中国の存続のためには絶対に許されない、と考えているだろうことは、香港に対しての行動を見れば明々白々、歴然としていると思うけれど、そう思わないで、まさか、と考える人がいるようだが、それこそ信じがたいことだ。

 

 まさかに備えるのは当然なのに、それに反対するのは、羮に懲りて膾を吹いているのだという見立てもあるが、敵に利することを意図しているか、そう使嗾されているなんてことは「まさか」ないと思うが。

嫌いで言うのではないけれど

 磯野貴理子という女性は特に嫌いではない。好きでもないけれど(私は好きな女性も多いけれど、嫌いな女性も多いから、どちらかと言えば評価は低くないといえる)。何でそんなことをわざわざ言うかというと、昨晩の池上彰のニュース解説番組を見ていて、磯野貴理子のあまりの社会常識のお粗末さに呆れたからである。

 

 ものを知らないゲストがいると、番組としても進行が盛り上がっておもしろいから必要なキャラクターなのであるが、あまりに無知だとそのことをただ笑っているわけにはいかない気がする。どういうことか。

 

 池上彰のニュース解説は、わかっているつもりのことが意外に不確かにしか知らないことを気がつかせてくれてためになる。むかし、NHKの日曜日の夕方六時過ぎの『こどもニュース』という番組があって、それがとてもためになっておもしろいよ、と教えてくれたのが私の両親だった。父も母も毎週それを楽しみに観ていたし、私も観るようになった。そのキャスターが私と同い年の池上彰だった。それ以来の池上彰ファンである。

 

 池上彰のニュース解説はニュースの基礎を丁寧に教えてくれる。その基礎すらあまり理解できなかったり、理解するための知識も欠けていると、観ている方も歯がゆすぎてしまう。なにより心配するのは、この程度に無知でもふつうなのだ、と勘違いする人が増えるかも知れないことだ。最低の社会人としての知識くらいは必要なのだ、ということを伝えるための番組のはずなのに、それが不勉強でもいいのだ、などと思う人が増えるのはまずいではないか。

 

 磯野貴理子という女性は自分の無知をそれなりに恥ずかしそうにしながら、しかしそのことでめげてしまわないという長所がある。出来ればもう少し新聞でも読んで勉強してもらいたいものだ。キャラクターが変わってしまうのはまずいのかなあ。

2021年4月 3日 (土)

仰天というほどのこともないが

 昨夕(4/2)のBSフジプライムニュースでは新疆ウイグル自治区の人権問題が取り上げられていた。日本には国連での制裁決議がないと、国としての独自の制裁をする法律が整備されていないので、そのような法律を作る必要があるようだ。与野党が協力できる事柄だと思うし、ぜひ迅速に整備してほしいと思う。それは日本の前向きな行動としても評価されることにつながると思う。

 

 ところでこの番組には日本の大学の教授である二人の中国人がゲストに呼ばれていた。中国の弁護、正当化の役割に終始するのはいつものことで、そのためにゲスト席に座っているのだが、これは韓国の人がゲストのときと同様である。もちろん自国の問題を問題としてきちんとコメントする人もいないではないから、すべての外国人のゲストが自国の正当化ばかりするわけではない。

 

 しかし昨晩のゲストはずいぶんほころびがでたように思う。ついには「洗脳は必要で、当然のことだ」という発言まで飛び出したのには仰天した。もちろん中国ではそう思われているとしても、日本のマスメディアの番組中にそんな発言をすることがどれほどのインパクトがあることなのか理解できなかったらしい。MCの反町氏に問題発言である、とたしなめられても、どうして問題発言とされるのか当初わからなかったようである。

 

 事実が明らかなのに、中国以外では通用しないような理屈で押し切ろうとする、といういまの中国の傲慢さがはしなくも露呈していた。中国人は中国政府の対外強硬姿勢に快哉の声をあげているようだが、戦争前の日本人もそうだったのだろうか。

 

 アメリカの反中国に加担しているいくつかの国々だけが中国のあることないことを非難して圧力をかけているのだ、それが証拠に世界の多くの国々は中国を非難などはしていないし中国の味方である、と弁じ立てていた。そんなもの、金でおさえらている弱小国の話で、もし中国にたてついたらどんな報復を受けるかわからなくて怖いからなのは言うまでもないことである。台湾が、オーストラリアが、現に中国の見せしめのための報復で苦しんでいる。尖閣問題で日本が中国からのレアアース輸出規制でどれほどの苦労をしたのか忘れている人はいないだろう。

 

 台湾もオーストラリアもいろいろな国が支援に乗り出しているのは不幸中の幸いである。

 

 中国に反発できない国々は、抑えがとれれば味方どころが敵になるのはわかる人にはわかるけれど、中国人にはわからないのだろう。その傲慢さ、驕りが、案外中国自身を大きく損なっていくのは遠くない気がするし、中国のためにもそうであってほしい。現在の中国を好きだという中国以外の国があるなどとは思えない。

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 国連に人権委員会があるのだし、そこを通して調査すれば今の新疆ウイグル問題はデマであることがわかる、と中国人のゲストは主張していた。WHOをはじめとする国連の組織の多くを中国が牛耳っているのはすでに知る人の知るところで、人権委員会も主要ポストは中国が押さえているのだ。乱立するアフリカ諸国はみなほとんど中国の言いなりで、それが日本やアメリカと同じ一票を持ち、中国を支持するのだから、まともな裁定がでることは期待できないだろう。

 

 ところで、今回もあのアラスカの米中会談のように、アメリカの人種問題や、今回は日本の南京問題、慰安婦問題、徴用工問題などを反論の論拠にしていた。それを言ったから、だから新疆ウイグル自治区の人権問題が正当化できるというのはどういう論理なのだろう。逆にあんたも悪いことをしたことがあるのだから、いま中国が悪いことをしているのを見て非難する資格はない、といっているのである。つまり、いま問題があることを自ら認めていることにほかならないのだが、そのことを反町氏に指摘してほしかった。 

 

 この番組に出た中国人のゲストは中国政府の擁護をしたつもりで中国の本音本質を明らかにしてしまったように見える。そのことが中国の国益を大きく損なったことはたしかである。中国に帰ったら行方不明になりはしないかと心配だ。反町氏が問題発言、として止めたのは、放送倫理上ももちろん、ゲストの身をおもんぱかったからである。それにしてもこのような人物を教授として抱えている大学というのはどういう神経をしているのかと思わないではない。学生になにをどんな風に教えているのだろうか。「正しいこと」を洗脳しているのだろう。

九頭竜湖

長良川に沿って国道156号線を北上すれば、郡上からさらに御母衣湖を越えて白川郷に到る。

郡上八幡から古今伝授の里・郡上大和、さらに郡上白鳥で国道158号線に分岐する。これは分水嶺の油坂峠を越えて越前大野、さらに福井へ到る道である。

油坂峠は、いまは中央縦貫のトンネルで越えることが出来るが、これを旧道の地道で行くと険しく狭い道を行けて景色もいい。しかしいまは通行止めだった。雪のせいかもしれない。それとも中央縦貫は無料だからそれを通ることが前提で、道路整備をしていないのかも知れない。残念なことである。

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九頭竜川の源流から流れ下る道。雪が残る。郡上側とはまったく違う景色である。

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こんな風に雪が消え残っている。この流れが下流の九頭竜ダムでせき止められ、九頭竜湖になる。

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九頭竜湖。この先に九頭竜ダムがある。

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この橋はむかしは赤く塗られていたはずなのだが・・・。工事の車両がたくさん止まっていたからかけ直されるか塗り替えられる課するところかも知れない。福井県側は風が冷たい。

九頭竜ダムを越えて越前大野まで行けば、とても辛いけれど美味しいおろし蕎麦が食べられるのだが、ここでひきかえした。

行けばよかったのである。そうしたらこのあと事故に遭うこともなかった。

2021年4月 2日 (金)

長良川を見に行く

うだつの町並みのある美濃から長良川沿いに国道156号線を北上する。

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晴天を映して長良川は青く美しい。この水の色を見ると心が洗われる。

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いつも立ち寄る洲原神社。

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奥の本殿は工事中のようだ。

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枝垂れ桜が美しい。

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参門前から長良川を眺める。

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こういうのを「山笑う」というのだろうか。

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階段横の石の上に、はさみが置き忘れられていた。特に意味があるとも思えないが、印象に残った。

この写真は事故に遭った31日に撮影したものである。

ありがとうございます

たくさんのお見舞いを頂きました。
ありがとうございます。
今回の事故は自分にまったく責任がないし、避けようのないものでしたから後悔のしようもなく、精神的な負担がありません。
その点だけは気楽です。
今朝起きたら身体の中の全身打撲の痛みが表面に浮き出した感じで、全身が肩こりになった感じです。
たぶんそれも二三日で解消して、首の痛みだけが残るのだろうと思います。
あちこち電話連絡が必要なので、今日もちょっと忙しくなりそうです。

次回から普通のブログに戻す予定です。

 

2021年4月 1日 (木)

エリマキトカゲ状態

 いま入院先の病院から我が家に戻ったところ。いまの私はエリマキトカゲ状態である。

 

 昨日三時過ぎに、渋滞で数珠つなぎに停まっていた高速道路上で、後ろから来た車に追突された。私が最後尾で、私の前三台を含めて四台が玉突き状態になった。私の車は追突されてから前の車に激突し、さらに左の側壁に当たり、さらにさらに右の中央分離帯にあたって停まった。

 

 前の車ももちろん私もハザードランプをつけて停車していた。後ろから来た加害者にあたる車の前方不注意である。ブレーキをいつ踏んだのか、ほとんど直前かと思われる。何か車内でしていたような話だがよく知らない。あたったときのスピードは80キロを超えていただろうという。

 

 首が痛くて身動きが出来ない。そのまま首を固定して車から引きずり出され、救急車で病院へかつぎ込まれた。レントゲン、CTスキャン、MRI検査、血液検査などを受けて、MCUの病棟の病室に落ち着いたのが七時過ぎ、首から背中が痛くてじっとしていられない。座薬の痛み止めを押し込まれてようやく落ち着いた。

 

 今朝の最終診断結果は、「第六頸椎圧迫骨折。三ヶ月の加療を要す」。ただし、安静にして定期的に診察を受けられるのなら退院を許可するとのことであった。昨日も本日も、娘夫婦がいろいろ窓口になってくれたので、私は寝ているだけ。ようやく先ほど娘夫婦に送ってもらって我が家に帰り着いたところである。

 

 というわけでエリマキトカゲ状態となっている。恥ずかしくて外に出られないではないか。とにかく転んだりすると頸部損傷が悪化して、かなり深刻なことになるからくれぐれも注意せよ、というのが整形外科の先生の厳しいご指示であった。当分おとなしくすることにする。

 

 こんな記事を書くと今日はエイプリル・フールだからなあ、などと思われそうであるが、本当の話である。私も嘘の話だったらなあと思うけれど・・・。

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